究建築研究室 Q-Labo.
究建築研究室 Q-Archi. Labo.|京都の建築設計事務所

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MEMO 雑記・ブログ
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最近の活動

なかなか最近の活動がこちらで書けていませんが、Facebookの方では、ちょくちょく書いております。アカウントをお持ちの方はよろしければご覧になってください(面識の無い方で友達リクエストいただく場合はメッセージも合わせてお願いします)。

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| MEMO 雑記・ブログ | 17.04.01

堀部安嗣氏と横内敏人氏の対談企画

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2月17日、キャンパスプラザ京都にて「小さな五角形の家」(学芸出版社)出版記念の堀部安嗣氏と横内敏人氏の対談企画に、聞き手役として登壇。超ベテラン2人の間で、実に緊張しましたが、なんとか役割は果たせたかなと思います。お二人のマイルドな人柄にも助けられ、懇親会も含めて楽しい時間でした。当日は12時過ぎまで飲んで京都に泊まって、翌朝一で大学に直行し入試監督。疲れました。

住宅には「懐かしさ」を喚起することが必要という堀部さんや、建築の価値と住宅の価値が長らく分離してしまっていた中それを久しぶりに統合したのが堀部建築という横内さんの指摘、「どっちつかずの建築」がよいという話など、予定外に飛び出した興味深いトピックがいろいろあり、さらに聞いてみたい話はたくさんありつつも時間切れ。ただ、話の詳しい中身は、司会に集中しすぎてあまりよく覚えておらず。だれかに記録をもらわないと。
(写真はまったく撮ってなかったので学芸出版社のtwitterからお借りしました)

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| MEMO 雑記・ブログ | 17.02.19

オーセンティシティとインテグリティ

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2月4日、京都工繊大での研究会「文化遺産におけるオーセンティシティauthenticityとインテグリティintegrityの本質を考える」に参加する。主催者自身もまだ答えが見つかってない問題を扱うという、研究会らしい研究会で楽しかった。以下、あまり整理できてないけどメモとして記載します。

当日の議論は、世界文化遺産の登録の現場における評価基準としての実務的な有用性が主に軸になっていて、それはあまり本質的ではないのではと思ったが、稲葉伸子さんの、各国や現場の実態・工夫を包括し対象の価値を担保する概念があれば、それをオーセンティシティと呼ぼうがインテグリティと呼ぼうがどっちでもよいという話(意訳)や、清水重敦さんの変化する宇治の文化的景観のインテグリティをどう考えるかという話は、とても勉強になった。(インフィル・ビルディングの話も)

自身の関心としては、歴史的な街並みの中で新しい何かを作るときの、アリバイ的な不誠実な対応や、悪意のないしかし不適切な取り組みにどう対処するか、あるいは非文化財的建築のリノベーションでの、何でもありやったもん勝ち的状況をどう交通整理できるか、という問題意識があった。2つの問題は同じレベルではないけど、どちらもオーセンティシティとインテグリティにからんだ問題であると思う。

今回の研究会とは別の話だが、西洋絵画の修復の世界では、オーセンティシティはもちろん極めて繊細に取り扱われるんだけれど、たとえば絵画の一部が大きく欠損したような場合、材料や手法のオーセンティシティは多少失われてでも、作品の美的価値・鑑賞価値(作品としてのインテグリティ)を回復するために(判別可能かつ可逆的な方法でもって)補完的に筆を加えることが許される、という考え方があるという。これは文化財的建築物の補修での考え方も基本的に同じだと思う。欠損部材の新材による補完とそこへの古色の施与は、インテグリティを保つために行うのである。

上記の例に鑑みると、オーセンティシティとインテグリティは多分に重なる概念だ(というのは今日の研究会でよくわかった)けれど、両者はやはり重心というか軸足の位置が異なるのだと思う。どちらも「あるものが、まごうことなきそれ自身であること」をいうのだけど、個人的な理解では、オーセンティシティは時間的な連続性の正統さに、インテグリティは物的状態としての連続性に重心があるのだと思う。建築であっても、京都会館など文化財クラスのものはオーセンティシティで議論したらよいが、そうではないわりと普通建築や街並みを考える時、オーセンティシティを持ち出すと話が硬直化するので、インテグリティという考え方をうまく補助線にできないかなと思う。

とはいえ、研究会で何度も言及されていた「奈良ドキュメント以降のオーセンティシティ概念の拡張」にしたがえば、これはどっちもオーセンティシティに包含されるんだという。この拡張概念が共有されていないことが、分野をまたいだ時の話をややこしくしてるという強い印象を受けました。

| MEMO 雑記・ブログ | 17.02.05

三和土の土間:仕上がり

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昨年11月にみなで叩いた三和土の土間、2ヶ月の養生を経て年末にご開帳しました。奥の土間は豊田のとても赤い土、たたき棒の跡も生々しく、何となくモロッコっぽい。行ったことないけど。玄関土間は普通の?サビ土。金鏝で丁寧におさえていただき、待庵の床壁のような表情となってます。どちらも土っぽいザラザラした感じはなく、きれいに締まっています。まだほのかに石灰の匂いがする。

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| MEMO 雑記・ブログ | 17.01.21

日本左官会議講演会@名古屋

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12月10日に名工大で開催された左官会議のイベント、日本左官会議講演会・名古屋編「職人がいる町、塗り壁のある暮らし — その終焉がもたらすもの」報告です。
>> 左官会議のページ

これまで人より少し左官に多く関わる機会のあったものとして少し登壇。主に学生に伝えたかったのは、(あえて功利的に)設計者は左官を使わないと損!ということ。日本の左官の技術は庶民的なものから超高級まで、ほんとうに幅広く厚く蓄積されてきた。それは日本の財産であり資源であり、日本の設計者が左官を使わないのは、日本の料理人が魚を扱わないようなものではないかと。あと、リノベーションと左官は、工法的にも質感の面でもとても相性がよいこと。挾土秀平さんや滋賀の小林さんらとの懇親会もとても楽しかった。

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| MEMO 雑記・ブログ | 16.12.28

三和土の土間

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11月頭の大学祭の休みを使って、二日がかりで学生たちと三和土(たたき)をつくりました。三和土の施工は3回目。以前は京都で住んでた町家の土間と、SSSの時にやって、ほぼ10年ぶり。なかなかにしんどいので、まさか3度目をするとは思わなかったけれど、このしんどさを含め、まさに体でダイレクトに建築をつくる感覚と、独特の質感・表情は他に変えがたい魅力があります。2日間でトータル10cmの厚さを、ひたすらたたくたたくたたく。私は今回は主に裏方にまわって、一番楽しいたたきは学生に譲りましたが。

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中村さんの講義をききながら材料をつくる。材料のサバ土は花崗岩が風化したもの、花崗岩の主成分は長石・石英・雲母であること、炭酸Ca(石灰石)から酸化Ca(生石灰)・水酸化Ca(消石灰)また炭酸Caへの変化、などなど。三和土におけるニガリの役割は保水だと思うのだけど、まだよく腑に落ちない。

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楽しく勢いだけでたたけるのは最初の1時間くらい。あとはいかにきれいに効率よく省力でたたくかを、考え工夫しながらたたかないと、しんどい。たかが、たたくだけとはいえ、上手い下手の差が明確にでる。仕上がりにも性格があらわれるのは面白い。京都の庭師庄谷さんもはるばる来てくれ、さすがのプロの仕上がり。OBの岡田君も応援に来てくれ大活躍。

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土間は2つのパートにわかれ、一つは矢作の黄褐色の土、一つは豊田のなかなかに赤い土で仕上げる。現在は養生中でシートがかかっているので、仕上がった姿はまだ目にせず。

| MEMO 雑記・ブログ | 16.11.11

名城大で竹原義二氏特別講義

1日、名城にて竹原義二さんをお招きした特別講義を開催しました。会場の制作室はほぼ満員盛況、1・2年生の参加も多く、はるばる大阪からIFAの皆さんも。

第1部は、今回の企画を数ヶ月前から準備していた学生グループによる「竹原建築解題」として、1985年から2015年まで30年間の作品から5題を発表。作品そのものだけでなく、時代背景や同時代の建築作品との比較をし、空間については雑誌に発表された図面と写真をもとに50分の1の模型を作りながら読み込んだもの。担当した学生はかなり図面と空間を把握する力が鍛えられたのではないかと思う。101番目の家の模型は複雑すぎてついに未完成でしたが、それもまたよしでした。

第2部は竹原氏の講演。「無有」を造るときはサシで何時間も話を聞いたけど、講演会は初めて。古今東西の建築をみる目の話から近作について、また映画やマンガの話まで縦横融通に展開して、あちこちから問いかけや示唆が投げられるも答えは俄かには示されず、やや困惑しつつも不思議といい気分であるという感覚は、101番目の家の空間体験に通じるものがありました。歴史的空間を見る目と作品の関係の話は「無有」(学芸出版社、2007)
にも詳しい記述があります。

第3部は会場で懇親会。酒を片手に模型と竹原さんを囲んで。ふだん講演会などの懇親会があっても、もじもじして話しかけない学生もよく話す。講師の人柄もあるでしょうが、作品に思い切り向き合ったという自負があるからでしょう。第4部は居酒屋で、摂南大から駆けつけた学生も交えて終電ギリギリまでわいわい。

竹原さん、長時間にわたってまことにありがとうございました。

他の大学では建築家講演会がよくあるのに、名城では全然ない(いろいろな制度上の理由があるのですが)、という声にこたえて、今年度後期からMS-26という大学事業と同窓会の支援を受けて、3回の特別講義を企画しました(第1回青木茂氏、第2回西田司氏、第3回竹原義二氏)。とはいえ、せっかくいい講師に来てもらっても、一方的に話を聞く+質問パラパラではつまらない。滋賀県立大のダンワシツ等を参考に、講師ごとに2年生からM1までの5〜6人の学生企画グループをつくり、作品の予習・見学・勉強会、講師との事前打合せも学生が行い、さらに当日は作品研究を本人を前に発表するというプログラムに。

結果として、参加した学生はよくやったし、貴重かつ有意義な経験となったと思う。青木氏・西田氏の企画の準備段階はあまり見てないので分かりませんが、僕がフォローした竹原氏の企画では、大げさでなく、関わった学生たちの今後の人生にいくばくか影響を与えるものがあったと思います。その点では成功。やってよかった。

ただ、こうして書いてみるとちょっとお膳立てしすぎの気もします。財政的に大学が援助したり要所を教員がフォローするのはよいけど、本当は学生が全部自主的にやったらよいなあと思う。たいへんだろうけど、年1回でいいから。あと、建築家(でなくても誰でもいいけど)に口実をつくって会いに行く、その作品を訪問し図面や写真を徹底的に読み込む、それを元に話をする。やろうと思えば一人でできることでもあります。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 16.03.05

弧篷庵忘筌の三国灯籠とリンガ

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(写真は京都市文化観光資源保護財団「京の茶室」より)

研究室の先輩でもある京都の建築家・岩崎さんの弧篷庵忘筌についてのブログを見て思い出したこと。

上の写真にも写っている、忘筌の有名な明かり障子から見える軒先の庭にある「三国灯籠」は、傘が朝鮮・火袋が中国・竿が天竺、と三つの国に由来するパーツを組み合わせたものと言われています。数年前の特別公開で訪れた際、竿の頂部が丸まっているのに気付き、ははあ、インド伝来というのが本当なら、これはシヴァ・リンガの転用に違いないと思いました。その後いくつか解説を読んでも、そのことには触れたものは見たことがありませんが、桃山時代ならポルトガル人やオランダ人が、ゴアやアンコールあたりからそれを運んで来たなんてことは、すごくありえそうなことです。

ちなみにリンガ(リンガム)とは↑のようなもの(写真出典)。多くは石でできた、男性器を象ったシヴァ神のシンボルであり神体です。台座部分はヨーニと呼ばれる女性器を象ったもので、樋のような突起部が北を向くように据えられます(だからインドではリンガを見ると方位が分かる)。リンガは単にヨニの上に載っているのではなく、リンガがヨーニを貫いている状態を表しています。リンガの持ち主はもちろんシヴァ神です。ヨーニを貫通したリンガが見えているということは、つまり我々のいるこの寺院(ひいては世界)はヨーニの内側=胎内にあることになります。そのヨーニの持ち主(この宇宙?)とシヴァ神がいままさに交わっている、という宇宙の姿をリンガは示しているのです。

・・・といったことを話題にしながら、忘筌でお茶会が催されていたと想像するのも楽しいものです。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 15.10.01

古色の配合試験

今日の午前中は有松の塀に塗る古色の試験塗装をやっていた。

柿渋と松煙、酒、はかりや計量カップを用意してさながらクッキング。松煙は油分を含むためか、そのままでは柿渋や水に馴染まないが、アルコールだと溶ける。原理は分からない。今まで日本酒を使うことが多かったが、今回焼酎と比べたら一目瞭然で焼酎の方がよく溶けることが分かった。アルコール度数の差か。最終的に柿渋と混ぜる松煙の量別に、杉と桧、計20枚のサンプルをつくる。色の決定は乾いてから。

こんな風な古色塗装を初めてやったのは、15年前に町家再生に取り組んでた大学院生の頃。その時のデータをまとめてHPに載せてたら雑誌コンフォルトの木材塗装特集に書かせてもらうことになり、それを読んだ当時「サツキとメイの家」に取り組んでいた大工の中村さんが問合せをくれた。名古屋に来たらその中村さんと子供の保育園が一緒でびっくりして、いま学生たちと一緒にものづくりをしてお世話になっている。なかなか感慨深いのである。

古色の塗装試験レポート

●日時:
2015年3月16日(月)9時15分~11時30分

●作業人数:4人
(柳沢、及部、加藤、岡田)

●主な作業内容:
□材料: 高粘度柿渋(大杉)、松煙、アルコール(焼酎、日本酒)、水、木材(杉と桧を各10枚)
□用具: ペットボトル、計量カップ、計量スプーン、はかり、刷毛、ウエス、漏斗、ボウル

□作業1: 松煙溶かしテスト
松煙少量を、水、焼酎、日本酒で溶いてみる。
結果は写真の通り。焼酎がもっともよく溶けたので、以降の作業は焼酎を使うことにする。

□作業2: 柿渋+松煙の配合量テスト
①ペットボトルを使い、高粘度柿渋を1.5倍に希釈《柿渋300cc+水150cc→450cc》。それをボウルに少量とり、杉と桧の板材に刷毛で塗布、半乾きの頃にウエスで拭きあげる。ボウルに余った分はペットボトルに戻す。
②①のペットボトルに《松煙大さじ1(6.8g)+焼酎大さじ2弱(≒20cc)》を溶いたものを加える。よく混ぜて、新しい板材に、①と同様に塗装、拭きあげ、余った塗料は戻す。
③②のペットボトルに②と同量の松煙+焼酎を溶いたものを加えて、同様に塗装。
④〜(10)同じようにして松煙の量が通算大さじ10になるまで繰り返す。
(11)①〜(10)で塗った板材の半分を二度塗りする。塗装方法は一度目と同じ。

●発見・疑問・気付きなど:
松煙は焼酎に最もよく溶けた。アルコール度数が高い方がよく溶けるということか?ただし焼酎で十分よく溶けるので、より度数の高いものを使う必要はない。
松煙はとにかく周りを汚す。松煙が付いた手で触ったものも汚れるので、事前の養生と事後の掃除をちゃんとやることが大事。
制作室で広々と作業できたため作業効率が良かった。

●決定・検討事項など:
本番塗装直前の乾いた状態をみて、本番の配合を決定する。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 15.03.16

チャンディーガル Chandigarh:India, 2014

2014年8月25〜27日、インドに通いはじめてから15年にして、初めて念願のチャンディーガルを訪問しました。

計画されたチャンディーガルで、ヒンドゥー寺院がどのように扱われているかを見るのが目的の一つ。中規模以上の宗教施設は区画や立地がある程度定められている感じ。一方で街区の中の空地に、地図に載ってない小さめのコミュニティ寺院が自然発生?してる事例は確認できた。

都市の印象メモ。
チャンディーガルの骨格であるところのグリッド構造は、予想(期待?)に反して、体験的にはあまり強くなかった(京都や名古屋の方がずっと強い)。街区のサイズが1km前後と大きく、徒歩感覚ではグリッドを感じにくいこと、生い茂った街路樹の存在が、その理由か。ただ、車で移動していると規則的に繰り返される直線とラウンドアバウトのリズムが、計画性を感じさせる。ニューデリーに似た感覚。
セクター(街区)内部の道や施設配置も隅々まで計画された感はあるものの固くはない。セクター毎に商業ゾーンがあり、生活はしやすそう。しかし、セクター間の移動は徒歩では遠い上に魅力的な道ではない。全体的に車前提の計画。プランからは区別がつかないが、極めて整然とした賃貸?集合住宅ゾーンと雑然とした戸建ゾーンあり。とにかく公園と緑地は多い。ガーデンシティと呼んで誇張ではないと思う。
南西部は道だけが引かれ、上物はまだない空き地が目立つ。一部に広大なスクウォッティングエリア。レンガとトタンの平屋が地面の一部であるかのように地を這い拡がっていた。

バスターミナル@セクター17

高等裁判所(High Court of Punjab and Haryana)

(右)オープンハンドの広場

影の塔(Tower of Shadows)

立法議会棟(Vidhan Sabha)

行政庁舎(Civil Secretariat Punjab and Haryana)

ロックガーデン(Nek Chand's Rock Garden)

| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 14.08.26

あじまの改修現場

あじまの改修現場にて。
補強用の基礎コンクリートが打ち終わり、天井に取り掛かる。解体時に丁寧に剥がした床のフローリングを、そのまま天井に再利用。カーペットや家具の跡が面白い表情になった。また、山中油店から取り寄せた亜麻仁油と柿渋で塗装のテスト。久しぶりの柿渋の香り。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 14.07.01

あじまの改修計画:着工間近

昨年夏に実測を行い、研究室で設計案を検討してきた「あじまの家改修プロジェクト」。ついに1/30模型が出来上がってきました。
いよいよ来週、解体工事に着手です。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 14.05.22

年度末行事

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この2週間は年度末行事がたくさんありました。まずは、卒業設計終盤時の制作室と、卒業研究発表会(設計の審査はまた別日程)の様子を、3年生岡田君がレポートしてくれてます。(↑)体に悪そうな寝方をしてるのは山本君。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 14.03.01

足場外れる

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枚方の住宅現場は足場が取れた!あと少し。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 14.02.18

卒業設計佳境の製図室

卒業設計佳境の製図室のようす。夜も更けつつあるけど、みな黙々と作業。
ホワイトボードの落書き(院生からの励まし?と誕生祝い)がやけに力はいっててアツいです。終盤になったら安西先生が登場したりして、と振ってみる。


Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 14.01.31

紫野の町家改修にて取材と撮影

1月の年明け早々に、紫野の町家改修を訪問。
こちらのお宅は細部まで気の配られた素晴らしい住みこなしをされていて、いつも訪問をするたびに背筋が伸びる思いがします。
今回は雑誌『住む。』の取材と撮影。『住む。』は僕も住み手の方も大好きな雑誌で、この家の打合せ時にもよく登場していただけに、とても嬉しい取材でした。
掲載は3月発売の春号とのことです。

かみ添さんにつくって頂いた銅襖もだんだん色が変化して表情が浮かんできたような。
子どもたちが触ってついた手の形にあわせて黒ずんでいて楽しい。


枚方の現場も順調に進行中。
こちらは2月に竣工予定。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 14.01.28 | (0)

KG邸:建て方+上棟式

枚方の現場にて、建て方そして上棟式(仏式)。
角地に建っているのでとても目立ちます。
今回は自身初の中庭プランでもあり、形ができてくるのが楽しみです。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 13.10.30

KG邸基礎

枚方KG邸の現場にて。
基礎が立ち上ってきました。今回はクライアントの要望もあり、床レベルがかなり高くなっており、基礎がでかい。このまま壁を作らずに屋根を架けても、それなりの住宅になりそうだ。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 13.10.10

木匠塾シンポジウム@加子母

23日、名工大の藤岡先生にお誘いいただき、加子母の明治座で行われた木匠塾のシンポジウムへ。
当初にぎやかしで少し発言するくらいのつもりでいたら、前々日にOB代表として20分くらい話すということが決まり、大急ぎで準備。十数年前に3年程通ったきり、加子母にも訪れてない不真面目なOBでしたが、神楽岡の活動やこれまでの仕事に触れながら、木匠塾の影響について初めて振り返ることができ、自身にとってもよい機会となりました。

中島社長や中川さんからは、木匠塾の影響を受けこんな風に頑張ってきたという話を聞いて目頭が熱くなった、という言葉を頂き、こちらの目頭も熱くなりました。終盤、学生のディスカッションに対する中島社長の2階席からの発言は感動的なものでした。学生時代には僕もそんなことは何も考えていなかったけど、今はわかる、という年(立場)になってしまいました。
それにしても学生の数の多さには驚きました。200人くらい参加していたそうです。

これは会場となった明治座の控室。過去の出演者のサインが壁にびっしりと書き込まれている。

24日は、加子母木匠塾の京大・京都工繊・金沢工芸大合同チームの現場訪問。一軒の大きな民家を数年がかりで改修していて、一昨年は屋根を葺き替え、今年は土壁と渡り廊下の改築とのこと。

僕らのころより取り組んでる内容は格段に大掛かり複雑になり、1年生から参加しているという学生達のスキルも、ずっと上がっていることがわかった。最近は先生もほとんど関わらず学生が自主的に運営しているよう。加工図も頑張って書いててすごい。最近は金物を使わない伝統工法にこだわっているのだとか。
でも、ちょっとした施工ミスでがっくり凹んでいたり、リカバリー方法を熱く議論してる様子は昔と変わらない。先生や職人が指導してしまうのではなく、自分たちで試行錯誤し答えを探していく、いい学びの場なんだなあ、そういう場を用意した加子母の人たちや布野先生達はすごかったんだなあと、いまさらながらに。

夕方帰宅して、この民家をはじめ岐阜中津川一帯でロケされたという映画「キツツキと雨」を早速借りて観る。加子母や林業とはあまり関係の話だったけど、いい映画でした。岐阜には「日本の田舎」といってイメージされる要素がたくさん詰まっている。

| MEMO 雑記・ブログ | 13.08.25 | (0)

7月の大阪建築見学ツアー

実に久しぶりの更新。facebookに慣れてしまうと、こっちの投稿が億劫になってしまうけれど、風化しないうちに7月の大阪行きの件をアップしておきます。

実験集合住宅NEXT21が公開されていたので、せっかくなので研究室の学生達に行くか?と尋ねたら結構な参加希望者がいたので、7月9日、総勢10名にて名古屋から大阪の弾丸ツアーを決行。幹事は米澤君。

朝9時集合で名神をかっとばし始めに西淡路高射砲陣地跡住居へ。
一帯がスクオッティングの名残を残しつつ再開発が進んでいる様子。マンションに囲まれた周囲とのコントラストの方が強く、高射砲台跡自体が浮いてしまい、さらにそこに加えられた増築部が安っぽく見える。ステージ状の上部構造と下部構造をつなぐ場当たり的増築による空間は面白そう。

中之島の公会堂はほんの少しかすめて、昼食をかっこみNEXT21へ走る。

じっくり2時間の見学ツアー。建設後20年を経て育った立体的な植栽と路地空間の構成がすばらしくて、逆にスケルトン&インフィルというコンセプトがかすみそう。スケルトン状態の住戸(?)も見せて頂けたのはよかった。建設された実験住戸には大阪ガスの社員が住んで、設定通り(例えば料理教室を開く等)の生活を送るのだという。竹原義二さんの住戸も見学。

その後急いで、個人的には今回の大阪行きのハイライトである、木村松本建築設計事務所による「K」へ。設計者の木村さんに直々にご案内いただく。
時間が少なく申し訳ないというか残念な、もっとゆっくりしたい、街に曝されているような守られているような、これまでに味わったことのない空間だった。第一印象で、新築なのに改修物件のように感じたのが不思議だったけれど、白すぎず濃からず、無彩色の淡いトーンでまとめた色彩と、同じく微妙な表情の素材の選び方や、意図の明快すぎない寸法のとり方、街との距離のとり方が、時間を経た空間にも似た深みを感じさせたのかなと感じた。

学生たちも「建築ってここまで深く考えるんですね」などと後で神妙なコメントをしていた。良い刺激をもらったと思う。木村さん、本当にありがとうございました。

名残惜しく「K」を後にして大急ぎで、営業時間終了間際の木材仲買会館へ。木材を扱う業者の建築として、木を使いたおすデザイン。このような施設にもかかわらず建具を木製にするための法規対応などが興味深かった。学生たちもとても興奮していた様子。当日のアポ(失礼しました)にも関わらず、こころよくご対応いただき感謝です。

最後に、阿倍野の旧村野・森建築事務所を外から眺めて、近所の居酒屋で軽く打ち上げ、その後名古屋へ。ドライバーはお疲れ様でした。

| MEMO 雑記・ブログ | 13.08.22 | (0)

年度末の大学関連行事

年度末の大学関連行事をまとめて。

2月下旬、名城大学の卒業設計審査会。今年の卒業設計は21人とやや少なめ。例年計画系の教員のみで学生には非公開で行なっていたが、今年は公開とし、また構造や環境・材料の教員方にも有志で審査に参加いただいた。来年は新校舎にも移るし、展示や審査方法も含め、少しずつ盛り上げて行きたい。

3月17日、名古屋市立大学で催されていた卒業設計展「dipcolle2013」最終日に少しだけ顔を出す。名古屋の学生が中心だが、出展は関西や東京方面からもあり幅広い。質疑や議論はあまり咬み合ってないように感じたが、裏(?)で並行するtwitterの方では結構議論が盛り上がっていたようで不思議な二層構造。藤村さんの講評は冷たいようで愛があった。審査員賞の杉本君をはじめ柳沢研の皆も、論文と設計の両方をやりとげ、よく頑張った。結果はそれぞれだけど、ここで考えたことは今後10年の活動の一つの芯になるはず。


19日、卒業式。柳沢研8名が卒業。進路は就職3名、名城大学院へ3名、他大学院へ2名。発足一年目で手探りの研究室を盛り上げ、柳沢をぐいぐい引っ張ってくれた元気な4年生でした。今後共よろしく。荷物の積み上がった引越し直前の研究室にて。

21日・22日と新しくできた校舎への研究室の引越し作業。新校舎では今まで一緒だった教員と学生の部屋が分離した。学生研究室のレイアウトは学生にまかせる。建築学科の学生ならではの、使いやすく面白い研究室をつくって下さい。
柳沢の部屋には仕事がはかどりそうな大きなワークデスクを導入。納品に来てくれたマエダ木工・前田君と近所の喫茶店であれこれ話す。

22日作業後は荒畑のもつ鍋屋さんにて追いコン。新3年生も参加して総勢28人の大宴会(写真は後日)。僕は1時過ぎに切り上げたが、学生たちは朝までやっていたよう。

翌23日は名城大学建築学科65周年/同窓会50周年記念企画へ。
13時〜18時という長丁場であったが、名城建築OBの方々の実に多彩な活動のお話しを伺うことができた。すごい層の厚みである。是非学生たちにこそ聞いて欲しい話であったが、年度末という時期もあり学生の参加が多くなかったのが残念。みな二日酔いで眠くてもフットワークよく動くように。動くと必ずリアクションがあるよ。

高崎正治さんはとても魅力的な方であった。学生との接し方、教員として彼らに何ができるのか、この一年もやもやしていたものが少し晴れる。懇親会では他にも葛川かおるさん、 CAnの佐々木司さん、板坂諭さん、大前貴裕さんらと。みなそれぞれの視点で現代的問題に取り組んでいる。いつかご一緒できる機会が楽しみ。

山田高志さんからは、氏の恩師であった故・志水正弘先生について少しお話を伺い興味を掻き立てられる。名城大学で数寄屋建築の設計を手掛けつつ、学生たちを毎年インド研修旅行へ連れて行き、退職後はなんとインドに移住して向こうの学校で教えていたという。研究室OBの方に話を聞くと、これでもかという程様々なエピソードが出てくる強烈に魅力的な先生であったよう。著作や作品など今後調べてみたい。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 13.03.26 | (0)

京都だより・枚方KG邸

12日お昼から京都にて「京都だより」の企画打合せ。魚谷繁礼氏・池井健氏と隔月で2年続けてきた連載も、次回でようやく最終回となる。(連載の前半分『京都絶対領域』は、こちらで全文読めます)
企画の内容よりもむしろ打ち上げをどうするか、という話題で盛り上がる。気が早い。
前半の打ち上げでは奮発して、すっぽんの「大市」へ初めて行った。大市の店舗は、度重なる大火を逃れ18世紀の町家の姿を残す、現存する最古級の京町家「堀井家住宅」としても知られる。屋根や庇の構えはぐぐっと低い。

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打合せ終了後枚方へ。KG邸の敷地補足測量を行った後、夕方からIFAにてKG邸の概算見積りを受けての施主を交えた打合せ。かなりのコストダウンが必要だが、プランに関わる大きな設計変更はしなくてすみそうな方向で落ち着いた。今週中に減額案の検討を行う。
現状はこんな感じ。敷地周囲にそびえる3.6mの擁壁を利用して、中庭を囲い込む配置。開口や屋根についてはまだ検討しないといけないことが多い。

枚方から京阪・近鉄と乗り継いで京都駅に着いたのが9時半頃。駅の中で食事をして名古屋に帰る。
名古屋から京都・大阪へは概ね月3回ほど行っていっており、名古屋駅から京都駅は新幹線で35分とかなり近い。それでもドアtoドアでは往復3時間かかるので、関西方面の用件はなるべく日程を重ねていく。
本当は仕事が終わった後京都で人に会って飲んで帰りたいところだけど、最終新幹線までの時間がどうしても中途半端になってしまうのが残念だ。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 13.03.15 | (0)

東京にて打合せと『HOUSE VISION』展

研究室の学生たち10人程が連れ立って東北へ旅だった。
主目的は仙台の日本一決定戦のようだが、あわせて青森から福島まで東北を縦断するらしい。9日の晩には仙台で宮城大竹内研と滋賀県大布野研そして名城柳沢研の交流宴会が開かれる。今年の夏は彼らとジョイントした東北での取り組みも始まることになりそう。僕も現地視察を兼ねて仙台へ行きたいところだったけど、予定があわず残念。

さて8日、インドの受託研究の打合せで東京へ。提案の方向性にやや大きめの変更があり、次年度中に実際にモデルハウスを作ってみるという話にも展開する。企業はさすがに判断と動きが速いが、それに対応するためには4月からの研究室体制も考えないといけない。

打合せ終了後、Tさんと一緒に『HOUSE VISION 2013 TOKYO EXHIBITION』を見に行く。
総合ディレクターは原研哉、錚々たる建築家たちがLIXILやHonda・住友林業・無印・蔦屋などの企業と組んで、実際に建設されたパヴィリオンをもって次世代の住宅像を示す展示であった。「住宅」や「美意識」こそが今後の日本の重要な産業資源となる、という原研哉の主張は著書でうんうん頷きながら読んでいたが、早速それを具体化する取り組みとして行われたよう。

伊東×LIXILはほとんど既製品を使いながら土間のある生活像を描く。内容は実に真っ当だけれど、むしろその朴訥さに驚く。
藤本×Hondaは一番コンセプチュアル。移動手段と生活・空間の関係が今ひとつイメージしきれなかった。
地域社会圏は提案としては最も過激で応援したいものだが、建築のデザインが提案をやや分かりにくいものにしている気がする。
杉本×住林は伝統と現代、二つの数寄屋の展示。これをコンセプトモデルとして見てしまうともったいない。こういうところで実際に生活もできる(している人がいる)、ということが重要なのだと思う。
坂茂×無印はおなじみの家具の家。日常生活に浸透した無印のアイテム群が、非日常的な空間に「家」としてのリアリティを担保しておりバランスがよい。
成瀬・猪熊×TOTO・YKKapは内側に毛深い緑化トイレ。公衆トイレとしてあったら楽しい。日本のトイレ愛好文化の厚みを感じさせる。
東京R不動産×蔦屋は最も現代的なマンション・リノベーション。提案された空間もよいがその隣にある価格付きの建材展示がすごい迫力。業者にまかせてカタログで選ぶだけじゃない、自分で探して自分で作れるんだぞ、と。

提案された家には見慣れたものもあり、また好き嫌いもあるだが、それでも建築業界に限らない多くの人がこの展示を見てくれるといいなあ、というのが全体を見終わった後の感想であった。こういった建築家が提案する新しい住宅/生活像は、雑誌などではよく目にするものの、実空間として体験できる機会は滅多にない。これを見て、こんな生活や住まいも「あり」かもしれない、と思う人が増えたとすれば、それはとてもよいことである。

以下余談であるが、住まいや生活の豊かさにとって大切なのは、「こうあるべき」という理想の提示だけではなく、「こうあってもよい」という選択の多様性あるいは許容の寛容さであると思う。そして一人の人間が多様なるものを許容・享受することができるとしたら、その素地となるのは体験の豊かさであろう。人間が未知のものを恐れ慣れ知ったものを好む非常に強い性向を持つことは、おそらく否定できない。それを基に価値観や流行、文化というものは社会的に形作られている。その意味で、建築や空間・生活に関する体験の質と多寡は、将来のその人の住まいのあり方を根本的に規定するはずなのである。
偉そうに要すれば、「よい住まい」を実現する一つの有効な方法は、幅広い「よい」の尺度を持つことで、それはいろんな「よさ」を味わうことでこそ獲得されるだろう、ということだ。このことは食事や音楽に置き換えて考えると、おおむね首肯してもらえると思う。ただ、食事や音楽に比べて住まいの体験を増やすのは簡単ではない。いろんな人の家に遊びに行く、引越しをたくさんする、というのが身近なものだろう。こういった展示を見たり企画に参加するのもよい。旅をするのはもっと効果的だ。図面や写真から擬似的体験を組み立てるトレーニングもある。このあたりは今後深めて行きたいテーマである。

しかし(こちらのアンテナが弱いせいかもしれないが)これだけ豪華な企業とメンバーが集まっているわりに、このイベントの存在をこの日東京に来るまでまったく知らなかった。また立地や入場料の設定もちょっと敷居が高い。いろいろあるんだろうけど、もう少し間口を広くしてもよかったんじゃないかと思う。

その後、新橋のホルモン屋にて6人ほどで懇親会。「新橋のサラリーマンがたむろして呑んだくれてるガード下の店」という無茶なリクエストにばっちり応えてくれた。陽気もよく花粉で目がやや辛いものの楽しく過ごす。名古屋に帰るのはあきらめ終電まで飲んで横浜の実家に宿泊、翌朝一で名古屋に帰る。

| MEMO 雑記・ブログ | 13.03.10 | (0)

久々のインド3:マーケット

昨晩深夜、基本設計中の枚方KG邸の概算見積り用図面を一式仕上げて送信。
設計はなかなか楽しい感じなのだが、見積もり調整はいつにも増してハードになりそうな予感。

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オールドデリー、ラール・キラーの前にある電設資材マーケット(Bhagirath Place)へ見学に行く。

電気製品を扱う卸問屋や小売店舗が一帯に数百軒(?)密集している。扱っているものは照明器具やスイッチ等の配線器具類が多く、パソコンなどはまた別の場所に大きなマーケットがあるという。すぐ側にオールドデリーの浅草と呼ばれるチャンドニー・チョウクが通っていて、雰囲気としてはアメ横や一昔前の秋葉原をぐっとマサラ風味にした感じ。

左:照明器具屋。新しい製品はLEDとなっている。ほとんどが中国製で、定番商品がないので売れてしまったら同じ製品は買えないとか。家を建てたり改装する人は自分で、あるいはデザイナーと一緒にこういった店に器具を買いに来るという。ここは比較的庶民的な店。
右:インドのインテリア感覚では、スイッチプレートは大きなこだわりポイントであるらしい。様々なメーカーのいろいろなブランドのスイッチが並んでいる。

スイッチやコンセントという装置は、建築における人間と電気エネルギーの接点である。電気は生活に不可欠で、でも目に見えなくて仕組みも実はよくわからない不思議な存在で、スイッチやコンセントはそんな不思議な電気を家の中に召喚したり使役してしまう道具だ。科学的には解明されているが使ってる本人は理解していないという意味では、呪術的といってもいい(そういってしまうと大半の電化製品はそうなるけど)。なので、それが装飾を帯びるのは実はごく自然なことだなー、などと考えてみた。
日本のプレート類は使いやすさと存在感を薄めることを追求しているけど、生活の中で電気の存在を意識させるためには、もうちょっと別のデザインの方向もあるんじゃないか。

ソーラーパネルも売っている。何だかすごく身近な材料に見えるぞ。

こちらは実にインドらしい真鍮製のシェード。今度買って帰りたい。

これもインドならでは。ガネーシャやココナツ、卍などの形をした電飾。

ホテル側のスーパーマーケット。野菜が豊富。
今回は休日がインドの共和国記念日と重なってしまい、デリーでは軍事パレードが行われるわテロ予告は出るわで厳戒体制。ほとんど観光らしいことはできなかったので、スパイスやマンゴーピクルス、お菓子等のお土産は大体ここで買った。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 13.03.06 | (0)

久々のインド2:家庭訪問

調査期間のうち大半を、デリーとグルガオンの一般家庭の住宅を訪問して回る。
お家訪問はデリーでは初めて。また、今まで訪れたことのある家は(インドの大多数を占めるであろう)経済的には比較的貧しい家庭が多かったのだが、今回のターゲットはここ20年ほどの経済成長を受け急増してきた「中の上」クラスの家庭だ。現代インド住宅の成長点を観測する趣である。収入が年を追って増え、子供の教育に熱を注ぎ、新しいマンションや戸建を購入し、旧市街の狭く古い家屋から「脱出」する人たち。家の中には大型冷蔵庫や電子レンジ、薄型テレビやタブレットほか電化製品が溢れている。

周辺の地域も(写真からはそう見えないかもしれないが)清潔感のある落ち着いた雰囲気がただようところが多かった。ゆとりのある街路に生活が溢れていて、歩いていて気分がなごむ。

パパドを干しているところ。

こちらは露店の野菜パコラ売り。

街路の入口で売られていた素焼きの製品。水瓶や貯金箱、垢すり、護符など。都市部で今時こういったものを買う人がいるのだろうかと疑問に思っていたが、訪問した家庭にはこれらがひと通り揃っていた。納得。地域に根ざしている。

訪問した家庭の一つ。
左:階段室。ピンクの壁に緑のガラスのトップライトからの光が注ぐ。おぉバラガンみたい。右:キッチン。

リビングの青い壁に描かれたシルディ・サイババ(アフロヘアーの白い粉を出すサイババとは違う人)。

これはまた違う家のベッドルーム。子どもたちがドラえもんを鑑賞中。テレビは壁掛けでベッドルームにあるのが標準的スタイル。それにしても家の中はカラフルである。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 13.03.05 | (0)

久々のインド

名古屋と大学に移ってからのこの一年バタバタと過ごし、ずいぶん久々のブログに。
4月からはもう少し大学のことも書いて行きたいと思っています。
まずはリハビリのつもりで、このあいだの1月末に行ってきた久々のインドについて。

今回は企業との共同研究ということで、調査の中身についてはあまり書けないのだけど、グルガオン Gurgaon というデリーの衛星都市を中心に10日間ほど滞在してきた。2007年夏以来なので実に5年半ぶりの訪印。

深夜0時頃、デリーはインディラ・ガンディー空港に到着。2010年に開催されたコモンウェルス・ゲームにあわせて新しく整備され非常に快適。深夜のせいもあるかもしれないが、空港を出ると群をなしていたタクシーの客引きもほとんどいなく、落ち着いたもの。現地でこの後さんざんお世話になったYさんの迎えを受けグルガオンに。空港はデリーとグルガオンの中間にあるので車で30分ほど。

滞在したホテル。無線LANもあり快適。朝食ビュッフェには味噌汁があった。日本人ビジネスマンの利用が多いためらしい。ロビーではハングルもよく聞こえたが、中国人は見かけない。欧米系はかなり多い。グルガオンには外資系企業のインド本社が多く置かれており、近年急速に拡大・成長している都市だ。人口は多く商業施設やビルも数多いが、街全体が「作りかけ」という雰囲気で、熟成しきったヴァーラーナシーとは対照的。牛もほとんど見かけない。

翌朝、共同研究先のオフィスにて、キックオフ・ミーティング。
10層ほど上に浮かぶ大胆なトップライト。ガラスではなくポリカのような薄い板であった。エントランス・ドア。ディテールがなさすぎて潔い。インドでは総じて石やタイルの扱いは手馴れているが、ガラスや木・金属部の扱いにはアラが目立つ。無理にガラスや金属を多用したミニマルなディテールを目指さなくてよいのにと思う。

昼食。ファミレスのようなインド料理店。

グルガオンの建材マーケットを見学。インドでは割りとよく見る風景。業者だけでなく、一般家庭の人もこういったマーケットに、普通に電球やスイッチプレートを買いに来るという。ホームセンターも近年登場しているらしいが、まだ身近ではないよう。

デリーから延びるメトロ。乗りたかったが、共和国記念日(1/26)直前のためテロ予告が出ており、乗ってはいけないとのことで残念。全体として、インフラの整備度合いは5年前とは桁違いだが、停電はまだ頻繁に起こる。電力供給が追いついていない。

サブジ(野菜)売り。珍しく長ネギも売っていた。カリフラワーの惣菜カレー、ゴービー・マサラは最も好きな料理の一つ。


グルガオンの周縁部を車で走り、周囲に何もない荒野に巨大な集合住宅がどんどん建設されている様子を見て回る。すごい数量である。

その後Yさんの自宅へ訪問し、調査の作業少々。
夜はホテル近くのカニが美味しいと評判のレストランへ。最近は南インドの魚介系料理が流行っているとか。メンバーの中に辛い料理がダメなO君がいたので(何ということだ)、レス・スパイスでと頼んだためか、ガーリックがふんだんに使われた中華に近い味だった。しかし身も厚く濃厚美味。皆夢中でむさぼり初日終了。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 13.03.04 | (0)

夏の思い出 緑のカーテン

季節はもうすっかり冬になってしまいました。今日の名古屋は真冬の寒さですが、暑い夏の思い出をひとつ。
6月中旬、緑化計画を実行すべくベランダにゴーヤを植えました。しかしその初期設定は思ったより難しく、ネットで調べ倒して支柱やポール、プランターなどなど購入。その苦労が実を結び「緑のカーテン」は予想以上に生育、小ぶりとはいえ30〜40本収穫できました。室温がどれだけ下がったのか、実際どれほどの効果があったのかは調べなかったのでわからないけれど、みどりは目にやさしく心理的に涼しくなったことは確か。それが一番の収穫だったかも。来年はもっと規模を拡大させようかな。
…その後放ったらかしなので、今、茶色のカーテンになっております。
(ヒショ)


| MEMO 雑記・ブログ | 12.11.15 | (0)

宿根木の集落:佐渡, 2012

| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 12.11.05 | (0)

スタジオ・ムンバイ@ギャラリー間・東京国立近代美術館

8月28日、半日使って久々に東京へ。
まず南洋堂によりいろいろ物色。そこで新宮岳氏から、東京国立近代美術館でスタジオ・ムンバイの施工やってますよ、と教えてもらう。ギャラリー間のスタジオ・ムンバイ展が主目的なのにもかかわらずそれを知らないというのはいかがなものか。学生の時と違って使える時間が短くなってるのだから、ちゃんと計画すべきなんだけど、旅行は行き当たりばったりで行くものという思い込みがまだ抜けていない。反省。

神保町から国立東京近代美術館まで、途中パレスサイド・ビルを通り抜けながら、歩く。東京はタバコを吸える場所が本当になくなった。

26日から始まったという「夏の家」の施工風景。
インドの職人が3人いる他に、若い日本人スタッフが数人手伝っている。どこかの大学がサポートしてるのかと思ったら、独自にスタジオ・ムンバイに直接コンタクトを取って手伝っているらしい。ギャラリー間の展覧会開催以降、日本からのスタッフ応募の問い合わせがものすごく増えたのだそうだ。

茶室か待合のような、木造建築の基本形による構成。木加工の精度が非常に高いことに驚くが、意外と普通、というかデザインの気負いが前面にでていない感じがいい。
一番目立つブルー屋根も防水シートを圧着したまま(?)というざっかけなさが効いている。柱も、おそらく防水・防腐コーティングをしたのを、そのまま掘っ立てている。
たたずまいとしては、公園にぱらぱらと置かれたベンチや滑り台、ブランコのよう。

実際にブランコもある。ブランコはインドでは宗教的な意味合いが強く、南インドの伝統的住宅ではしばしば家屋の中心に設けられていた。お祭りでもたいてい登場する。僕はまだ見たことがないけど、現代でも裕福な住宅のリビングに設ける事例はあるようだ。

窓に用いられているサランのような透過性のある織物の表情がとてもおもしろい。
材種はよくわからなかったが、見たところチークやマホガニーのよう。日本では舶来の高級木材であるが、向こうでは普通の材料なのであろうか。柱や框の細さ、スタジオ・ムンバイがよく使うルーバーといった線の細いディテールは、こんな固く密実な材料でできてるんだなあと。
夕方からはビールが飲めるらしいが、それまでいられないのが残念。
1時間くらい見学した後、ギャラリー間へ。


作品集も買ったけど、テキストに目を通す前に雑感を記録しておく。

彼らが拠点としているマハーラーシュトラ地方については、ムンバイに2度少し滞在したことがある程度でよく知らない。なので、あまり正確ではないかもしれないが、彼らの建築そのものからは、あまり「インド」を感じなかった。ヴァナキュラーという感じもしない。
一方で印象的なのは、自然や周辺環境、路上、アノニマスな「普通の」建築に対する視線のセンシティブさであり、そこから得られたものを咀嚼し建築形態に落としこむという姿勢。同様の視線は、インド産の「あまりモダンでない」素材やディテールにも向けられていることが展示からわかる。このような姿勢を「インド的」と解釈することもできるかもしれないが、僕らの感覚からすると、むしろ同時代な感覚として素直に共感できる類のものであると思う(ただし形態や構成は、日本の状況がやや滑稽に見えるほどに真摯に「モダン」である。硬派である。「モダニズムのローカライズ」という積年の課題への取り組みと、僕は見たい)。

スタジオ・ムンバイが注目されている最大の理由はやはり、モックアップを活用しつつ設計から施工を一貫して自分達のスタジオで集団的に取り組む創作のスタイルであろう。
ややおこがましいのを承知で言うと、森田一弥氏らと一緒に神楽岡工作公司でやろうとしていたことの、一つの完成形を見た思いがする。それは近代的なものづくりの体制に対する批判的アプローチでもあるが、同時にこの場合、インドという国において彼らの意図するセンシティブな現代建築をつくる、ほとんど唯一の方法としてそのような設計・施工の一貫体制をとる必要があったのでがないか。
想像されるように、インドの施工精度はお世辞にも高いものではない。それゆえ(と言っていいと思う)カーンやコルビュジェは精細なディテールに頼らない、遺跡のような建築を建てた。20世紀後半のドーシやレワル、コレアはもとより、最近「インドの現代建築」として紹介される若手(?)の作品も、(地方による差はあるが)その延長にあったと思う。スタジオ・ムンバイの仕事から僕が(勝手に)感じるのは、そのようなディテールの捨象による空間構成への集中だけがインドの現代建築ではない、という意志だ。
いずれにしても、設計から材料・施工までのすべてを手の内にいれ、集団としてまるで一人の「建築の万能人」のように振る舞う彼らの姿は、眩しい。

| MEMO 雑記・ブログ | 12.09.11 | (0)

ジャイプル Jaipur:India, 1996

ハワ・マワル Hawa Mahal(風の宮殿)
風通しがよいから「風の宮殿」というストレートというかやや安直な命名ながら、砂岩でできた陰影に富む複雑なファサードがとても魅力的。白い縁取りは大理石というわけではなく、たしかペイントであった。
18世紀に建設されたハワ・マハルのファサードは、石のスクリーン(ジャリjali)で囲まれた無数の出窓によって特徴づけられている。出窓の一つ一つには、きちんとドーム状の屋根(庇)が掛けられていて、それぞれが独立した要素であることを主張している。この出窓の原型はおそらく、古くからあるヒンドゥー建築のチャトリであると思う(ジャイサルメールのチャトリファテプル・シークリーのチャトリ)。
チャトリはヒンドゥーの宮殿の屋上や中庭によく見られる東屋である。建築全体の構成の中では装飾的な意味合いも大きいが、機能的には風通しよく涼しい日陰の居場所をつくるための装置である。このハワ・マハルのファサードは、そのようなチャトリを集合・積層して、その隙間を壁で埋めることで生まれたものに思われる。

ところで出窓を覆うスクリーンの目が、上層階に行くほど細かくなっているのは何故だろうか。道から室内が見通せないように視線をコントロールする目的であれば、下層階ほど細かくするのが自然だけど・・

ジャンタル・マンタル Jantar Mantar
同じく18世紀に建設された天文観測施設群。ヴァーラーナシーのマン・シン宮殿の屋上にも小さなものがある。
現代彫刻のような独特の造形は、観測器具の即物的・機能的形態を、そのまま建築スケールに拡大したことで創りだされている。すごく複雑な「日時計」とまでは理解できるが、夜にどうやって星を観測していたのかはまったく想像ができない。

まさに「Stairway to Heaven」

インドで後にも先にも一回だけ出会ったコブラ使い。よりによって中央分離帯にて。

ジャイプルで泊まっていた15人部屋のドミトリー。ここは比較的きれいな方。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 12.08.16

枚方WT邸:現場ちゃくちゃく

枚方のWT邸は9月の竣工を目指して急ピッチで工事が進行中。
敷地の奥に林があるけれど、これがなかなかワイルドな雑木林で、
家をオープンにして緑に親しむ、とかいう生半可な接近を許しません。
落ち葉も虫もすごいし、漆の木が生えていたことにはびっくりした。

なので、中からは基本的に「見る」庭となっています。
そう割り切ると、なかなか贅沢な庭。森の奥に分け入ったような心持ちになります。

子供部屋からも奥の林に抜ける。

こちらは縦の抜け。吹き抜けを螺旋状に昇り、枚方市街を一望できるルーフテラスへ。
ルーフテラスはそれなりにコストを食うので、予算調整の中で何回か削減候補にあがったのだけれど、ご主人の踏ん張りによって、その都度生き延びたもの。
いやあ作ってよかったです。完成したらビール飲みましょう。

7月の半ばの上棟式。お寿司と奥さんの手料理で。
最近は飲まない上棟式も多いと聞くが、ここではがっつり飲み楽しかった。
お酒好きの建具屋さん進藤さんがいつも持ってきてくれる、大阪の地酒「片野桜」がなかなかにおいしい。3時間で一升瓶が4本以上開いたのではないか。
小学生の子供たちに酌され照れる大工さん(↓)。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.08.06 | (0)

豊橋の水上ビル

7月28日、豊橋市にある「水上ビル」へ。
現在、この水上ビルの再生をテーマとした、愛知建築士会主催の学生コンペ「スマートシティ豊橋2012」が開催されていて、その一次審査員の末席に邪魔することになったので、現地見学会へ行ってきた。

水上ビルとは、今も現役の農業用運河(牟呂用水)の上にそのまま建っているという、実に珍しいビルの一群である。延長はおよそ800mにわたるとされ、上空から見るとこんな↓になる。(画像下中央付近から右上にのびる板状のビル群が、水上ビル)
うちのチビ2号(もうすぐ2歳)に見せたら、「でんしゃッ!!」と歓声を上げるに違いない。

(画像は、水上ビルを舞台としたアートイベントsebone 2011のサイトからリンク)

戦後のヤミ市を整理し跡地に大資本投入による商業施設を建設する際に、ヤミ市にあった商店の移転先として建設されたのがそもそもの経緯である。鉄道駅との近接性を求めて、当時すでに建て詰まっていた中心市街地の立地にこだわったがゆえ、このような水路上に建つことになった。最初期の部分は1964年に完成し、その後1967年までに全体が建設されている。64年は新幹線が開通し、オリンピックが開かれた、戦後の清算と高度経済成長の幕開けの象徴的な年である。京都では京都タワーがつくられた。

水上ビルの一部「大豊ビル」。3〜4階建ての縦割り長屋形式となっていて、1階部分に店舗、上層階が住居や倉庫として使われている。だから、各スパン毎に屋上まで抜ける階段がついている。閑散としている店が多いが、これは問屋が多いことも理由のようだ。

ビルの下に水が流れていることを示す橋の欄干。
橋の横にあった鉄板を持ち上げてみたら、それなりの水量の流れが確認できた。
街路から水が感じられないのは、やはりもったいない。

豊橋を含む三河は花火の盛んな土地だという。初めて知った。
もらった資料には、街中の神社やお寺で開催される花火祭りの日程が載っていた。

水上ビルの背景と現況・今後にむけての問題点は、下記に簡潔に要約されている。
>> 日本都市計画学会・中部支部だより「豊橋「水上ビル」懇話~その成り立ちと次の10年にむけて~」(2010.8.25)

「現状では建て替えは望めないため、いずれは用水に戻すことになる。しかし、壊すまでの10~15年余の間、この“おもしろい”建物が、どうすればスラム化・陳腐化せず、元気に少しでも永く生き延びることができるかを考えて行きたいと思う。」

ざっと眺めた限りであるが、水上ビルの魅力というか可能性は以下のようなものか。
・水路の上に建っているという状況
 (実際は基礎中を水路が貫通している、と言った方が近い)。
・都市を貫通する線状の形態、800mという長さ
 (都市のインフラとなりうるスケール)。
・中心市街地との近接性
 (町外れにあったらこのような議論の対象にもならなかっただろう)
・住居と店舗の複合性(だいぶ弱まっているが)

法の問題は突っ込んで聞いていないが、「建築」であるがゆえに「水路」の上に存在することができないのだとすれば、「建築」ではなくすのも一つの可能性である。橋のような建築はアウトだろうけど、建築のような橋はセーフかもしれない。

見学の後、豊橋中心市街をうろつき、ようやくみつけた鰻屋で鰻丼を食べ名古屋へ帰る。
関西風のパリっとした鰻でうまかった。そういえば京都では「かねよ」と近所にあった「江戸正」に時々いったが、どちらも蒸しのはいった関東風であったため、関西風は実は初めてだったかもしれない。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.07.30 | (2)

大須へ行く

7月末の週末、名古屋に来て4ヶ月経ってようやく、「大須」へ行く。
大須は「名古屋の浅草」だという。サブカルやエスニック文化の拠点(?)になっている新旧渾然(雑然)とした商業地帯でようで、京都に例えると寺町や新京極界隈が近いか。ただ、寺町ほど寂れてはいないし、新京極ほど観光客だらけではない。地元の人もかなり多い感じ。

大須観音。本堂はかなり立派であるが、境内の駐車場はいただけない。車を置くくらいなら、屋台を出して場所代をとった方がよい。右の絵はなんだ。ラッピングバスならぬラッピングビルのよう。すごい迫力である。

なるほど浅草。観音さま。
鳩も多い。鳩の足は意外にやわらかい。

下左:カキ氷を喜んで食べるチビ1号。喜ぶのはいいが完食するのに30分かかった。その間路上に足止め。一帯にはマンションもあるし住宅も多い。職住の混在がやはり街の魅力である。名古屋で家探しをしてた際、大須はかなりの有力候補であったが、小さい子供がいるとたいへんという意見であきらめた。

上右:
秋葉信仰の寺(陽秀院)があった。東京の秋葉原の語源にもなっている「秋葉さん」は、火(火事除け)の神様である。関西ではぜんぜん目にする機会がなかったが、どうも中部地方では熱心に信仰されているらしい。町内ごとに秋葉さんの祭礼があったりするとか。一度ちゃんと調べてみたい項目の一つ。

この付近で、荒壁廻家の住人Kさんに教えてもらったお店「sipka」をのぞく。独特の美意識のつまった濃ゆいいい店であった。

那古野山公園(浪越公園跡)。商業ビルの合間に忽然とあらわれる古墳と巨樹。非常に興味深い場所である。

最後に「大須名物」のブラジル風チキン丸焼きの店(オッソ・ブラジル)にて、チビ1号を相手にビールと唐揚げをつまむ。昼間からできあがった人たちが多く楽しげな店であった。大須という街の魅力が凝縮されている感あり。おみやげに丸焼きを1羽、家族の晩飯用に持って帰る。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.07.24 | (0)

ちび3号誕生と1号2号たち

2012年6月下旬、名古屋にて3号めのチビ君が生まれました。名前は例によって漢字一文字左右対称の象形文字。この4年間で家族が3人増えるとは…。皆たくましく育っておくれ。

今度は母似…?。

右1号(もうすぐ4歳)と左2号(もうすぐ2歳)の2人は、けんかしながらも仲良く大はしゃぎ。とても元気にしております。写真は5月初旬、義兄さんの結婚式に出席した時の様子。フレンチレストラン内を走り回るふたり…目が離せませんでした。

結婚式の会場は東京椿山荘。緑あふれる落ち着いた空間で贅沢な気分を満喫しました。義兄さんN子さんお幸せに!
(ヒショ)

| MEMO 雑記・ブログ | 12.07.23 | (0)

ウダイプル Udaipur:India, 1996

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 12.07.12

枚方WT邸:建て方

枚方のWT邸の建て方が、6月29日に行われました。
梅雨の最中で雨が心配されましたが、みごとに晴れる。
大工さんが暑くて大変でした。お疲れ様でした。。

こちらでも様子が紹介されています。
>> IFA住宅設計室:「香里ケ丘の家3」 W邸建て方


Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.06.30 | (0)

函館山プロジェクト:製材所と敷地

これは5月の半ばの晴天のころ。

昨年から話をもらいつつも手を付けられていなかった新プロジェクトに、大学研究室との共同プロジェクトとして着手しました。
テーマは、国産の杉材を活用した都市型住宅のモデルを計画するという、非常に今日的な問題意識ながら非常にざっくりとしたもの。
背景の大本にあるのはもちろん、なかなか立ち行かない林業経営の問題、国産材需要の拡大といった問題なのだけど、実際にとりくむにあたっては、都市部においていかに大量の木(もく)を使う住宅がつくれるか、居住空間において木という素材はどういう意味をもつか、という問題として読み替えることになりそう。キーになるのはたぶん間伐材であり、時間である。

今回のプロジェクトの具体的な敷地は、琵琶湖の西(いわゆる湖西)にある滋賀県高島市。あまり知られてないが杉の産地(そういう土地が日本にはたぶんすごくたくさんある。地元の人しかしらない)。
というわけで、研究室の学生たちとともに高島市森林組合の製材所の見学に行く(僕は二回目)。

間伐材の山。このように伐り出されて並んでいるのはごく一部で、大半は山の中にうっちゃってあるという。間伐材は安値なので、運搬費の方が高くついてしまうからだ。かつては燃料としてはもちろん足場や柵・杭などいろいろな使い道があって、商品として成り立っていた間伐材も、今やほとんど使い道がない。間伐材の需要低下は林業衰退の大きな原因といわれる。。割り箸も間伐材利用の一つなので、一概に悪者にしてはいけないのである(ただ現在の割り箸の大半は中国からの輸入品だというのがなんとも・・)

製材所内にあった建物。ログハウスのような、小径間伐材を積層した外壁の表情が面白い。

製材所の隣は朽木陣屋跡という史跡になっていて、一角に茅葺きの見事な民家がある。庇はやや朽ちかけていてこれまた見事な草屋根になりつつある。

朽木というと映画「雨月物語」の朽木屋敷を思い出すのだが、ちょっと調べてみたらあの映画の主要な舞台として設定されているのは、現在の高島市の大溝という城下だそうな。そういえばあれは琵琶湖畔の物語であった。


今回のプロジェクトの敷地となる場所も見学。現況はまさに原っぱ。気持ちのよい場所。函館山という関西ではスキー場として有名な山の麓にあるので、通称「函館山プロジェクト」と呼ぶ。
このような土地に「都市を対象したコンセプト住宅」を建てるという。うーん・・・。

近所にあった牧場で近江牛ランチ。学生たちが牛を見て興奮していた。
だがやはりホルスタインよりはインドの瘤牛の方が・・・。花は桜木、牛はゼブである。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.06.06 | (2)

枚方WT邸:現場始動

すでに6月というのにまだ4月の話です。駆け足で紹介。

去る4月中旬の吉日、枚方にて2つめの住宅プロジェクト、WTさんの住宅の地鎮祭が行われました。前日まで雨で足元はぬかるむものの、当日は快晴となり気持ちのよい地鎮日和。

WT邸の敷地は下の写真のように、道路から主要地盤まで2mほどあがって、さらに敷地奥では斜面状の林になっているのが特徴です。
写真でみるとすごく広い敷地に見えるけれど、実はこれは2つ分の敷地なので、こちら側の敷地は間口6mに奥行き25メートルほどと、かなり細長い。

例によって祭壇。神社によって供えるものの種類はだいぶ違うよう。

左:WTさんによる鍬入れの儀。
右:今年一年生となったぴかぴかのお嬢さんによる玉串奉献。かわいい。

それにしても、足元のぬかるみ対策とはいえ、ブルーシート以外の方法が何かないのかと思う。ゴザやムシロでもいいけど、後始末や掃除が大変というのなら、藁を敷き詰めて後は土に混ぜ込んでしまうなんてのも悪くないんじゃないかと思うが。

設計の中身はまだヒミツですが、こっちに模型写真をちらっと載せています。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.06.05 | (0)

ベルガマ Bergama:Turky, 1996

ベルガマはローマ時代にはペルガモンと呼ばれ、アナトリア西部の中心都市として栄えたものの、今は小さな田舎町といった風情。巨大なアクロポリスに残るローマ遺跡と、静かで小さな町とのギャップが微笑ましい。とても居心地のよい町。
(1996年当時の印象です。今はわかりません)

斜面に面した絶景野外円形劇場。ちょっと急すぎのような気も。
トルコのローマ遺跡というとエフェソスのそれが状態もよく有名だけど、
ペルガモンの遺跡や発掘物のほとんどはベルリンのペルガモン博物館に持っていかれてしまったので、ここには本当にわずかな遺跡(の痕跡)しか残っていない。
移り変るこそ、ものごとにあはれな感じ。


アクロポリスの中腹にあった家。


泊まっていたゲストハウス。緑が溢れている。

ベルガマには3日滞在したけど、撮った写真はこの5枚だけ。

トルコは一ヶ月半かけて、大半をヒッチハイクで回った。写真はその道連れのヒロシさんとアキちゃん。国道沿いで車を待っているところ。
アキちゃんとは一昨年大阪で、ヒロシさんとはつい先日名古屋で再会した。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 12.05.27

名城大学にて(4月)

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究建築研究室@名古屋からの初更新です。

おいおい大学研究室のウェブサイトもたちあげて、大学関連はそちらで報告するつもりですが、それまではここのブログを使います。

さて3月末にドタバタと引越しをして、4月1日で辞令をもらい、5年ぶりの大学教員生活が本格的にスタート。少しずつ様子を見ながら始動するつもりでいたら、研究室の配属学生数はいきなり18人(3年生10名、4年生8名)と吃驚。にぎやかなスタートとなった。

研究室での最初の仕事は全員総出でのレイアウト替えと大掃除。
30年以上在籍された前任の先生による完成度の高いレイアウトがすでにあったのだけど、学生たちから「教員の占めるスペースが大きすぎる」との声が上がり(研究室は教員・学生共用)、大幅にレイアウトを変更することに。結果、僕のスペースは当初の1/3くらいになったけど(笑)、ゼミ生全員が打合せできる大きなスペースができあがる。

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その後は、講義準備・設計演習・ゼミなどに追われ、土日は京都や枚方のプロジェクト打合せなどが入り、ゴールデンウィークでようやく一息ついた。
現在はリズムもだんだん掴めてきて、そろそろ名古屋まち建築めぐりなんかを始めようというところです。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.05.15 | (2)

枚方TK邸:完成見学会

枚方TK邸は竣工まであとわずか。仕上げ工事がラストスパートに入ってます。

竣工にあたって、今週末に施工者であるIFA住宅設計室さん主催の完成見学会が催されます。ご都合よろしければ是非お立ち寄りください。
お申し込みは不要です。
(下記サイトでは「西田宮町の家」となっています)

※柳沢は3月31日(土)の終日、現地におります。

■日時:3月31日(土)・4月1日(日)10:00~17:00
■場所:枚方市西田宮町(京阪枚方市駅から徒歩15〜20分)
    ※現地および周辺に駐車場が無いのでご注意ください。
■問合せ先:IFA住宅設計室

>> IFA住宅設計室:【西田宮町の家】3月31日(土)・4月1日(日)完成見学会
>> 印刷用チラシはこちら
 (4月15日にはIFAさん主催の渡辺篤史氏講演会が開催されるとのこと。
  予約制になっているので興味のある方はお早めにどうぞ)

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.03.26 | (0)

ファテプル・シークリー Fatehpur Sikri:India, 2007

ファテプル・シークリーは16世紀、アーグラの南西にある岩だらけの丘陵上にムガル帝国第3代皇帝アクバルによって築かれた新都市である。その整然とした幾何学的構成の魅力は今も色褪せない。

世界遺産でロケしまくった楽しい映画「落下の王国」では、物語のクライマックスのシーンでファテプル・シークリーのあちこちの場所が使われていて、一見の価値あり。

ちなみにムガル帝国のルーツは中央アジアで、系譜を遡るとチンギス・ハンに至るという。ムガルとは「モンゴル」の転訛である。そのモンゴルの末裔たるアクバルは、インドにおけるヒンドゥーとイスラームの文化融合に大きな役割を果たした人物として知られる。


ブランド・ダルワーザ Buland Darwaza
アクバルのグジャラート地方征服を記念して建設されたという楼門。ファテプル・シークリーの門、というわけではなくて、その一部にある金曜モスクの門。
正面に巨大なイーワーンを備え、上部と背面には無数のチャトリが乗っている。
前に急勾配の巨大な階段を備えているため、凄まじく劇的な効果が生まれている。
赤・黄の砂岩と白い大理石の三色構成が見事。


ブランド・ダルワーザの背面(内側から見た側)。
尖頭アーチの壁龕イーワーンは見ての通りイスラームの要素であり、4本足のチャトリは木造由来のインド土着の建築スタイルである。大小のチャトリが並んでいる様子は幻想的でもあり、またある種の可愛らしい雰囲気がある。

門の内側にはモスクらしく巨大な中庭が広がっている。
ここを訪れたのは一年で最もアツイ6月。太陽はぎらつき、地面の石畳は裸足で歩けないほど熱されていた。日向を歩いていると大げさでなく生命の危機を感じた。
ので、みんな回廊の日陰に避難している。


パンチ・マハル Panch Mahal
名前は五(パンチ)層の宮殿(マハル)の意。壁がまったくなく、柱と床だけで構成されているという、ありそうでいてあまり見かけない建築。居住ではなく納涼と遊興のための場だったと言われる。
ヒンドゥーともイスラームともつかない独特の構成・意匠について、飯塚キヨは仏教建築の五重塔の影響を指摘しているが、ありえそうな話である。
この開けっぴろげな感じととのびのびと積層した感覚は、日本建築の流店や飛雲閣を思い起こさせる。

ファテプル・シークリーにはいろいろな形の建築があるが、基本的に赤砂岩でできているので、非常に統一感がある。お兄さんたちの黄色や水色のシャツがまぶしい。この建築の色彩(ほとんど砂漠と一緒)の中に、色鮮やかな衣服が生まれてくるのはとても自然に思える。
うしろの片持ちの階段とドアがついた壁面は、ラジャスタンの住居で時々見かけるものだけれど、えらく洗練されている。

パンチ・マハルの最下層。
ルーツがなんにせよ、このような風通しのよい日陰の空間は、暑い季節にはとても心地良いのでした。


ディワーニー・カース Diwan-i-khas
王の執務の場であり、私的な謁見のための場であったとされる。

内部には対角線状にブリッジが渡っており、中央に巨大な柱頭をもつ柱で支えられた円形の台座がある。謁見を受ける者は1階の床にいて、この中央のプラットフォームに座るアクバルに謁見する。重臣たちは橋の反対側に位置していて、アクバルが意見を聴く必要に応じて(重臣たちが互いに相談できないよう)一人ずつ召し寄せられたという。
この極めて求心的な構成は、そのような謁見機能の反映であると同時に、ヒンドゥー教徒にとってはマンダラ以外のなにものでもない。柱はリンガにも通じる世界軸(アクシス・ムンディ)の具現である。この建築には、アクバルを中心とする世界の秩序化の意志が表明されているようである。


サリーム・チシュティー廟
モスクの中庭にある総白大理石造りの廟。
外壁面のほとんどが幾何学模様の石彫のスクリーンとなっている。その繊細さと全面がスクリーンとなったことで生まれる淡い空間性はタージ・マハル以上だと思う。


おまけ
ファテプル・シークリーの後ではいった小さな食堂の飯。この内容で一人30ルピーは、やや高い印象。観光地価格かな。

アグラに帰る途中で見かけた、転落しかけのバス。怖い・・

| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 12.02.28

枚方TK邸:ちゃくちゃく

枚方TK邸は、4月上旬の完成をめざして順調に進行中です。

左:
片流れの屋根、玄関の庇、サッシがついて外観も輪郭が見えてきました。

右:
リビングの開口部の造作中。大きめの窓からはここのお子さんが通う予定の小学校が見えます。小学校の校庭からお母さんに手をふることもできたり。

フローリングもだいたい施工完了。今回はスギです。

左:
階段もつきました。階段を上がって左側のサッシを開けると、屋根のついたテラスへ出ます。右へ行くとリビングへ。

右:室内のようにしつらえたテラス。建物の端から端まで抜けていて、見通しも風通しもなかなか。

外壁もだんだん形になってきました。今回はサイディングベースに吹付けでの仕上げ。一部に焼杉板が混じってくる感じです。
内部の構成についてもいろいろ書きたいことがありますが、それはもう少し仕上がってからにします。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.02.18 | (0)

年賀状・撰 2012

2月になってしまいましたが、今年の「年賀状・撰」の発表です。
年賀状という日本のコミュニケーション文化を尊重し、年賀状に込められた創意・工夫を讃え選出作を1年間掲示鑑賞する、というこの企画も4年目。

 >> 主旨と弁明
 >> 年賀状・撰 2011
 >> (2010はアップロードしそびれ)
 >> 年賀状・撰 2009(その1その2

今年も10作品を選出しました。
おおまかな基準は、①手間がかけられていて、②読んで触って眺めて楽しめて、③一年間飾っておきたくなるもの、といったところ。特に③の比重が年々大きくなっています。


それでは本年のBEST3から。

●BEST3

文具屋や100円ショップでも売ってる丸シールを、少しずつずらしながら重ねて貼ってあります。これは(どこにも書いてないですが)もちろん龍の鱗でしょう。
身近な材料を使って、シンプルながらも意外性のある抽象度の高い表現をつくりだす。建築家の面目躍如といった感じです。シールの数はハガキ一枚あたり約110枚。かけられている手間もすごい。
「ひょっとしてものすごく暇?」と心配させてしまうのが唯一の欠点でしょうか。
○差出人:牧野研造建築設計事務所さん

例年名作の多い家族肖像の今年のベスト。
自分のも含め親バカ年賀状は多いですが、ここまで突き抜けると素晴らしい。
とにかく、見ていると顔が自然にほころんでしまいます。
○差出人:建築家・H野氏(一応フリーではないので匿名に)

『凡夫』という人間観について。
定型テキストの年賀状を読んでこれほど感じ入ったのは初めてです。
「説教」のありがたさとはこういうものかと実感しました。
○差出人:法然院貫主・梶田真章さん


つづいてジャンル別の入賞作。

●干支

  

【左】
おせちの重箱を貫く昇り竜。浅見さんは昨年のBEST。さすがの画力でもう殿堂入り。
○差出人:浅見俊幸建築設計室さん

【右】
家具製作に使う工具を使った道具文字。差し金の大きさから想像すると4×8版くらいサイズがありそう。こういうのはすごく好きです。「木」のやつとか「工」の縦の棒とか、何に使うのかよくわからない道具も。
○差出人:マエダ木工さん

【下】
絵はたぶん小学生のお子さんが描いたもの。この力強さ・自信にあふれた描線をぜひ維持してほしいものです。
○差出人:紫野の町家住人・AさんBさん


●絵・写真

 

【左】
日暮さんは4年連続の入賞。写真だったら殿堂入りでしたが、今年は神楽岡のスライド会でも見せてもらったマリのコンパウンドを描いた緻密なドローイング。日暮さんは設計・写真・スポーツ・絵と、何でもできるんだなあ。
○差出人:写真家・日暮雄一さん

【右】
飾っておきたいハガキ、となるとやはりプロの写真家のものが入ってきます。今回は中村さんの湿度と奥行きの感じられる熱帯温室の写真。温室の中に住むというのは僕の夢の一つです。
○差出人:中村絵写真事務所さん


●本人

シュワーベさんどうしたんですか・・。腰のひねりが効いたポーズが入選の決め手。
○差出人:巨大ペンタキスをかぶったカスパー・シュワーベさん


●オリジナル

盛さんは2年連続。昨年に引き続き活字のみによる干支の表現が格好よい。活版印刷の立体感・触感も見事。殿堂入りですね。
○差出人:グラフィックデザイナー・盛あやこさん


●番外

うちのチビ1号がモデルになっているので・・・。頭から富士山が生えています。
○差出人:写真家・梅田彩華さん


今年も年賀状をいただきありがとうございました。
謹んで一年間、掲示・鑑賞させていただきます。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.02.16 | (0)

紫野の町家改修:訪問

10月末に竣工した「紫野の町家改修/TIMELINE Machiya」に、引越し後はじめてお邪魔してきました。

とにかくモノを少なく厳選し(特筆すべきはプラスチック製品がほぼゼロなこと)、余白を多めに残した住まい方が素晴らしかったです。それぞれの場所の設計の意味を理解して、それを活かそうとしていることが一目で見てとれます。もちろん、設計はクライアントとの共同作業なので当然といえば当然なのですが…なかなかできることではありません。こんな風に住んでもらえることは設計者として本当に嬉しいことです。

道路側の土間はすっかり銅版画のアトリエに。印刷用のインクを拭いた布の原色が鮮やか。

土壁にマック

左:銅粉引き襖のあるホールには、当初の予定通りピアノが。
右:土間となったリビング。前の家から持ってこられた家具がごく自然におさまっています。

キッチンとリビングに面したバラ板壁。

左:土間に面した室内の縁側に腰掛けるご主人のBさん。奥の和室にいるのはうちのチビ2号です。
右:リビング。ローテーブルは古い和裁机を利用したものだそう。バラ板壁と同じ表情。

左:寝室の床の間の干支飾り。白い床の間には色鮮やかな設えが映えます。
右:子供室。片付きすぎだろ〜というくらい整頓されていました。イームズチェアにトトロが座っている。

アメリカ製のスチールの棚とおもちゃ達と漆喰と「こそげ壁」

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.01.20 | (0)

旧武徳殿:京都, 2011

| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 12.01.12

枚方TK邸:中間検査

TK邸は年明け早々に中間検査。指摘事項も無く無事終了。

耐力壁となる構造用合板が貼られて、空間の輪郭がだんだん見えてきた。

左:玄関から裏の庭へ続く土間。敷地の起伏が土間の中に階段として表れてきてる。一種の通り庭である。特に町家を意識したわけではないけれど、土間のある家に住んでた体験からも、現代住宅でも土間はあった方が何かとよいと思っている。

ところで、川と街道が接近しているのが枚方の特徴であるが、そのため枚方宿には船宿が多かったようである。枚方宿の町家も京都や他の都市の町家と同様に、入り口から奥へ抜ける通り庭(土間)を備えているのだけど、ちょっと面白いのは、そのような船宿では、通り庭の奥が船着場へ通じていたということだ。船客は川の船着場から通り庭を通って店にアプローチしていたらしい。いいなあ。(参考:大場修「近世近代町家建築史論」)

靴をぬぐ日本の家屋では、土間の広がりは家屋への出入りの口が増えることをも意味する。言ってしまうと、当たり前のようだけれど、家に土間が一つ(玄関の沓脱用)だけという状況は、果たして当たり前のこととして受け入れていいものか。

右:2階家族室(リビング・ダイニング)からキッチンの方を見る。キッチンの上はロフト。

家族室。正面の窓の先には小学校のグラウンドが見える。眺め良し。右手の大きめの開口は屋根のあるテラスにつながる。開放的な一角。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.01.11 | (0)

謹賀新年2012

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明けましておめでとうございます。
昨年は様々なことがありましたので、「おめでとう」と素直に口に出しづらいですが、
あえて「おめでとう」と言いたいところです。

今年は私にとっては、いろいろと環境が変わる節目の年になりそうです。
本年もどうぞよろしくお願いします。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.01.03 | (0)

枚方TK邸:上棟式

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無事に建て方が終わり、12月12日、上棟式が執り行われました。
とても寒い1日でしたが、施主氏より鍋料理がふるまわれ、アットホームな雰囲気のなか身も心もポカポカ温まりました。感謝。

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左:四方祓い。建物の四隅を酒・塩・米で清めます。
右:TKさん、2才のお子様を抱っこして2階を見学。

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助っ人の方がビールサーバーを設置。柳沢はグビグビ呑んで良い気分になっておりました・・・。

1階土間の高低差が想像以上におもしろく、何だかわくわくします。2階リビングからの眺めも素晴らしい。これからどんな家になるのかとても楽しみです。(ヒショ)

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.12.26 | (0)

枚方TK邸:建て方

もう10日くらい前ですが・・、この冬一番という寒さの中、枚方TK邸の建て方が行われました。


朝9時半に現場についたら、すでに2階の床を組みはじめていた。


お昼を挟んで小屋組にとりかかる。
1階に寝室や納戸・浴室といった細かい部屋、2階に広い家族室やテラスなどオープンな部屋を配置しているので、1階の柱や壁の量は2階の倍近くある。そのため、筋交や面材はまだ入っていないけれど、すでにものすごい安定感がある。平面形状が多角形であることも効いているか。
2階にリビングを、というといまだ抵抗を感じる人が多いようだけれど、リビングが巨大化しつつある現代日本の住宅では、少なくとも木造の場合、2階にリビングを持ってくる方が構造的には安心できる。
1階の地面とのつながりも捨てがたいけれども。


たくさんある登り梁にてこずって、だいたい全部組み終わったのが17時頃。
はやくも暗くなりかけている。皆さん寒い中お疲れさまでした。

全体像はこんな感じです。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.12.19 | (0)

屏山書院 병산서원:安東, 韓国, 2006

韓国は安東にある屏山書院(日本語の公式サイトがある!)

有名な河回村(ハフェマウル)のほど近くの高台に建っている、李朝時代の学校である。16世紀に建てられ、文禄・慶長の役で焼かれた後、1607年に再建されたものという。
(日本語での簡単な解説はこちらのページにわかりやすくまとまっている)

近世の地方豪族による子弟教育の場という点で、日本における閑谷学校に近い。儒教をベースとすることも共通する。いずれも教育の場にふさわしい質朴さと、周辺の地形・環境を活かした開放的な空気を兼ね備える、素晴らしい建築だ。


アプローチ


門をくぐると階段があり、
晩対楼という高床式の建物の下をくぐって中庭へ至る。


晩対楼の床下。
礎石は置かれているが、掘立を思わせる曲がった丸太の柱が立つ。
これを書くために久々に開いた「韓国の民家 (韓国の学術と文化20)」によれば、これはウムマルという形式の床であるようだ。

「マル」とは、高床となった板張りの部屋あるいは板張りそのものを指す語で、「高い」という意味もあるという。マルは夏を旨とした開放的な造りで、韓国の民家建築においては、土間式で閉鎖的な冬を旨としたオンドル房と対をなす建築形式である。

柱の間に架かる床梁が長クィトゥル、長クィトゥル間にかかる小梁が童クィトゥルと呼ばれる。床面は、この童クィトゥルの側面に堀った溝に庁板(床板)を挿し入れることで作られている。木材はいずれもマツであろうか。
この床を上(室内側)から見ると、日本でいうところの「朝鮮張り」の床となる。


四棟の建物が中庭を四合院のように囲んでおり、スカスカの晩対楼越しにかなたの川(洛東江)と山(屏山)をのぞむことができる。


晩対楼へ上がる、巨木を削り出した豪快な階段。


晩対楼。長大な板張りの高床(マル)の周囲に柱がめぐり屋根がかかっただけの単純な構成で、全周がフルオープン。建具も入っておらず開放感は比類ない。
欄干のデザインからして船をイメージさせる。
空中に浮かんだ船のような建築。


ウムマル、いわゆる「朝鮮張り」である。
床がそのまま構造体であるため、床板は非常に厚い。「朝鮮張り」の味わいは、この厚い床板の生む素材感というか触感によるところが大きいように思う。単なる張り方のデザインではないのだ。

床梁の上に床板をのっけるのでなく、わざわざ床梁の間に床板を差し込んでいるのは、たぶん釘無しで床をつくるためであろう(この時代に釘があったかどうかは知らない)。


天井(屋根裏)。
丸太の垂木が扇状にかかり、垂木間は漆喰のようなもので塗り込められている。
日本では見たことがないスタイル。
左官が使われているのは微妙に曲がった丸太のカーブにあわせて仕上げるためと推測する。大工仕事でこの曲線についていくのは大変である。
木の野地板が見えてる日本家屋の屋根裏と比べると、とても柔らかで明るい印象を与える。


晩対楼の中庭を挟んで、正面にたつ立教堂。メインの教室だったそうだ。
基壇の側面にあいている穴はオンドルの煙道か?(未確認)


立教堂内部。板張りの広間の両脇に、漆喰で塗り込められたオンドル房が並ぶ(寝殿造を思わせるなあ)。
開口部は床に座ったときに丁度視線が抜けるような高さに設けられている。窓台は低めに、座って肘を掛けるのにちょうどよい高さとなっている。
日本の伝統建築ではあまりこういう窓の開け方をしない(ような気がするんだけどどうだろう)。些細なことだけれども、そのような違いに彼我の住文化の差を読み解く手掛りがあるようで面白い。


立教堂より晩対楼を見る。

| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 11.11.30

枚方TK邸:基礎工事

この間、地鎮祭を執り行なった枚方TK邸は、地盤改良(柱状改良)を経て、現在は基礎工事の段階。

枚方はほとんどのエリアが丘陵地帯なので、戦後に開発された住宅地はたいてい斜面を造成して作られている。そのため、敷地の中に切土部分と盛土部分が混ざっていることが多いようだ。切土部分の地盤は良好だが、盛土部分は結構弱いので、地盤改良が必要なケースがほとんどだという。TK邸の敷地も、盛土部分が一部あり地盤改良(柱状改良)が行われた。

京都はと考えると、おおむかしの京都盆地は湖だったため、盆地の表面は堆積土砂で覆われており、そういった地面というのは、地盤の質としては強度がある方ではないはずである(たぶん)。
けれども京都市街中心部だと、木造2階建て程度であれば地盤改良が必要になるという話はあまり聞かない。やはり何百年も人が住んでると、地面も締まってくるということなんだろうか。

今回のTK邸では、ちょっとした敷地の起伏を家の中にとり込んだり、家の中に土間を貫通させたり、子供たちがぐるぐる走り回れる仕掛けを設けるなどして、小さい家の中に複雑な空間体験をパッケージングすることが、テーマのひとつとなっている。

そんなわけで基礎にもその複雑さが反映していて、この規模の住宅としてはかなりややこしめの基礎形状になっている。
なんだか遺跡みたいで格好いいなと、模型を見ながらニヤニヤしたり。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.11.29 | (0)

GD邸:オープンハウス御礼

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10月30日(日)
GD邸オープンハウスの日。あいにくの雨にもかかわらず、約70名+お子様数名にお越しいただき、盛況のうちに終えることができました。皆さま、お忙しいなかありがとうございました。
その賑わいぶりを写真でお伝えしたかったのですが、何と該当する写真が1枚もない。私、すっかり大事な仕事を忘れておりました…。というわけで、チビ1号2号を「室内縁側」に座らせてパチリ。
この日は終日太陽が顔を見せなかったので、トップライトから光が降り注ぐ様子を見ていただけなかったのが残念。また、日没後照明を灯した様子もなかなか不思議な雰囲気があり、できれば見ていただきたかったです。

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多かった質問は、ガラスや建具や壁など、どれが古くてどれが新しいのかということ。ディテールについては、折をみてまたご紹介したいと思います。

今回のプロジェクトでは、
きめ細やかな施工管理をしていただいた、エクセル住宅建設の岸本さん山内さん、
バラ板貼りなど渾身の仕事ぶりが頼りになる、大工の高尾栂佐さん、
キッチンを始めとして素材から納まりまで提案いただいた、マエダ木工さん
初の銅襖製作にチャレンジしていただいた、かみ添さんと表具師藤田さん、
吹抜けのデスクと本棚製作で指物で培われた繊細な技が光る、木工作家兵働知也さん、
こそげ仕上げにお付き合いいただいた、左官の山口さん、
複雑な配線工事に対応していただいた、堀部電工さん、
屋根やトップライト製作の板金桐畑さん、
お名前を挙げきれませんが、この他にもたくさんの方にご協力いただきました。

また、交換せざるをえなかった建具や照明器具については、
井川建具道具店さん、タチバナ商会さんなどにお世話になりました。

最後に、
設計半年+施工期間半年という、改修工事としては長い時間を要しましたが、とても楽しく仕事をすることができました。細部に渡るこだわりには、私たちも学ぶところが多かったです。このような機会をいただきましたクライアントのAさんBさんに感謝します。
(柳沢・ヒショ)

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.11.05 | (0)

フローリングに亜麻仁油、土間にワックス。

10月22日(土)

T邸(斜庭の町家)の「フローリングに荏油」と同じく、無垢フローリング(ウォールナット)に亜麻仁油を塗る作業をしました。
参加者は、施主Aさん、妹さん、柳沢、助っ人のミズモト氏。
私は、チビ2号が体調すぐれないまま復活せず、またまた自宅待機することに。

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ビフォーの状態。これはこれで良いのですが、亜麻仁油を塗ると、ツヤが出て濡れ色になります。数年経過すると味わいが出てきます。

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土間にもみんなでワックスをかけました。ややしっとりした表情に変わりました。
床に油を拭いたりワックスを掛けるとき、柳沢はいつも「ベスト・キッド」を思い出すそうで、毎回ワックス・オン、ワックス・オフ…と言っています。

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今回の改修で、六畳の和室を四畳半に縮めることで新たに生まれた「室内の縁側」。
1mほどの幅の間に、いろいろな素材が新旧混ざって並んでいるのがおもしろいです。
左から、
・新しいモルタル
・新しいステンレスの見切り
・古いバラ板+柿渋
・古い敷居
・もともと土間部分に貼ってあったのを剥がして移動し貼り直した古いフローリング
・新しい敷居
・新しい畳

(ヒショ)

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.10.28 | (0)

GD邸:最終チェックの日

10月20日(木)

GD邸の施主と設計者による最終確認の日。
私も立ち会う予定だったのですが、前日、チビ2号が40度近い高熱を出してしまい、自宅で待機することに。柳沢は「なかなかいい感じに仕上がっている」と自画自賛気味。

これまで載せてなかった部屋の写真を少しご紹介します。
また、キッチンや玄関収納をつくっていただいたマエダ木工さん、銅粉染めの襖に初チャレンジしていただいたかみ添さんにも、ブログでご紹介いただいています。

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左:1階土間(銅版画のアトリエに)
右:リビングダイニング

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左:2階吹抜け前
右:2階子供部屋

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左:1階和室
右:トップライトから、光がやわらかく差し込んでいます。


今までシートで覆われていたフローリングがお目見えし、造作家具も取り付けられ、古い町家が若返ったよう。改修前と比べ格段に明るい空間になりました。
打合せ中、施主Bさん(推定身長190cm)が鴨居に2度頭をぶつけていたそうで、そこだけ気になりますが・・・。

※施主ABさんのご厚意により、オープンハウスを開催させていただくことになりました。

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とあるところにバスブザーを再利用。思わず何度も押したくなってしまう。


(ヒショ)

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.10.23 | (0)

味わう建材の会 その1

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「建材」を並べてみると、まるでスパイスのよう。

柿渋塗りの際、話題になった「味わう建材の会」。
この企画を実行するまでの経緯を、柳沢が神楽岡工作公司のジャーナル(2004年1月13日)に書いているので、一部を引用します。


年をまたいで温め中の企画がある。それは「味わう建材の会」(略して「味建」)の開催。その名の通り「建材」(建築の資材、建築材料)を食して味わい尽くしてやろうではないか、という試みである。

…事の発端は…鈴木健太郎氏の発言である。アンビルトの建築を構想することの意義についての議論が沸騰し、各人酔いが程よくまわった頃、彼は「…結局、建築は実物に取り組まないとだめだ。材料に真剣に向かい合うんだ!」と熱く語りだした。大学卒業後数寄屋大工の修行に飛び込んだ彼だけに、よくある意見でありながらもさすがに説得力がある。…「お前ら材料が大事とか言っとるけど、食ったことあるのか!!!」…「よ~し、だったら食ってやろうじゃねぇか」。

…というわけで企画が持ち上がった。

…建築における素材(とりわけ自然材料)が重要視され、シックハウスが社会問題として取り沙汰される今日、建材を文字通り身をもって「味わう」という行為には、それなりの価値がありそうである。

というわけで
2004年3月7日(日)、「味わう建材の会」が実現しました。


この日のメニュ-は、、、

フルコースとなっております。

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■食前酒:柿渋(5年もの、薬用)
■オードブル:那智黒、鞍馬石、白川砂、川砂利
       寒水石、御影石、ガーデニング用石、レンガ
       金箔、銀箔、アルミ箔
■スープ:黒聚楽、稲荷山黄土、京錆土、三重浅黄土、石灰、セメント
■サラダ:黒谷楮紙、土佐雁皮紙、石州三椏紙
■メイン:桧、台湾桧、赤杉、北山杉、ヒバ、楢樫
     チーク、スプルース、赤松、桐、塩地
     イチイ、栂、柳、黒檀、楡
     2×4材、コンパネ、煤竹、孟宗竹
■デザート:三千本膠、粒膠、つのまた、銀杏草
      木工ボンド、大和糊
■紅茶:亜麻仁油、桐油、荏油、椿油
    墨汁、ベンガラ、松煙、群青

上の右側の写真手前は、京錆土と木材(楢樫?)、寒水石のカツカレー風。 

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左:那智黒と藁すさ 黒聚楽スープ仕立て
右:数種の竹の盛り合わせ お口直しに顔料のカクテルを

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「ごちそうさまでした。」

・・・
7年前に行われたこの企画、実録レポートをサイトに掲載する予定だったらしいのですが、実現しないまま埋もれていました。今回、柿渋をきっかけに「味建」の全貌を知り、さすが職人集団、その芸の細かさに感動したので、この場を借りて掲載することにしました。

気になる味の感想など、詳細は後日。

(ヒショ)

| MEMO 雑記・ブログ | 11.10.20 | (0)

枚方TK邸:地鎮祭

秋晴れの気持ちの良い天気に恵まれた10月17日、枚方TK邸の地鎮祭が執り行なわれました。

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お供え物の鯛がキラキラしておりました。

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左:もうすぐ2才になるお子さんも張り切って参加。
右:土地の四隅にお祓いをし清める神主さん(四方祓/しほうはらい)。

いよいよこの地に設計してきた家が建つのだと思うと、感慨深いものがあります。節目の式というのは、気持ちがシャキンと引き締まって良いものです。工事がスムーズに進みますように。

今回のTK邸は、枚方のIFA住宅設計室さんによるプロデュース。
担当のヒグチ君(神戸芸工大出身)とともに4月から打合せを重ね、今回の地鎮祭に至りました。
設計の内容については、またおいおいアップしていきたいと思います。

(ヒショ)

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.10.19 | (0)

GD邸現場・倉日用商店・コーヒー豆

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10月6日、GD邸の改修現場にて。
吹抜けから2階を見上げたところ。ここには木工職人兵働さんの机が取り付けられます。

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左:倉日用商店「昭和の生活雑貨・荒物展」にて
右:砥部焼でsightglass coffeeのコーヒーをいただく

現場での打合せの帰り、保育園のママ友のお店でもある、堀川商店街にある倉日用商店に立ち寄ってみました。ちょうど「昭和の生活雑貨・荒物展」という企画展の初日で、お店には、昭和20年代から50年代頃までに作られたデッドストックがずらり。店主の商品に対するアツイ思いが伝わって来ました(店長日記で商品についていろいろ紹介されています)。K村氏、ありがとう!私はデッドストックものは買わなかったのですが、砥部焼のそば猪口などを購入。
企画展は、10月25日(火)まで。

この日GD邸現場で、施主のAさんBさんご夫妻から、サンフランシスコのお土産をいただきました。
Sightglass Coffeeというコーヒーbarのグアテマラ産コーヒー豆と、塩キャラメル入りチョコ。このコーヒーbarは、今サンフランシスコで一番ホットなお店だそうです。
さっそく家に帰って、ホコリをかぶったコーヒーミルを引っ張り出し、久方ぶりに豆をゴリゴリ挽いてみました。そして買ってきたばかりのそば猪口に、ドリップしたコーヒーをゆっくりと注ぐ・・・。下の子供ができてから、忙しさと体調の関係でコーヒーをあまり飲まなくなっていたのですが、やはり香りが全然違っておいしい。豆を挽く心のゆとりぐらいは持ちたいものだと、しみじみ思いました。AさんBさんありがとう!

Sightglass Coffeeという店は、古い倉庫(工場?)を改修してつくったようです。かっこいい。
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(ヒショ)


Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.10.18 | (0)

GD邸:バラ板に柿渋を塗る

古い床板に柿渋を塗りました。
(参加メンバー:施主Aさん・その妹さん+究所長・イナガキ氏・ヒショ)

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まずは板の汚れやホコリをとるため、雑巾で板の表面をゴシゴシ拭き、その後刷毛で柿渋をムラのないよう丁寧に塗ります。今回は室内なので1度塗りにしました(あまり柿渋の色が濃くなりすぎるとせっかくの風合いが損なわれるので)。
乾いた床板がしっとりと落ち着き、潤いを取り戻した感じがします。

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トップライトからの光を浴びながら作業するイナガキ氏。
柿渋は光に当たると色が濃くなっていくという性質を持っています。
何年か経って、光の当たり具合によって色の濃さにグラデーションが出ることを期待しています。

ちなみに、このバラ板を貼り合わせた壁のヒントになったのは、港町などで見られる古い舟板を貼りあわせた壁だそうです(下の写真は、以前紹介した鞆の浦の蔵の舟板)。

ところで、
柿渋はぱっと見、熟成した赤ワインのような色合いをしています。作業途中ふとそのことをつぶやくと、横から究所長の声「柿渋飲んだことあるで~」。試しに柿渋をなめてみると、赤ワインとは似てもにつかぬ味。少量なのに口いっぱいに広がる渋み。

そういえば、その昔神楽岡工作公司で「味わう建材の会」という企画を実施した話を思い出しました。究所長はその時柿渋を試飲したらしい。事務所に帰ってその時の写真を見せてもらうと、何とオードブルに始まりデザートまで、「テイスティング」していました・・・。
建築に使われる土や木材、顔料、糊などを味わってみる、というこの珍企画。2004年の試みですが、埋もれさせるにはもったいない。後日、あらためてアップしたいと思います。

(ヒショ)

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GD邸:床板をリメイク2

先日お伝えした通り、古い床板には柿渋を塗ることになりました。

9月吉日、現場に着いてびっくり。なんということでしょう~。
床板として数十年、日陰の存在だった古い板が、まるでパズルのように壁面に収まっているではありませんか。

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(一部抜粋。実際は横に貼っています)

この家から出てきた古い床板だけでは数が足りないので、数種の板を切って組み合わせるという、気の遠くなるような作業(大工の高尾さんのおかげです、ありがとうございます!)。
1階の畳の下に敷いてあったバラ板、2階押入れの床板、別の古い家を解体した際ストックしておいたバラ板、それでも不足した分は新しいバラ板を足しています。

ちなみに「バラ板」というのは、壁や床の下地に使う板のことで、厚さは12〜20mm、たいていは杉板です。下地用なので鉋はかかっておらず、表情は粗めです。

さて、ここに柿渋を塗ると一体どのようになるのでしょうか・・・。

(ヒショ)

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箱木千年家:神戸, 2006


| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 11.09.30 | (0)

GD邸:9月の様子

スタッフのイナガキです!
さらに引き続き9月の様子をお伝えします。

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プラスターボードをはり終えて、リビングの壁下地ができあがりました。
白い十字や点はお絵かきしているわけではありません。
上からペンキを塗ったときに平滑になるように、ボードの目地をパテで埋めているんです。

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キッチンにある造作の食器棚ができました。製作は福井のマエダ木工さん。
壁から箱がポコっと飛び出しているデザインです。
手前の小さい棚に調味料などのちょっとしたものが並んでいると可愛いらしいですね。

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浴室のFRP防水を施工しています。
FRPは "Fiber Reinforced Plastic" の略で、ガラス繊維の入った透明な樹脂です。
塗っている途中はシンナーのような強烈な臭いがするので、職人さんは大変です。

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浴室の防水工事が完成し、天井にはヒノキの板が貼られました!
トップコート(仕上げ塗装)を塗る前の透明なFRPの向こうに、下地の耐水合板やモルタルが透けて見えて、なんとも不思議な感じです。
これはこれでカッコイイと思うのですが、どうでしょうか?

(イナガキ)

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.09.30 | (0)

GD邸:8月の様子

スタッフのイナガキです!
前回に引き続きGD邸の8月の様子をお伝えします。

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浴室の床工事です。
左官職人さんがコテで防水下地となるモルタルを塗ってます。

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左:
モルタル下地完成!綺麗に塗って頂きました。
壁にはFRP防水の下地となる耐水合板が貼られています。

右:
リビングとなる土間部分の壁面。へこんだ部分が棚となります。
写真のように壁全面が棚になってもそれはそれで面白そうですが、ここでは大きさの違う3つの箱が、ズレながら並びます。

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左:
大黒柱の接木。
湿気や虫食いで傷んでいた根元の部分を刳り貫いて、新しい木を接いでいます。
足元にある大工さんの道具箱が、なにげにかわいいですねー(・w・)

右:
左官工事も進行。傷んでいた土壁も塗り替えられました。
上の方はまだ下塗りの状態。

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1階のホール部分の床はウォルナット。
比較的硬めの材で、木目も表情がありながらうるさくないのがポイントです。
ホールは人がよく通る場所なので、荏油拭きで仕上げる予定です。

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2階のホールの桐フローリング。
ウォルナットに比べると白っぽく、繊細な木目です。
桐は柔らかいので傷がつきやすいですが、それを上回る肌触りのよさが魅力なのでこのまま無塗装で。断熱性もよく、限りなく畳やカーペットに近いやわらかい床材です。

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左:
1階の玄関脇につくる土間から奥を見た様子です。
吹抜けからの光が土壁に陰影をつくっていて綺麗です。

右:
この吹抜けに面して造作のデスクを作ります。
今回デスクを作ってくれる木工職人の兵働知也さんが、足をブラブラさせながら座り心地を確認している様子。子供たちがこんな風に家を楽しんでくれると嬉しいですね!

(イナガキ)

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GD邸:7月の様子

はじめまして、スタッフのイナガキです。
京都GD邸の現場進行状況について、7月までさかのぼってご報告します。

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写真右奥にあるのがもともとの京町家の本体で、それを囲うようにして数十年前にL字形に増築されていました。今回の改修工事では、この部分を半外・半内のような土間とします。
母屋との境界に新しく設けたトップライトからの光が、壁面に当たってぼんやりと土間を照らしています。
壁はまだベニヤの状態なので、これからどのような表情になるのか楽しみです。

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電気配線工事の様子。
壁のなかにスルスルと電線を入れています。
なかなか目にする機会がないですけれど、こんなに長いのが入っています。

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2Fホールの吹抜け。
改修前は床が貼られていましたが、この町家が最初に建った時には階段があった場所です。
今回の改修で吹抜けに戻し、光と風の通り道となります。

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左:2階の半分は天井を撤去して屋根裏を吹抜けに。
右:棟のそばにトップライトもつきました。
丸太の梁が照らされて迫力満点です。

(イナガキ)

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.09.26 | (0)

GD邸:床板をリメイク

約2ヶ月ぶりの更新です(ぬか床もダメにしてしまうほど忙しく…)。
遡りますが、現在進行中の町家改修:GD邸について、一部ご紹介を。

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7月28日の様子

解体時はがした床板を再利用し、キッチンとリビングの壁面(内壁)に貼ることにしました。ただ、そのままではなんとなく古ぼけた感じがするので、自然塗料の力を借りてリメイクすることに…。では、数ある塗料の中でどれを選べばいいのか?
事務所で日々数種の「塗装実験」を重ねた結果、今回は「柿渋」を使うことに決定。柿渋は、透明感があることに加えて、日光にさらされると色が変化するのが魅力です。
40年ほど経った板はよく乾いていて、新しいものに比べて塗料の吸収も良く、何を塗れば良いかの判断をするにもなかなか手強い。
進行具合は後日報告します!

(ヒショ)

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.09.12 | (0)

ミーナクシー寺院 Meenakshi Sundareswarar Temple:Madurai, India, 2002


| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 11.08.12 | (0)

6月のできごと・その3

6/24 左写真
伏見稲荷の方で土地探しからの相談があり、現地視察へ。
風致がかかってるので土地の面積が大きく土地代はかさみそうだが、その分緑が多く気持ちいい地域だ。斜面を造成をした土地が多いので、その点は注意が必要そう。
写真は近所にあった緑豊かな公園。殺伐とした公園が多いけれど、こんな木陰が気持ち良い公園がもっと増えるとよい。当然メンテナンスの手間はかかってるのだろうけど。

6/25 右・下写真
9時から18時まで造形大の授業をやった後、京阪に飛び乗り萱島へ。噂には聞いていた萱島駅のホームを貫通した大クスノキに初対面。
素晴らしい。既存の土地の文脈を物理的に(ここ重要)受け入れつつ新しい建設を重ねているという点で。いっそホームのみすぼらしい屋根は撤去してしまい、クスノキの木陰で電車を待つようにしたらいいのに。ただ、冷静に考えると、こうせざるをえない状況そのものを回避できなかったのかという気もするので、手放しではない。ホーム貫通部分で切られた枝の跡が痛々しくもあり。
下の写真はその根本にある神社。牛がいたので天神さん系だろうか。
茅島では、枚方のリフォーム案件のプラン提案打合せ。競合がいるのでまだ決まったわけではないけど、気持よく仕事ができそうなクライアントさんだった。中国の話題などで盛り上がる。
26日は引き続き9〜18時とCADの授業をして疲弊。


6/27
暑いとカレーが食べたくなる。
というわけでカフェモールで「鉄コン筋クリート」を読みながらカレーを食べた後、京都府建築士会と京大高田研の主催する「平成の京町家」設計ワークショップに参加。30分のスピードプランニング等なかなか為になる経験であった。実際の住宅で使えそうないいアイディアも浮かぶ。
下の写真は帰りがけにみた温室を利用した居酒屋。

京都GD邸の現場ではトップライトがあく。ええんでないの。


Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.06.30 | (0)

6月のできごと・その2

6/11
神戸新開地のアートヴィレッジセンターで開催された全国合同卒業設計展「卒、11」に、島田陽さんとともにゲスト講評として参席。複数大学の有志による展覧会だけあって、レベルはどれも高い。僕の選んだ作品は東京湾の台場跡地を部分的に造成して半地中の結婚式場をつくるという、適度にリアリティがありつつ建築のファンタジーを濃厚にまとった美しいもの。
仙台の日本一決定戦の優勝作品でもあったことを後で知り、やや複雑な気分。


6/12
下鴨の方で行われた服部信康氏設計の住宅のオープンハウスに行く。
密度の高い設計で、いろいろ勉強になりました。


6/14 左写真
京都GD邸現場。大工の高尾さん登場。
もう10年以上のつきあいだけど、一緒の仕事は久しぶり。現場の進行が楽しみです。

6/20 右写真
枚方の第2の案件(リフォーム)の話が持ち上がり、早速現地調査。
既存建物は僕が育った横浜の実家と地区年代が同じらしく、建具や床の雰囲気がそっくり。なんだか懐かしい気持ちに。
茂ったソテツのある植え込みがなかなかよい。


6/19, 20
みやこめっせでASJの建築家相談会。
二日間で100組超の来場あり大盛況。
住宅というのは皆さん本当に違った条件を抱えておられる。


6/23〜26
烏丸六角の関電ショールームでの展覧会『京都2111 vol2』に出展。
造形大での授業とかぶってしまいほとんど会場にいられず。
しかし結構盛り上がったようでよかったです。

| MEMO 雑記・ブログ | 11.06.30 | (0)

6月のできごと・その1

6月は更新をさぼってしまったので、絵日記形式でまとめてダイジェスト。


5/29
神楽岡にて東京から日暮雄一さんを招いてのスライド会。魅力的な写真・スケッチがあふれだす刺激的なスライドでした。豪雨のため欠席の人もいつつ満員御礼。とはいえ20数名なので、非常に贅沢な会です。はじめての方も多かった。
ジェンネをフィールドにする社会人類学の伊東未来さんも参加して下さり、生活や宗教の習慣・考え方など、建築とあわせて生活の様子が立体的に浮かび上がりました。
震災チャリティスライド会ということで、日暮さんの写真の絵葉書の売上げ、会費は些少ではありますが義援金とさせていただきました。
詳細はもうちょっと別の機会に書きたいと思っていますが。


6/4 左写真
五条楽園が閉鎖してはや半年。このまま切り売りされ駐車場だらけになるのか、あるいは普通の住宅地となるのか。どうすべきなのか。五条楽園の今後について、元お茶屋さんにいろんな人が集まりいろいろ話す。

6/7 右写真
京都GD邸現場、土間となる部分のコンクリート打設が完了。
写真は仮の柱と振れ留めだけど、妙にカッコイイ。こんな柱や梁もアリかもしれない。


6/5 
福島の佐藤敏宏さんによる震災・津波の被災地の様子、被害建物の調査・復旧活動などの報告会。


6/8 左写真
京都NS軒現場。外壁のパネルがだいたいおわったあたり。階段上のトップライトがすごい効いている。右写真のような形でトップライトになる。

6/9 右写真
京都GD邸現場。例年より早い梅雨入りと大雨で、屋根工事になかなか取り掛かれずにいたけれど、ようやく屋根を葺き替える。写真はトップライト、ではなく野地板の工事中に光が差し込んでいる様子。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.06.30 | (0)

アルハンブラ宮殿 Alhambra:Granada, Spain, 1997


獅子の中庭 / Patio de los Leones / Court of Lions


天人花の中庭 / Patio de los Arrayanes / Court of Myrtles


天人花の中庭の側廊壁面

| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 11.06.22 | (0)

枚方での仕事

やや間が空いてしまいまして。
実施図面が山場にさしかかるとウェブの更新が滞ります。
オープンデスク等絶賛募集中ですので、興味のある方は連絡くださいませ。


さて4月末より、縁あって枚方での仕事が始まりました(その縁の話はまた後日)。
地域主義者としてはまず土地の歴史を押えねば、というわけでにわか勉強をする。

枚方市の中心部は京阪枚方市駅(たぶん)。
枚方市駅は、大阪〜京都をつなぐ旧京街道・枚方宿の中にある。
というか、京阪電車のルートそのものがおおむね京街道をなぞって通っているようだ。東海道の延長である京街道(大坂街道)の宿場町は、伏見宿・淀宿・枚方宿・守口宿の4宿で(あわせて「東海道五十七次」という呼び方があることも初めて知った)、京阪の主要駅ときれいに重なっている。

 

京街道は、秀吉の伏見築城にともなって行われた一連の淀川水系の改修工事(文禄堤建設)によって、大阪城と伏見城をつなぐルートとして整備された(京都では、この河川改修によって巨椋池が宇治川から切り離された)。
枚方宿は、大阪と奈良を隔てる生駒山系の一部である枚方丘陵が、淀川とちょうど接する点に位置する。陸路と河川の交通・流通の交点としての活用が期待されたのだろう。
もう少しさかのぼれば、枚方には本願寺の寺内町もあった(光善寺)。
寺内町は大阪の石山本願寺と近江・北陸の真宗本拠地とを結ぶ交通の要衝に設けられていたのであり、大阪城は石山本願寺跡だからして、枚方宿の設置はたぶんこの延長上にあるんだろう。

旧街道沿いには歴史的な町家が少なからず残っており、それらを活用したカフェや店舗なども増えつつあるようである。新しい建築にも歴史的町並みを意識したものが見られる(良し悪しはあるけど)。今のところまだ賑わいがあるとは言えないが、うまく育てば枚方市駅前よりもずっと面白い枚方の中心街になる可能性があると思う。

一方、京阪間髄一のベッドタウンとしての機能をになっているのが、市域の大半をしめる丘陵地を覆う、戦後に開発されたであろう住宅地である。
有名なのは(まだちゃんと見れてないけれど)香里団地である。その中に以楽苑という重森三玲の庭園があることは、今回初めて知った。晴・秋に一般公開があるという。
団地以外の部分ではかなりの密度で一戸建て住宅が建て込んでいるけれど、街を歩いていてなんとなく開放感を感じるのは、丘陵地形で坂道が多く、視界が開けているからだろう。

今回の敷地はそんな住宅地の一角にある。
なんとなく横浜の地形にも似ていて(僕の地元の横浜も坂だらけなのです)、ちょっと懐かしい感じがしたのでした。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.05.29 | (0)

NS軒:ちゃくちゃく2

京都NS軒もちゃくちゃくと進行。
上の写真は耐火野地板を貼った状態の屋根からの眺め。なんという気持ちよさ。
永山祐子さんの「丘のある家」はこの気持ちのよさを建築化したんだな、とようやく気づく。

左:
3階。(残念ながら)建て方時の温室状態は失われたものの、空間の輪郭がはっきりしてきた。
この建築は各階とも完全なワンルームになっている。この大味なスケールと形の空間の内部を、数寄屋建築の密度で仕上げていくことになる。なかなか楽しい作業だ。

右:
道路側のひさし部分の骨組み。町家形を鉄骨でやるとこうなる。
線材で出来ているので、木造の骨格に似てるといえば似てる。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.05.28 | (0)

GD邸:解体進行

町家改修のGD邸は、今月半ばに見積り調整がおさまって無事着工。
本格的な解体工事が行われています。
とはいえ仕上げも部分的に残しながらの解体作業なので、いわゆるドカーンバリーンという派手なものではなく、解体屋さんが一人でコツコツ壁を剥がしていくという、わりと地味な解体です。

仕上げを剥がしてみたら、わりと綺麗な土壁が残っていて喜んだり、シロアリの巣立ちに遭遇して唖然としたり…。一喜一憂しながら解体は進みます。

右の写真は防空壕の跡らしい。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.05.27 | (0)

日暮さんの神楽岡スライド会

神楽岡のスライド会、今月もやります。29日です。

講師は、西アフリカの魅力的な土の建築を撮り続けている写真家の日暮雄一さん。
日暮さんが行う東日本大震災へのチャリティ・スライド会の一環として、
東京からお越しいただくことになりました。

内容については案内の写真を見ていただければ、説明不要かと思いますが…

地面が隆起したかのごとき土の建築群、
そのバックグラウンドとなる風土や人々の生活、建設技術、
撮影時のエピソードなどなどなど、伺えるのがほんとうに楽しみです。

どうぞ奮って、またはお気軽にお越し下さい。


詳細は下記よりご確認ください。

>> スライド会「美しき土の造形(たてもの)」

こちらも是非。
>> 2004年の日暮さんスライド講演会のダイジェスト

| MEMO 雑記・ブログ | 11.05.07 | (0)

街角:Rome, Italy, 1997

彫りの深い街並み

| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 11.05.02 | (0)

写真撮影@斜庭の町家

4/17(日)
斜庭の町家が『モダンリビング』誌に掲載されることになり、初夏を思わせる陽気の中、写真撮影が行われました。
住み手のTさん夫妻には、せっかくの休日にもかかわらず、快くご了承いただき感謝です。

左:
編集の臼田桃子さんと写真家の山本育憲さん。時間をかけて丁寧に撮影していただく。
シャッターを切るそばから、無線でノートPCにデータを飛ばして確認しながらの撮影。横から覗き見していると、いままでとはまた違った雰囲気で撮られているようで、仕上がりが楽しみ。

右:
道路際の植栽がだいぶ育ってきた。草(ローズマリー)が溢れ出しているのがよい。
木がもっと育つともっとよい。
建築で作られる街並みも大切だけど、一軒一軒の家が道に面して一本でも木を植えれば、街はずっと潤うのにと思う。

「モダンリビング」といえば、古いですが、池辺陽のケーススタディハウス(石津邸)が思い浮かびます。池辺陽については、10年くらい前にちょっとした文章を書く機会があり、だいたいの著作を読みました。印象的だったのは、戦後の住宅設計について語ったときの、「施主が絶対に満足しない家を建てたい」「人間として日本という国に、最も悲観的な見通しを持つようなモメントに住宅がなるべき」というフレーズです(「庶民住宅をどうするか」『新建築』1954年4月号)。
これはもちろん皮肉も混じった逆説的な言い方なのですが、惰性に流されがちな自分に、住宅の設計ってのはそういうもんじゃないだろ、と喝をいれてくれる言葉として、時々思い出します。


夜には久しぶりに神楽岡工作公司でのスライド会。
畑中さんによる「南ドイツで見たこと考えたこと」は盛況。
神楽岡のサイトで紹介しています

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.04.20 | (0)

GD邸:現場打合せ&NS軒:中間検査第2回

4/13(水)
先日部分解体を行ったGD邸の現場にて、解体で見えてきた躯体や下地の様子を確認しながら、大工さんや左官屋さんらと4時間かけてみっちりと打合せ。

単純に骨組みだけに戻してつくり直す方が楽かもしれないけれど、家に積もった時間をリセットすることなく、新しい生活を重ね描きしていきたい、というのが今回のリノベーションの趣旨。なので、予算を睨みつつ、手を加えるところ加えないところ、加えるとしたらどこまで加えるかを一つづつ考えないといけない。

右の写真は、一階の部分解体で剥がした床板。よく見ればいい味がでてるので、どこかに活かせないものかと、捨てずにとって置く。

並行して家具や構造補強についても具体的な検討が進んでいます。


4/15(金)
早くもNS軒の中間検査第2回。各階の床も出来上がってきています。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.04.19 | (0)

うえとオープン&寄席と朗読@荒壁廻家

春らしい話題二件。

4/8(金)
友人の上田太一郎氏のバー「うえと salon&bar」がこの日オープンを迎えられたので、GD邸解体作業の埃を落としてから、夜少しだけ飲みに行きました。おめでとうございます。
バーの二階には、何かとお世話になっているpotitek 戸田さんのギャラリーがある。

土壁をベースに木部を栗とタモでまとめた、とても上品な落ち着きのある空間は、見習うところが多い。
店の内外にお祝いの花が見たことないくらい溢れていたのは、お二人の人柄を表すものでしょう。僕は花を贈る柄ではないので、お祝いの気持ちを込めて杯を重ねよう。なんちて。
チビが生まれてから飲みに出る機会がぐっと減ったものの、友人が京都に来た時などには連れだって行きたい場所ができました。三条東山界隈で、龍門からうえとへ、なんてコースは結構いいかもしれない。


4/9(土)
昨年に引き続き、荒壁を廻る家での落語&朗読&花見の会にお邪魔する。
( >> 昨年の様子。今回の写真は合成じゃありません)

落語は二口大学さん「幾代餅」。傾城に誠なしとは誰が言うた。いい話だ〜。
朗読は広田ゆうみさん。 別役実の「二人の紳士」「工場のある街」「迷子のサーカス」。目をつむって聞いているとファンタジックな情景が思い浮かぶ。「二人の紳士」のようでありたいねえ。
花見は疎水沿いに咲きほこる桜をバルコニーから満喫。というのは嘘。酒と話でほとんど見てない。
この日もたくさん方と楽しい時間を過ごすことができました。Kさんご夫妻に感謝。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.04.18 | (0)

GD邸:部分解体

町家改修の京都GD邸は、現在見積調整の佳境に。
並行して、躯体や下地の状態をより精確に把握するための、部分的な解体工事を行いました。この家はたぶん昭和10年頃の建設で、その後何段階かの改修が施されている様子。その改修の地層を剥がしていく作業です。

上:
一階の畳をあげ床板を開けていく。基礎は束石。
床下は乾燥していて状態は悪くない。しかし改修時の施工があまり丁寧ではなかったようで、床は全体をつくりなおすことにしました。

左:
ベニヤを剥がしたら、真壁の土壁が出てくるとは予想してたのですが、意外や大津壁が登場。柱は塗りがかかっている。壁の状態もそんなに悪くなく、味があるといえばある。が、そのままで使うにはちょっと苦しいかな。
ここの土壁を観察すると、少なくとも2度大掛かりな改修がされていることがわかった。

右:
天井を剥がすと、今度は立派な大和天井が出現。ベンガラで綺麗に仕上げてあり、梁や板の状態も良好。これは嬉しい予想外で、このまま使うことになった。

左:
プリントベニヤにあった、かつてこの家に住んでた女の子が描いたと思われる落書き。なかなかのセンスを感じさせる描線です。柱のあちこちには、背比べの傷がたくさんありました。

右:
で、そのベニヤをはがすと煤で真っ黒になった壁が。
どうやらここは火袋(竈の上にある煙抜き用の吹き抜け)だったところで、後の改修でそこに階段を作ったことがわかった。
とすると通り庭の位置もだいたい推測できる。原型がだんだん見えてきた。

上:
では、元々の階段はというと、ここにあったことが壁の様子からわかる。
(階段の側面についている斜めの板の痕跡です)
竹小舞・荒壁・中塗・上塗りと、仕上げサンプルを示すかのような壁面が面白い。
これはこのまま残したいなあ。だめかなあ。

左:
2階の床板は、板厚が2cmほどあり幅も広い立派なもの。これはそのまま使える。
畳の下には必ずといっていいほど新聞紙が敷かれていて、その日付から畳替えの時期がわかる。これは1990年だったので、そんな昔ではない。
前に調べた町家では、「満州国建国」=昭和7年の新聞が出てきて驚いたことがありました。

右;
一階床下から出てきた不思議な構造体。
レンガを積んで内側を漆喰で仕上げてある。明らかに耐火の仕様だ。
囲炉裏? 職人の作業用の炉? 隠し金の保管場所? などといろいろな意見が出たのですが、事務所に戻って調べてみると、どうやら昔の掘りごたつの跡のよう。この中に炭を置いて使っていたらしい。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.04.15 | (0)

ランス大聖堂 Notre-Dame de Reims:France, 1997

これぞゴシックというランス大聖堂。

訪れた時には知らなかったけれど、ランス大聖堂は第一次大戦の空爆で壊滅的な被害を受けたところから修復されたものであり、その作業は今なお続いているのだそう。
建築は残るのではなく、残る価値のあるものが残される、ということを思う。

さて、ランスはシャンパンの町としても有名で、たくさんのワイン蔵があるそうだけど、当時はそんなことまっったく知らず。大聖堂を半日がかりでスケッチして満足し、町を去ってしまった。悔しい。


下の写真はランスと関係のない、パリの公園でのスナップ。
背景に石の街並みがたっぷりあると、鮮やかな色を使いたくなるのは分かる気がする。


| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 11.04.14 | (0)

NS軒:鉄骨建て方

先月末、京都NS軒の鉄骨建て方が行われた。

約6m×13mの内部空間を無柱にして、なおかつ壁の中の柱を100mm角という木造スケールのサイズにおさえるという主旨の設計。そのため、前面にごっついめの柱が鳥居のように出現している(構造設計は門藤芳樹氏)。
ぶっとい柱の足元はRCの基礎に埋まっているのに、全体が組み上がるまで、柱はゆあーんゆよーんと揺れまくり。鳶職はそこを素手でリスのように登っていく。幅100mmしかない平均台みたいな梁の上もひょいひょい。クレーンを使っているものの、これだけのサイズと重さの鉄骨を、5人で組み上げてしまうのは、眼の前で見ていても信じがたい。
動きにほとんど無駄がない。

右写真はほぼ全体が組みあがったとこ。ごっついようだけど、壁ができていくと街並みにしっとり馴染むはず。

3階レベルに登ってみる。
瓦屋根だけが切り取られて見える風景が妙に新鮮です。
こういうシーンを見てると、いっそ温室のように全面ガラス張りで仕上げてしまうと気持ちいいだろうなあと思う。その中に植物わさわさ生やして、木陰もつくったりして。
都市内温室というのは、ずっと実現してみたいと思ってることの一つなのです。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.04.13 | (0)

畑中さんの神楽岡スライド会

ひさしぶりの神楽岡スライド会、やります。

syugakuin.jpg

講師は、昨年度、文化庁新進海外芸術家派遣による
ドイツでの一年の研修を終えられた畑中久美子さん。
神楽岡でのスライド会は2004年以来の2回目となります。

ドイツの環境共生建築の話はもとより、
事務所での仕事のスタイルや、旅のおはなしなど
さまざまな興味深い話題が伺えると思います。

どうぞ奮って、またはお気軽にお越し下さい。

詳細は下記よりご確認ください。

>> 神楽岡工作公司:スライド会「ドイツで見たこと考えたこと」

| MEMO 雑記・ブログ | 11.04.02 | (0)

オール電化雑感 その2〜4

「オール電化雑感」の続きをまとめて載せてしまいます。

その1」をアップした時に全部用意してあったものの、その後、大震災とまだ進行中の原発事故、計画停電などが起こり、続きを載せるのをためらっていました。
内容に問題があるとは思わないけれど、多くの人々が必死で最悪の事態を食い止めようとしているこの最中に、原子力や電力利用についての批判的な(という程大げさでもないんだけど)事をあえて載せたくない、そんな尻馬には乗りたくない、と思ったのでした。

とはいえ、おそらく半年一年後には電力や原子力に関する世論は驚くくらい転換していると思われる(まだ緊急事態を脱していないので控え目だけれど、そう期待したい)。その前に、震災以前のやや脳天気なテキストを残しておくのもちょっとは意味があるかと思い、載せることにした次第です。原発を横目に気にしつつも声もあげず手も動かさず日常的に電力をじゃぶじゃぶ使っていた僕のような人間にも、この事態に対する責任の一端はあるのですし。

以下、「オール電化雑感」のその2〜4です。
原子力に対する立場を鮮明にすることを避け、「効率」の話にしようとしているところが、今から読み返すとこざかしい・・。


「オール電化雑感」 (執筆11/02/23)

その1 オールモスト電化
その2 電気→熱はもったいない
その3 オール電化は政治的判断
その4 エネルギー一元化ということ

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , SELECTED 選り抜き | 11.03.29 | (2)

建具の検討

3/2(水)
京都GD邸にて使う(かもしれない)古建具を物色に、クライアント夫妻と井川建具道具店へ。「和知」や「たかはし」をやってた頃以来なので、約10年ぶり。にもかかわらず京都新聞の記事などを見て覚えていてくださりやや感激。
雪見障子や舞良戸、襖などを見てあれこれ検討。襖の出来の良し悪しがなんとなく見えてきた。
玄関にあうサイズの建具がなかなか無いなあ。

御池烏丸近くのカフェで打合せをした後、解散。
帰りに唐長の11代目ギャラリー伊右衛門カフェによる。銅のカウンターがかっこいいじゃないか。


3/4(金)
GD邸の検討の一環で、ふたたびクライアント夫妻とともに西陣の唐紙「かみ添」さんを訪問。約一年ぶり。嘉戸さんを囲み紙のこと染めのこと、版木のこと、いろいろ丁寧に教えていただく。GD邸で試してみたいアイディアも出る。
嘉戸さん曰く「やったことが無いし、どう変化するかわからないけど、すごいよくなると思いますよ!」。最も試してみたくなるシチュエーションですね。是非やりましょう。

打合せに同行しているチビ2号は、子供をあやすのが上手なかみ添の奥様にずっと抱っこされて、おおむね静かにしていた。ありがとうございました。

下の写真は、上の写真の襖に使われたトルコ製の版木。元は更紗のプリントに使われていたものという。
これを見て、そうかインド更紗の版木も使えるのではないか、と思い当たる。みんぱくで一緒だった更紗研究が専門の先生から借りられないだろうか・・と思案。

実はいつかコーラムの版木を作り、それを使った襖をつくりたいとも、密かに計画している。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.03.11 | (0)

ASJイベント@みやこめっせ

2/26(土)、27(日)
みやこめっせで開催されたASJのイベントに初参加する。
新聞の折り込みチラシを見て、10年近くご無沙汰の方が訪ねてきてくれたりもした。

2日間通算で100組くらいの来場者の方々と、設計についての考え方やこれまでの仕事について、繰り返し繰り返し話をする。さすがに疲弊するが、この人はどんなことに興味を持っているのか、どう話したら伝わるのか、考え工夫しながらやっているとだんだん反応が変わってくるのは楽しい。
設計事務所の人間は、小売店等のように日常的に大勢のクライアント(候補)と話をする機会があるわけではないので、よい経験になりました。

この二日間、みやこめっせの3階では合同卒業設計展が開催されていた。99年僕らが卒業の時、一時中断していた合同卒業設計展を工繊大の鳥居斉を中心に再起動した。その時は京都の6大学しか参加してなかったのに、今回は19大学という巨大さ。
布野修司先生も1日目のパネリストとして来ていたようだが、タイミング合わずお会いできず。同じく2日目のパネリスト勝矢武之氏とは、26日の晩に軽く飲む。負けずにがんばろうっと。

| MEMO 雑記・ブログ | 11.03.10 | (0)

「自炊」と増築論研究会

2月半ばから、毎週のように何かと出来事がありつつ、例によってなかなかアップできないまま現在に至るのですが、最近はブログに書いてない事柄の記憶が薄くなりがちなので駆け足で振り返ります。

2/15(火)
午前中から妙に寒気がしていたがそれをこらえつつ、午前GD邸の打合せ、午後NS軒の鉄骨関連打合せと済ませたが、夕方帰ってきた頃にはグロッキー。久々に39度超の熱が出る。インフルエンザだとまずいなと、翌日医者にいったら扁桃炎とのこと。
熱が39度あると、やや目が回る。
40度を超えると(インドでの入院時に一度だけ経験あり)、目を閉じていても、いろんな映像がかつ消えかつ結びて久しくとゞまることなしという感じ。酒に酔いすぎた時にも似ている。

2/17(木)〜
だいぶ復活したので、本棚に収まりきらない本を何とか減らそうと、雑誌や論文資料の一部の電子書籍化(PDF化)、通称「自炊」を敢行する。

必要な裁断機や高性能スキャナーをいきなり買うのは躊躇われたので、「スキャレン」という「自炊」機器レンタルサービスを利用した。裁断機は懐かしの指を切り落としそうなやつ。スキャナ(Scansnap1500)の性能は、紙質によって紙詰まりや二重送りが頻繁に起こるが、まあ満足の性能。A4裏表を3秒くらいでスキャンしてくれるのは素晴らしい。

  

一週間のレンタル期間中、仕事の合間をみながらザクザク裁断&スキャンを繰り返し、約150冊をPDF化した。それでもダンボール三箱分しか減らなかったのは悔しい。
それなりの高解像度(カラー300dpi、白黒600dpi)でスキャンし、総データ量はおよそ12ギガ。

論文やレジュメ資料の保存には最適と思う。雑誌はまだPCのPDF表示性能が追い付かずやや重い感じがあるが、まずまずの使い勝手。
やや困ったのは、PDFビューワのアプリケーション。マックの場合だけかもしれないが、「Adobe Reader」はページのサムネイル表示が遅く、サクサク流し読みしづらい。マックデフォルトの「プレビュー」はだいぶ軽いが、縦書き(右綴じ)本の見開き表示ができない。そのために結局、いろいろ調べて「ComicViewer」という電子マンガ閲覧用アプリケーションを導入。いいソフトだけれど、アイコンデザインをもうちょっと、何とかしてほしい。

PDFデータは検索できないと価値が半減するので、タイトルと目次くらいは、OCRやウェブ上のデータを拾いつつテキストデータ化しておく必要がある。地味で面倒くさい作業だけど、少しずつやらないといけないな・・。

iPadとかギャラクシータブとか、pdfリーダーが欲しくなってきた。
裁断機はかさばるが、スキャンスナップは買ってもよいかもしれない。


2/19(土)
昨年来、西川英佑氏(元京大、現東工大研究員、薬師寺東塔の修復論で学位)と建築の増改築論に関する研究会を立ち上げようと意気投合し、その第一回が西川氏の尽力でついに開催。
文化財技師の北脇氏や絵画修復を専門とされる田口さん、歴史家の図師氏、RADの川勝氏にも加わってもらい、それぞれ持ち寄ったスライドを披露しながら、あれこれ議論。いろいろな刺激をたくさんもらった。第二回も早くやりたい。

会場は町家を改修し古童具を扱う北大路の葵リサイクルショップ西店。時間の中の建築を考える集まりに実にふさわしい。
スクリーンがなかったので、古い掛け軸にプロジェクターを写す。


| MEMO 雑記・ブログ | 11.03.09 | (0)

オール電化雑感 その1

「オール電化」という言葉が一般的になって久しいです。
当初より、個人的には「いかがなものか?」という思いがありつつも、ちゃんと整理できてなかったので、当たり前のことも含め、ちょっと考えてみました。

(言い訳のようですが、僕自身はまだ「オール電化」住宅に住んだことも、設計したこともまだありません。もし的外れのこと、欠落した視点などありましたら、ご指摘いただければ幸いです)


■オール電化のメリット

オール電化のメリットについては、主に電力供給会社からのたくさんの情報があるが(関西電力東京電力)、おおむね事故(火事や不完全燃焼など)に対する安全性と、経済性(深夜電力利用、お得な料金プラン)、環境性(CO2排出が少ない)の3点に集約されるようである。

ほんとに安全なのか、経済的なのか、という突っ込みもいろいろあるようだけど、個々の生活スタイルによって左右される部分も大きいと思われるので、ここでは触れないことにする。
とりあえずオール電化には上記のようなメリットがあると認めた上で、それでも気になる点について考えてみたい。
(地球環境うんぬんはとりあえず保留にさせていただきます)

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , SELECTED 選り抜き | 11.02.25 | (0)

大聖堂:マインツ Mainz, Germany, 1997

大聖堂:マインツ Mainz, Germany, 1997

| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 11.02.25 | (0)

地鎮祭や町家改修

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だいぶんとゆっくり進行していた京都NS軒が、ついに地鎮祭を迎える。めでたい。
ご商売をされていることもあり、祭儀を司るのはゑびす神社の宮司さん。ちょっと間があったので地鎮祭についていろいろ教えて頂いた。

祭壇は南面を正とする(東面がそれに次ぐ)こと(これはインドも同じ。太陽に基づく方位観)。注連縄につける紙の飾り(「しで」というらしい)がジグザグなのは、「雷」を表しているという。雷は雨=水に通じる。つまり敷地の四周を注連縄で結界した上で、そこに水を呼びこみ場を浄めるという仕掛けだ。宮司さんによれば、雨を貴ぶ照葉樹林帯の風土に由来するとの解説。東南アジアや東アジアの古い習俗にも同様のものがあるという。「しで」は「しだれる」に通じるらしい。「したたる」も同源だろう。

じゃあ、四隅の竹も一種の樹木崇拝の名残ですかと聞くと、いやこれは比較的新しいです、室町以降じゃないかな、とのこと。象徴的な意味よりは、竹の使いやすさ(すぐ生えてくる、まっすぐ、軽い等)が先にあって、常緑でめでたいとか、まっすぐで云々というのは後付けでしょうとのこと。
和辻哲郎的風土論と機能主義的解釈が、ほどよく混ざっていて腑によく落ちる。

懐石の振る舞い弁当を頂き、家で昼食。少し酒あり。
確認申請も大詰めです。

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町家の改修:京都GD邸(仮称)も、年明けから本格始動してきて、だんだん慌ただしくなってきた。今月頭には、京都市の助成する町家耐震診断を受けた。結果がでるのにだいぶ時間がかかるが、参考になるデータが得られることを期待する。
まずは2月半ばまでに基本設計のだいたいのまとめと概算見積出しが目標。

あいまに造形大の授業の成績採点なども。今年はレポート出題の狙いがうまくはまり、面白いレポートが多かった。詳細後日。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.02.09 | (0)

椅子が壊れた

仕事用に使っていたイスが壊れた。

割とシンプルなデザインと2万円を切る値段に惹かれて、5年ほど前に買ったノーブランドのキャスター付きイス。
座り心地は悪くなかった。しかしまず1年でキャスターの軸が折れた。ホームセンターで径の合うキャスターを買って交換したが、その後も続々と折れ、結局5個あるキャスター全部を交換した。しかしこの度は、ガスの座面高さ調整機構がアホになって一番低いところから動かなくなってしまったので、買い替えることに。

いくらヘビーユースでも壊れるのが早いんじゃないかと思うが、アルク aRCに行って話してたら「そのレベルの椅子なら5年はいいところですよ」とのこと。そうか。じゃあ今度はちゃんとしたのにしよう。フリーランスは体が資本。ちょっとくらい高くてもいいぞ。そのかわり20年は使うぞ。

定番のアーロンチェアはとても機能的でよさそうだけど、あれはゴツすぎる。イームズのエグゼクティブ・チェアやマネージメント・チェアは憧れるが高すぎる。でも12年保証はすごいな。

可動部から壊れるのは分かっているので、キャスターはまだしもガスの機構はなくていいんじゃないか。そもそも特定の人間しか座らない椅子に(少なくとも手軽な)高さ調節機構はいらない。ところが、きょうびガス機構の無いワークチェアはほとんど無いことが判明。

じゃあ座面調節やキャスターはなくてもいいか、と選択肢を広げて候補に浮上したのが、水之江忠臣の名作S-0507NA-ST(天童木工)。以前マエダ木工の前田君に教えてもらった、前川國男の神奈川県立図書館用にデザインされたという椅子。ダイニングチェアとして売られてるけど、もともと図書館用なんだからデスクワークにも適しているはずだ。

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ということで、店頭に置いてる店はなかなか無いので、フタバ家具にわざわざ取り寄せてもらって、試し座りしてきた。

イメージよりやや大きめだけど、座り心地たいへんよし。控え目な曲面のフィット感がすばらしい。小学校の椅子を思い起こさせる生真面目さのただようデザインも◎。コスト・パフォーマンスもずば抜けている。
しかし、仕事用の机高さ720mmにあわせると、ちょっっっと低い。ちょっとだけなんだけど気になるといえばなる。クッションを置いて使うのはためらわれる。背筋をグッと伸ばして使うか…。

他の候補の一つは、ヤコブセンのオックスフォードチェア(ローバック/アームなし/キャスターは選べる)。ネジの高さ調節があるのもすばらしい。注文生産で半年待つという。それはいいけど、さすがに予算オーバー。しかし、いい。20年使うと考えればアリか。そんなにもつのか。それより5000円の無印の椅子に座ってるヒショの許可が降りるのか。


| MEMO 雑記・ブログ | 11.01.27 | (0)

年賀状・撰2011

二年ぶりの「年賀状・撰」です。
(実は、昨年もちゃんとえらんだんだけどアップロードをサボってしまった)
年賀状という日本のコミュニケーション文化を尊重し、年賀状に込められた創意・工夫を讃え、選出作を1年間掲示鑑賞するという企画(→主旨と弁明はこちら)。

今年もヒショと共に、昼休みに11作品を選出しました。
基準は有って無いようなもんですが、あえていえば、①手間がかけられていて、②読んで触って眺めて楽しめて、③一年間飾っておきたくなるもの、といった感じです。
不遜なのは自覚してますので、請ご容赦。

それでは本年のBEST3から。


●BEST3

月面温泉で地球見を楽しむウサギの図(勝手に命名)。
モチーフは王道だけど、風呂に入ったり餅をついたり月面マシンを運転するウサギたち(バニーガールもいる)を、鉛筆と水彩で鳥獣戯画調にコミカルに描いていて見ごたえあり。その密度とセンスに脱帽です。できればもっと大きな絵で飾りたいくらい。
○差出人:浅見俊幸建築設計室さん

「懐かしい」というには昔過ぎる時代のお正月の子供たち。なのに懐かしい感じ。関さんの作品はどれも、そんな遠くて近いような不思議な世界を感じさせます。1/29〜2/11、一乗寺恵文社で展示をされているそうです。
いつか蔵書票をお願いしたいと思っているのですが…。
○差出人:型染作家・関美穂子さん

パッと見、インドのどこかの街の風景(看板をよく読むとマドゥライだ!)。
よく見ると、リクシャーや看板の写真などあちこちに差出人ご夫妻が隠れている、という丹念なつくり。あ、ラトナカフェの看板もあった。
昨年のダッカの街角の写真も素敵でした。
○差出人:ラトナカフェさん

つづいてジャンル別の入賞作。


●家族近影

 

【左】子供写真はうちのも含め定番ですが、飛び抜けたインパクトと鮮やかさが光った姉妹ツーショット。ふたりともご両親に似て濃ゆかわいい。
○差出人:友人Mさん夫妻

【右】手作り感と立体感が際立つ松崎家は3年連続の入賞です。ポートレートが格好いい。奥様は昨年、七条の方に「まえだのドーナツ」というお店を開かれたそうです。
○差出人:庭とドーナツの松崎家


●書

一枚一枚の手書きが嬉しい。
が、すいません、何とお読みしたらよいのでしょうか…分かる方いたらコメントください(ヒショ)。
この方の賀状を見ると、いつも今年は書道をやろう、という気持ちになるのですが…
○差出人:ヒショの広島の友人Eさん


●写真

 

【左】昨年、チビ2号誕生をはさんでうちの家族の写真をたくさん撮ってくれた梅ちゃん。さわやかな笑顔でチビがよくなついていました。撮ってもらった写真がどのように仕上がるか、また今後の活躍が楽しみです。
○差出人:写真家・梅田彩華さん

【右】日暮さんも3年連続で入賞。好みがあいすぎなのです。ご無沙汰してますが、『コンフォルト』1月号ではご一緒できました。
○差出人:写真家・日暮雄一さん


●オリジナル

 

【左】写真では全然伝わらないですが、表情のある和紙です。ありそうでなかった紙オンリー。そうか、年賀状はまず第一に「紙」だ、という本質をつく年賀状(笑)。紙のプロの気概。今やってる町家改修の仕事でご一緒しようと、密かに画策しています。
○差出人:かみ添 kamisoeさん

【右】これも写真ではわからないんですが、全面に凹み加工が施された触覚派。真ん中の、◎と×で表現されたウサギもかわいい。
そういえばうさこちゃん(ミッフィー)の × は、Vの鼻とへの字の口なんだそうで。
○差出人:グラフィックデザイナー・盛あやこさん

これも実は立体的な作品。ただの白紙やんけと思いきや、百数十本の切り込みが入っていて、ぼんやりとウサギの形が浮かびあがっている。手間かけすぎです(笑)。
○差出人:タトアーキテクツ / 島田陽建築設計事務所


●番外

宛名側の差出人名の脇にちんまり添えられた「ピータンラビット」。
気づいたとき、思わず吹きました。
○差出人:ゲストハウス・胡乱座さん


今年も年賀状をいただきありがとうございました。
ネタにした上に勝手に選考などしてすいません。来年もやります。


>> 年賀状・撰2009 その1その2  >> 企画主旨   >> Tag:年賀状

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.01.22 | (0)

雪が積もるとこ積もらないとこ

ペチャクチャナイト京都#2が終わって、木屋町に出たら大雪。
酔っぱらった夜の雪は、客観的にたいへん危険だけれど、本人はとても気持ちよい。

帰る途中、道路上にときどき、雪が積もっている部分と積もってない部分がハッキリと分かれている場所があることに気づいた。右の写真では、インターロッキングの目地に沿って綺麗に雪が積もって(融けて)いる。

車やモノが置いてあったり、屋根が張り出しているわけじゃない。
おそらく地面の温度か伝導率の差によると思うんだけど、同一素材の道路で違いがでるのは何故だろうか。

地下に水道管や下水管が通ってるから?

| MEMO 雑記・ブログ | 11.01.17 | (0)

ペチャクチャナイト京都

久しぶりに日記らしい新鮮な更新。
昨晩「ペチャクチャナイト京都 #2」というイベントが木屋町アバンギルドで開催され、プレゼンターのひとりとして参加してきました。

ペチャクチャナイト(公式サイト)は、カジュアルな大人の発表会というのが適切か。何人かのプレゼンターがスライドを使って話題提供(自作とか活動とか考えてる事とかの話)をして、それを肴に酒を飲みコミュニケーションするという集まり。
ミソは「20x20」というプレゼンのルールだ。「1人20枚のスライドを20秒ずつ合計400秒(6分40秒)でプレゼンテーションする」という非常にシンプルなルール。しかし、プレゼン準備の負担が大きすぎず、またしゃべり過ぎで間延びするのを防ぐ絶妙な設定。実際やってみると、1枚20秒というのは、かなりスピーディーでドキドキします。

もともとは建築家のクライン&ダイサムの発案だそうで、東京を皮切りにこれまで世界300都市以上で開催されてきたという。各イベントは、"PechaKucha Night Kyoto"のように都市名を冠している。
重い政治の話も軽い趣味の話も砕けた発見の話も深刻な生い立ちの話も、みんな並べてプレゼン可能という、これぞフォーマット・デザインの力。すごい発明と思う。

で、今回の「ペチャクチャナイト京都 #2」。
観衆が予想以上に多い。100人近かったのではないか。うち7割ほどが外国の方っぽい。ネット上でもほとんど広報されてなかったのに、なんでこんなに集まるのだ。京都在住フォーリナーの濃ゆいコミュニティの存在を感じる。

発表者は9人。僕のネタはインドの「融合寺院」(融合寺院についてはこの記事で少し書いてます)。
作品紹介をしようか迷ったけれど、自己宣伝よりも場が盛り上がる話題を提供する方がよいだろうと判断した。とはいえ、これまで建築系日本人には話したことがあるが、一般のしかも外国人は未知のゾーン。しかも日本語でやるのに。

結果:かなりウケました。
終了後、すごく面白かったよ、と何人かの方に声をかけて頂きました(ウケをとることが目的ではないのですが)。スクラップ&ビルドではない「重ね書き」のデザイン、いわばビルト&ビルド Built&Build なやり方がいいと思うんだけど。というメッセージは伝わったように思います。
他の発表者の方で印象的だったのは、テク能ロジーのJonah Salzさん、バティック染色のフジモトヤスヨさん、書働家の薛翔文さん等。

その後、12時過ぎまでまったりと飲む。アバンギルドは食事がおいしいですね。

次回のペチャクチャナイト京都は5月の予定だそうです。
一般からの応募も受け付けてるので、われこそはという人、オススメです。

| MEMO 雑記・ブログ | 11.01.17 | (0)

蓮華寺:京都, 2004

蓮華寺、京都、2004

京都で最も好きな庭の一つ、大原街道沿いにある蓮華寺。
紅葉の季節をのぞけば、人も少なく静かに落ち着ける。

縁と軒、そして柱によって切り取られた名庭はたくさんあるけれど(京都では詩仙堂、曼殊院、円通寺、奈良では慈光院など)、ここでは池が間近にまで迫っている。その水面に覆いかぶさるように、樹々の葉が重なり合いながら茂っている。
そのため建物の中の方に座って庭を眺めると、水面に浮かんでいるような心持ちがする。

雨など降って、水面がさざめきたつのをじっと見るのも、ここならではのよさ。

夏の前後に訪れると、鬱蒼とした樹々の緑に包まれたようになる。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 11.01.15 | (0)

2011 謹賀新年

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写真上段:左から、2歳頃の父きわむ・チビ1号・母
写真下段:左から、4ヵ月頃の父きわむ・チビ2号・母    
(究建築研究室のトレードマークの牛がさりげなくウサギになってます。)

新年あけましておめでとうございます。
昨年は竣工物件こそなかったものの、本が出たり賞を頂いたり慣れないレクチャーをしたり子供が増えたりと、なかなかに実りある一年だったのではないかと思っています。
お世話になった皆様、ありがとうございました。

初詣で訪れた横浜の伊勢山皇大神宮にて引いたおみくじは中吉でした。
「いまさら新しい目標を選んでも無理。かねて積み上げた力が発揮できるところを目指してがんばれ。」(おみくじ文面ママ)
との、やや微妙かつフランクな励ましに従って、精進致します。

本年もご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 11.01.03 | (0)

チェスキー・クルムロフ Český Krumlov:Czech, 1997

チェスキー・クルムロフ Český Krumlov:Czech, 1997

チェコ南部の小さな都市チェスキー・クルムロフ
美しい歴史的街並みは、第二次大戦後と民主化革命後の二度にわたり、主要住民がごっそり入れ替わるという壮絶な歴史を経て今に残されてきたという。

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| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 10.12.17 | (0)

そうだインドカレー、作ろう。

こんにちは、ヒショです。
肌寒い日曜日の昼下がり、スパイシーでホットなカレーが食べたくなりました。

カレーといえばインド、インドといえば究所長(?)。インド研究者でもある彼は、特別カレー好きではないけれど、3食カレーがひと月続いても平気な程度には好きだそうです(それ大好きと違うのん?)。そこで今回、久しぶりに本格カレーを作ってもらうことに。
下記レシピは、所長のお兄さん(カレー大好き)が入手した某人気カレー店のレシピをアレンジしたものです。インドの雰囲気をしっかり感じさせつつも日本人好みのマイルドな仕上がり。手間をかける甲斐のある味だと思います。ぜひお試しください!

■ 材料

・分量:7〜10人分くらい
・材料費:約2350円(うちスパイス代750円)

① 肉・野菜など
・鶏モモ肉(400g)   ・玉ねぎ(4〜5個)    ・トマト水煮(1缶)
・ナス(2本)      ・丹波しめじ(1パック) ・ブロッコリー(1株)
※野菜は適宜好みのものを
・ヨーグルト(大さじ2) ・コンソメ(35g)    ・塩(適量)  
・サラダ油(50mL)   ・バター(25g)


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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , SELECTED 選り抜き | 10.12.13 | (2)

三条大橋の下

三条大橋の下に、単管足場とコンパネでできた懸け造りの小屋が出現している(27日朝に確認)。丁寧にブリッジのついた入口まである。
技術といいコストといい、スクウォッターの仕事とは思われないが、なんだろう。
橋関連工事の資材置き場? 休憩所?

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.11.27 | (0)

研究レポート脱稿・町家三段活用


うちの事務所は「建築研究室」と名乗っていることもあり、ときどき研究の仕事もやったりする。ここ一ヶ月ほどは、某大きめの企業から依頼されたインドの伝統的住宅に関する研究レポートに、ずっと取り組んでいた。それがようやく先日脱稿! 肩の荷が下りた〜。机に山積みになってた資料もこれで片付けられる。
はじめはヴァーラーナシー、マドゥライの現地調査資料を中心にまとめるはずが、結局、総論から他都市の事例までフォローし、結構なボリュームとなってしまった。ご満足いただけるとよいのだけど。


というようなレポート執筆の合間に、ウェブを見てご連絡いただいた町家改修の相談の、現場確認に行ってきた。
たぶん昭和初期くらいの築で、少なくとも外見上かなりしっかりしている。町家にしては珍しく広い南向きの裏庭があり、明るい日の差し込む室内が魅力的な町家だ。

住まわれる方も、一度壊したものは二度と取り戻せないのだから、古さと新しさがバランスよく混じり合った家にしたい、という明快な考えをもっておられて、とても共感する。
現状、まず第一案としてプランと模型を作って提案したところ。今後はまだ確定的ではないけれど、是非ご一緒できればよいなと思う。

この間、自分のやってきた仕事を振り返る機会があり、要するに僕は(インドにせよ京都にせよ)、いかにして時間の流れを建築・都市に埋め込むか、というテーマをずっと追いかけていたのだということに気が付いた。そういう意味でも、とてもやりがいのある仕事だ。


ついでに、その近所でちょっと面白い町家の事例を見かけたので紹介。
同時期に建てられたであろう町家が、「町家→看板建築」の変化過程のサンプルを示すかのように並んでいるのだ。

たぶん、ほぼ原型そのままのもの(左)。
1階部分に木造モルタル箱形の増築がなされたもの(中)。建具がアルミサッシに変わって、戸袋も無くなってる。
で、1・2階全面にわたり増築してほぼ看板建築化したもの(右)。
かろうじて軒が勝っているものの、ここまでくると原型がわからない。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.11.24 | (0)

写真撮影@荒壁廻家ほか


荒壁を廻る家が某誌に紹介されることになり、先週、完成から7年越し2度目の本格的写真撮影が行われた。撮影していただいたのは喜多章さん。どのような仕上がりになるのか、今から楽しみ。
同行は編集のT永さん、最近オープンデスクでうちに来ている稲垣君。

ちょくちょくお邪魔しているので、あらためて感慨深いわけではないけど、7年を経て随所に味わいが増しているのを見ると、やはり嬉しい。狙い通りとニヤニヤ。古色塗りを施した床板などは、2匹の猫のおかげで、数十年前の古材といって通用しそうな表情であった。

お住まいのKさん夫妻には今回たいへんなお手数をおかけした。本当にありがとうございました。でも、これを機に抜本的な家の整理改革を行った結果、家が居心地良過ぎて生き方まで変わりそう、とのコメント。すばらしい。


左:モルタル金鏝押さえのキッチンカウンター。油が若干染み込んで表情が成長している。ソリッドだけど固すぎず、ピカピカすぎなくて僕は好きな仕上げ。こちらの奥さんにも好評なんだけど、一般にはやはりステンレスがいいという方が多い。
右:韓国で買ったという照明器具がとても荒壁に馴染んでいた。それにしてもよく面白い物を集めてくるなー。


撮影終了後、「テルマエ・ロマエ」と「11人いる!」をお借りして帰る。一瞬で読了。
ローマ風呂マンガはずっと読みたかった一冊。ばかばかしくも楽しく感心する、日本マンガの裾野の広さを感じる作品だ。「平たい顔族」って…。あと、帯の煽り文が珍しくとてもよくできている。以下長いが転載。2巻も読みたいなあ。

「古代ローマの設計技師(風呂限定)ルシウス。
 仕事熱心な彼は浴槽のアイディアについて悩みまくり、
 そのあげく現代日本の銭湯にワープ!?
 彼は日本と古代ローマ(風呂限定)を往来できる
 体質になってしまったのだ!!
 好漢ルシウスの時空を越えた大冒険(風呂限定)が始まった!!」

萩尾望都は実はあまり読んだことがなかった。定評あるプロットはやはり見事で(中高生で読んでたらもっと響いただろうな)、ぐいぐい引き込まれる。SFとしても、サスペンスとしても充分に楽しめる完成度の高さ。しかし少女マンガに免疫の少ない僕は、むしろ本筋と外れた少年少女の淡い恋愛描写にどきどきしてしまうのだった。

〆切を過ぎた原稿があるのに、こんなことを書いてたら怒られそうだ。


話はまったく変わるが、その前の日は京都静原のカフェ・ミレットにて、友人の長野君の結婚パーティがあった。落ち着いた雰囲気の中で、パーティには珍しく時間をたっぷり使った、終始和やかなよい会でした。
店内の壁には、ヴァーラーナシーの大きな写真パネルが架かっていて、ちょっと驚く(下)。ご無沙汰してます、その節はお世話に…と思わず挨拶してる気分になった。写真はお店の方のお父さんの撮影だとか。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.11.19 | (0)

河井寛次郎記念館:京都, 2008

河井寛次郎記念館:京都, 2008

「民藝」ど真ん中な設えには好き嫌いがあるかもしれないけれど、河井寛次郎記念館(河井寛次郎旧居)は、空間的な魅力において京都の町家の最高峰の一つだと思う。もう6回くらいは訪問しただろうか。
個人的に京都で好きな建築を10個あげろと言われたら、間違いなくその一つに入る。

詳しい解説は後日に・・・

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 10.11.12 | (0)

一年点検@斜庭


屋根のちょっとした水切りに鳥がとまって、糞が落ちてくるといった話も。うーん・・・

先月下旬、斜庭の町家の一年点検に。
実は竣工後も何度もお邪魔してはいるのだけど、毎回驚くほどに綺麗に住んでくれてることに感動する。
高橋工務店の内田さんと共に、外まわりから中、造作家具・設備系の点検まで。
何カ所か対応の必要のある点はあったが、左官壁のひびも建具の反りもまったく見られず、1年次としての状態は全体的にすごくよい。
庭の水はけが思ったより悪かったのが問題と言えば問題。対策を考える。


左:感動的にきれいに住んでいる。
右:日のよくあたる場所はフローリングが焼けてきた。油をそろそろ塗り直さないと


左:夏・冬とも活躍の断熱スクリーン
右:キッチンの引出しも押入れも開けて見せてもらう(奥さんスイマセン…)。

工務店のチェックの後一時間ほど時間をもらって、ご夫妻に設計に関するヒアリング。
設計段階の打合せにじっくり時間をかけた甲斐あり、かなり満足していただいてる様子。
内容を挙げていくとキリがないですが、印象的だったコメントを何点か。

・はじめリビングの天井が高すぎる(最大4.5m)かと心配したけど、住んだら全然気にならない。むしろ、もうこれより低い天井の家に住めないくらい。
・視線はちょっと気になるけど、大開口はとても気持ちいい。早く木が育つとよい。
・浴室のコルクタイルはいい。これ以外考えられない。
・キッチンの換気扇がすごいパワー(笑)
・吹き抜けの断熱スクリーン大活躍。
・天井高の低い奥まった和室部分がとても居心地のよい場所に。
・寝室の照明は、やはりベッドの中から消せるとよかった。
 (設計時、さんざん議論の末にこれをやめた経緯を振り返って)
・寝室と土間との間の窓がお気に入り。
・玄関のスリットや大型引き戸の埋め込んだアクリルの光がきれい。
・シャワーバーやタオル掛けの位置、引き出しの把手には改善の余地あり。
・・・
などなど
次は二年点検。

その前にも、遊びに来ると思いますけど。
よろしくお願いします。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.11.10 | (0)

丹波篠山

地域住宅計画全国シンポジウム出席のため、10月28・29日と丹波篠山へ。
篠山は、市街・周辺集落あわせると、通算5回目。
駅を降りると、日本昔話に出てきそうな、丹波特有の平地からにょっきり生えた山並みが見えます。

市民センターにて地域住宅計画賞の表彰式。
三井所清典さんには、斜庭の町家について「京都の町家を現代でつくるとどうなるか、というテーマにチャレンジした点を高く評価した」とのコメントと励ましをいただきました。頑張ります。

まちづくり部門は西陣大黒町の活動が受賞し、京都市(しかも上京区)で二冠。京都市にも報告してくださいね、と言われたけれど、どこに伝えればいいのかな。


いただいた賞状はたいへんに豪華なもので、有田焼の印章が嵌め込まれた山形の金山杉の額に入っています。
家に帰ってチビ1号に持たせてみる。
でかい。そして重い…

シンポジウムの後は、篠山の街並み見学に。

摂丹型民家に起源をもつという妻入りの家が目立ちます(参考論文URLメモ)。
一般に、間口が狭く奥行きの長い敷地では、妻入りの方が材料効率がいいし、目立つファサードがつくりやすい。ただ、隣地境界側に水が流れるので、そこに排水スペースが必要になる。また豪雪地帯では、隣の家に雪が落ちてしまうため、難しい。
京都で平入りが発達したのは、「みやこ」の高密さゆえに、隣家と密着して建てて敷地を目一杯活用するためか。あるいは、街路に対して控えめに家を構えるという「みやこ」的センスのゆえか。

伝統的な建築の意匠を活かしたという市営住宅も見学。この市営住宅や集落丸山を設計した才本謙二さんの活動、また、NPO法人たんばぐみの活動は、すごく面白い。また今度伺って詳しくお話を伺いたいところです。

二日目は、限界集落の再生事例として有名になりつつある「集落丸山」(集落内の古民家を一棟貸ししている宿泊施設。値段はやや高めですが、家族でのんびりと滞在するのによさそう)の見学分科会に参加。
運営主体のNPOの方、集落の方、改修にあたった工務店の方々から、いろいろとお話を伺うことができました。具体的な改修手法もさることながら、資金計画や運営、既存制度の活用や法規対応といった事業の枠組みづくりが、行政と連携しながらきわめて綿密になされているのが印象的でした。

丸山集落の風景。谷間の地形に田畑が広がり、遠くに灰屋(はんや)が見えます。

ある自然地形の中で、どこに家を建てるか、という選択には、住み手の価値観がとてもよく現れます。現在であれば普通、平らで日当たりがよく風通しのよい「いい場所」が、家の敷地として選ばれるでしょうが、ここでは、谷の真ん中の最も日当たりがよく川に近い「いい場所」は田畑に割り当てられ、家々は山裾の斜面に建っています。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.11.01 | (0)

曼荼羅都市マドゥライ

madurai.jpg

研究フィールドの一つ、南インドの寺院都市・マドゥライ Madurai。
巨大なミーナクシー寺院を中心に、方形の街路がマンダラ状に重層する希有の都市だ。
久しぶりにGoogleで見たら、かなり精細な写真にアップデートされていた。
地図ではさんざん見てきた都市だが、衛星写真はまた違った迫力がある。

Google EarthやMapが登場する前、都市の衛星写真や航空写真を手に入れるのはたいへんなことだった。たいして精度がよくない写真を何万、何十万ものお金を払って購入していた。僕もなけなしの研究費で買おうとして、高すぎて断念したことがある。それでも、地図からは得られない敷地や地形、建物の形状が見える航空写真は貴重なデータだったのだ。軍の資料を裏ルートで手に入れた、なんていう話も聞いたことがある。

先日メディアショップのイブニングレクチャーでご一緒した和歌山大の平田隆行さんは、フィリピンの奥地の集落や棚田を、GPSを使いながら歩測で、何ヶ月もかけて地図をつくりあげたそうだ。いまではGoogleで一発らしい。曰く「グーグルの馬鹿ッ!(笑)」
でもクリックひとつで手に入る地理情報よりも、汗みどろのフィールドワークの中で得た経験や直感こそが研究の血肉になるんですよね、ね。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.10.20 | (0)

フンデルトヴァッサー・ハウス Hundertwasser Haus:Vienna, Austria, 1996

フンデルトヴァッサー・ハウス Hundertwasser Haus:Vienna, Austria, 1996

テキストは後日・・・

| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 10.10.15 | (0)

宴会@五条楽園歌舞練場

先月の27日、五條会館(五条楽園歌舞練場)にて、五条st大宴会『三つ数えて目をつぶれ!』と題したイベントが行われました。
開催の経緯はこちら(極楽通信)に詳しいですが、趣旨を要するに、最近いろんなお店が増えて面白くなってきた五条界隈の人たちで集まって宴会しようぜ、というもの(といわけで、一応うちの事務所も協賛として名前を連ねています)。仕掛け人はご近所の友だち、ハライソのさっこさん

事前に案内できなかったのが悔やまれるほどに、まさに「大宴会」というにふさわしい面白い「場」でありました。もちろん会場の歌舞練場の魅力は言うまでもありません。古い建築が好きな人はたまらないでしょう。木造建築増築論を構想中の僕としては、そういう観点からもたいへんそそられる建築です。
次回もたぶんあるので、その時はまた案内します。

左:歌舞練場の入り口
右:格天井の大広間。神楽岡で何か大きなイベントがあれば、今度はここでやろう。

左:朱塗りの欄干がついた桟敷席もある
右:中の階段より

>> ハライソブログの報告はこちら。

ベリーダンス見逃したのが残念。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.10.06 | (0)

寺院:ラーメシュワラム Rameswaram, India, 2007

寺院:ラーメシュワラム Rameswaram, India, 2007

インド(ほぼ)最南端の聖地・ラーメシュワラム その2(→その1
上は、ラーマナータ・スワミーRamanatha Swamy寺院の有名な回廊。
太く短いプロポーションの角張った柱が連なる空間は、タミル地方の寺院に共通する独特のもので、綺麗な陰翳の階調を刻んでいる。

寺院:ラーメシュワラム Rameswaram, India, 2007

寺院のあちこちにある井戸。沐浴する人々が集まる。強い日射しの作り出す明暗のコントラストが、なんてことない建築空間に荘厳とも言える空気をまとわせてしまうことも。

寺院:ラーメシュワラム Rameswaram, India, 2007 寺院:ラーメシュワラム Rameswaram, India, 2007

左:外観。ゴープラムと呼ばれる楼門がそびえる
右:寺院境内。中心の神様を囲んで回廊・周壁がとりまくのが、この地方の寺院の平面構成の特徴。そこをグルグルぐるぐる回りながら参拝する。

寺院:ラーメシュワラム Rameswaram, India, 2007

寺院のすぐ外に、海がある。
海の中の人は、海水浴客ではなく、祈りながら沐浴をする巡礼者なのです。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 10.09.21 | (0)

北山杉雑感

先週は、鷹峯で林業をされているYさんの作業場横につくられた、手製の川床での食事にお呼ばれしてきた。はじめての父娘2人での外出でもあり。

灼熱の市街地とまったく異なる冷涼な川の上で、お酒と鶏スキを堪能。北山杉をとりまく情勢の悪さなどが話題に。

北山杉の需要がふるわないのは、それが高級なだけでなく、現代の建築・住宅・生活においてなぜ北山杉か、という問題がちゃんと位置づけられてないからなのはハッキリしている。今の若い施主や設計者はモノの良し悪しがわからん、とかいう話ですませてたらいけない。
垂木専用に生産された(!)芯の詰まった北山垂木の、垂木以外の使い方とか、磨き丸太の表情をモダンデザインの中で生かす表現とか。「数寄屋」よりもう少しカジュアルな使い方があっていい。

北山杉と現代建築で思い浮かぶのは、たとえば篠原一男の「白の家」。

実際見てないのが残念なのだけど、あの柱は、たぶん皮付きの丸太でもケヤキの面取り角柱でも鋼管でもダメで、北山丸太の中性的な柔らかさ真っ直ぐさでなくてはいけないのだろう。北山丸太が、末口と元口の径が揃っていてシュっとしていることも、理由の一つと思う。それは、そうなるように育てられているからだ(普通、木は元口=根っこ側が太くなる)。

それにしても、径が揃ってること、絞りの表情、磨きのツヤ。どれを見ても、北山杉は「自然素材」とはいえ、極度に人の手がかけられ「人工素材」に近づいている。
むかし、不均質な自然素材を加工して、均一で平滑・光沢のある表情をつくることは、木でも土でも、高度な熟練技術が必要とされる最高級の仕上げだった。ところが、そういった表情をつくるのは機械が最も得意とするところであり、最も安価に生産できるものであった。たぶん大正〜戦後頃に起こったであろう、この価値観の転換を、伝統技術の世界はまだ受け止めきれていないと、僕は思う。ツルピカシャープでおされな「人工素材」と、ざらざらぐにゃりで和みの「自然素材」という素材観の単純な二極化の間で、北山杉も宙ぶらりんなのだ。

(蛇足で書くと、中谷礼仁は北山杉のこの両義性を「アンドロイド」と呼び、そこにアンドロギュノスなエロスを見ていた(「建築MAP京都」のコラム)。個人的には同意する感覚だけど、一般化はしづらいなあ)

こう書いてると、なんかいろいろ使えそうな気がするのだけど。
北山杉を生かした建築をつくるなら、むしろ逆境の今がチャンスですよ、お施主さん!

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.09.16 | (0)

ちび2号と英語レクチャー

いくつかまとめて報告とか。

今月の頭、ちび2号が無事誕生。今度は男です。
ちび1号は女の子だったので、父親に似てブサイクに育ったり愛嬌がなかったらどうしようとか、生まれた時にはそれなりに心配したのですが、今回は勝手知ったる男なので、どのようにでも育ってくれと、はなから気楽です。
2歳になるちび1号とあわせて、一気に家の中がさわがしい。

その3日後くらいに、JICA大阪にて、アジア諸国から来ている研修生を対象とした「歴史都市の保全と観光:ヴァーラーナシーのばあい」と題したレクチャーを英語でしてきました。

そもそもは7月末頃、ある先生から『生きている文化遺産と観光』に書いた内容を英語で話してほしいとの依頼があったたため。英語の発表はまだしも、レクチャーはまったくの未経験にもかかわらず、7月の国際会議で英語力のなさを痛感した直後の話だったため、何事も勉強・経験などと殊勝なことを考えて引き受けてしまった。
当日、必死で準備したレクチャーの反応はそこそこ。質疑は(こっちは通訳があったので気楽)それなりに盛り上がったけれど、いまひとつお互いの関心のズレを縮めきれなかった印象。うーむ。
研修生たちは、実はみんな文化遺産行政の担当者であったため(それを知らされたのが当日だった。てっきり学生が相手と思っていたのだ)、彼らの関心は本国で抱えているであろう課題に応える実践的内容にあったのだ(質問もそこらへんに集中した)。いっぽう、僕の基本的関心はどちらかといえば制度の枠からハミ出た自律的な現象にあるので、その点は調整が必要だった。いろいろ反省。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.09.15 | (0)

高瀬川の渇水

水の無い高瀬川

鴨川の大増水からひと月半、今度は雨が少なくて高瀬川が完全に干上がってしまいました。いいことではありませんが、せっかくの機会なので、河床を歩いてみました。

橋をくぐる。
道からたかが1m下がるだけですが、視点の変化がけっこう楽しい。

保育園からの帰りに歩きました。車も通らず安心。チビおおはしゃぎ。
ただし何故か、陶器やガラスの破片がたくさん落ちていたので、水があるときでも裸足で入るのはやめた方がよさそう。

五条通下の空間。さすがに怖い。
五条通が高瀬川を超える橋を五条小橋という。しかし、ほとんど道路と一体化してるので橋があることにも気づかない。が、下からみるとちゃんと橋だ。

五条通以北も珍しく水が無い。
(高瀬川は五条以南で涸れていても、五条以北では水があることが多い。観光的配慮だろう。たぶん五条通の下に水門があるのだ)

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.08.31 | (0)

沐浴:ラーメシュワラム Rameswaram, India, 2007

沐浴:ラーメシュワラム Rameswaram, India, 2007

96〜97年の旅行シリーズはちょっと中断して、夏向けの写真をセレクト)

インドの四方を押さえる四つの聖地「四大神領(チャトル・ダーマ)」の一つ、インド最南端に近いラーメシュワラムにある寺院の境内には、御利益のある井戸水を浴びに、全国からの巡礼者が列をなす。


順番がくると、バケツを持った係の人が大胆に対応してくれる。
写真で水をぶっかけられて沐浴しているのは、はるばるカルカッタから来たという若い女性。傍らに心配げなご主人。

沐浴:ラーメシュワラム Rameswaram, India, 2007

ラーメシュワラムについては、後日補足します。(→その2

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 10.08.20 | (0)

窓辺のアサガオ

窓の外のアサガオ

高僧と袈裟』が楽しみなヒショです。

昨年の今頃、5階にある事務所の窓の外にはアサガオが咲いていました。
所長が「窓の外に花が咲いてたら楽しいじゃん(横浜風)、日除けにもなるし」といって、ベランダの鉢から頑張って3〜5mも誘引して、写真のように花が咲くまで成長したのですが・・・

この後、紐がぷちっと切れて、アサガオは下の階までデローンと垂れ下がってしまいました。
ネットをつければよかったのですが、それは大げさだろうというのと、思い立ってその日に作業したため、ありあわせのビニール紐を使ったのがよくなかったようです。
空中で咲いてる姿が可愛らしかったので残念でした。
(日除けには全然なってませんでしたけど)

所長は「アサガオは水平方向に伸びてくれないことがわかった。いちいち手で巻き付けて誘引するのが面倒だった。次回は別の植物で挑戦したい」と語っています。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.08.18 | (0)

上田秋成展@京都国立博物館

京都国立博物館(現在リニューアル工事中)

映画『雨月物語』の野外上映につられて、五条に引っ越してきてからご近所にもかかわらず初めて(京都に来てからも3度目?)の京都国立博物館、「上田秋成展」へ行ってきた。

上田秋成は当然「雨月物語」しか読んだことないので、手紙とか直筆本とかの人物にまつわる地味な展示はあまりピンとこない。なんで筆でこんなにキレイに○が書けるのかなぁ、とか思いつつそぞろに眺める。

・・・というような来館者に一定の満足感を与えるためであろう、展示の最後には「秋成ゆかりの京の画家」と題した、伊藤若沖(1点だけ)・円山応挙・与謝蕪村といったビッグネームが並ぶコーナーが用意されていた。展示されている絵そのものと上田秋成とは、全然関係がない。企画者の苦労がうかがわれる、と言ったら余計なお世話なのだが、なんだかんだでこれが見応えがあったのだった。企画者さすが。

中でもよかったのが、円山応挙の「龍門図」三幅(右図)。日本画は全く疎いのだけど、これを観られただけで今日は来た価値があった、と思えるものでした。すごい。

夜になってから中庭にて『雨月物語』(53年/溝口健二)鑑賞会。
プロジェクターでなく、映写機をカラカラと回していた。石畳に熱が蓄えられていて、床暖房の上にいるように暑かったけれど、映画は楽しめました。
幻想的な映像の美しさはもちろんのこと(朽木屋敷のセットがたいそう綺麗だった)、まじめに働くのが一番やなぁという励まされるような寂しいような余韻が残る(あと、嫁さんに優しくしようという気になる)名作です。

ところで、京都国立博物館では10月に『高僧と袈裟』という企画展があるようです。
意表を衝くマニアックな企画だなあと思っていたら、ヒショが「わたし袈裟好きなのよねー、行きたいわー」などとつぶやいている。そうですか。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.08.11 | (0)

ブダペストの彫刻 Little Princess:Budapest, Hungary, 1996

ブダペストの彫刻 Little Princess:Budapest, Hungary, 1996

ブダペストの線路沿いでたまたま出会った彫刻。
はじめ遠目に見て、本当に子供が柵に腰をかけているのかと思った。
街にある銅像とか彫刻って「どうだっ!」感があまり好きではないのだけど、こんな風に、街に融け込みつつさりげない違和感を発する佇まいはいいねえ。建築も同じだけど。

童話等(幸福な王子を一瞬思い浮かべた)からモチーフをとったのかと思ってたが、調べてみると、作者の娘がモデルとか。女の子とは気づかなかった。

>> 日本語での紹介

"Kiskiralylany Szobor" あるいは "Little Princess László Marton" などで調べると詳しい場所とかでてきます。

| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 10.07.31 | (0)

ダラヴィという「スラム」

みんぱく行くといつもこれ。太陽の塔は後ろ姿がかわいい

7/18-20の三日間、国立民族学博物館にて行われた国際会議に出席する。
自分の英語のまずさを改めて自覚することとなり反省しきり。そんなわけで、会議に貢献できたかどうかは甚だ怪しいけれども、インドでもイギリスでもやられてないヴァーラーナシーに関する研究を、初めて英語で公表できたことはよかった。いくらかお褒めの言葉ももらったので、多少役に立ったと思うことにする。

会議の中で、デリー大学のR. Chatterjeeさんという社会学の先生の、ムンバイのスラムに関する論文にちょっと長いコメントをさせていただいた。内容は割愛するけど、僕はこの論文を読んで初めて「ダラヴィDharavi」という場所の存在を知った。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , SELECTED 選り抜き | 10.07.27 | (0)

初めての山鉾巡行

新町四条にて月鉾(?)

今年の祇園祭は、宵々々々山から宵山までずっと雨だったが、巡行の日の朝に梅雨が明けた。
ようやく晴れたので嬉しくなり、京都に住んで16年にして、初めての山鉾巡行見物に行ってきた。ものすごい人混みを覚悟していたが、宵山等の夜に比べるとずっと人出が少ない。こんな間近で見られるとは知らなんだ。

船鉾。家形・箱形の山鉾が主流の中で、船形を選んだセンスがすてきだ。
鉾への乗り込み口は、まさにタラップの風情。

屋台とビールが無いのが致命的ではあるが、山鉾を飾る刺繍や織物を明るい中で見られるのは、昼間のよさだ。
巡行の日以外は装飾を外している山鉾も多いらしい。巡行中は近くに寄れないので、本番向けのフルスペック山鉾をじっくり見られる時間は、実は短いよう。巡行を終えて自分のホーム町に帰ってきてから、解体されてしまうまでの数十分が狙い目だ(初めてのクセに偉そうですが)。

山鉾に釘を使わないのは、組立/解体を繰り返す中で、釘よりも柔らかい木材が痛むことを避けるためだろう。その点、縄は木よりも柔らかいし、力がかかった場合も、縄が伸びたり切れることでエネルギーを逃がし、本体への負担を少なくするのだと想像される。
この縄仕事(「縄絡み」というらしい)には、単体の強度が足りなけりゃ数を増やせばよい、という素朴な思考がみなぎっていて、それがデザイン的な面白さにつながっている。結び方の一つ一つは、たぶんそれほど合理的なものではないと思う。が、それでいいんじゃないか。「最適化」ではなく、ルーズさを含む「適当化」の方が、おそらく人にもやさしい。

しかし縄の使用については、なんといっても縄は米の副産物であり、米を神聖視する日本文化において特別な存在であるという、文時代以来続く文化史的背景が大きいだろう(注連縄を想起せよ)。
祇園祭は疫病除けが起源というが、そこに豊作祈念が含まれていないはずはなく、また近世町衆の祭としても、町衆の経済基盤は一次生産物の米にあったわけだから、ここで縄を使わずにどうするという話だろう。

たぶん辻回しの時に車輪下に差し込む道具(名前不明)

左:山についている松も解体されていた。
右:帰りにポチテック戸田さん「関西の手仕事」+4展にお邪魔する。こないだテレビでやってた子供イスがあった。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.07.22 | (0)

鴨川の増水

増水する鴨川(五条大橋)

すっかり梅雨もあけて夏だけれど、宵々々山(14日)の雨はすごかった。
鴨川はこれまで見たことがないほどに増水し、川沿いの遊歩道を完全に水没させ、橋の下のハウス群を文字通り洗いざらいに押し流したようだ(ブルーシートにくるまった段ボールハウスがどんぶらこと流れていく瞬間を、一回だけ目撃した)。
twitterでは写真付き実況がとびかっていたらしい(すごい時代だ)。
>> 鴨川写真集

もうすぐで溢れそうな鴨川を眺めながら、川ってのは憩いの場とか交通のルートであるとかの以前に、都市にとっては不可欠な排水路なんだなぁ、という当たり前のことをしみじみと思っていました。
幸い今回は川が氾濫するに至らなかったけれど、川に許容量以上の水が流れ込めば、つまった便器から水が溢れるように、当然溢れるしかないわけで、その状況を想像しながら治水(pdf)の大切さを少し実感した雨でした。

うちの事務所からみた鴨川:平常時(7/21昼)と増水時(7/14朝)の比較

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , SELECTED 選り抜き | 10.07.21 | (0)

サプンツァの墓:Sapinta, Romania, 1996

サプンツァの墓:Sapinta, Romania, 1996

Text coming someday... [Săpânţa]


| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 10.06.29 | (0)

アトス山の修道院 Mt. Athos:Greece, 1996

アトス山の修道院 Mt. Athos:Greece, 1996

アトス山については、訪問当時に記したメモとスケッチが残っていたので、せっかくなのでそれに基づいて書こう(すべて96年当時の情報に基づいており、正誤の確認はしていないことに注意されたい)。
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Mt. ATHOS

ギリシャ北部・テッサロニキの東の方、三本細長くつきでているハルキディキ半島の東端、アトス山とはこの半島の先端部にある山の名前なのだが、一般的にはこの半島全土を含む聖域を「アトス山(ギリシャ語でアギウ・オルス)」と呼んでいるようだ。
この半島がそのままギリシャ正教(Orthodox)の聖地として、一種の自治区(?)となっている。だからそこに「入国」するには、アテネで特別許可をとらねばならない。アテネの外務省でもらった許可書を持って、半島の付け根の町ウラヌポリスにあるアトス聖庁の出先機関で入山証明証をもらう。これでようやくアトス山行きの船にのれる(ただしアトスは女人禁制の地であり、女性は決して入れないという)。このアトス聖庁で3000ドラクマ払うと、アトス山の修道院では宿泊・食事がすべて無料でうけられる。

mtathos.jpg

さてアトス山へは、ウラヌポリスから船に乗り、ダフニという港から「入国」する。アトス山内にはダフニから中心都市カリエまでバスが一本走っているだけで、後はすべて徒歩、もしくは船による移動となる。しかも滞在期間は4日間と限られているので、計画的に移動しなくてはならない。
アトスを訪れた際まず印象的であったのは、人の手がほとんど加えられていない自然が、これだけ広範囲に、しかも人が住んでいながら、残されている様子である。そんな中、アトス山には主要な修道院が20あり、ほかに数え切れないほどの個人の修道士による小屋や家があるという。特にアトス山山麓には、まさに自給自足の生活をする修道士がたくさんいるのだそうだ。

僕が訪れることができたのは、ディオニシオスDionysiosグレゴリーGregoryシモノス・ペトラSimonos Petras、それにクトゥルムシウKoutloumousiouの4つの修道院だけであるが、アトス山の美しくも険しく自然の中に建つ修道院の姿と、そこに暮らす僧たちの生活を垣間見られたことは、この上なく素晴らしい体験であった。

彼らの生活は、ディオニシオス修道院の僧の説明によれば、まず夜中の1時に起き、教会で3時間の祈りを行う。これが最も重要な祈りであるらしい。そして朝6時から8時半ころまで、また祈りの時間があり、その後食事。食事は一人の僧が何やら説教のようなものを話している間のみ許される(だいたい15分くらいか)。それからしばらく休憩(?)があり、夕方3時ころより、また教会へ。その後4時過ぎくらいに食事をとり、日没とともに床につく。修道院を訪れる僕らのような旅行者も、修道院に滞在している間は、この生活に従う(夜中1時の祈りは眠くて仕方ない)。まさに祈りの合間に生活があることがわかる。

真っ黒の衣に身を包み、豊かにヒゲをたくわえて神秘的なムードを漂わせる修道士たち。彼らの一人は「心の目を開き、神と対話するのだ」と事もなげに言っていた。そのために、機械や車、欲望の渦巻く世界から遠く離れて過ごすのだと。「神と対話」というのは、正直まだよく分からない。たぶんそれは一種の内省行為なのだ、と理解できる程度。人の思考や振る舞いは環境に強く規定されるから、こういった地を内省のための場所として選ぶのは納得できる。町中にあっても、そのための別世界をつくる必要があるのであり、それが建築の役割なのだ。

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シモノス・ペトラ修道院の建築(冒頭の写真も)
石組みでつくられた外壁の外側に木で組んだバルコニー状の廊下が廻り、眼下にはエーゲ海が広がる。廊下では、ベンチで修道僧たちが日向ぼっこしていたり、洗濯物を干してたりする。

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最後に、アトス山の修道院で忘れられないのが食事である。ギリシャ滞在中ずばぬけて美味しい食事であった。ギリシャの食事は、正直にいうとあまり美味しくなかったのだが、そのギャップを差し引いてもだ。食事はどこでも一日二回で、メニューは主菜(魚のムニエルが多かった)にサラダ、フルーツ、そしてワイン。このワインは修道院で作られたもので、ギリシャで一番美味しいワインなのだそうだ。確かに美味かった!

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 10.04.27 | (0)

五条以南の高瀬川2:ハーブ

笹にまじったミント

五条以南の高瀬川の植物についての第2弾。
前回の記事では、主に中高木から低木・灌木について書きましたが、もう少し下に目を向けてみると、ハーブの類も発見できました。

上の写真はミント。笹にまぎれて、完全に野生化している様子。
ミントは雑草以上に生命力が強いらしく、一度でも庭に植えたら最後、二度と駆逐することができないくらい繁殖力があるそうな。このミントもどっかから逃げてきたのだろうか。

山椒

こちらは山椒。
山椒は、以前ベランダ鉢植えで栽培を試みたことがあるけど、あっというまに虫にやられてしまったのだった。
ここでは元気よくフッサフッサに茂っている。
さっそく筍の土佐煮に使わせてもらった。

ドクダミ。ま、これもハーブの一種。

あと、バジルとシソ、香菜(シャンツァイ)にローリエ、ついでにイタリアンパセリぐらいあると、だいぶありがたいなぁ。保育園帰りにちょっと摘み取ったりして。
バジルは鉢植えでもよく育つが、シソと香菜(シャンツァイ)は鉢で何回か失敗した。
高瀬川の岸辺で栽培してやろうかしら。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.04.25 | (0)

寄席と朗読@荒壁を廻る家

「荒壁」からの桜の眺め

もう2週間前のことですが、4月上旬花満開の頃、「荒壁を廻る家」を会場に開かれた落語と朗読の会に、お邪魔してきました。

真ん中の茶室が「高座」として使われ、リビングが座布団の敷き詰められた客席となっていました。まさにハレの場としての中心。いや〜、こういう予想外でかつピッタリの使い方をしてくれるとは。設計者冥利に尽きます。

これは合成イメージです。実際にはテーブルとかは片付けてありました(当日、痛恨の写真取り損ね)

落語は二口大学さんによる「粗忽長屋」。
初見。えらい哲学的なテーマの話だなあと思っていたら、そのシュールな雰囲気が朗読につながっていくのだった。

朗読は広田ゆうみさんによる、別役実の「泥棒のいる街」「魔法使いのいる街」「六百五十三人のお友だち」(『淋しいおさかな』所収)。
恥ずかしながら別役実を知らなかった。三話とも不思議なもやがかかったような「街」のお話。イタロ・カルヴィーノの『見えない都市』にでてくるような、幻想的な街の姿を思い浮かべながら、聞いていました。「六百五十三人のお友だち」が個人的には一番好きだったな。もの悲しくいい話。

その後めったにお会いすることのない演劇世界の方々と一緒に、夜風の気持ちよいバルコニーで夜遅くまで懇親会がつづいたのでした。Kさんご夫妻、とても楽しい時間をありがとうございました。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.04.23 | (0)

竹原義二展@ギャラリー間

今月14日から、東京のギャラリー間で「竹原義二展・素の建築」が開催されてる。

三年ほど前に、竹原さんの著作『無有』を構成役としてお手伝いした縁で、13日に行われた上記展覧会の内覧会+記念パーティーに声をかけていただき、久しぶりに東京へ。

ちなみに、今回の展覧会にあわせて初めての作品集『竹原義二の住宅建築』も刊行されている。こちらは写真が中心なので、『無有』(テキストがものすごく充実)と併読すると、竹原建築への理解がたいへん深まるはず。是非あわせての購入をお薦めします。

ギャラリー間・会場風景

4〜6寸角くらいの角材(杉か?)が内外に縦横に組みたてられて会場が構成されていて、木という素材をコンクリートか石のように、量塊的に扱う竹原建築の雰囲気を味わうことができる。木材の体積はなんと29立米あるという。普通の木造住宅2軒分。ギャラ間史上最大級の重量と密度の会場構成に違いない。建築とは概念とかイメージの操作ではなく、あくまでモノでなりたってるんだ!という、設計者の強い意志が伝わってくるよう。
会場プランもたいそう複雑なものとなっていて、竹原建築の醍醐味である迷路的プランニングの一端もかいま見れる。

しかし、竹原建築で木といえば(最近は特に)広葉樹である。なぜ今回は広葉樹を使わなかったのか、懇親会で伺ったところ、広葉樹だと比重が重すぎて会場ビルの方がもたないからだそう。
とはいえ今回用いられてる針葉樹材も、数年天日にさらして黒ずんだ材をわざわざ使っており、一風かわった木の表情が引き出されている。素材を大事にしつつも、そのままでは使わない。必ず一仕事加えて味を引き出すという、なんだか江戸前の寿司職人のような姿勢が素敵だ。

T定規による手描き図面。
職人の手仕事にこだわる以上、設計者も手仕事で応えるということなのでしょう。
このあいだの『TOTO通信』で藤森照信も指摘してたけれど、竹原義二氏の語りにしばしば登場する「1対1」「フィフティ・フィフティ」「対等」というキーワードと関連するのだと思う。真摯というか、愚直というか。とにかく背筋が伸びる思いです。

二次会にて。
建築写真家の大橋富夫さん、ICUの長田直之さん、南洋堂の新宮君らとテーブルをご一緒する。
大橋さんには撮影現場のエピソードなど楽しく聞かせてもらう。「人の写真を撮る時は、ジャンプしてもらうとよい。その仕方に人間性が表れる」という。黒川紀章は「気をつけ」をして跳んだ。
長田さんからは「どういう家を設計してるの?」「白い家?」と聞かれ、「白くない家です」と答えたら、「逆境からのスタートだねえ」と言われた(笑)。
「白い/白くない」というのは、藤森照信がいうところの「白派(抽象系)」と「赤派(モノ・形系)」のことかなと思ったが、もう少し単純なスタイルの話かもしれない。いずれにしても、「白い/白くない」という極めて乱暴な二分法なんて、人の作品を論じる際にはほとんど無意味だと思っていたのに、自分の建築に引き寄せて考えると、妙に腑に落ちてしまったのはどういうわけか。これが二分法の力なのか。しばらく悩みそう。

三次会は、アイシオールの多田さん・豊永さんと一緒に、久住直生氏が手掛けたという土のバー「六本木農園」へ。
壁から床、棚からカウンターにいたるまで左官の嵐で面白かった。あまりに土に囲まれているので、ピラミッドの石室の中にいるような気分になった。しかし、いくらなんでも建具にまで塗るのはやりすぎでない?

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.04.18 | (0)

サントリーニ島 Santorini Is.:Greece, 1996

サントリーニ島 Santorini Is.:Greece, 1996

エーゲ海に浮かぶキクラデス諸島の一つ、サントリーニ島の町(おそらくイアだったと思う)。
この島は、アトランティス大陸の推定地としても有名だが、建築の世界では何と言っても、ミコノス島と並び、白い家が群生する街並みの美しさで知られる。

僕が「集落」というものに興味をもった切っ掛けの一つは、たしか、大学1年生頃に見た、二川幸夫によるこの街の写真集だったと思う。

建築に興味の無い人さえ魅きつけてやまない、この風景の魅力の源は何なのだろう。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 , SELECTED 選り抜き | 10.03.21 | (4)

五条以南の高瀬川

五条楽園付近の高瀬川

保育園への送り迎えで、ちかごろ五条通より南の高瀬川沿いを、毎朝のように通る。

高瀬川沿いの雰囲気は五条通を境にして大きく変わることは、京都でも知らない人が多いかもしれない。
五条より北は、沿道に料亭・旅館が並び観光客も多い。対して五条より南は、いわゆる「五条楽園」で、京都の人でも歩いたことのある人は少ないと思う。まあ実際に歩いてみると、どうということはないし、むしろ散歩するには北以上に気持ちの良い道なんだけど(この高瀬川の南北断絶は、五条通に高瀬川沿いの横断歩道が無いことで決定的になっている)。

そういった料亭街か「楽園」かという違いを抜きにしても、川沿いの雰囲気は南北でかなり違う。物理的に違っている。それは、そこに生えている樹木の種類がまったく違うからだ。

五条以北では、二条通までつづく桜並木が見事だ。とりわけ松原通の前後はよい。今は冬なので、葉はなくたいへんすっきりとした感じ。

で、五条以南はというと、桜もところどころにあるにはあるのだけど、なんというか、ずっと緑が濃い。常緑樹が多いうえに、色々な樹種が混在して鬱蒼としているのだ。そこらへんが個人的には好み。ただ、このため見通しがやや悪くなっており、これは、外部の人が立ち入りにくい雰囲気となっている理由の一つだろう(ひょっとしたら意図的なものかもしれない)。

この五条以南の雑然・鬱蒼とした植生がなかなか面白いのだ、というのが今回の主旨。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , SELECTED 選り抜き | 10.03.09 | (0)

京都タワーとか

紫の海にたゆたう山鉾群@京都タワー 2002


先週末は久々に飲みが重なった。
金曜日は、仕事が一区切りついた(ついてしまった)のを機に、日頃お世話になっている工務店の方と、久々の西村鮮魚店にて。あいかわらず魚が美味しい。途中から大工さんや電設屋さんも合流して、まだ薄寒いのに屋外のテーブルで12時過ぎまで話し込んでしまう。
施工と設計という立場を超えて、率直に話し合える関係ができてきたのは嬉しいことです。

土曜の夕方は、京都駅付近の居酒屋にて保育園の保護者懇親会へ。保育士さんとお母さん方十数人の中に、男は僕一人という状況で、だいぶ緊張した。残念ながら体調優れず(二日酔いが残ってたので)、めずらしく二軒目は遠慮して帰宅。


懇親会の前に少し時間があったので、約8年ぶりに京都タワーをのぞいてきた。

噂には聞いていたけど、前は学食のようなレストランだったタワーの台座部分が洒落たラウンジになってたり、土産物コーナーがだいぶスッキリとリニューアルされてたりで驚いた。
8年前にタワー入口付近にあった《ブラックライトを浴びて極彩蛍光色に輝く回転舞妓の像》がなくなっていたのは、ホッとしたような残念なような。


せっかくなので(何が?)、2002年の『京都げのむ No.2』取材時の写真をちょっと公開(冒頭の写真も含め、すべて京都タワー内にて撮影。げのむ2号のグラビアにも収録されています)。


左:発光回転舞妓、右:ピンク一休さん
(撮影:冒頭・左/渡辺菊眞、右/上林功)

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.03.08 | (0)

アバター Avatar

まあ、いまごろなんですが、先月頭に『アバター』を見に行って来ました。
(映画館に行くのは、カーンの『My Architect』以来という…)

これからという人は、字幕版か吹き替え版か迷うと思うけど、僕としては吹き替え版をお薦めします。3Dだと字幕がやや読みづらく、せっかくの映像に集中できない。

ストーリーは、なんというか「ほどよい塩梅」。

『ダンス・ウィズ・ウルヴス』と『マトリックス』と『もののけ姫』(ナウシカも少し)が混ざった感じなんだけど、誰もが大事と思えるテーマが、腹が立つほどに単純ではなく、頭を悩ますほどに新奇だったり複雑でもなく、きちんと盛り込まれている。映像を堪能することに集中できる、さじ加減絶妙のストーリーでした。

で映像はというと、期待の3Dは思ったほどのインパクトはなかったものの、緑溢れる惑星の表現が、〈男の子ごころ〉をくすぐりまくります。
何百メートルにもそびえる樹々の梢を歩いたり、山が空に浮かんでたり、植物と通信できたり…。野生の竜に乗って空を飛ぶ、なんていう、子供の頃に『エルマーのぼうけん』シリーズを読んで以来の憧れが、これでもかと実写化(?)されていて、恥ずかしながら、感動しました。

やはり映画は「夢」を描いたものが一番。


蛇足ですが、インド文化がけっこう意識的にとりいれられてるのかな、と感じました。
「アバターavatar」がサンスクリット語起源だというのは有名な話で(たとえば、ヒンドゥー教においてブッダはヴィシュヌ神のアバター(化身)なのだ)、それと関係があるのかわかりませんが。
映画中、惑星先住民の言語で「見る」という言葉は、単に視覚的に「見る」だけでなく存在そのものを感じることだ、というような意味深げな語りがありますが、あれは、おそらくヒンドゥー教の「ダルシャン」という概念を意識しているのではないか。
「ダルシャン」という語は、ストレートに日本語に訳すと「見る」になり、神様や聖者に参拝することをいったりする。けれど、単に神様を「見る」だけでなく、神様に「見られる」ことでもあり、双方向の精神的感応の意味を含んでいる、というものだった(と思う。文献がすぐ見つからなかったので、すいませんがうろ覚え)。
そう考えると、惑星先住民の体が青いのも、あれはシヴァとかヴィシュヌの青い肌から来ているのでは…と。


さらに、蛇足。
僕らの世代で子供の頃にPCゲームやってた人、「アバター」と聞いてあの難解な名作RPG『ウルティマIV』を思い出さなかったですか?

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.02.28 | (0)

オープンハウスと鶴橋

Selimiye

先々週の土曜日(2/13)、ご近所の魚谷繁礼氏のところのオープンハウスで、昼間仕事を片付けてから、大阪の住吉へ。

個人住宅なので写真無しで書くけど、魚谷氏得意の構成的なつくりで、中心に畳の座敷があり、それを囲い込む廊下と縁側、その外周に深い庇が張り出して、その下が濡れ縁や個室になっている、という三層構成。
一方で、庇下の部分は居室も勾配天井にしてあって、日本建築の源流にある「母屋」と「庇」の関係を意識させる構成も特徴的だ。
最初、この入れ子構成と母屋/庇構成が結びついていなかったのだけど、よく考えてみると、両者は日本建築の歴史においてたいへん親密な関係にあるではないか。そうか、これは「寝殿造」なのだ!と思い当たった。
池のある広い庭に南面していることも、この推測を支持するのだけど。どうですかね、魚谷さん。深読み?

その後、森田一弥氏と鶴橋へ行って晩飯。
既にシャッターの閉まった鶴橋市場を徘徊し、これは、という直観の働いた韓国家庭料理の店に入る。カウンターに5人程でいっぱいの店。名前もしらない韓国のお総菜(ほとんどおまかせ)とマッコリでまったりとして、みやげにキムチを買って帰る。今度鶴橋に行くときには、また寄りたい店(店の名前は左下の写真参照)。

Selimiye Selimiye
右:
鶴橋駅構内にあったブックオフ。特設改札口つきで、電車がくる直前まで本が読める。商魂たくましい。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.02.20 | (0)

セリミエ Selimiye:Edirne, Turkey, 1996

セリミエ Selimiye:Edirne, Turkey, 1996

トルコのエディルネにある、ミマル・シナンのセリミエ(セリム2世のモスク)にて。

シナン(1489/1492〜1588)はキリスト教徒の出でありながら(A・スチールランによれば、彼はアルメニア人だったという)、オスマン帝国最盛期の建築家として生涯に数百の建築を設計した、史上稀に見る大建築家だ。しかもスルタン付建築家となったのは50歳の時で、最高傑作と呼ばれるもののいくつかは、80歳を超えてから建てられている。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 , SELECTED 選り抜き | 10.02.18 | (0)

2010 謹賀新年

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子供と一緒に一歩一歩。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 10.01.11 | (0)

ウチヒサール Uchisar:Cappadocia, Turkey, 1996

ウチヒサール Uchisar:Cappadocia, Turkey, 1996

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.11.23 | (0)

金沢いろいろ:加賀3

成巽閣入口部分。なまこ壁の下の三色の石積がきれい


雪の科学館の後は金沢に宿をとり、寿司や鴨の治部煮など食べる。長流亭で時間をとりすぎて昼食抜きだったのだけど、腹が減り過ぎるとビールも飲めないことを知りました。
で、2日目は金沢を少し巡りました。

1件目、成巽閣。再訪。
残念ながら室内撮影禁止。ウルトラマリンの天井のショックは二度目でも変わらない。19世紀の座敷ながら、いまだ時代が追いついてないんではないかというくらいの、鮮烈で不思議な和風空間。

さて、今回の目当ては特別公開中の茶室・清香軒

屋内化された露地(上の写真)や原叟床(げんそうどこ)という床で有名な茶室(特別拝観料700円もとるのに、室内は撮影禁止。でも露地はOK。室外だから…)。ただし、茶室内にも露地にも入れない。せめて露地の建具も開け放ってほしかった。
が、文句ばかり言っても仕方ないので、茶室内から建具を開け放った露地越しに庭を眺める感じを一生懸命想像し、とりあえず、土間・縁側・入れ子構成の良さを併せ持った仕掛けと理解する。


2件目、金沢21世紀美術館。再訪。
ベビーカーを押しながら館内を練り歩く。たまたまやってた横尾忠則の企画展がとてもよかった。生活即アートという旺盛な表現活動を少しは見習いたいもの。発想と表現の隔たりはもっと小さくてよいんじゃないか、というようなことを考える。

3件目、ひがし茶屋街に行き、挟土秀平が手掛けたという金箔屋さんの総金箔貼り土蔵「箔座ひかり藏」。百式だ〜。
金箔の質感が土蔵の彫塑的な形態と意外なほどマッチして、いやらしさの無い端正な表情。見慣れたモノを白く塗り込めることで「意味を剥奪」して「抽象化」する、というあんまり好きじゃない現代アート(建築)の手法があるけど、それに近い。ただ、「金」というぬぐいがたい濃厚な「意味」が重なられてるので、別の生々しさを帯びていて、庶民は心穏やかに見ることができません。


ひがし茶屋街は、ここら辺の通り景観が有名だけど、少し裏にはいると上の写真のような感じで、様々な表情・色の下見板のコラージュのような街並みが面白い。さながら下見板の展覧会。使い古された下見板という外壁仕上げも、やり方次第でいろんな表情が生まれることがよくわかる。金沢の民家は下見板に注目です。

京都の町家にも下見板の外壁はよくあるけど、ここまで全面覆ってしまうのは見たことがない。他の土地ではあったかな? 外壁に左官を使わないのは、何か理由があるのだろうか。
そういえば清巽閣の案内のお姉さんは、こういう壁を指して、「ワッフル壁」と呼んでいました。うーむ。


4件目、帰りがけによった金沢ビーンズ(設計:迫慶一郎)。
曲面に本棚が並ぶ面白さは想像通りだったけど、円のモチーフから生まれる放射状の棚配置がよかった。見通しは悪いけど、足をすすめると次々と書架が迫り来る感じは、あえて例えると、3Dシューティングゲームのような感覚。照明もフツーの蛍光灯なんだけど、空間にあわせて工夫してて好感度○。立ち読み・座り読みできる場所も豊富に用意されてて、書店と図書館のいいとこをあわせた魅力的な店舗だ。こりゃ、流行るわ。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.11.22 | (0)

中谷宇吉郎雪の科学館:加賀2

雪の科学館から柴山潟をのぞむ

長流亭をあとにして、今回の主目的地・加賀市の中谷宇吉郎雪の科学館へ。
長流亭で時間をとりすぎたため、表彰式会場に到着したのは開始3分前だった。すいません。
前日に着任したばかりという加賀市長から賞状と賞金(今回の旅費で無くなりましたが)をいただいた後、館内で作品解説、併設のカフェで懇親会(アルコール無し)など。

館の中身の紹介については、こちらのサイト(堀越英美のハハコで行きたいハーコーなハコモノ巡りの旅)がたいへん的確にして面白いです。


左:
芝生張りの斜面が拡がる館へのアプローチ。冬になると雪をかぶった白山が見えるそうだ。なんとなく北欧っぽい雰囲気がするのは何故でしょうかね。アスプルンドの「森の葬祭場」を彷彿とさせるようなさせないようなウッフン(行ったことないけど)。

右:
展示中の拙作「SNOW CRYSTAL*HABITATION」。
建築のスケッチが趣味という、審査員の一人・樋口敬二氏(中谷宇吉郎の直弟子にして雪氷物理学の第一人)にいろいろとお褒めの言葉をいただき、「特別賞」ということで氏の旅のスケッチの絵ハガキを頂戴。ありがとうございます。物理学の方に評価してもらえるのは、とても嬉しい。


左:
エントランスホール上部の六角形のガラス屋根。
雪の科学館の設計は磯崎新(1994年)。基壇に六角形の塔が3つ乗る、という全体構成で、基壇部が展示スペース、塔の中がエントランスホールと映像ホールにあてられている。象徴的な六角塔と基壇が空間的に無関係な点はすごく気になるし、内部のデザインには脱力感さえ感じるものの、アプローチの仕掛けや六角塔の大胆なトップライト、ガラス張りのカフェ越しに柴山潟をのぞむシーン(冒頭の写真)など、要所の押さえ方はさすがにうまいなぁと。
ただ、ここをこうすれば、ホラ、いいでしょ?という「お膳立て感」がやや鼻につく。それを、下見板や荒いモルタル掻落しなど質感のある控えめな素材が、やや抑えている。のかな。

右:六角塔の外壁の下見板


左:
併設のカフェ(柴山潟を一望する、たいへん気持ちのよいスペース)にあったモンローチェア。初めて実物を見た。意外にでかく、意外に座り心地はよい。座面が広いからかな。この形状ゆえ背をもたせかけにくいので、自然と背筋の伸びる椅子でもあった。

右:
館内で体験できるチンダル像の観察実験。きれいに結晶化した氷を輻射により内部に熱を加えると、(たぶん雪の結晶成長と逆のプロセスが進行して)雪の結晶のような形で氷が溶けていく。写真はこの現象をOHPで映し出したもの。おぉ〜と思わず声が出てしまいます。
このほかにもダイヤモンドダスト発生装置などあり、科学ミュージアムとして非常に充実している。館の職員さんが誇りをもって熱心に活動されているのが、とてもよく伝わってくる。

下:
中谷宇吉郎が自ら設計したという自宅の模型。
伝導・対流・輻射の原理をふまえ、中心のペチカから家全体が均等に温まるように作られているのだとか。
うーむ。この模型を見る限り、空間的にはあまり魅力的でなさそうなんだが、面白いテーマ設定ではある。現代でも建築環境学の人はこういうの考えたりするのだろうか。


おまけ:
僕の好きな中谷宇吉郎の一文 「たまごの立つ話
わりと有名な「立春の卵」というエッセイを、中谷宇吉郎自身が心優しいラララ科学の子供向けに書き改めたもの。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.11.07 | (0)

長流亭:加賀1

江沼神社・長流亭

10月31日・11月1日と、これの授賞式を口実に、久しぶりの遠出で加賀・金沢旅行。前日からチビが熱を出していたけれど、レンタカーも借り宿も予約してあったので、今さら中止できるかと出発する。チャイルドシートが気に入らないチビの泣き声を背中に延々と聞きながら北陸道を走り、まずは加賀・大聖寺へ。

この近辺、安藤忠雄の中学校とか象設計集団の美術館とか、目当てはいくつかあったけれど、時間が少ないので一点に絞ったのが、江沼神社の長流亭。今回の旅行で見た建築で一番よかった。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , SELECTED 選り抜き | 09.11.06 | (0)

湖のチャトリ:ジャイサルメール Jaisalmer, India, 1996

湖のチャトリ:ジャイサルメール Jaisalmer, India, 1996

前回のチャトリから程近い湖の中に佇むチャトリの乗ったパビリオン。

土地の人の説明では、「ダンシング・パレス」だという。そういわれると能舞台のようにも見える。マハラジャ達は、月夜の晩に豪華な船を浮かべて踊り子の舞を鑑賞したのだろうかと、想像をたくましくする。
砂漠に囲まれたオアシス都市ジャイサルメールでは、水辺というのは最高に豊かな環境であり、その中に浮かぶ遊興施設は、まさに楽園そのものだったのでしょう。
自然の環境(といっても人造湖なんですが)に、ほんのちょっとの建築的操作を加えることで、「楽園」をつくりだす。これぞ建築の楽しみの一つと言っていいんじゃないか。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.10.15 | (0)

フローリングに荏油

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ヒショです。少し前の話になりますが・・・先月29日、T邸(斜庭の町家)の床に、施主ご夫婦と所長が1日がかりでオイルを塗りました。

なぜフローリングに油をぬるのでしょう?
以前掲載した「古色」記事から引用すると、
「一つは木材表面を保護し、防水や防腐、防虫などの耐久性を与えるという機能上の理由であり、もう一つは異なる材種の色合いを統一したり、手垢などの汚れを目立たなくさせるという、美観上の配慮である。」

というわけで、オープンハウスでよく尋ねられたこの床材「メルバウ(販売元では「ストロングウッド」)」も、荏油を塗ることで表情が劇的に変わります。色が濃くなりツヤもでて、高級感3倍増なのです(左下写真:白っぽいところが無塗装のところ)。水や汚れもはじきます。できれば年に1回くらいのペースで油を拭き込むと、どんどんツヤが出てくるそうです。

R1088203.jpg P1090582.jpg


以下、所長による手順のまとめです。



○必要なもの

・荏油(えあぶら)
京都の老舗油屋・山中油店で購入。今回は60㎡の1回塗りで約1.2L使いました。

・雑巾:水拭き用
・ウエス:油拭き用と乾拭き用
・マスキングテープ


○手順
①フローリング表面のホコリや汚れを落とすために水拭きをする。
②油が付いたら嫌なところ(家具やサッシ等)にマスキングテープをはって養生する(例えば白い家具に油がついて乾くと、そこだけやや黄色っぽくなったりツヤが出たりする)。
③油を布に染みこませフローリングに拭き込んでいく。コツは、木に油が浸透しやすいように木目に沿って拭くことと、吸い込みムラが目立たないように板毎に拭いていくこと。
④余分な油分をとるために乾拭きをする。
⑤マスキングテープを剥がす(ずっと貼っておくとテープを通って油が浸透する)
⑥乾燥までの時間は、夏の場合、歩いて大丈夫になるまで半日、完全に乾くのは2〜3日くらいでしょうか。冬だとこの倍以上はかかると思います。
⑦油を拭いたウエスは、水に濡らしてから捨てましょう。


○油の種類について
木材の手入れに使う乾性油で一般的なのは、亜麻仁油・荏油・桐油の3つ。
このうち桐油は、匂いが強いので室内では使わないことが多い。
亜麻仁油と荏油は性質がよく似ているけれど、荏油は亜麻仁油に比べ、匂いがマイルド・仕上がりにツヤがある・乾きも若干速い、という理由から、今回は荏油を採用しました。コストは荏油の方が高いのですが。

だいぶ前に、コンフォルトに書いた油の解説を "ARTICLEs" にアップしたので、よければ参照ください。

>> 木材に塗る油について < ARTICLEs

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.09.21 | (0)

砂漠のチャトリ群 Chatris:ジャイサルメール Jaisalmer, India, 1996

砂漠のチャトリ群 Chatris:ジャイサルメール Jaisalmer, India, 1996

ジャイサルメール郊外の丘にたたずむチャトリ群。

チャトリ(chatri)というのは、4本の柱の上に屋根が乗っただけの東屋的な建築で、よく宮殿やモスクの上に乗っかっているインド建築の特徴的な要素だ。アーチやドームなども使われるけど、たいていは柱梁構造でできていて、インド建築の源流が木造建築であることをよく示している。これがあるととても「インドっぽい」建築に見えるため、植民地時代のインド・サラセン様式でも多用されている。

さて、このチャトリ群、現地の人はバラモンの墓(tomb)だと言っていたが、インドでは基本的に火葬して遺灰を水に流してしまうので、精確には墓廟というべきものだろう。イスラームには同様の習慣がある。
丘の頂部に(たぶん段々増殖する形で)いろいろな形のチャトリが雁行状に組み合わさって、魅力的な全体像を作りだしている。同じく雁行状に書院を組み合わせてできている桂離宮にも通じるような。
中に入ると、この雁行配置の柱が切り取る風景の見え方が、また面白いのだ。



このチャトリにいた楽士のおじさん


ジャイサルメール市街で売っている人形

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.09.19 | (0)

雪のデザイン賞

作画中の部分

だいぶ前に、コンペに向けて久々のドローイングに取り組んでいると書きましたが、そのコンペの結果が先日届きました。

応募したのは、石川県にある中谷宇吉郎雪の科学館(建築設計は磯崎新)主催による、「雪のデザイン賞」という雪をモチーフとしたデザインコンペ。いわゆる建築コンペでは無いのだけど、「雪の結晶成長を建築にあてはめたらどうなるか」という長年頭の片隅にあったテーマにぴたり合致していたのに加え、主催が中谷宇吉郎関連というのが、応募意欲を俄然高めた。なんとなれば、中谷宇吉郎はその師匠の寺田寅彦とならび、僕の最も好きな科学者の一人であるからだ(なんでかと書くと長くなるのでまたの機会に)。

ともあれ、これを機に雪の結晶成長をモチーフにした建築(というか集落)のドローイングをA1サイズで描きおろしてみた(上の画像は作画途中の一部です)。

で、結果はというと、金・銀・銅のベスト3には残念ながら届かずも、つづく「奨励賞」を頂くことになりました。10月に表彰式+展覧会があるそうなので、山代温泉と磯崎建築見学もあわせて、加賀まで行ってこようと思います。


>> SNOW CRYSTAL*HABITATION

| MEMO 雑記・ブログ | 09.09.18 | (2)

「T邸」あらため「斜庭の町家」

仮称「T邸」あらため「斜庭の町家」の写真を、"WORKs" にアップしました。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.09.17 | (0)

オープンハウス御礼

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6日、T邸オープンハウスを無事終えることができました。おかげさまで、約80名+お子様10名にご来場いただき、なかなか熱い1日となりました。
皆様、お忙しい中、足を運んでいただき、本当にありがとうございました。

T邸は、日没後に照明をつけると雰囲気がガラリと変わります。オープンハウスは6時までだったので、これを見ていただけなかったのがちょっと残念です。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.09.10 | (2)

炭酸水の作り方(クエン酸+重曹)

ヒショです。もう夏も終わりですね。
今年の夏のブームは炭酸水でした。私はガス入りの水が好きで、特に暑い時は毎日飲みたいのです。でも毎日買うのはもったいないとぼやいていたら、所長が(勤務時間をつかって)いろいろ作り方を調べてくれました。手作り炭酸水はわりと簡単で楽しいですよ。
以下、所長による渾身の炭酸水レシピです。
(長いので、単に炭酸水つくりたい人は⑧だけ見てください)
(2009/09/05)


■ クエン酸と重曹(炭酸水素ナトリウム)と水による炭酸水の作り方


ここに書いてあるのを元にやって何か問題が起こっても責任はとれません。発生した炭酸ガスが極端に多すぎたり、凍らせたりすると爆発することもあるそうです。試す場合は自己責任にてお願いします。ナトリウム(≒塩分)が含まれていることにも注意ください。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , SELECTED 選り抜き | 09.09.05 | (45)

地蔵調査・大文字BBQ

路上のモザイクタイルに日常の裂け目を見る。モルタルの割れ目をタイルやビー玉、おはじきで埋めたもの。スカルパやフンデルトワッサーのようでもあり。地蔵調査中に見つけた。


2009/8/10〜16

8/11(火)
別件の中間検査。構造用合板の留め方などにやや難点あり、工務店に修正の指示。勝手な変更は大けがの元です。


8/12(水)〜18(火)
宮城大・竹内先生+宮城大有志(なんと二週間にわたり京都に滞在)、魚谷氏+京都建築専門学校有志、滋賀県大有志、柳沢(単独)によるハイブリッドチームで、京都地蔵調査を敢行。
お盆休みが完全に潰れ、大いに日焼けしたが、久々のフィールドワークで調査勘を思い出す。
調査対象エリアは、田の字地区(御池〜四条、河原町〜堀川に囲まれた範囲)を中心に、東は東大路、西は西大路、北は上京区境、南は京都駅、という広大なエリア。15年間京都にいて、いまだ入ったことのなかった路地の奥深くまで、隈無く徘徊し、地蔵や大日如来・蛇神・道祖伸などを探し出した。こんなことでもなきゃ、一生しない経験だねえ。
時おり出会う、暗く狭く切ない路地奥は、ヴァーラーナシーの路地を思い起こさせる。表通りと裏通り、街路と路地、地主と店子、日の当たる世界とそうでない世界……幾重もの分節と階層化の皺が路地の奥に圧縮されているような心持ちがする。都市としての歴史の深みってやつでしょうかね。

再開発地区の更地の中にポツンと残る地蔵堂

しかし地蔵は、なかなかに可愛らしい。この調査で120体(?)くらいのお地蔵さんに会った。一生分お会いしたような気もする。子宝・延命・安産・長寿その他御利益満載である。
お地蔵さんには、顔が描いてあるものがかなりある。毎年地区の子供たちがお化粧するらしく、描き手の個性が感じられるのが面白い。


8/16(日)
恒例の大文字バーベキューを屋上にて開催。

今年はお隣に引っ越してきた友人夫妻と共催で、地蔵調査メンバー(チーム地蔵)も参加。主役の送り火は点灯時にチラ見で、肉と酒と話に集中。ほどよく風も吹く気持ちのいい夜でした。
宮城大の学生二人が、近年マレに見る機敏な動きで肉を焼き、片付けをしてくれた。
素晴らしい。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.09.02 | (0)

透かし彫刻:アフマダーバード Ahmadabad, India, 1996

透かし彫刻:アフマダーバード Ahmadabad, India, 1996

アフマダーバード郊外にある階段井戸に施された透かし彫りの装飾群。
ある程度定まった形式に従って、様々なパターンが(二つと同じものを繰り返さずに)展開されることで、全体と部分の美しさが同時に実現しており、そのあまりの密度に絶句する。

全体を統制するおおまかなルール(制約)とその中での個々の自由度という構図は、美しい都市や集落の構成(例えば京町家の連なる街並み)にも共通する特徴だが、単体の建築における「様式」にもたぶんこれと同じ効果がある。
「全体のルール」といってしまうと抑圧的なイメージがあるけど、個々の関係性が拡がることでできあがる秩序もある。昔は地域的な生活習慣や社会慣習、技術・材料の限定性が、自然にこういった大まかなルールを形作っていた、というのはよく言われることだけれども。


Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.08.28 | (0)

T邸オープンハウス

このたび、T邸が竣工を迎えるにあたり、施主様のご好意により内覧会を催すこととなりました。

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■日時:2009年9月6日(日)10:00〜18:00
■場所:京都市上京区

個人住宅につき詳しい位置は公開いたしませんので、
ご興味のある方おられましたら、
一度こちらまでメールでご連絡ください。

Tags: | NEWs 最新情報 , MEMO 雑記・ブログ | 09.08.27 | (2)

佐藤さん来襲・荒壁訪問

8/7 佐藤さんワイワイ会の様子

7月中に仕上げなければいけない宿題が終わらぬまま8月に入り、あれよあれよで盆が明けてしまいました。ようやくちょっと一息ついたので8月前半のことを、またまた週単位で振り返ってみる。主に仕事以外のこと。

2009/8/3〜9

8/4(火)
福島の建築人・佐藤敏宏さん「ことば閲覧」にて事務所に来訪。インタビューをうける。金子国義のリトグラフにいきなり反応していた。70〜80年代のアンダーグラウンドな世界を体感してきた方のアンテナだと思う。
こちとらシャイなので素面では話はできませぬと、しょっぱなからビールを出して呑む。途中から佐藤さん酔っぱらったのかインタビュー形式崩壊。でもそのまま4時間くらい話して、さらにその後、近所の櫻バーに行って3時間程とりとめもなく。
佐藤さんのサイトにはすでに、インタビュー最初の一時間が公開されてます
何だか盛んに「幸せだね〜」と言われたので、ちょっと恥ずかしいです。


8/6(木)
午前中T邸現場へ。
午後より大学の先輩でもある岩崎泰氏に案内してもらい、森田氏とともに奈良にある岩崎さんの設計した茶室へ。

既存の住宅の中庭に寸分の余地なくインストールされた、二帖敷きの真ん中が板張になってる(二帖中板というらしい)茶室。幅1尺強の板が入ってるだけなのに、主客の関係性や道具の置き方に取っ掛かりが生まれており、それが空間の広がりにつながる素晴らしい効果をだしている。お茶をいただきながら施主さん道具や床柱等への思いや設計・施工時のエピソードなど伺いつつ、あっと言う間に二時間。
とっつきにくいと思っていた茶室も、作り手・使い手の顔が見えてくると、途端に馴染みやすくなるものだと感じました。
遺跡のように人の痕跡が消えた時の魅力もあれば、人がいて初めて発揮される魅力も当然あるのであり、建築ってのは単純ではないなと。


8/7(金)
「佐藤さんワイワイ会」開催。
5時に共同企画の魚谷氏、川勝氏と集合して会場のセッティングや買い出しなど。7時半の会場と同時に乾杯して、ワイワイ開始。レクチャーは8時過ぎから何となく開始。
報告とぷち感想は神楽岡のジャーナルに載せてます。


8/8(土)
午前休憩。午後T邸にて庭師・水谷さんと施主氏とで、庭の算段。表には奥さんの希望でオリーブを、中庭にはヤマボウシかエゴノキか、シャラか?


8/9(日)
荒壁を廻る家」に、定期点検という名目で、久々にお邪魔する。
改修してから数年は経っているのに住み手のご夫妻(と二匹の猫)が、非常に綺麗に住みこなしてくれていて、感激する。古色を塗った床板はい〜い塩梅に部分的に色がはげてきている。特に猫の爪痕がいい感じである。家は住む痕跡を刻まねばならない。メンテナンスフリーとか傷がつかない素材とか抗菌とか、あんまり楽しくないですよね。
荒壁も気持ち色が落ち着いてきたようだ。この荒壁の調湿効果がすばらしい、とのこと。加湿器無しではセキがでて寝られないお母様が泊まりに来たとき、この荒壁のおかげかまったく大丈夫だったそうな。
ただ、一緒に連れてったチビは、暗めの雰囲気が怖いのか、終始泣きべそ気味であった。おい。


左:玄関から 右:荒壁のひび割れの様子。
(居住部分はプライバシーに配慮して写真掲載は控えました)

前日が僕の誕生日だったので、さあ祝えとばかりにケーキを持参したのであるが、あちらもケーキを用意していてくださりまた感激。
ビールや焼酎(伊佐美!)をたらふく頂き楽しい数時間を過ごし、その上、おみやげに『へうげもの』全巻を借りてかえる。モーニングでずっと読んでるけど、まとめて読むのは初めて。「茶道」観を変えてくれるマンガ。『デカスロン』のノリ(「おぎゃあああ〜」とか)が茶道にそのまま展開されたので、連載当初たまげたのを覚えている。
「はにゃあ」とした感じが大金時様を直撃しますな。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.08.26 | (0)

T邸ちゃくちゃく4

いよいよ竣工真近です。今まで載せていなかった現場の様子です。

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裏の駐車場からの姿。施主氏には「何だかガンダムっぽいね~」と言われました。
そうかな。色合い的にはアッガイ?、でも、どちらかというとボトムズ

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左:2階から奥庭を見た感じ 右:玄関から中を見た1階

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道路側の土間の洗い出し施工中。仕上げに塩酸で洗っているところ。

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土間の入り口に木製引き戸がつきました。うーん、でっかい。

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夜の現場。2階キッチンのあたり。

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左:外観のしめくくりに格子がつきました。モルタルかき落としの壁に負けないよう、ごっつい(50×100mm)格子です。
右:フローリングの仕上げに塗るオイルと蜜蝋の塗装テスト。濡れ色がいい感じ。


Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.08.25 | (0)

京都五条坂 陶器祭

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五条大橋東詰をのぞむ。

ご無沙汰しております。究建築研究室ヒショです。
(室長の鼻息荒い記事におされ、なかなか更新できません。)

今年もやってまいりました!京都五条坂・陶器祭
五条大橋東側の南北五条通沿いには、早くもお店が軒を連ねています。
じっくり見ていたら全部はまわりきれないほどの規模なので、時間に余裕を持って行くことをお勧めします。暑い暑い日中はわりと空いていますが、夜はえらい賑わい様です。作家さん個人のお店も多く、お話を聞きながら交渉しながらお買いものするのは、なかなか楽しいですよ。

京都五条坂・陶器祭 8/7(金)~10(月) 9:00-23:00

そうそう、今日は佐藤敏宏さんを囲んでの「ワイワイ会」の日。会場は河原町五条なので、あわせて足を運んでみられてはいかがでしょうか。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.08.07 | (0)

T邸ちゃくちゃく3

通りより。

久しぶりにT邸現場の様子。

8/3(月)
ようやく道路側の足場がとれました(上の写真)。
アップの写真はまだ秘密なので、少し離れたところから。
なかなかしっとりと街並みに馴染んでおりますが、道路際に植栽が入ってくると、さらに溶け込むという狙いです。
夕方に現場の中で片付けをしていたら、通りから近所のおばちゃん(おばあちゃん?)達の会話が聞こえてきたので、つい耳をそばだててしまいました。


「ハイカラないい家を建てはったな〜」
お褒めいただきありがとうございます。ハイカラ、ですか。西洋風というわけではないけど、そういわれればそうかもしれません。
「でもハイカラなのに、瓦もしっかりのせて、壁はやさしい色にしはったな〜」
「古い家が多いところやさかい、気ぃ使わはったんかな〜」

ご理解いただき本望です。セットバックしていないのも実は大切なポイントです。覚えておいてくださいね。やさしい色なのは、きっと設計者の心が表れてるからでしょう。
「電柱は可哀想やな〜、しやけど、こればっかりはしようがないしな〜」
そうですね。敷地内の電柱には苦労させられました。でも元々は道路にあったのに、車が通りにくいからと、近所のみなさんが合意して敷地の中に移設したそうですね。この敷地が空き地の時に。まるで欠席さいばん… ほんとうに仕方がないですね。
「ええ家を建てはったな〜、うちなんか見られへんわ〜」
いえいえそんなことはありません。皆様の家があってこその街並みです。
「ほんに。テレビアンテナまで立って。」
「ほんまやな〜」

え、そこは反応するところなんですか?

柳沢は会話に参加していません。念のため。聞こえてきちゃったんです。
とりあえずは好意的に受けとめていただいてるようで、ホッとしました。


内部の様子


左:キッチンのあたり、右:風呂


左官工事の様子

外壁(と一部内壁)の仕上げは「モルタル掻き落とし」。半乾きの表面を剣山のようなものでガリガリ擦ると骨材が落ちて、自然な風合いがでてくる。今回は久住氏と相談して色や骨材のサイズを調整をし、かなり土っぽい表情に仕上げています。
写真は塗り立てで荒々しい感じだけど、乾くとなんだかかわいい表情になってきます。

2階の和室は、壁から天井まで左官で塗り上げています。ここの仕上げは、正式名称忘れましたが、石膏を塗ってスポンジで荒らした表面を部分的に研ぎ出すというもの。
コスト抑えめの仕上げですが、スポンジで荒れた部分が柔らかさを、研ぎ出した部分が上品さを出すので、なかなかエレガントな表情です。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.08.04 | (0)

進々堂、お前モカ?

いまさら祇園祭

ここのところ7月末〆切の原稿のための資料読みに慌ただしい。
その間のいろいろ。

7/14(火)

祇園祭へ。今年はチビがいるので人混みを避けようと宵々々山へ。しかし平日にもかかわらず山鉾町はかなりの人出で思うように進めず。屏風祭もあまり見れなくて残念。来年はもう一日早めよう。Y上のいる岩戸山にいってビールと粽(ちまき)をもらいしばし雑談。チビが育ったらうちの町内入りませんか、という。最近は子供が少ないからかそんなのもありなんですね。

7/16(木)

T邸現場へ行ったら、宵山にもかかわらず、大工さんたち遅くまで頑張っておられた。暑いですね、蒸しますね。
帰りにふと見付けた「月と六ペンス」という喫茶店へ。古いアパートの一室にある。アイランド型の配置、棚、塗装、蔵書、手作り仕事と聞いたが、かなりイイ。グラスワインとコーヒーが同価格なので、当然ワインを頼む。禁煙なのが唯一残念だが、それでも行きたくなるお店ではあった。
その足で、満田さん事務所にお邪魔して、京都で独立して仕事をしている方と多くお会いする。山鉾をはじめて上から(マンションのベランダから)眺めた。

7/17(金)

会場となる京栄中央ビル最上階。眺めよし。

魚谷氏、RAD川勝氏と一緒に、8/7の「佐藤敏宏さんワイワイ会」会場となるビルの下見に。最上階ゆえか10×12mの空間に柱がない。おまけに外には20坪程度のルーフテラスまであって、なかなかの気持ちよさである。
今回はこういう会だが、今後もギャラリーやイベントスペースとして積極的に活用してもよいのではないかと思う。場所も河原町五条だし悪くない。大家さんどうですか。

7/22(水)

進々堂

久々のライブラリーワーク。T邸現場に顔を出した後、同志社大図書館へ。若干の資料コピー。その後、京大文学研究科図書室へ。日本でここを含めても3つくらいの図書館しか所蔵してないインドの論文誌を閲覧しに行った。
こういう研究的な仕事をするには、やはり京都はいい。資料の総量ではもちろん東京に負けるだろうが、質の高いスポットを自転車で回れるコンパクトさが格別である。

作業終了後、コーヒーでも飲みながら論文を読もうと思って、これまた久々の「進々堂」へ足を運ぶ。
いつも座る壁を背にした席につき、注文のお姉さんに「アイスコーヒーと灰皿を」と言ったら、全席禁煙なんです、との答え。外の席も。しばし絶句。まじですか。正気ですか。いつからそんなことに。しばし逡巡した後に、コーヒーは飲まずに店を出た。
いまさら書くまでもないけど、音楽が無く(重要)、机がでかく、本を並べて何時間いすわっても嫌な顔をされない、(コーヒーの味は普通だが)、いい店だったのになあ。タバコ嫌いな人にはもっといい店になったのだろうけどねえ。悲しいねえ

その後、学士堂に行くが閉まっていた。定休日は確か日曜のハズ。まさか閉店したの??

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.07.24 | (0)

お知らせ:佐藤敏宏さんワイワイ会

ひさかたぶりの神楽岡の企画、やります。

今回はRADさんと合同開催で、福島の建築家・佐藤敏宏さんを囲む、スライド会ともレクチャーとも飲み会ともつかぬ会、「ワイワイ会」です。




神楽岡+RAD合同企画:
佐藤敏宏ワイワイ会+プチレクチャー『建築とか』

千万家


佐藤敏宏さんは建築家なんですが、ホームページを見てもらうとわかる(わからない?)ように、きわめてユニークな建築活動=生活を展開されていて、今回はその一つ「ことば閲覧」のインタビューで京都に来られます。

柳沢もいちおうインタビュー対象に入っていて、本企画の主催の一人でもあるんですが、実は佐藤さんには未だお会いしたことがありません。どういう会になるのか予測できないところがありますが、きっと、いろんな意味で、面白いことになりそうです。
飲み物・食べ物は「持ち寄り制」です。
あと、会場もなかなか面白い場所です。
今回はいつもの神楽岡ではなく、五条河原町にあるオフィスビル最上階をまるまる貸し切ってやります。

>> 企画の詳細はこちらをどうぞ

| MEMO 雑記・ブログ | 09.07.18 | (0)

呑みながら講義@Loki

2009/7/10(金)

午前中に打合せを一件すませ、午後はうちの事務所ビルの大家さんと、8月に企画しているスライド会の会場について交渉(空きビルのワンフロアをまるまる借りようと画策しているのです)。その後、T邸現場監理。
晩から図師宣忠氏と合流し、焼き鳥をつまみんだあと、Loki Academicaの「呑みながら講義」第一回に参加。

講師は京大博物館の塩瀬隆之氏。「からくり人形からロボットに伝承された技術」というお題から、からくりの機構的な話かと想像していたが、中身は主にコミュニケーション論であって、それが抜群に面白かった。


時計をきっかけとする歯車技術の進歩から複雑な動きをする人形(オートマタ)が生まれ、さらに19世紀の産業革命による蒸気機関の発明により、人形に動力が組み込まれ自律的な動きをするという現在のロボットのイメージが形作られたという(「ロボット」ときいて思い浮かぶゴツゴツした金属的なイメージというのは、この時代の蒸気機関、たとえば蒸気機関車の造形に由来するんですね)。
その後20世紀日本では、アニメやマンガ(鉄腕アトム、鉄人28号からガンダム、エヴへ)を媒体として、人型ロボットのイメージが国民的に共有されつつどんどん膨らみ、かつ洗練されていく。その成果が、90年代後半の人型二足歩行ロボットプロトタイプとして花開いたと。
しかしメカニズム部分の進歩がある一方で、ロボットが備えるべきとされる一つのイメージ「人工知能」については、今のところ限界があると。
ロボットは、あくまでセンサーによる情報取得を行い、それを一定の条件下で処理・判断し、それに対応したアウトプットを行うことしかできない。ポイントとなるのは「一定の条件」の幅で、たとえばチェスのように、入出力の条件がルールによって非常に狭く限定された状況には対応できるが、たとえば、対戦相手が怒ってチェス盤をひっくり返したりすると、ロボットには対応できないというような話。
ロボットにはそのような限界がある。しかし、それにもかかわらずロボットは今や生活の隅々まで浸透している(ATM、カーナビ、飛行機自動運転システムとか)。
そこで課題としてあがってくるのが、ロボットといかにコミュニケーションをとるか、というテーマ。

印象的だったのは、コミュニケーションの隠喩として、よく「キャッチボール」があげられるけど、実は「ビーチバレー」と考えた方がよいという話。
キャッチボールの例えでは、ボールを相手に向けて投げ、それをちゃんと受け取ることが大切と理解される。もちろんボールが意図やメッセージである。
しかし実際のコミュニケーションでは、必ずしもボールは自分が構えているところに向かってはこない。ボールを返すにも、そもそも相手がどこに構えているかを見極めるのは非常に難しい。だから、まず大切なのは、飛んできたボールを拾うことであり、相手が拾える範囲で返すことだと。だからビーチバレー(バレーじゃないのは、バレーが相手のいないとこにボールを落とすことが目的なのに対し、ビーチバレーはラリーを楽しむとこに本質がある、ということでしょう)。
いまのロボットのレベルでは、キャッチボールもできず、「ピッチングマシン」に過ぎないとも。
ロボットとのコミュニケーションを考える上ででてきた発想らしいが、それが人間同士のコミュニケーションにも十分に示唆的なところがすばらしい比喩。

長くなるのでこのへんでやめますが、ほかにも「歯車=コミュニケーション→摩擦が大事」の例えや、「悪いのは地球の重力に魂を引かれた人間達だろっ」というカミーユの台詞を交えながら、一時間強、卓越した話術とプレゼンテーション力による笑いの絶えないレクチャーでした。いやー、世の中には面白く賢い人がいるものです。
会場は20人でいっぱいでしたが、もったいないというか、贅沢というか。

レクチャー終了後も、図師と二人で塩瀬さんを囲み、今日の話題以外の研究テーマのことなど、2時くらいまで延々話をきかせてもらいました。
塩瀬さんに、「もともと機械工学出身ということだけど、何故こういうコミュニケーション論に展開してきたのか?」という質問をすると、「機械は人間が使うものだから、結局、人間とどういう関係をもてるかが一番大事」という(主旨の)答え。
昨今の建築界の議論を思い浮かべ、うーむと唸り腕組むことしきり。心地よいショックをたくさんもらった一晩でした。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.07.16 | (0)

T邸ちゃくちゃく2

玄関の床板と框と階段。90度回転中。


2009/7/6〜12

久しぶりにT邸現場の様子。

左:外壁の左官下地ができあがってきた。来週中には上塗りに。
右:中には造作家具が一部設置されつつあり。キッチンとおかめ。

左:フローリングが張り終わった玄関。鉄板の階段がキレーにフローリングにささっています。写真右は棟梁。非常に丁寧な仕事をしてくれます。
右:夕方の感じ。照明は暗めの白熱灯がいい。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.07.13 | (0)

ワインパーティ「革命」へ

会場は京阪三条の「ラ・ガジェガ La Gallega」。巨大パエリア


2009/7/4(土)

午前中、T邸にて施主打合せ。造作家具ができあがってきた。

晩は、非常勤講師関係で先頃知り合ったエリック・ルオンさんからお誘いを受けて、ワインパーティへ。
パーティは、参加者が1人1本2500円以内のワインを持ちこみ、みんなで飲んで最後にベストワインを選出するという趣向だそうだ。毎回テーマが決められいて、今回は「革命」(7月4日だから?)。ということで、フランス、アメリカ、スペイン産のワイン限定。

僕が持って行ったのは、近所のタキモトで買った「真っ赤」なラベルのボルドー赤(ジャケ買い)。京都在住のインターナショナルな人が多いと聞いたので、芸工大時代の同僚で日系メキシカンのエリさんを誘い参加した。
50人近くが集まりたいへん賑やかでした。

ワインを飲みながらいろいろな方と。明貫造園出身の庭師の方、京都の建築家ドイさん、某大学職員の方、ボンバーなスペイン語教師の方などなど。途中ビールをはさみつつも、ワイン一本半分ほど飲んでしまう。

最後の投票では、なんとエリさんのワインがベストワインに。たしかに旨かったのだが、曰く「好きなワインなのでケース買いしてる」んだとか。そりゃ間違いない(ジャケ買いとレベルが違う)。
ちなみに2位のワインを持ってこられた方に聞くと、リカモンドセレクション2000円部門1位のものだそう。リカーマウンテン侮るべからず。
僕のワインはいまひとつで、半分以上残っていた。やはりジャケ買いはだめだ。

一等商品の食事券を手にしたエリさん。しかし、「あまり京都に来ない」ということで、ジャケ買いごときの私にお譲りいただく。ありがとうございます。妻にプレゼントします。なんちて。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.07.12 | (0)

ダウラターバード Daulatabad:India, 1996

ダウラターバード Daulatabad:India, 1996

インド、デカン高原西部に位置する丘の上の廃都、ダウラターバード
エローラ観光の基点となるアウランガーバードの郊外、ローカルバスで数十分の距離にある。

荒松雄「多重都市デリー」によれば、14世紀トゥグルク朝のムハンマド・ビン・トゥグルクは、この地をデリーとならぶ「第二の首都」として、デリーから多数の住民を移住させたというが、諸事情でわずか7年で撤退したという。
平地にぴょこりとある街道沿いの丘には、戦略上の要衝として古今東西城塞が築かれることが多いが、たいてい水不足で苦しんでいる。インドのような土地ではなおさらであったろう。砦ならまだしも、都市としてはきつかったのかもしれない。

(追記:上記のように書いた後GoogleMapの航空写真をよく見たら、丘のふもとの平地にキレイに城壁の跡が残ってました。都市はこの城壁内にあり、丘の上は砦だけだったのでしょうね。失礼しました。航空写真を見てると、丘の周囲にこれまたキレイに堀が巡らされています。往時はなかなかの偉容を誇る都市だったのでは)

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さて、ここを訪れたのはたしか8月下旬の雨季最終盤、時折スコールがあるほかは天気もよく、緑の豊かな季節であった。
緑に埋もれた建築が好き、というのは何度か書いてきたけれど、ここは今まで訪れた中でも最高の「緑埋もれスポット」の一つである。
季節のタイミングと、観光地として未整備のため草ボウボウだったのが良かった。建築が地面に、まさに、溶け込みつつある様が存分に堪能できた。影がないので日射しで脳みそ茹だりそうだったけど。

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遠景

実は、建築設計を生業とする身として「緑に埋もれた(廃墟っぽい)建築が好き」と広言するのは、何となくはばかられるという意識もある。「新しい建築空間」をつくる者の視点としては、非本質的で情緒的にすぎるんでないか、という声が聞こえるからだ。
それもあながち間違ってはいないとは思うけれど、時間と建築・自然と建築・文明と建築といった、より大きな関係の中で考えると、どうだろう。
このような遺跡や廃墟は、「新しい建築空間」をつくるにも有益な、様々な事柄を物語っているように思えるのだが。もう少し考えてみよう。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.07.08 | (0)

JUNAIDA個展・京都調査

2009/7/3(金)

先日、友人サハラマコト氏のブログからリンクされていた、JUNAIDA(じゅないだ)さんというイラストレーターのサイトを見て、ヤラレタという衝撃を受けた。で、ちょうど今週からCOCON烏丸で個展があるというので、市役所で別件の確認申請訂正を済ませた後、初日を見に行ってきた。

なにがヤラレタということもないんだけど、色調とか、水彩の柔らかさとか、絵本調のタッチとか、やけに建築的なモチーフが多いとことか、それが生き物かキノコみたく増殖してるとことか、それが空や水に浮かんでたり、草や木に埋もれていたりとか、その合間にいろんな人が遊んでいるとか・・・嗜好ど真ん中をつかれた感じである。僕がいつも描きたいと思ってた世界が、かなり近い感じでそこにあったのだった。
いやー30過ぎてもこういうことがあるとは。

ギャラリーでJUNAIDAさん(聞かなかったが、本名はジュン・アイダさんと見た)とも少しお話しする。彼が今のような絵を描くようになったのは、フンデルトワッサーや安野光雅の影響があるという。なるほどつながっている。ファンタジーというとヨーロッパ風の世界が多いけど、今後は日本的な木造の家も描きたいとのこと。僕もRCや鉄骨じゃなく、普通の木造技術で木造らしく、かつあまり普通でない空間を作ってみたいと常々思っているので、大きくうなずく。
サハラさんから聞いて僕のHPも見てくれてたらしく、TISTOUがいいですね、と。ああいうのほんとに作りたいんですけどね。なかなか屋根に木や草を載せてもいいという人に出会えない。しかし彼の作品を眺めていて、建築もやはり夢を描き続けないとな(できることを一生懸命やる、だけじゃなくて)、という思いを新たにしたのでした。


この日の晩は、魚谷繁礼氏の事務所で宮城大学の竹内泰さんと、京都調査計画の打合せに参加。夏に一気に調査をやって、黄表紙三本書こうと景気のいい話をする。京都ならではの、なかなか面白そうな新しい視点も見つかった。飲み会ではコミュニティ・アーキテクト(あるいはタウン・アーキテクト)はいかにあるべきか、という話で盛り上がる。
二軒目は近所に最近できたハライソparaisoに顔を出してみる。五条界隈には今まであまり無かったタイプの店だ。お店の方と下京の保育所事情などで盛り上がる。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.07.07 | (0)

鞆の浦4(まなざし)


鞆の浦について第4回(最終回)。

ところで最近、ヴァーラーナシーの「観光」についての原稿を書いており、その過程でいわゆる「観光学」の文献に何冊か目を通している。その中の一つ「『観光のまなざし』の転回」の中に、鞆の浦を扱った一章「創出された『観光地』:鞆の浦、二見ヶ浦にみる海景名所の近代」(著:川島智生)をみつけた。

それによると、鞆の港としての衰退は、明治半ばの鉄道開通と船舶スタンダードの転換(鞆の浦の水深では対応できない西洋船への転換)が決定的であり、港湾都市としての存続が危うくなった鞆の町は、その生き残りを「観光」にかけることになる。
本書には、大正から昭和の国立公園指定に至るまで、鞆の官民が一体となって、景観整備や観光インフラ整備、地域イベントの創出に邁進したことが描かれている。
現在まで続く「鞆の浦」という観光地のイメージ、つまり鞆に向けられる「観光のまなざし」は、このような流れの中で目的意識的に創り出されたということである。

また本書では、昭和30年代に対潮楼の足下まで続いていた岩礁を埋立てて広幅の幹線道路が建設されたこと、それによって鞆を代表する海景、すなわち「波しぶきのあがる岩礁と石垣、木造建築という三点セット」からなる「天然美と人工美の調和すこぶる妙」が失われたことにも触れられている。そして地形と対応した町の構造もまた一部失われた。
それはモータリゼーションの浸透というだけでなく、戦前期に鞆へ向けられていた「まなざし」が、この時期には変質していたことも意味するのだろう。
(上掲写真:戦前期の対潮楼、下:現在の対潮楼。上写真の右下の海あたりからのアングル)

いま鞆の浦はポニョや架橋問題をバネとしながら、「観光のまなざし」の再構築に取り組んでいる。
対潮楼下の埋立は、もちろん当時としての様々な判断の結果だろうが、現代の視点(まさに「まなざし」)から見ればやはり、残念なことに思われる。失われた独特の景観や町の構造は、観光資源としても、間違いなくかけがえの無いものであったはずだ。

このことは鞆をめぐる言説の中であまり触れられてないようだけれど、現代の架橋問題にとっても示唆に富む出来事ではなかろうか。くだんの橋は、対潮楼下の幹線道路を延長する形で架けられるのである。
「まなざし」とは要はモノの見方であるから、いくらでも作り直すことができる。地形や町は、なかなか難しい。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.07.06 | (0)

鞆の浦3(太田家住宅と町の建築)

太田家住宅の蔵の裏側の腰に貼られていた板。たぶん古い舟板を貼り合わせたもので、とても魅力的な表情になっている。


2009/4/23〜25

だいぶ間があいたが、鞆の浦の第3回。今回は太田家住宅と町の建築。

太田家住宅


漆喰のタタキ(ピシャンのような表情)と瓦の市松になった土間。すごい精度である。石張りでこういう市松はよくあるけど、色だけでなく表情の差もあるところが、もう一つ上のデザイン。



太田家住宅の蔵。いやーかっちょいい。漆喰と瓦と板壁のバランスが絶妙な、モダンアートのように美しい立面構成。倉敷の蔵もよかったけど、こっちの方がいいかも。軒やけらばを曲面で処理してるところも面白い。こういう家、つくりたいねえ。


座敷にて。広いのでチビが大喜びでハイハイしていた。


御舟宿いろは


まちづくり団体の方々が、使われなくなった町家を再生した旅館。全体のイメージは宮崎駿監督のスケッチに基づくという。リンク先のムービーを見てたら、「繭 mayu」の時のことを思い出しました。
残念ながら宿泊はできなかったけど、コーヒーとケーキを頂き、鞆まちづくり工房の松居秀子さんに少し話を伺うことができた。


@CAFE


常夜燈のすぐ横にある手作り感満載の町家カフェ。雁木の前に机と椅子を出してお茶(とかビールとか保命酒のミルク割り)が飲めてとても気持ちよい。長期滞在してたら間違いなく入り浸ってしまうタイプの店だ。こういう店がいくつかあると町の雰囲気はぐっと変わる。がんばってほしいお店。

お店といえば、鞆の浦の夕食でおすすめしたいのが「おてび」。非常にくだけた雰囲気でカウンターに並んだ小魚料理が楽しめる。ラーメンもうまい。僕らは子連れでいったので、そこで飲んでた地元のおばちゃん達にたいそう話しかけられて楽しかったです。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.07.05 | (0)

都ホテルで建築士講習

三条蹴上のウエスティン都ホテル(部分)

2009/6/22〜28

6/24(木):

3年毎に受けねばならない建築士定期講習へ。会場は「都ホテル」。

2月に受けた管理建築士講習の会場は京都国際会館(設計:大谷幸夫)だった。
そして今回は「都ホテル」だというので、ほほぅ建築士事務所協会もオツな会場設定をするなぁ、講習の合間に植治の庭を見学できるかも、と楽しみにしていた。
家からも近く勝手知ったる場所なので、アクセスを地図で確認するまでもない。自転車でゆうゆうと三条蹴上にあるウェスティン都ホテル(設計:村野藤吾)へ。

ホテルに着いたのが朝8時半で、受付は9時までである。
めずらしく時間に余裕があったので外観写真など何枚か撮って、さて講習受付はどこかなと案内資料に目をやったのが、8時50分くらい。
しかし、どうもそこに書いてある地図の雰囲気が違う。都ホテルは複数の建物がつながったかなり複雑な平面形状なのに、そこには単純な四角が。もう少しよく見ると、地図には「都ホテル」ではなく、「新・都ホテル」と書いてある。

新・都ホテル」は京都駅の南にある都ホテルチェーンの別ホテルである。あちゃー、とようやく気付いて、あわてて自転車に飛び乗り猛ダッシュ。三条から京都駅南口まで約12分で走り、受付にはぎりぎり間に合ったのだった。やれやれ。



三条蹴上の都ホテルの人工地盤


さて、なぜこんな勘違いをしたのかと反省すると、どうやら僕は、
① 管理建築士の講習が「京都国際会議場」だった
② そして今回の定期講習が「都ホテル」らしい(「新」を聞き落としている)
という二つの情報から、
③ 建築士講習の会場は、京都にある近代建築の名作を会場とするらしい
 (主催者もなかなか気がきいてるじゃないか)
という結論を導き出してしまっていたようだ。
だから「都ホテル」ときいた時点で、それはもう蹴上の村野藤吾に違いないと思いこんでしまい、案内の資料を見てさえも気付かなかったのだ。なんとも。

講習そのものは9時半から17時半までぶっ続け。しんどいけれど、たまにはこういう勉強も悪くないとは思う。たまであれば。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.07.04 | (0)

篠山・とらや・俄

篠山にて。伊豆の某旅館の座敷に使うという赤土

2009/6/15〜21

6/18(木):

この日からT邸の外壁左官工事がはじまる。
それに先だって久住鴻輔氏が納まりの打合せを朝イチにしたいというので、「じゃあ9時には現場行きますわ」と言ったら、「すまんけど左官屋の朝イチは7時半なんや〜」とのことで、久々に6時起きで現場へ。

T邸現場にはいつも自転車で五条から鴨川を遡っていくのだけど、早朝は格別気分がよろしい。
さて打合せは9時前に終了したが、久住氏に誘われ、そのまま丹波篠山にある久住章さんの別荘へ遊びに行く。こちらの別荘は2005年以来2度目の訪問。曲面の左官壁が縦横に絡み合った不思議な建築で、ものすごっく面白い上に、現代建築に対する批評性もあわせもってるんだけど、残念ながらどこにも発表されていない(ので、ここでも写真掲載は控えます)。
荷物運びを少し手伝った後、倉庫でお茶しながら雑談。最近の左官界事情などなど。
「不景気やからって暗い顔してたら人が離れていく。無理しても明るうせんと」。


昼頃に久住(鴻輔)氏のトラックで京都に戻ってくる。折角なので何か見て回ろうと、この間mndブログで紹介されてた巨匠作品2件を(久住左官の2tトラック、しかも材料満載で)見に行く。
どちらも、この不況下に新社屋建設というのは素晴らしい。

一つ目は一条烏丸、内藤廣設計のとらやへ。

菓子を販売してる店舗かと思って入ったら、いきなり西洋人のウェイターに席へ案内されたので少々驚いた。折角なので庭の席へ。
特徴的な断面形状の垂木が連なる庇の下で、赤い羊羹と抹茶ナントカ(色の取り合わせがよいね)。広々とした庭が気持ちよいけど、ちょっとスッキリしすぎかなという印象。たぶん建築設計の人が図面を引いたんだろうと想像するが、建築の方が非常にシャープなつくりなので、庭の方はもう少し自然な感じに崩してもよかったように思う。
素材や細部のデザインもあちこち見応えがあった。担当が大学の同級生なので、今度じっくり教えてもらいたいもの。
あと、建築と関係ないけど、外でくらいタバコ吸わせてくれてもいいじゃないか。茶店なんだから。


続いて富小路三条、安藤忠雄設計の俄(にわか)へ。
下鴨の店舗(高松伸設計)には、結婚指輪を見に行ったことがある(笑)

ファサードには、にょんにょんにょにょーん、とばかでかい庇が4つ飛び出ている。
これは、景観条例の「とにかく庇を出しなさい」という杓子定規な規定に対して、従いつつも揶揄してるのだと理解した。だとすれば大人の態度として「面白い」(「本気で景観に配慮」だとしたらアレだが…)。
中にはいって「見学です」と正直にいったら、店員さんがにこやかに対応してくれた。写真もOKをもらった。いつもながらブレのないド直球の安藤イズム。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.06.28 | (0)

T邸ちゃくちゃく進行

鉄管切断中

2009/6/8〜14

T邸ではところどころ仕上がった部分もでてきた。

上の写真は直径80mmの亜鉛メッキ鋼管(通称:白ガス管)をサンダーで切ってるところ。2階キッチンの排水を基礎下へ抜く排水管のカバーとして使うもの。

当初1階には天井が貼られる予定だったのだが、コスト調整の中で浴室廻りを除き天井をとっぱらったため、この排水管が露出することになったのだった。壁内に納めることやステンレス、アルミ等も検討したけど、素材感とコスト面のバランスで白ガス管に決定。玄関脇に、なんだか床柱のように立ってきます。

玄関框を取付る棟梁。玄関框にはいろいろな木が使われるけど、ここではタモ。
T邸は木造なのでもちろん色んな種類の木を使ってる。その中で最も目につくのは、床に使うメルバウという赤みの強い木材と、ほとんどが現し(あらわし)となってる柱のヒノキ、それに梁や窓枠の松。で、これらと馴染みのよい質感と色をもつタモを、建具や框などの要所要所に使っている。控えめだけどしっかりした存在感がある。

階段も手摺(塗装前)が入って形が見えてきた。
屋根もほぼ完成。この地区は景観条例で、屋根は原則として日本瓦葺きにしないといけない。でもT邸は平面形状が変形のため、瓦だけで納めるのはちょっと厳しい(技術的には可能。コスト的につらい。役物を作らないといけないので)。なので、一部に金属板を併用した腰葺きとしている。腰葺きは数寄屋でもよく使われる手法で、景観条例の主旨上も問題ないはずだが、これを認めてもらうだけでも役所でかなり時間を使ったのだった。

屋根の上で瓦屋さんと小一時間話をして、三州瓦がJIS規格になった話や京都の瓦の話、屋根裏結露の話などをいろいろ教えていただく。こういう現場での勉強は嬉しいもの。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.06.27 | (0)

花田先生論文・坂本一成講演会

2009/6/1〜7
その他の出来事のメモ。

6/2(火):
7月末に締め切りのある原稿のプロット制作にようやくとりかかる。インドの話なんですが。あれこれ必要な資料などを考えていたら、神戸芸工大に置いてある資料をとりに行かねばならないことが判明。

6/5(金):
ということで、久方ぶりに神戸、芸工大へ。いまさらながら遠い! 助手時代はよくも毎日通ってたものである。

芸工大には研究員として籍(と席)があるので、部屋の一画に研究関係の資料も置かせてもらってる。山積みされた段ボール箱十数箱の中から、今回の原稿書きに必要な資料を発掘し、紙袋二つ分ほど持ち帰る。
この段ボール箱、今年度いっぱいで引き上げないといけないのだが、どうしよう。どう考えても今の事務所(家)には納まらないぞ。

資料探しの合間に、花田佳明先生のところへお邪魔して、制作中の坂倉準三展の模型「正面のない家」を見せてもらう(その精巧な作りについては花田先生のブログに詳しいです)。「正面のない家」は、一つのシステムというかルールが貫徹されてるところが、見ていて気持ちよい。ルーバーがかかる室内化された庭と室内のバランスは建蔽率(50%)で決まっているそう。ただ、こういう敷地全体を囲い込んだ中庭形式では、市街地の過密化を防ぐという意味での建蔽率制度は機能していないのが、少し気にかかる。

花田先生から博士論文「建築家・松村正恒に関する研究」をいただく(サインもらうの忘れた)。論文要旨のマンツーマン・レクチャーまで受けてしまった。ありがとうございます。
研究は、松村正恒という建築家(の人生)を通して日本における近代建築の受容と展開の一断面を描いてしまう、緻密かつ壮大な研究だ。いいなあ、こういうの。物書きのロマンだよなあ。熟読はこれからです。

8月1日には日土小学校(松村正恒設計)の改修記念見学会があるそうです。
これは予定にいれておこう。


6/6(土)
6/3〜5日と時間を使ってた別件(公表できないのですが)の作業が一区切りついたので、T邸現場打合せの後に、京都造形大での坂本一成氏講演会に行く。前の週のアーキフォーラムは行きそびれたのだが、ご本人が、今回はアーキフォーラムの内容にさらに説明を加えたと言ってたので、ラッキー?
自身の方法論に(たとえ後付けであれ)徹底的に自覚的であることをとても大事にする姿勢が、藤村龍至氏の活動などとオーバーラップしつつ印象的だった。
建築の「形式」と現実の矛盾や対立にこそ、建築の可能性や魅力があるという話(と僕は理解した)は、僕自身大いにうなずくところ。でも、坂本氏のスタート地点が篠原一男(すさまじく「形式」に力のある建築)であることを考えると、僕の理解ほどには単純ではないだろうなとも思う。

講演会の後は造形大の近所の「アナベル・リー」へ久々に顔をだして雑談。途中水谷氏を呼び出し、その後は神楽岡へも久々に。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.06.26 | (0)

宇治へ

宇治川。鴨川より川幅も水量もあり、周囲に山が重なるように広がっていて、とても気持ちよい。

6/7(日)

天気がよいので、ふと思い立ち午後から宇治へ。

最近、『源氏物語』(与謝野晶子訳。と副読本として「あさきゆめみし」)を読んでいたので、まずは源氏物語ミュージアムへ行ってみる。外観のモチーフはなぜか唐破風のようであった。
いろいろな解釈でビジュアル化されてる展示は単純に楽しめるけど、わかりやすさ重視で奥行きが今ひとつ。まあ、源氏物語関係で見応えのある一次史料や美術品は、みんな国宝クラスであちこちの博物館蔵だろうから仕方がないか。
でも、もう少し展示や企画に工夫の余地がありそう。たとえば、源氏物語をテーマとする若手の研究者やアーチストは、たぶん今でもたくさんいるはずで(僕の知り合いでも、源氏物語にでてくる葦手文字の研究で博士号をとったフランスの方がいる)、そういう人たちの成果や作品を活かした企画などしてもよさそうだ。

その後、現存最古の神社建築といわれる宇治上神社へ。
ここの本殿はちょっと変わったつくりで、三つの小さな社が、一つの大きな建物=覆屋(おおいや)に内包されている。もともと独立して祀られていたであろう三つの社に、えいやと大屋根をかけて一つの本殿にしてしまった、というプロセスが想像されて面白い。(上:外観、下:内観)

拝殿にも同じように気になるポイントがあった。
拝殿の屋根は端部にぴょこりととんがった形があり、これが外観のアクセントになっている。これは直行する正面と側面の反りのある庇を連結するためにできた形で、縋破風(すがるはふ)という。

この連結部を滑らかに処理すると、よく見られる入母屋屋根になるのだが、ここでは縋破風がとんがってるため、そのあたり何だかとってつけたような感じがする。で、その下の建築本体の方を見ると、両端の柱間、つまり縋破風の下だけが左官壁の塗籠(ぬりごめ)となっている(その他の柱間には壁がない)。
以上から想像をたくましくすると、この拝殿の原型は、壁のない柱だけの四角い平面に切妻屋根が載ったパルテノン神殿のような形で、後から、両端に塗籠の部屋とその上にかかる庇を付け足すことで今の形になったんじゃないか。この縋破風は、そのような建築の進化というか発展のプロセスを名残としてとどめるもののように思われるのだ。

こういう建築の発達プロセスが表現された(と思しき)デザインは、もちろん直接的な増築によってつくられたのではなく、何段階か幾時代かの試行錯誤をへて成立したのだろうけど、建築が経てきた時間や記憶の蓄積が空間として表現されてるという点が、個人的にはとても興味深い。

どうして興味深いのかというのは、もう少し考えて書かないといけないので、宿題。

宇治川沿いの散歩に時間をかけすぎて、平等院にある鳳翔館にはいきそびれた。次回にもちこし。
それにしても宇治川沿いは気持ちの良い土地だった。前回の家探しでは見過ごしていた。土地代は高そうだけど、ここらへんに住めたらいいなあ。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.06.25 | (0)

ラオスの木製バス Bus:LaoBao, Laos, 1996

ラオスの木製バス Bus:LaoBao, Laos, 1996

ベトナム/ラオス国境の町ラオバオLaoBaoから、ラオス/タイ国境の町サバナケットSavannakhetへ向かう、ラオス横断バス。記憶がもはや曖昧だが、たしか昼頃に出発して深夜に到着し、運賃は5ドルくらいだったような。

今でも走ってるのかわからないけど、トラックの荷台に木製の客席ワゴンが載ったバスで、もちろん座席も木製。屋根に人の背丈くらいに荷物を積んで出発する。
走ると、未舗装の道の凸凹がダイレクトに木のフレームに伝わって、ぎしぎし揺れる。夜になると天井に一つある裸電球が薄暗く灯って、乗客たちの無言の顔をぼんやりと浮かびあがらせる。バスは相変わらずぎしぎし。窓の外を見ると街路樹さえも見えない暗闇で、星だけが満天に。そしてずっと、ぎしぎしがたこと。
あちこち旅行をしていて、もっと過酷な移動もあったけれど、なぜかこのバスの一夜がもっとも鮮明に印象に残っている。陳腐さを覚悟で言えば、それは銀河鉄道に揺られているような心地だった。
なぜそんな気がしたのだろうと、光と音と振動それに確かディーゼルエンジンと農村の臭いが加わり、五感へのゆるく単調な刺激が長時間続いてたからだろうか、などと考えてみたくなるけど、やめておこう。

サバナケットの食堂にて。フォーをすすりながらテレビのアトランタオリンピック高飛び込み競技を見ていた。これもなぜか鮮明に覚えている。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.06.13 | (0)

現場変更の妙味


上では天井ボード貼り。下では床暖房の設置。

2009/6/1〜6/7

T邸現場では、内外装の下地、外壁サイディング貼り、床暖房工事などが進行中。
一時の職人過密状態は抜け、新しい現場監督さんも来て、先週のように毎日現場に出る必要はなくなった。でもやっぱり二日と開けずに現場へ行ってしまう。のは、やはり現場が楽しいから。


神楽岡での町家再生や最初期の仕事では、僕自身も現場で竹小舞編みや塗装仕事、ちょっとした大工仕事もやっていた(もちろん素人の域を出ないものだけど)。神楽岡常連の職人連中との付き合いも長い。なので、現場の職人の動き方や考え方がある程度理解できるから、単に見ていても楽しいし、自分が書いた図面を彼らがどう理解しているのか、あるいは伝わってないのか、コマゴマした質問に受け答えしたりしながら確かめるのが、非常に勉強になる。

設計段階で細部に至るパーフェクトな図面を書き上げ、細工は流流あとは仕上げを…というやり方は、設計時と完成時の誤差がなくなるという意味で、一つの理想像かもしれない。けれど、そんなことはパーフェクトな設計者(そんな奴いない)にしかできないし、できたとしてもつまらない。
予測ミスによる修正は当然極力減らすべきだけど、少しずつできあがっていく状態を確かめつつ、職人とやりとりしながら、微調整や大修正を加えながら進めていくやり方は、やっていても楽しいし、それが結果のクオリティにつながるはずと思いたい。

なんだか当たり前すぎて恥ずかしいようなことを書いてるんだけど、書いていて、ああこれはフィールドワークベースの研究とよく似ている、と気付いた。
研究では普通、大まかな仮説(こんなことが分かるんじゃないかという予測)をたててからフィールドへ出向き調査をして、そこで得られた情報を基に、仮説に肉付けや修正を施しながら理論を組み立てていく。これはつまり、「現場・具体/机上・抽象」というとらえ方をすれば、設計と逆のプロセスをやっているんだな、ということ。

もちろん、設計も研究も、両者行き来を繰り返しフィードバックを重ねるから、順序の問題は曖昧になっていく。また、このような行き来はフィールドベースに限らず、いわゆる研究とか分析というもの全般にあてはまることではある。
けれど、僕のやってる都市空間を読解するような研究は、いわば出来上がった空間から設計コンセプトや設計時の条件を推測しようという試みであるから、設計の逆プロセスという側面が特に強い。
そして、空間の読解作業で最も面白いのは、設計コンセプトがストレートに実現された部分よりも、諸事情で変更を受けたであろう部分を読み解くことだったりするのだ。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.06.12 | (0)

SSS解体

解体前のSSS


2009/5/25〜5/31

5/30(土)
2007年5月に完成したSSS(SAKAN Shell Structure)の解体作業&振動実験を敢行しました(建設プロセスのまとめはコチラ

約1年半振りに滋賀県大キャンパスの敷地を訪れたところ、思いの外キレイに建っていました。なんせ全くメンテナンス無しで置いてあったもので、結構荒れてるのではと心配していたのですが。

施工上の問題から構造体のモルタルの強度に一定の不安があったものの、外見上は、仕上げの生石灰クリームが頂部で薄くなっている点、開口部まわりに一部上塗りが欠落してるところがある他は、大きな変化無し。それなりにクラックは入ってたけれど、たぶんこれは施工直後の乾燥でできたもの。コンパネ製の開口枠は、表面は劣化してるもののしっかりしてる様子。

紙貼り仕上げの内部も、カビだらけでは、と恐れていたものの意外にキレイ。雨漏りをした痕跡もなし。
ただ地面から15cmくらいの紙はおそらく虫食いでぼろぼろに。それより上は損傷少なし。むしろ気になったというか気持ち悪かったのは、内壁に蛾のサナギが点々々とあったこと。トップライト付近にはセミの抜け殻まで。どうやら虫たちの越冬場になっていた様子。まあ仕方がありませんが。
あと反省点としては、施工の都合上、開口枠とタタキの床の接点にちょっとした溝ができてしまっていたのだけど、そこがダンゴムシやムカデの住処となっていたこと(気持ち悪いので写真は無し)。
水硬性石灰のタタキは驚くほどカチコチに固まっていた。地面に接してるのに湿気も吸い上げておらず、かなり快適な床面であったのは不思議である。


振動実験と記録の準備にとりかかる。内部では構造担当・エスキューブの小澤雄樹氏が計測機器のセッティング。外側ではクラックのはいってる位置の記録作業中。


トップライト頂部に設置した加速度計。X・Y・Zの三軸を計測する。


振動実験開始。X・Y軸方向それぞれの面から、でっかい木槌(かけや)叩いて、振動の様子を記録する。


左:
モルタル躯体のクラックの様子を調べるため、また上塗りなしでの強度を調べるため、水硬性石灰の仕上げ漆喰を削り落とす作業。金槌とたがねでコツコツ、約2時間。気分は石工。この日一番しんどかった作業。
中:
仕上げを落とした状態で上記と同様の振動実験をした後、今度は崩壊するまで力を加える。4人がかりで力一杯押して続けてもらうが、これでは倒れず。
右:
続いて、4人がかりで、徐々に力を加えながらリズミカルに揺らしてもらう。数分たったところで、かなり揺れが大きくなってきて、足が一部破壊。

そのまま揺らし続けると、最後には木枠だけで支えられてる状態を経て、豪快に崩落。


恒例の記念撮影。柳沢の他、奈良女・山本先生、小澤氏、森田一弥氏、久住鴻輔氏、奈良女・滋賀県立大の学生さん。滋賀県立大の松岡先生、畑中久美子さんもたまたま見学に来てくれました。


タタキだけが、遺跡のように残りました。
かたわらで悲しみのあまりうなだれる小澤氏。

今後、本日の計測結果は整理・分析の後、実物大実験棟建設プロセスとあわせて、論文にまとめられる予定。施工時の問題点等の反省要素も盛り込まねばなりません。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.06.02

現場常駐

T邸現場の様子。壁や床の仕上げ前に配管・配線を仕込むために、設備関係の職人さんが同時大量投入されています。人口密度高いなあ。

2009/5/25〜5/31

5/26(火)〜29(金)
T邸現場にほぼ常駐状態。月曜日は現場打合せが夜10時まで続き、火曜から木曜も毎日現場。金曜は9時から18時までのフルタイム出動。
こうなってる一つの理由は、今週、設備関係の配線・配管工事が行われているから。
ほとんどの設備配線は床や壁の中におさめるため、壁や床が仕上がってしまうとおいそれと修正がきかない。さらに照明や電機機器の位置なども、修正の難しいシビアな配置が多いため、つきっきりで確認・チェックを行うためだ。


もう一つ、より大きな理由は、週半ばから工務店の現場監督の方が体調を崩して欠場していること。
つまり、設計者(僕)と職人の間をつなぎ、現場の段取りを全て把握・進行してる唯一の人がいなくなったためである。どんな職場でもいますよね、普段あまり目立たない仕事をしてるけれど、その人がいなくなるとあらゆることが回らなくなり、その存在の大きさが分かる人。
一日も早い復活を切に望んでいます。早く元気になってください、Hさん。
木曜には森田一弥氏が現場来訪。

壁・天井の下地ができてサッシ枠も入り、中庭(奥庭)に面した大開口部の雰囲気がでてきました。なかなかよろしい感じ。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.06.02 | (0)

融合寺院

2009/5/25〜5/31

5/25(月)
月曜日は休み後の再起動のため雑務デーと決めて、サイトの更新や諸事務などのコマゴマした仕事をこなすことにしている。
で、ARTICLEsの方に、昨年インド通信に寄稿した「『聖なる風景』と『融合寺院』」というエッセイを載せました。


一つ覚えのようにヴァーラーナシーの話ですが、今度は風景とか寺院とか、建築っぽい話題になっています。「融合寺院」は長年温めていたテーマで、満を持しての投入、という意気込みです。

これから本格的な追加調査をやりたいところですが、今年はなかなかインドに行けそうにありませぬ。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.06.01 | (0)

東福寺へ

2009/5/18〜5/24

5/24(日)
一家で東福寺にある戸田直美さんの家にお邪魔して、シェフ・タイチロウ氏の手による昼食(とビール)をご馳走になり、そのまま午後の談笑。戸田夫妻は小規模な町家を丁寧に(という言葉がとても似合う)住みこなしていて、とても気持ちがよい時間を過ごす。

| MEMO 雑記・ブログ | 09.05.28 | (0)

ミュンヘン山猫

2009/5/18〜5/24

今週の映画:
ミュンヘン』2005
2時間半ひとときも息のつけない展開。サスペンスドラマとして素晴らしいクオリティ。でもコメントには苦しむなー。9・11に繋がる「憎悪と報復の連鎖」がテーマ、というと僕らには妙に観念的で現実感が薄く感じられてしまう。個人的には、この映画はそこのところを、「人を殺すことの気持ち悪さ」というもう少し身近な(?)感情を通じて、より実感に近づけさせてくれた(気がする、と控えめに言っておこう)。

山猫』1963
映像はキレイだったし、含蓄と哀愁に富んでいるのも分かったけど、楽しみきれなかった。もう少し年をとってから見ると違うかもしれない。
実をいうとクラウディア・カルディナーレが目当てで見た。でも『ブーベの恋人』の可愛らしさに比べると、ちょっと怖かった。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.05.27 | (0)

形の文化会

2009/5/18〜5/24

5/23(土)
形の文化会大会参加のため、朝6:30の新幹線で東京へ。この間たまったポイントを使ってグリーン車にグレードアップ(どうせならもっと混んでる時間帯にすればよかった)。N700系だったので設備も最新で実に快適。飛行機のエコノミーよりずっといい(こんなページがありました。すごいな)。眠かったけれど折角なのでノートPCを広げて、報告書の作業などしてみる。

形の文化会では、高木隆司先生の中央アジア石刻絵画分析の発表があって、僕も共同研究メンバーに入ってるので、その聴講が主目的であった。


他に興味深い発表としては、まず、青森県立美術館で実施されたこどものためのワークショップの報告で、美術鑑賞に制作体験を組み込むというもの。実体験としてもよくわかるんだけど、制作側の視点が少し入るだけで鑑賞の視線にぐぐっと深みが増すんですよね。青森県立美術館の話をもっといろいろ聞きたかったけど、発表者の方は懇親会に欠席だったので残念。

あとは、中川素子さんの、妊娠と出産をモチーフとする古今東西の美術品スライド百数十枚による「妊娠・出産の美術史」が大迫力であった。個々の作品、例えばアンジェリコの「受胎告知」ダヴィンチの聖アンナ森村泰昌松井冬子の作品(実物は見たことが無い)等は知っていたけど、これらがある意図をもって配列されると、特に解説などが無くても、父権と母権のせめぎ合いの歴史とか、妊娠・出産観の変化とか、女性のパワーの向上とか、いろんな有意味の流れが浮かび上がってくる。ああ、これが「編集」という行為の力なのだな、と。

会場の共立女子大が神保町にあるので(何と羨ましい立地!)、昼休みに古本屋をまわり「建築材料の歴史」を発見。一目見て、技術史的視点からの西洋建築史の参考資料になると感じたが、6,000円という価格に躊躇した。しかし近所のインターネットで調べると、ネット上ではどこでも売ってないことがわかり、購入することに。まあ便利な世の中というか何というか。

懇親会に出席した後、最終の新幹線で京都へ。

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ポルトワイン

萌えあがる鴨川の緑

やっと、追いつきました。

2009/5/18〜5/24

5/18(月)
朝からT邸中間検査。少々緊張はしたが、問題なく終了。
事務所に戻って別件の風致関係の図面作成。

5/19(火)
現場がだいぶ進んできたので、まだ書いてなかった細かい部分の納まり図とすでにある図面の修正を10枚ほど。晩、左官関係の納まりを相談するため、久住氏が事務所にやってくる。手みやげにポルト・ワインと各種のパン(北山東大路のパン屋とのこと。店の名前は忘れた)を持ってきてくれた。

どうも神楽岡の面々の間では、最近パンが流行ってるらしい。チーズカレーパン、ハムカツパン(?)がうまかった。ソースがいい。
ポルト・ワインは度数が20%あり飲み応えがあるものの、だーいぶ甘めのため、炭酸水で割ってレモンを絞ると丁度いい。

5/22(金)
T邸。開口部の形が見えてきて、だいぶ内部空間らしくなってきた。

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2001年素晴らしき哉

2009/5/11〜5/17

今週の映画は2本。
2001年宇宙の旅』1968:
高校生の頃に原作を読んだ時はほとんど理解できなかったが、今回は少しわかったかな?映画の場合ストーリーはほとんど重要でなく、作者・監督の「宇宙観・人類観」を表現した映像なのだととりあえず理解。68年という時代を意識すると、信じがたい程の映像美(CGなしでどうやって作ったのだ?)。宇宙空間のシーンは終始無音というのが緊迫感を生んでいた(真空なんだから)。

素晴らしき哉、人生!』1946:
いやー映画って・・・。嫁さん素晴らしすぎ。主人公は建築家を目指してたのに、諸般の事情でローン会社(兼ハウスメーカー?)の経営者になるわけだが、建築家になってたら多分このストーリーは成り立たなかった。と思うと、やや複雑な気持ちにならないこともない。

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上棟式・共食

T邸棟上げ完了時

もうすぐで今の日付に追いつけそうです。

2009/5/11〜5/17

5/11(月)
朝からT邸現場監理。夕方から上棟式を開催。



大工さん総出で紅白幕と祭壇を設営。
屋根を貼る前の2階でやったので、開放的で気持ちのよい上棟式でした。


オカメ地鎮式時の卒塔婆とお酒(うちも含め各業者から1升瓶×10本=1斗の日本酒!)が並ぶ祭壇に、二礼二拍一礼する工務店の高橋社長。さまになってますな。

1斗の日本酒を眺めつつ、最近話題のアルコール0%ビールで宴会。皆さん車ですからね、仕方ないですね。私は自転車だったんですけどね。
こういう儀式事、最近はどんどん簡略化される傾向があるようだけど、やはりお互いの顔を見ながら食事を共にするということには特別な意味がある。

「食事を共にする」=「共食(○きょうしょく。×ともぐい)」行為は、生命を維持する資源を共有・分配するわけだから、一般に共同体意識の形成の重要なきっかけとなる。一番身近な共食集団は家族であり、食卓を共にしない家族は危ういと言われる。インドではカーストが異なる人とは食事を共にしない(あくまで「原則」ですが)。共同体内の裏切り者の存在を指摘する「最後の晩餐」は共食の風景である。そう考えてきて今思いつきましたが、日本の居酒屋というのは、共食による共同体意識確認という目的に特化された場ですね。(cf. 石毛直道「人間は共食をする動物である」というテーゼについて

例によって飛躍しましたが、さて上棟式の場合、施主を含む皆でこの家を作ってる、という気持ちが共有されることが重要なのだと思います。あなた金を出す人・わたし作る人、ではダメなのです。


5/12(火)〜16(土)
ヴァーラーナシーVaranasi表記論文の査読が帰ってきたので、修正して再提出。

T邸の中間検査用資料作成。中間検査申込み。6万円。高すぎだろう。

現場にいって屋根に上がったり(結構怖い→)、サッシ廻りの納まり打合せ、中間検査の事前チェック、別件の図面作成などなど。

5/17(日)
夕方まで別件の仕事をやった後、来京していた父親(孫が生まれてからさして用もないのに京都へやってくる)とともに綾小路高倉の「味どころ・しん」へ。やや高めであるが魚(特に刺身)がうまい。「カワハギの薄造り w/肝」なんて久々。

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幸福の黄色い

今週の映画は久々に邦画で『幸福の黄色いハンカチ』。

単純なストーリーに必要にして十分に緻密なディテール。いやー山田洋次はすごい、倍賞千恵子かわいい。この映画、あらすじもラストシーンも有名らしいが、ほとんど知らないままに見たので大層よかった。旅もそうだけど、予備知識は無くてすむなら無いほうがいい。
(ところが、DVDパッケージにはそのラストシーンがどーんと全面印刷されていた。後になって気付いたからよかったけど。いくら有名シーンとはいえあまりに無神経でない?)

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建て方

2009/5/4〜5/10

5/8(金)
はっきりしない天気の中、朝からT邸の建て方工事が行われる。工程表によると今日はちゃんと大安らしい。
建て方は嬉しいので写真をたくさん。


1階の柱が立っている状態(9:30)



胴差を組み立てているところ(11:30)


2階の床組が大体できあがり(12:30)


建入れ(柱が垂直に建ってるかどうかの確認・調整)作業中(13:30)


2階床の構造用合板24mmをばんばん貼る(14:30)


遅い昼食休憩の後、2階外壁の組み立て。棟を支える柱は5寸角×7.5m。立派(16:00)


まさに「棟」を上げているとこ。前の道が狭く電線が張り巡らされてる中、クレーン車が超絶技巧で材を運んでいた。


ほぼ完了。建物の骨格ができあがり。大工さんお疲れ様でした(18:00)


帰りに「ホホエミhohoemi」でパンを買って帰る。

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ホイアンの町家 House:HoiAn, Vietnam, 1996

ホイアンの町家 House:HoiAn, Vietnam, 1996

古い街並みが残る町として知られるベトナムのホイアン HoiAn(リンク先、住居の説明がやけに充実しています)。


こちらの資料によれば、昭和女子大学を中心とする日本の調査チームがホイアン調査をはじめたのが1992年頃、ユネスコ世界遺産に登録されたのが1999年だから、僕が訪れた96年はちょうどその間にあたることになる。
すでに観光地としてよく知られていたものの、下の街並み写真を見てわかるように、まだ店もゲストハウスも人も少なく、のんびり静かに過ごすことができた。

バックパッカーなどしていると、ついつい居心地がよくて(予定を変更して)1〜2週間も滞在してしまうような町がある。もちろんその時の季節・天候・運(出会った人とか)にも大きく左右されるんだけど、そんな町はいくつかの要素を共通して備えている。

まず、人がいいこと、食事がいい(少なくとも悪くない)こと、そこそこ快適でリーズナブルな宿があること(後ろが山で前が酒屋とか)、そして、街並みや風景がいいことが決定的(特にする事がなければ、町をぶらつくしかないのだから)。格別な観光スポットは不要だ。
ホイアンはそんな居心地のよい町だった。
これまでに訪れた中では他に、大理、麗江(中国)、カンチャナブリー(タイ)、ヴィガン(フィリピン)、プシュカル(インド)、イスタンブール、ベルガマ(トルコ)、チェスキークルムロフ(チェコ)、フィレンツェ(イタリア)、バルセロナ(スペイン)等も居心地がよかったなぁ。

当時のホイアンでは、公開してる家屋は少なく、お店になってるのをいくつか覗いて撮らせてもらったのが、冒頭の写真。京都の町家や中国の四合院にも似ているようであるが、奥の深い陰影ある空間が木造ゆえの様々な開口部でつながっていく感じは、両者には見られない印象的なもの。
下は地元の人向けのカフェにて。飲んでるのは当然、アルミフィルターのベトナムコーヒー

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GW映画強化週間

2009/4/27〜5/3

今週はGWということで仕事少なめ、映画多めとした。
十戒』、『アマデウス』、『テルマ&ルイーズ』、『ピクニック
ラインナップは何の共通性もないですが。

十戒』1956:
「信じる者は救われる」という耳慣れたフレーズの意味がよくわかる映画(=信じない者は救われない)。モーゼは一神教の創始者という意味でキリスト以上のスーパー聖人であるが、「ベン=ハー」のキリストに比べるとだいぶ人間らしく描かれている。とはいえ、真の出自が判明したときに、王子から奴隷への転換をほとんど迷い無く受け入れてしまうところは不可解であった。日本とは異なるアメリカの民族・人種感覚に基づくものだろうか?
「蒼天航路」が下敷きとしたであろうシーンにいくつか気がついた。出エジプトの群衆大移動シーンとモーゼの評価を天秤で測るシーン。

アマデウス』1984:
天才って身近にいると嫌ですよね。映画としてはとても楽しめた。

テルマ&ルイーズ』1991:
二人の女性主人公がどんどん魅力的になっていくロードムービー。女性が主人公の映画ではこれまででベスト。ラストシーンの印象深さは他に類を見ないのではないか。
一昨年から個人的に大注目のマンガ「羣青(ぐんじょう)」は、全体トーンが大きく異なるものの、ベースはこの映画かと思う。このマンガも激しく熱くておススメです(女同士で歯の砕けるようなキスをする)。

ピクニック』1956:
ストーリーは今や陳腐化した定型ラブだが、実はそれを種にアメリカ片田舎の閉鎖的社会像を描いた映画。ラブものと思ってみると恐ろしくつまらない。むしろ、暗黙のルール・価値観が支配する小さな共同体(この場合は田舎町だが、現代でいえば学校や会社組織など)への異物混入の物語、として見た方がまだ楽しめる。
建築もそうだけど、「作品」というか文化的産物は、かならずそれが作られた時代の社会構造を背負っている。だから「作品」から時代や社会を読み取る楽しみがある一方で、それが分からないと作品意図を読み違えてしまう難しさがある、といった当たり前のことを再認識させられた。

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内と外のスケール感

2009/4/27〜5/3

5/1(金)
午前からT邸現場監理。先週末にできた基礎立ち上がりに土台を伏せる作業が進行中。

いつも不思議に思うのは、建物って、基礎しかない段階が一番狭く感じることである。
さんざん寸法を検討してプランを作ってるのに、この段階で中を歩くと、え、玄関こんな狭くて大丈夫?、寝室にベッド入れたら歩けないのでは?という不安さえ感じてしまう。

ところが建て方が始まって柱梁が組み上がってくると、ぐんと広く感じられるのだ。
さらに、天井が貼られ壁が仕上がってくると、物理的には狭くなってるのに、感覚としてはどんどん広くなっていく。

たぶんこれは空間の「内と外」の認識の成立、および、「内と外」では空間認識のスケール感が異なる、といった問題と関連してるのだろう。
基礎だけで壁がない状態では、視線や意識がそのまま周囲に抜けていくから、道路や隣の駐車場といった「外部」の一部として家をとらえてしまい、外部のスケール感で測る分狭く感じると思われる。壁や屋根、仕上げができるに従い「内部」が成立し、空間を感じるスケール感も、内部のそれに移行していくに違いない。

という推測をめぐらしたが、果たしてこれは一般に共通する感覚なのだろうか?。今回の工事過程ではそれを意識しながら見てみよう。

昼食後、リバーバンクにて2時間ほど西洋建築史の授業構想を練る。この店、眺めがよく静かで考え事するのに程よい。最近のお気に入り。

夕方から、高橋工務店にて内外の左官をやってもらう久住鴻輔氏と工程調整の打合せ。
帰りに現場によったら、もう1階の床が完成していた。仕事が速いなあ。

5/3(日)
T邸クライアント夫妻と現場を見てもらいながら打合せ。表札やテレビアンテナ、セキュリティ関係についてコマゴマとした事柄を一つずつ決めていく。

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コンペ・報告書など

鞆の浦はまだ書きたいことがあるんだけど、ちょっと休憩。
上の写真は、鞆の浦名物の保命酒(ほうめいしゅ)4銘柄。16種類の薬種を使ったリキュール(ベースは焼酎かな?)で、かなり甘いけれど、食前酒として氷と一緒にショットグラスで飲むとなかなか。燗にしてもいけそうだ。鞆の浦の食堂「田渕屋」で各種銘柄を試すことができる(ここはお勧め。土間と小上がりの関係がとても心地よい)。

2009/4/27〜5/3

4/27(月)〜29(水)
鞆の浦・広島から帰って、30日必着のコンペにむけた作業。
小規模なコンペで実は建築分野でもないのだけど、かねてから温めていたテーマに合致するので、作品をつくるいい機会と考えて乗っかることにしたのだ。

大まかな下書きは帰省前にできあがってたので、久々に製図板を設置して本番用の下書きとペン入れ作業にまる3日。肩はこるが楽しくはあり、描き込みきれない部分を残しつつも、タイムアウトで発送。未練は残るがこれで選外ならば、描き込みきっててもきっとダメだろう、と開き直る。

4/30(木)
3日間ためてたメール対応や、昨年度までもらってた研究費の報告書作成。そこそこに実績をあげることはできたものの、まだ眠ってるデータがあるのがもったいない。黄表紙(建築学会の論文誌)論文2本分くらいの材料はあるんだけどな。調査資料は生ものだから、腐ってしまう前に何とかしないと。

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鞆の浦2(雁木とガート)

鞆の浦・常夜燈

2009/4/20〜4/26

4/23(木)〜25(土)
今回は港の話。( >> 前回
鞆の浦には江戸期の港湾施設セットがかなりいい状態で残っていて、この歴史的遺産の保存というのが、「架橋計画」反対の根拠の一つとなっている(参考文献)。
その港湾施設セットというのは、常夜燈(灯台)、雁木(護岸)、波止(防波堤)、焚場(ドック)、船番所(監視施設)の5点なんだけど、この中で個人的に目が釘付けになってしまったのが、階段状の護岸、「雁木(がんぎ)」。

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鞆の浦1(対潮楼・架橋問題)

福禅寺・対潮楼、鞆町広島(2008)

2009/4/20〜4/26

4/23(木)〜25(土)
3日ほど休日をとって、連れ合いの実家の広島にチビを連れて行く。
道中、鞆の浦(とものうら)に一泊。古い街並みの残る町として建築の世界では昔から知られているが、最近は「ポニョ」や「架橋問題」(実は再燃)で、世間的にも注目が集まっているようだ。

上の写真は対潮楼
瀬戸内の絶景を切り取る豪快な開口部が魅力の建築。奈良の慈光院円通寺、栗林公園の掬月亭などに似ているけど、こちらは腰壁がついてるのと、庭が無い(つまり近景が無い)ので、額縁っぽさがより強い。景観そのものの迫力も群を抜いている。お見事(窓に近づくと、いろいろなものが見えちゃうんだけど)。
一方、この眺めに至るまでのアプローチには作為的演出がほとんどなく、ごく普通にこの窓にたどりついてしまう。その意味では、あまり「建築的」ではない。でもそのおかげか、部屋に座って落ち着いてると、円通寺のように「さあこの庭と対面しなさい。すごいでしょ」という(やや押しつけがましい)感じを受けない。絶景を、気楽に、眺めることができるのがとてもいい。

こういうガバーッと開いた開口部って、実は日本建築では全然珍しくない。壁一面を障子で開放できる建物は、もうたくさんある。軒先と縁側、柱で切り取られる、というピクチャレスクな構図も、日本の建築としてちゃんと作ってれば、当然そうなる(その当然が今ではなかなかできないんだけど)。
じゃあ、そんな中で上にあげたような建築がなぜ別格なのかと考えると、やっぱり、その開口部の外にある、庭を含む「景」の力が決定的なんだと思う(もちろん「景」と建物との関係のとり方も重要なんだけど。上に挙げたのは、そこらへん(開放の度合いとかアプローチ)が面白いのだ)。
日本の建築・空間にとって、外部との関係がいかに大切かということをあらためて考えてしまいました。

参考:奈良の慈光院(2005年)

以下ちょっと飛躍するんだけど、そういう観点からも、鞆の浦の湾を横断する「架橋」というのは、やはりやめた方がいいんじゃないかと。常夜灯のある観光特異点からの眺めだけでなく、鞆の浦全体からの眺めに影響を及ぼすわけで。京都なんかで、立派な借景のある庭が、マンションやペンシルビル、高架道路の建設でいかにスポイルされてきたことか。
政策的に言っても、60〜70年代にさんざ海岸の埋立や架橋をやって、日本各地にあった鞆の浦のような風景を無くしてきたのに。だからこそ今、鞆の浦の存在価値が相対的に高まっているというのに。
景観でメシは食えんという向きももちろんありましょう。単なる「観光地化」では、あの町の規模ではキツイでしょう(たぶんあまり宿泊しないから)。橋が架かる事によるメリットも(交通事情改善の他に)いろいろあることでしょう。でも他の土地にない極めて恵まれた「資源」を、使い道がまだ見出せないからといって、うっちゃってしまうのは、非常にもったいないように思うんだけどなあ。

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木材・基礎立上り

2009/4/20〜4/26

4/20(月)、21(火)
みっちり描き込んだドローイングを久々にやろうと思いたち、こもりきりで、とあるコンペ応募作のスタディを重ねる。まったく一人で架空の作品を構想するのは久しぶりなので新鮮で楽しい。

4/22日(水)
夕方、高橋工務店さんの工場(こうば)へ行き、プレカット工場(こうじょう)より届いたT邸の部材をチェック。


今回は、クライアントが木の「節」をかなり気にしていたので、その点が心配だったけど、問題ないレベルで安心した。しかし節の他にも、材毎の色合いの差や結束の跡、現場での汚れの防止など、木造で構造体をあらわしにする場合はいろいろな気を使わないといけないのでたいへん。
斜め部分の取り合いは、手刻みでの加工が進んでいる。
現場では基礎立ち上がりの型枠が設置された。


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ベン=ハーFollow me

2009/4/13〜4/19

今週の映画。
恥ずかしながらいまさら『ベン・ハー』。
まさに大作。まさに名作。問答無用・真向勝負のド迫力にやられます。戦車競技場が全部セットだとは(ジョジョ第2部の戦車シーンはここがルーツだったんだと気付いた)。現代の名作映画もいいけれど、これと比べると、まるでパルテノン神殿とサヴォア邸のようなスケールの違いを感じます。
もう一つ『Follow me』。切れ味のいいラブコメ。ラブものとしては、ひょっとしていままで見た中で一番好みかも。

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聴竹居:京都、2009

許可を得て室内も撮影させてもらったけど、残念ながら室内写真は掲載できないので外観のみ。スカルパを彷彿させる開口部。

2009/4/15(水)

大山崎の聴竹居へ。
建築の教科書には必ずでてくるし、雑誌や書籍にも繰り返し登場する近代住宅の名作。しかし現存するにもかかわらず、一般には非公開の状態が続いていた。
けれど昨年から、住宅の管理がこちらの組織に移ったことにより、事前申込みをすれば見学できることをつい最近知り、早速行ってきた。淡い新緑のきれいな、いいタイミングでした。

平日の午前のためか見学者は3人しかおらず、たいへんゆっくりと静かに見学することができたのはラッキーだった。ボランティアスタッフの方にも非常に丁寧な解説をしていただき感謝。

聴竹居についてはいろんなところで解説されてるけど、とりあえずそれらとの重複は気にせず個人的印象をメモ(室内写真無しでわかりにくいですが)。


・居間を介した諸室のつながり
プランの肝は、変形の居間の周囲に縁側・読書室・客室・食事室・調理室などの主要な部屋がとりついた部分。一種の求心的な構成で、モダンのようにも、和風住宅の室構成のようにも見える。
ただし居間が中心としての存在感を示すのでなく、あくまで諸室の媒介空間になっているのがポイント。各室からは必ず居間をはさんで他の部屋へ、さらには外部へと視線が抜けるようになっていて、実にのびやか。

・光の感じ
諸室を結ぶ動線でもある居間は、直接外部に面する窓をもたないので、やや暗い。対して周囲の諸室は、大きな開口部をもち、部屋毎に光のニュアンスは違うが、一言でいえば、明るい。その差が、変化と奥行きのある室内シーンを作りだしているように思える。
寝室と玄関に対しては、1クッション空間をはさんでいるところもニクい。

・読書室
ほどよい部屋のスケールと棚のデザイン。父親と子供たち共有の勉強部屋か。縁側に開いた窓。外ではなくて室内に開いた窓というのは、住宅内に不思議な親密感と距離感を生んでいる。現代の住宅でももっと使われていい手法に思う。

・客室床の間の照明
客室のメイン照明と床の間の間接照明の一台二役。こういう工夫は楽しい。
(写真がないと意味わからないな)

あとは、とにかく細部に至るまでデザイン密度と施工精度が高いことに驚く。
80年経ってるにもかかわらず、軸組や建具廻りの歪みがどこにも見られない。案内の方によれば、資産家であった藤井厚二は、敷地内に住み込みの宮大工をかかえてこの家をつくったのだとか。

有名な環境的な配慮については、残念ながら住んでみないことにはその効果のほどはわからない。通風の仕掛けがあちこちにあって面白かったけど、この丘の上の敷地と緑があれば、夏は部屋の窓だけで十分な涼気を確保できたのではという気もする。町家住まいの経験者としては、どちらかというと冬の寒さ対策に興味がある。

よく言われるライトとの関連については、なるほど、流れるような空間構成とか、照明器具のデザインとか、開口部の納まりとか、軸組・鴨居・敷居・回縁等を効果的に使った壁の平面的構成とか、あちこちに通じるものがある。
ただ聴竹居(1928年)は、全体としてあくまで和風・数寄屋の矜持を保っている感があり、例えば同時代の、同じようにモダンと和風の融合を狙ったライトの山邑邸(1924年)のインテリアに比べると、ずっと繊細で上品である。
(この後、近くの大山崎山荘にも行ったけど、聴竹居と比べるとあまりに大味で粗野に見えてびっくりした)。

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花見茶・愛情物語

2009/4/6〜4/12

4/12(日)
久住氏に声をかけられて黒谷光明寺での花見茶席へ。
僕の頭には「お茶」について、何故か、いつのころからか、『格式偏重の前近代的権威主義的世界』とかいう負のイメージがこびりついていて、ある時期には、それを習うことは(極端に言えば)『非京都人の京都趣味への屈辱的迎合』に他ならない、とまで思っていた。まったく研究者や設計者としてあるまじき偏見である。

最近はさすがにそうまで思わないが、やっぱり何となく避けている(西洋建築史への態度と似てるかも)。
でもこの日のように、屋外の桜の下でゆっくりとお茶をすするのは、無条件に気持ちのよいものだ。小さな緋毛氈を共有するのもまたよし。


今週の映画は『愛情物語』。ベタベタにアメリカンな、でも清々しいラブ映画。すばらしい。

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うちのビル・ヴァーラーナシー修論

御幸町通で通りがかりに見かけた「猫窓」。自転車で前を走っていてびっくりした。以前ショーウィンドウだったものを改造したと思われる。猫はガラスに守られているので、近くに寄ってもまったく警戒する素振りがない。

2009/4/6〜4/12

4/8(水)
先月から隣の部屋が空室になっていたので、京都に部屋を探している友人に紹介したところ、探していた部屋の条件とバッチリとのことで、本日夫妻で見学に来訪。
隣の部屋は三角形の変形プランで、前部屋がドドーンと鴨川に面している。うちのビルは1960年代の建設ながら、開口部のオープンさは最近のデザイナーズマンションでもなかなかありえない程に大胆だ。

五条通からも目立つため、一部の人には結構気にされているみたい。ただ街の不動産屋には情報が出ていないので、入居希望者はビル外壁の「空室」看板を要チェックである。

4/11(土)
夕方、2007年にヴァーラーナシーの調査を一緒にやった滋賀県大の中濱君が来訪。
その時の調査を基に書き上げた修論(とビール)をもってきてくれた。
彼の研究は、ヒンドゥーの聖地たるヴァーラーナシーに住むムスリム(イスラム教徒)の居住地の空間構成、というもの。僕の研究で目が届いていなかったヴァーラーナシーのイスラーム関係の資料を丁寧にまとめてくれているので、たいへんありがたい。是非学会論文として世の目に触れる形にまとめたいものだ。

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基礎打設

2009/4/6〜4/12

4/7(火)
別件のお役所手続き関係で、京都法務局へ行った足で、T邸現場へ。基礎の打設にともなう配管やら給湯器の位置やらの最終調整。セキュリティ関係の打合せも。

4/10(金)
T邸の基礎配筋検査。事務所の年報制作、コンペ構想など。

4/11(土)
T邸の基礎RC施工。現場の近さもあって生コンを打設作業午前中一杯じっくりと見学。敷地前の道路が狭く曲がってて大型のミキサー車が入れないので。小型のもの(2tくらい?)7台がかりで生コンをピストン輸送。

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眺めのいいクラッシュ

2009/3/30〜4/5

4/5(日)
風邪がぶり返し午前中寝込むも、せっかくの季節なので、午後から近所の高瀬川沿いの桜を眺めつつ散歩する。

今週の映画は「クラッシュ」と「眺めのいい部屋」。


前者、感動的なほどに複雑に絡み合ったプロットが素晴らしい。完全な悪人も善人も登場せず、特定の主人公もいないため、感情移入がしにくいが気付くと全員に共感してしまいそうな魅力的な映画であった。

後者、前者と対照的に、20世紀初頭のフィレンツェとイギリスを舞台とする往年の少女漫画のようなお話。フィレンツェの街並みが美しく撮影されている。劇中、イギリス人のヒロインの母親が、トルコを「地の果て」と呼んでいたのが印象的だった。トルコが「地の果て」ならインドははたして? そんな認識の外にある「地の果て」から収奪した富で、登場人物たちの属するイギリス富裕層の生活は支えられていたのに。現代の日本にもありそうな話。

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歴史の授業・LOKI

ヴァーラーナシーVaranasi、ガンガーを眺める牛(2007年)

2009/3/30〜4/5

3/31(火)
年度末大掃除大会。キッチンの油落としからタイル磨き、窓拭き、ベランダの植物の手入れまで。

4/2(木)
T邸現場確認後、日航プリンセスホテルにて、後期から西洋建築史を担当する某大学の非常勤講師オリエンテーション+懇親会に参加。いろいろな先生の話を聞くにつけ、芸術系大学で歴史系の座学を教えるのは大変そうだ。

けれど、そもそも歴史的な作品に関心を覚えられないとしたら、その時点で芸術やデザインにとりくむ素質を欠いてるのでは、という気もする。
しかし高校までのいわゆる入試向けキーワード暗記型の歴史授業が「歴史」のイメージとしてあるとしたら、歴史を拒絶する学生がいるのも無理はない。大学での授業は、まずそこらへんを解きほぐすことが第一歩なのだろう。

晩は、SSSを一緒にやった小澤雄樹氏の学位取得お祝いということで、奈良女・山本直彦先生とともに木屋町で。
二軒目はエス・キューブ・アソシエイツの橋本さんも合流し、知人がつい最近開いた三条通りのバー、LOKI ACADEMICAへ。全体としてヨーロッパのインテリの自邸のような(行ったこと無いけど)雰囲気のお店。ソファとテーブル席があり、テーブル席では教会の椅子(背もたれに聖書をいれる箱のついてるやつ)を使ってたりする。こんどはソファでゆっくりしたいものだ。

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T邸現場進行・ケイカル板BBQ

2009/3/30〜4/5

3/30(月)
T邸の施工をしてもらう高橋工務店さんにて、プレカットに関する打合せをみっちり。今回、在来木造軸組の中に斜めの線をいれてしまったため、仕口が結構複雑になってしまった。斜めの部分は基本的に手加工になるので、大工さんの腕に期待大である。お手数をかけますがよろしくお願いします。

4/2(木)
朝、T邸現場遣り方チェック。基礎について最終確認。

4/4(土)
午前中、T邸現場へ。根切り工事が進行中。

晩、鈴木健太郎氏の工場でのバーベキューにお呼ばれ。工務店の作業場を会場に盛大に肉を焼いていた。工務店らしく、建物の防火下地によく使うケイカル板が炭の下敷きに使われていたのだが、数時間炎にさらされてもケイカル板には割れ一つなかった。不燃材料がほんとに不燃であることを実感することってあんまないので、妙に感心した。
バーベキュー後は、この間に引き続き久住・水谷と先斗町へ。2軒目、インターフォンを押して入る「SIDE-B」というバーで、ラムのロンサカパ(Ron Zacapa)。初めて飲んだが非常にマイルドでよい酒だ。

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仙台で民博研究会

研究会会場となった宮城学院女子大。レンガ貼校舎の端正なキャンパス。どなたが?と思って調べたら一粒社ヴォーリズ建築事務所でした。で、そのサイトを見ていて初めて、ヴォーリズがもともと伝道師として来日したこと、近江兄弟社との関係などを知りました。熱いですね。

2009/3/23〜3/29

3/28(土), 29(日)
朝9時の飛行機で仙台へ。みんぱくの共同研究会が仙台の宮城学院女子大にて開催されたため。
仙台は、2年前に同大学にて自分が発表したとき以来であるが、それにしても寒かった。真冬にいきなり突入したようで、服が全然足りなかった。とりあえず仙台駅について、立ち食いの寿司屋で昼食。


研究会では二日間にわたってインドの都市に関する4題が発表された。うち2つはヴァーラーナシーVaranasiの都市部をフィールドとしているため、僕の研究と著しく関係が深い。僕らが実測・図面化によって物的側面から見つめた同じ都市を、文化人類学の方はまったく異なる視点で見つめている。その視線の交錯によってあの都市がだんだんと立体的に浮かんでくるプロセスがたまらなく嬉しい。とりわけ立教大の小松原秀信氏の「境界神」の機能に関する都市/村落の比較研究は刺激的であった。今度是非一緒に研究やりましょう。

懇親会は宮城学院女子大の八木祐子先生(同じくヴァーラーナシーをフィールドとする。一昨年は一緒に調査もした)のセッティングにより仙台駅前の「みのむし」へ。刺身とウニが看板だが、どの料理も抜群に旨い。これはこの店が格別うまいのか、それとも仙台の海鮮料理レベルが全体的に高いのか、判断にはもう少し事例検討を要するが、とにかく大いに酔っぱらう。

二日目帰りがけには完全に風邪を引いていたが、飛行機の前に、折角だからと滋賀県大・山根周先生と一緒に牛タンでワインなど飲む。
帰宅した瞬間ダウン(酔っぱらって、ではない。風邪で)。

P1040578.jpg

二年前に仙台に訪れた時は、もちろんメディアテークとか行ったのです。でも松島の方が百倍見応えがあります。景色ではなく、霊場となっている島そのものが。
上の写真は松島の石窟の一枚。題して松島のカサ・ミラ。

| MEMO 雑記・ブログ | 09.04.10 | (0)

アジア都市建築研究会

2009/3/23〜3/29

3/27(金)
午後より、京都大学にてアジア都市建築研究会。応地利明先生による海洋ネットワーク世界の興亡史(講談社の『興亡の世界史』20巻に掲載されるとのこと。それにしてもこのシリーズの執筆陣は豪華だ)は、知的刺激に充ち満ちていて、頭がむずむずしてきた。優れた著書や話者と向き合った際に、筆者や話者の思考に釣られて自分の思考までが心地よく回りだすという感覚を、誰しも経験したことがあると思う。こういう感覚を、僕は「脳に油を差す」感覚と呼んでいる。久々の油差し体験であった。意識的にこういう機会を求めていかないといけない。
研究会後は例によって「百万遍・写楽」。
明日朝早いので一軒目で早々に帰宅(といっても12時)。

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先輩・同級生呑み

2009/3/23〜3/29

年度末のためか、やけに人と会う機会、すなわち呑み会の多い週であった。

3/23(月):
T邸の確認がおりる。とりあえず一安心。

3/24(火):
学研都市の研究所に勤めているE平氏が、この春から大学教員として東京へ移動することになったので、二人でもつ鍋屋「先斗町 亀八」にてお祝い+送別の呑み。もつ鍋、味はよいがもつの量少なし。鍋の中を箸で探さねばならないとは何事か。ただし、付出のシメ鯖の炙りはよかった。あんなシメ鯖の食い方もありかと驚いた。

E氏は私の中学・高校を通じた剣道部の先輩なので、ずいぶんと長い付き合いになる。毎日部活帰りにバカ話をしながら家路をともにしていたのに、今や二人とも学位持ち(&子持ち)になってるのは不思議な感じだ。
E平氏の研究の大目的は、「微生物のつくる水素を、遺伝子操作とかを用いつつ、エネルギー資源としての使用にたえる効率で取り出すこと」だそう。本人は「ファンタジーのような話だ」と言ってたけど、その研究の先には人類の生活様式さえ変わりかねない可能性があると素人ながら理解できる。自分の研究分野からすると、何だか眩しくて目が開けられないほどに輝かしいテーマに思われる(いや、実はうちんとこのアレもね、あぁ見えてなかなかの輝きを秘めてるんですがね)。
二軒目は例によって木屋町「半分庵」で飲んだくれて、E氏終電逃す。

3/26(木):
前日に京都に出張で行くからと連絡があり、またまた高校の同級生S井氏が来京。しかも今度は高校卒業以来15年振りの再会である。このサイトを見て連絡をくれたというから、ありがたいことである。夕方から高瀬川の「葱や平吉」にて。いつもは予約が無いと入れない人気店だが、17:30の開店前に押し入ったので、さすがに一人の客も居なかった(当たり前だ)。筍とか空豆とかの炭焼きとビール。
某大手銀行に勤めるS井は、「すまじきものは宮仕え」と「独身生活は楽しくてやめられねぇ」を何度か繰り返して帰って行った。なんだかなぁ。それは表裏一体に違いないぞ。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.04.08 | (0)

弁慶と牛若丸と桜とヒショと

P1080631.jpg

はじめまして。究建築研究室のヒショ(秘書)です。
うちの所長(本当は室長ですが呼びにくいので所長とします)のブログが、あまりに堅く難解なことがあるので、ちょっと賑やかしに乱入してみました。私は、気軽な感じでぼちぼちと、時々登場する予定ですので、皆さまよろしくお願いします。

事務所近くの桜も満開。とても気持ちの良い日が続いてます!
(写真は、木屋町五条の牛若ひろばにいる弁慶と牛若丸。下水工事のため、五条通りの中央分離帯からお引越し中。)

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カオダイ教寺院 CAODAI Temple:TayNinh, Vietnam, 1996

CAODAI Temple

ベトナムにあるカオダイ教の総本山の寺院。

(カオダイ教については説明すると長いのでGoogleとか五十嵐太郎氏の著書を参照ください。オフィシャルサイトもあります。日本のサイトはちゃかした取り上げ方をする所が多い中、こちらのテキストは誠実な感じがよいです)。

カオダイ教は既存のメジャー宗教を統合・包摂する主旨の教義を掲げていることから、その建築には諸宗教の建築様式が折衷的に表現されている、と一般に理解されている。実際、見た瞬間に「まぁそうなんだろうな」と納得してしまう。
この建築、生々しい彩色と相まって「キッチュ」の一言で片付けられがちである。私自身も1996年に訪れた際には、よくもこんな悪趣味なものを…としか思わなかった。しかし、訪問から12年経った今、よくよく写真を見返すと、これはこれで見応えがあることに気付くのである。

折衷的な要素を気が付くままに挙げると、塔の配置を含め全体のベースとなっているのは明らかにキリスト教の三廊バシリカ式教会堂。
けれどファサード中央の、教会であれば通常ペディメント(三角破風)がつくところは、鴟尾を載せた中国風の入母屋屋根で、塔にも裳階(もこし)のような庇がめぐり、屋根は全体として何となく中国風。
その一方で側面に目を移すと、赤い瓦屋根が重層し連続する様子は、タイやカンボジアのヴァナキュラー建築を思わせる。
その屋根の下、教会であればバットレスが並んでいるところには、イスラームっぽい装飾尖塔アーチの連なる半屋外の柱廊が設けられている。この柱廊、写真ではわからないけど、建物の一番奥をぐるりと回って、建物外周を一周しているのである。モスクの中庭と外部を反転させた感じだ。

こういったモチーフのごった煮を読み解いていくのも楽しいのだけれど(ヒンドゥー教が見つからなかったなぁ)、建築計画的な視点で見た際に一番感心したのは、この半屋外の柱廊なのだ。
ほんらいベトナムを含む熱帯・亜熱帯気候であれば、宗教施設であっても当然、このような屋根がありかつ外気に開放されたスペースがあってしかるべきである(同地方のモスクや仏教寺院はたいがいそのようなスペースを備えている)。しかしながら、ベトナムの他の教会やフィリピン、インドなどの「正統な」キリスト教教会建築で、このような半屋外スペースをきちんと設けてる例は、ほとんど無いのである。少なくとも見たことが無い。
世界の諸宗教の統合というある意味グローバルなテーマを掲げつつデザイン的にも無茶をしているカオダイ教の建築は、この一点において、実は「正統な」教会よりもちゃんとローカルに根ざしている、と評価できるかもしれない(他のカオダイ教寺院を見てないので断言できないのですが)。
気候との対応で言えば、屋根が瓦なのも◎である。しかし、もうちょっと軒が出てるとなおよかった。

CAODAI Temple

内部、礼拝時の様子。床が奥に向かって段々上がってたりと芸が細かい。
側廊の窓にも注目。こんな極彩色の透かし彫りの窓、世界中どこにもない。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.04.06 | (0)

事務所片付け・CD圧縮・パットン

2009/3/16〜3/22

3/17(火)〜22(日):
T邸関連業務が一区切りついたので、別件の作業計画とかコンペ構想とか買い物とかサイトの更新とか、とりわけ事務所の大掃除に精を出す。

設計時に使う諸製品のカタログは、今やほとんどWEBカタログやPDFで閲覧できるので、これを機に書籍版カタログは大部分廃棄することにした。積んだ高さにして3m分くらいのカタログや資料を捨てたので、棚がだいぶスッキリした。意外なところでペーパーレスの効果を実感。

ついでにオーディオCDの物理的圧縮も試みた。体積比50%以下になる効率的な収納方法なのだけど、あまり人には勧められないように思う。方法は簡単。


(1)全てのCDをケースから取り出し、CDファイル(こんなやつ)のポケットに収納する。歌詞カードの類もCDと同じポケットに強引にねじ込む。
(2)洋楽/邦楽/クラシックなどと、ジャンル毎にファイルを分けると便利。
(3)元のCDケースはすべてジャケットごと捨ててしまう。
要するにデータCDの保存でやってる方法なんだけど、たいていの人は(3)のとこに少なくない抵抗を感じるのではないかと想像する。お気に入りのCD群を整然と並べるのは、時に音楽を聞く以上に気持ちよいから。しかしそれを吹っ切ってケースは捨てる。モノを減らすために(各家庭にあるモノ量が半分になれば、日本の居住環境は無条件に30%向上すると私は試算している)。CDジャケットのデザイナーさんすいません。

20日の晩には久々に三宮まで行って、芸工大時代の仲間たちと飲み会。コロンビアからの留学生・カルロスさんの学位取得祝い。
22日は突如、高校の同級生から京都に来たよ、と電話がかかってきて、近所のefishで昼食など。某省の公務員をやってる彼女は、国家機密に関わるので仕事の内容を家族にも話せないらしく、ガス抜きがたいへんなんだとか。

今週の映画は「パットン大戦車軍団」。ジョージ・C・スコットなりきりの熱血頑固親父一代記。サラリーマン哀愁物語でもあり、なかなか面白い。合理主義の極地であるはずの戦場を支配する「政治」の不自然さも。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.04.02 | (0)

確認申請・地鎮式

R1084488.jpg 地鎮式の祭壇。仏式にもかかわらず日本酒が大量に並んでいる。何本かいただいて帰りたいものだ。バナナやオレンジはちょっと不思議だけど、仏教がもともと熱帯発祥なことを考えればアリなのかとも思う。

2009/3/16〜3/22

3/16(月):
T邸の確認申請書類を提出(今回は諸事情あって契約と前後した)。あわせて市役所にて美観地区の認定にかかる修正手続き。
この間、民間の方が頭が硬く、役所の方が融通利く、ということを何度か実感した(職務上の柔軟(可能)性というのは、その人のもつ裁量権の大きさに比例するはずであるから、ほんとは当然なのだけど)。

民間はクレーマーとかモンスターなんとかという人たちを警戒して、次第に対応が防衛的に傾くと言うか柔軟性を欠きつつあり、役所の方は相次ぐ不祥事や役所バッシングの報道ためか、腰がやや低くなりつつある、ということなのか(もちろん大部分は個人的な資質による)。

21日(土)
T邸の地鎮式(地鎮祭)実施。住宅では珍しい仏式である。
私はもちろん、京都で3代つづく工務店の高橋社長も、仏式は初めてとのことで、和尚さんに逐一教わりながら儀式をとりおこなう。
散華、焼香、鎮め物の埋設、読経を行ったのち、敷地の要所に酒・塩・米を注いで終わり。儀式事というのはやはり身が引き締める効果がありますな。

R1084490.jpg R1084500.jpg R1084501.jpg

右の写真は、上棟時に納める卒塔婆「如等異類解脱幽途超生善趣」。
和尚さんの説明によると、「如等異類」は人間以外の動物や虫などの生き物で、建築工事中にはそういった生き物を殺してしまうこともあるけれど、それらがより良い生に生まれ変わりますように(超生善趣)、といった内容であるとのこと。
なるほど、建築とはそのような意味でも、業(ごう)の深い生業(なりわい)なのだなと、あらためて。合掌。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.04.01 | (0)

契約

2009/3/9〜3/15

3/10(火)〜13(金):
先週の打合せをうけて、最終の図面修正作業。今回は見積もり調整に丸3ヶ月、毎週のように細かな変更を繰り返しながら9回も見積もりをやり直したので、その間の変更を図面に反映させるだけで結構たいへん。
あわせて確認申請用の書類を仕上げていく。

3/14(土):
事務所にて施主×工務店の工事契約が滞りなく結ばれる。結局、契約書に添付することになった図面は約80枚。

建売住宅なんかは総図面枚数が10枚に満たない(!)こともある、とかいう噂は聞くけれど、注文住宅としてこの枚数が多いのかどうかは、よくわからない。自身の感触としては、ちょっと細かいところまで書きすぎた(もっと工務店や大工さんの判断にまかせる余地を残してもよかった)かな?という気もするし、設計の密度としてはまだまだ足りん、という気もする。どちらにせよ、実際にモノを作れない設計者の武器は第一に図面であるから、とりあえず込められるだけの思いは込めて書くことにしている。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.24 | (0)

論文基礎トレ・アトス山

FH040008.jpg薔薇の名前」からの連想。中世の空気を今も色濃く漂わす修道院が集まっている、ギリシャはアトス山 Mt. Athosの風景

2009/3/9〜3/15

3/9(月):
「ヴァーラーナシーVaranasiカナ表記」論を、とあるところに投稿するために、考察などに若干手を加えて文章の体裁を整える。論文と呼べるようなシロモノでは無いけれど、学位論文以降そっち方面の思考回路を全然使ってないから、テーマをたててデータをとって分析を加えて人に伝わる文章にまとめる、という研究活動の基礎トレーニングのようなつもりでやってたら、意外に楽しかった。

晩、友人夫妻宅にて神楽岡でもスライド会をやってもらった西洋史家(「恐竜ハカセ」というと怒られる)図師宣忠氏を交えて鍋会。図師氏の現在の研究対象が、最近読んだ(観た)「薔薇の名前」に登場する異端審問官ベルナール・ギーの著作だということを聞いて驚く。ギーは小説(特に映画)では完全な悪役だが、実際にはかなり公正な裁判を行っていたという記録が残っているとかそんな話をしながら、久々に気を失うまで呑んだ。

以下は、「中世」「修道院」から連想されたギリシャのアトス山について。

FH040008%2B.jpg

アトス山 Mt. Athosの玄関口となる船着き場の風景。黒服は修道僧たち(1996年)。
アトス山はアテネで特別許可をもらって、5日間だけ入ることが許されるギリシャ正教の聖地(女人禁制)。山へは船のみでアクセス可能で、アトス山内には自動車がない(電気が通ってるかさえ怪しい)。徒歩で山道を移動し修道院に泊めてもらう。夜はロウソクの火のみ。夜明け前に起きて聖堂での祈りに参加。本当に数百年前の世界に旅するかのような貴重な体験でした。
アトス山については、また詳しく書くかもしれません。 >> 書きました

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.23 | (0)

ガタカGATTACA・ライト

R0011265.jpg フランク・ロイド・ライトの自由学園明日館の窓と天井。2008年、友人の結婚式の際に撮影。これだけ部分的な写真にもかかわらずライトと認識できてしまうとは。

2009/3/7(土):
事務所にて施主・工務店同席によるT邸打合せ。この間の調整や構造検討の説明・協議を行い、施主に理解してもらった上で契約に向けた具体的な話を進める。
午後、休日ということにして散歩がてら図書館やコーヒー豆の買い物へ。

晩、映画「ガタカ」を見る。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , SELECTED 選り抜き | 09.03.20 | (0)

バイク・雛祭り・アントチェア

P1080222.jpg 雛祭りということで。今回生まれて初めて、ひな人形をじっくりと観察した。着物の柄がモダンなことと作りが精密なことに感心する。西陣織の正絹袋帯だそうな。

2009/3/2〜3/6

3/2(月):
午前中にモンド氏を交えて工務店と構造関係の詳細打合せ。屋根・床・壁を強化することにより火打ちを追加しない方向で話がまとまり、やや安堵。
五条河原町に引っ越してきて以来、ほとんど乗ってなかったバイク(SRV250)をついに処分する。バイク王に買い取りを頼んだら、逆に5千円払うことに。まあ仕方ないというほど傷んでいたのだが。印象的だったのはバイク王の対応の早さ。携帯で撮った写真を査定センターとやらに送り、1時間ほどで査定金額を提示、こちらが了承すると、その場でバイクを持って行った。よくできたシステムである。

3/3(火):
図面修正と確認申請用の書類づくり。
合間に、チビの初節句ということで、着物を着せて、祖父母から送られた雛人形と記念写真をとったりなんだり。

3/4(水):
引き続き事務所にこもって作業。

3/5(木):
役所まわり。景観課に行ってT邸の修正相談や別件の風致関係、某民間確認検査機関での事前相談提出。その後、鈴木健太郎氏の現場を二つほど覗かせてもらう。一つは数寄屋建築でもう一つはSE構法による住宅。
家に帰ると仕事用の椅子のキャスターが崩壊。交換用のキャスター部品をネットで注文し、ついでに来客用にヤコブセンのアントチェア(4本脚)も購入。意匠版権が切れているため、格安でいろんな色のものが購入できるようになっていてありがたい。ちょっと変わったのをと思い、白い革張りのやつを選ぶ。ほんとはオリジナルが欲しかったところだけど、工業製品の肝は安価な大量生産にあるはずだ、などと言ってみる。

3/6(金)
たまってたメールの返信や書類整理。翌日の打合せ準備など。
合間に工務店と電話で打合せ。壁量計算書や軸組金物のN値計算表などをエクセルでチマチマつくる。設計に占めるこうした地味な仕事の量は、意外なほどに多い。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.19 | (0)

インド音楽

FH030038.jpg 1996年インド、ラージャスターン州のジャイサルメールJaisalmerにて。夕暮れ時、町外れの遺跡にいた楽士のおじさん。絵になりすぎやで。

2009/2/23〜3/1

2/28(土):
インド・ラージャスターンの民族音楽の催しを見に万博公園の国立民族学博物館へ。共同研究員をやってる関係で、三尾稔先生より招待券をいただいたのだ。同行は久住鴻輔・水谷馨・モンド各氏。同日、京大でやっていた青木淳講演とどちらに行くか迷ったが、聞く機会が少ないのは間違いなくこっちだろう、ということでこっちへ来た。

ラージャスターン・ルーツ Rajasthan Rootsという民族音楽集団が奏でる曲は、シタールやタブラがメインのホワワーンという古典インド音楽と違って、かなりアップテンポの激しい曲が多い。日本で例えれば、雅楽に対する津軽三味線というところかな? 中東圏のコーラムの詠唱やフラメンコにも通じるような感じがあり、西インドはやはりペルシャ・ヨーロッパへ通じてるのだな、とか、伝説的なジプシー音楽とはこういうものだったのだろうかなどと他愛のない想像をめぐらせつつ楽しむ。

ただし、スピーカーの音がでかすぎたのはしんどかった。あと、こういう舞踊や演奏を客席からステージ上に見るのは、仕方がないとはいえ、残念無念。鴨川の河原とまではいかなくてもね、どこか屋外で夜に火を焚いて車座で囲んで…、無理かなぁ。

晩は久住・水谷両氏と久々に先斗町・木屋町界隈で飲み歩く。
口琴の不思議な音色を久々に聴いたので、家に帰ってから昔買ったウズベキスタンの口琴を引っ張り出してビヨンビヨン鳴らしてみた。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.19 | (0)

図面修正・確認申請・大龍堂

だいぶ遅れてしまったけど、頑張って追いつこうとしてみる。

2009/2/23〜3/1

2/23(月):
工務店の方と一緒にT邸敷地にて、地盤・基礎レベル関係の調査・打合せ。
当初参照していた図面の数値よりも、若干敷地の奥が高くなっていることや、隣家の基礎がはみ出していることなどを確認して、基礎レベルの高さちょっと修正することに。
一方クライアント側からは、メンテナンス用に床下に人が入れるようしたいという要望も上がってきたので、確認申請に出す前に高さ関係の最終調整を行う。
T邸はほぼセットバック無しなもんだから、道路斜線をめぐる涙ぐましい寸法調整が発生…。そりゃみんなセットバックして、前に駐車場つくるわな。

2/24(火):
市役所と某民間確認検査機関に行って、確認申請をめぐる相談やら確認やらあれこれ。

検査機関で袖壁が出てる分は建築面積に入れないといけないと言われて、そんな馬鹿なと役所に確認に行ったら、実はあそこをこうしたら建築面積に入れなくてもいいと聞いて、それを検査機関に持ち帰ったら、そうですよと言われて、だったら始めからそう言ってくれと言うと、うちはコンサルではないのでそういうアドバイスはできないんですよエヘヘ、何だこのやろう、という何とも非建設的なやりとりを交わして疲弊する。

2/25(水):
高さ関係の再調整で矩計を書き直す。その合間に研究費関連の事務処理を行いつつ、ひさびさに大龍堂に顔を出す。
大龍堂のメーリングリストは、建築関係では間違いなく近畿圏随一の情報量と発信力を有している。イベントや新刊の案内を随時発信してくれてとても有り難い。読者も今や数千人くらいいる。でも、大龍堂さんへの注文は伸びていないらしい。理由ははっきりしている。情報だけもらってアマゾン等で買う人が多いのだ。
僕も普段アマゾンを重宝してるので偉そうなことは言えないけれど、建築の本だけはなるべく大龍堂まで出向いて買うことにしている。だって、もしもの話だけれど、大龍堂が潰れるようなことがあったら、それは京都の建築人の恥に他ならないよ。

2/26(木):
朝から工務店と構造関係の詳細打合せ。
吹抜部分に梁や火打ちを入れたいと言われて、いまさらそんな、と頭を悩ます。
夜「薔薇の名前」ようやく読了。映画「欲望という名の電車」を観る。全体的に気分が下向きになりがちなラインナップ。

2/27(金):
図面をしこしこ修正。
昼、門藤芳樹氏と松原通のコリスにて昼食とりながら構造関係について相談にのってもらう。コリスのランチはなかなかボリューミー。今回は打合せ中ということで飲めなかったが、次回はワインも飲みたい。モンド事務所に寄った後は、近所に引っ越してきたCAFE OPALに。完全に面の表現(塗装とクロス)だけで勝負した町家リノベーションが、新鮮ではあった。結構落ち着ける店でいいかも。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.18 | (0)

アンコール・ワット Angkor Wat:Cambodia, 1996

Angkor

西日射すアンコール・ワットの回廊にて。
無限連鎖する開口枠と、緑の中へ飛び込むかのようなその突き当たり(下図)。

回廊の中を歩いているのは、1996年、中国の昆明で出会ったK田氏(当時無職放浪中、現在大阪在住二児の父)。彼にはカンボジアの後、タイとトルコでも再会した。トルコでの再会後に別れる際には、彼が中国で買ったというコバルトブルー色のギター(笑)を譲り受け、その後の約半年間、僕はそれを抱えて旅をしていた。今思えばそんなかさばるものをよく持ち歩いてたもんだ…

FH010012.jpg

光と影、石と緑、壁と窓、その脇に佇む子供たち…
建築の一番の魅力って、やっぱりこういうところである。
こんな家をつくりたいなと、本気で思う。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.03.17 | (0)

大舩真言展・卒計展・オープンハウス

2009/2/16〜22

2/17:
工務店での打合せ帰りに、文椿ビルジングニュートロンへ。当研究室秘書の友人であるという大舩真言さんの個展をのぞきにいく。(今回見た)彼の作品は、即物的に表現すれば、彩度の低い青を中心とした岩絵具や泥絵具を和紙の上に厚く塗ったものだが、鉱物質を含む絵の具が光をいろいろに反射し、絵の具の塗りの厚さが絵に陰影を与えるため、視線や光の角度により様々に表情の変化があるのがとても楽しい。

蝶の羽根の構造色、あるいはジョードプル Jodhpurの街の写真などを思い浮かべた。建築空間とのインタラクションもすでに試みられているようだが、いつかご一緒できるといいなと思う。

2/19:
午後、京大桂キャンパスに所用あり、ついでに卒業設計展をのぞく。どの作品も、僕らの頃より模型のサイズが数〜十倍になっていることに、まず驚いた。作品としては、「ワサーッとした複雑な集合形態」という言葉で表現できそうなのが半分くらいあった。そういうの、僕も学生の頃(今もだけど)すごくつくりたいという思ってたので、みんなこんなのつくれるんだ、すげー、と素直に思った。反面、形の面白さが先行してて、「なぜその形か」という意識が薄そうなのは気になったのだが…、今は雑誌に載ってる作品見てても、そんな問いが発せられる雰囲気じゃないもんなぁ。

2/22:
午後から、門藤芳樹氏が構造設計を担当したという奈良の物件(設計:Ninkipen!)のオープンハウスにお邪魔する。煙突状トップライトとか大・中・小の裸照明とか屋上に出るちっちゃな窓とか、ひとひねりある細部のデザインが印象的だった(オープンハウスの写真は人の家なので載せていいか悩みますが、工務店さんのサイトにありました)。石膏ボード+塗装の壁を、漆喰壁のように見せる納まりも面白かった。天井高の異なるボックスをズラしながら連続させるという空間構成については、事前にその空間体験を予習(想像)していったのだけど、実際に受けた感覚は予想とちょっと違った。のは何故だろうというは、今後の宿題。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.02.25 | (0)

伏図・見積決着・薔薇の名前

R0014262.jpg 先月末ひさびさに民博の研究会に参加して、インド議論をしてきました。チャンディーガルに行こうかなぁ

前回は、ちょっとした思いつきで始めたバラナシ表記問題にだいぶのめりこんでしまった。結構な時間も使ってしまったので、折角だからどこか雑誌に載せてもらえないかと打診したら、可能性ありとのこと。やったあ。

2009/2/16〜22

T邸のVE(コストと設計のバランス調整)による変更点をふまえて、構造関係の伏図(こんなの)や矩計図(こんなの)の修正にかなりの時間をかける。基礎、土台から床、小屋、母屋までの各伏図を全部検討しなおし。

梁の太さとかは、最終的には大工さんの経験的判断を尊重することになるが(今回構造設計は入ってないので)、勉強も兼ねて、すべての寸法まで細かく検討する。プレカット屋さんには結構な手間をかけさせてしまったかもしれない。

2/21:
事務所にてT邸打合せ。約3ヶ月に渡る見積もり調整を経て、工事金額が決定した。長かった。確認申請をはじめ、着工に至るまでの関門もまだ残っているけど、予算が一応おさまることになったので、まずは一安心。
夕方、森田一弥氏来訪。近所のカフェで2時間ほど神楽岡の今後の運営などについて。顔をつきあわせて話し合うと、それなりにアイディアが出るもんだ。元気も出る。


電車の中と寝る前の本は、『薔薇の名前』(最近映画を見た。面白いけど重厚で陰鬱な中世キリスト教世界にややげんなり)。『わが子に教える作文教室』(自分の作文の勉強にもなる。作文の練習に文学性や倫理性を求めてはいかんという話が説得的)。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.02.24 | (0)

タ・プローム Ta Prohm:Angkor, Cambodia, 1996

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アンコール(・ワット)遺跡群の一つ「タ・プローム」は、神楽岡のトップに載せている場所が有名であるが、その周囲にもこんなキッコロというか年老いた王蟲みたいのがゴロゴロしている。(王蟲のリンク先すごいです)

二十歳の時、アンコールを訪れて言いようのない衝撃を受けた。今となってもうまく言葉にならないのだけど。
「廃墟のロマンチシズム」、もある。
「建築と自然の一体化」と言うと陳腐だが、やや近い。
でもそれは、建築が物理的に緑に覆われていることとはちょっと違う。

建築のことを考える時いつも気にかかるのは、「人間が形あるモノを作ってしまうこと」に対する罪悪感、と言っては大げさだが、一種の後ろめたさである。
だからあれこれモノを正当化・合理化する方策を考えるのだけど、結果できあがったものは、何だか個人の思い入れやら理屈が前面にテカテカ見えてしまって、ちょっと恥ずかしいことが多い(自分のつくるものについても、人のものを見ても)。
しかし建ってから長い時間が経った建築には、不思議とそれが薄れる。
廃墟になると、その痕跡だけがかすか残ってむしろ魅力的に転じるが、まだ足りない。
写真のように地面に溶け込むような段になって、ようやく、
「人間が形あるモノを作ってしまうこと」の罪(?)が許されたように見えるのだ。

こう書いていたら、なんだか青年から老境に至る人生みたいだ。
年をとる以外の方法で、その境地に近づきたいんだけどね。まだテカテカである。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.02.04 | (0)

Varanasi, Banaras, Benares と呼ばれる都市の名前の日本語表記

"ARTICLEs"の方に、むかし建築学会の雑誌に書いた、ヴァーラーナシー Varanasi の「死を待つ人の家」の話を載せました。

私にとってヴァーラーナシーは、修士以降ずっと研究のフィールドにしている馴染みの深い都市なのだけれど、この都市について、つねづね不満というか不便に思っていることがある。
それは、ヴァーラーナシーがインドの一大聖地にして世界的観光地であり、かなりの知名度をほこる都市(日本でいう京都の存在に近い)であるにもかかわらず、都市の呼称にバラツキがありすぎる点だ。

(ヴェネチア/ベネチア/ベニス、など同様の事例はよくあるけれど、ヴァーラーナシーの呼称の振れ幅はその比ではない)。

アルファベット表記では、Varanasi(これが公式の「名称」)、Banaras、Benares と三種類ある。これは時代に対応した呼称なので(詳しくは、こちらの※1を参照)、まあよい。スペリングもそれぞれで一定である。問題はその日本語表記(読み方)だ。

「外国語の日本語表記」問題については、これまでに様々な議論がなされているが(たとえば)、ここでは、どの呼称が「正しい」かという点はさしあたり問題としない。そもそも現地で一般的な呼称にさえ、Varanasi と Banaras の二つがあるからだ(Varanasiはサンスクリット語、Banarasはウルドゥー語がもとになっている。Benares はその英語版)。
なので、以下では、呼称のバラツキの実態把握、またそれへの対応、という点にしぼって話をすすめたい。

では実際にどのような日本語表記が見られるのか。
まず、南アジア研究者必携の「南アジアを知る事典」や、大手メディアでの表記は、下記のとおりだ。
(《》内は、そこで「別名」としてあげられてるもの)

「南アジアを知る事典」平凡社:
 ワーラーナシー《ヴァーラーナシー、バナーラス、ベナレス》
「地球の歩き方 インド編」ダイヤモンド社:
 バナーラス《ヴァーラーナスィー、ベナリース、ベナレス》
アジア古都物語:ベナレス」NHK:
 ベナレス《ワーラナーシー、バラナシ、バナーラス》
Wikipedia」WEB:
 ワーラーナシー《ヴァーラーナスィー、バラナシ、バナーラス、ベナレス》
ガンジス河でバタフライ」テレビ朝日系列:
 バラナシ

それぞれ第一にあげる呼称は、みごとにバラバラである。アルファベット表記3種のどれを採用するかの違いに加え、子音の表記、「ー」(長音、音引き)の位置などに相違が見られる。表記には相当注意を払っているはずの大手メディアでさえ、こうであるから、個々人による表記の振幅は推して知るべしである。

どの表記も音感はどれもだいたい似た感じのため、話をする分にはあまり気にしなくてもよい(だからよけい混乱する)。しかし、インターネットで情報を集めようとする時に、「ワーラーナシー」で調べるか「バラナシ」で調べるかでは、得られる情報には結構な差が生じるのである(詳細は後述)。学術的な文献資料を探す場合でも、状況それほど変わらない。分野ごと、研究者毎に少なくない表記のバラツキがある。
(私は自分の博士論文執筆にあたって、少なくとも日本語の文献については、この都市に関連する論文・書籍をほぼ全て押さえたつもりでいる。しかし、このような事情があるゆえ、網羅しきったとは断言できない。)

このような状況は何が問題だろうか。
第一に情報を求める者にとって、不便である。
例えば「ベナレス」と呼ばれる都市について、一般的事柄より少しでも込み入ったことを知りたいと思ったら、英語表記3種に加えて、「バナーラス」や「ヴァーラーナシー」「ワーラーナスィー」などなど無数のキーワードでも検索しなければならない。
第二に、情報を発信する者にとっても不具合がある(上記と逆の視点)。
せっかく論文や書籍・ブログなどで、「ヴァーラーナシー」について何らかの情報を発信したとしても、「バナーラス」や「ベナレス」「バラナシ」しか知らない人には、届かない可能性が高いからだ。

追記:
というようなことを考えた小論を、「Varanasi, Banaras, Benaresと呼ばれる都市の名称のカナ表記:Google検索を用いた表記バリエーションの実態調査」として、『形の文化研究』Vol.5(2009年9月)に発表しました。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.01.30 | (0)

景観条例・M監督のスケッチ

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年が明けてから年賀状しか見てないと思われてもなんなので、仕事の話も。
上の写真は、現在見積もり調整中の住宅の1/50模型、ほぼ最終版。

計画敷地は景観条例の対象地区で、屋根は3.5〜4.5寸勾配(約20度前後)に日本瓦が必須で、軒の出60cm、けらばは30cmを出すこと等、デザインコードはかなり厳しめ。道路斜線制限なども重ねると、建築の輪郭については、(セットバックさえしなければ)ほぼ自動的にいわゆる伝統的京町家の形になってくる。なるほど、よくできていると感心した

感心はするが、鰻の寝床敷地が多い京都市街で、30cmなどという中途半端な「けらば」をつけてどうするのか。周囲がみんな基準にしたがって建て替えたら、家と家の間に60cmの隙間ができることになるが、これぞほんとの鰻の寝床のできあがり、ではないか。どういう意図だろう。
景観政策にはどちらかというと賛成の意見なんだが、あと、マンションの1,2階に瓦の庇をつけさせるのはやめて頂きたい。個々のデザインには良し悪しあるけれど、あれをもって「景観に配慮している」と言われると、戸建住宅を必死で設計してるこちらはバカバカしくなってしまう。本気で景観形成を誘導するなら、容積率のゾーニングをもっときめ細かにやるのが効果的じゃないですか(マンションやテナントビルを建ててよい場所とそうでない場所を分けろ、ということ)。

そんな条件もふまえつつ、この住宅の設計では町家の基本構成を踏襲しながら、構造壁の配置や奥庭の形状に工夫を加えることで、「ありそうでなかった」空間づくりをねらっている。
景観条例に規定は無いが、街並みを乱す大きな要因と考えるセットバックを避けたため、プランニングには結構苦労した。一方で、通り庭形式というのは非常に良くできたスタイルだとも実感した。特に人の動線だけでなく設備の動線を兼ねると、各部の納まりが非常によいのだ。

さて現況は、先日工務店さんから第4回見積りがあがってきて、かなり頑張ってくれてるものの、もう一歩という段階。後はこちらの努力か。

本日は、施主氏とともに床暖房機器の営業の方と打合せ。宮崎駿監督の自邸の工事にも入ってたとかで、話の流れでその資料も見せてもらった。監督から設計事務所に毎日のように送られたという自邸のスケッチなどもあって、施主ともども大興奮。窓の開き方とか細かなスケッチがたくさんで、コピーでいいから本気で欲しくなった(営業ツールとして破壊力抜群だなあ)。
ちなみにその営業の方が監督にもらったサイン色紙には、トトロが床暖パネルを敷いてる絵が描いてあった。大工さんがもらった色紙は鉋を持ったトトロ。宮崎監督の人柄とともに、現場はさぞ楽しげな雰囲気だったんだろうな、と伺われた。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.01.17 | (0)

ワット・プラケオ Wat Phra keo:Bangkok, Thailand, 1996

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「派手にもほどがあるんじゃないですか」と申し上げたいが。「成金趣味」と一蹴するのも簡単だが。

もし「金に糸目はつけぬから、これだけの装飾密度で設計してくれ」
と言われたら、それはなかなかの難題であろう(でもやってみたい)。
倦まない持続力やバランス感覚とともに、密度と調和の中に自律的変化を生み出す一種のデザインシステムの開発が必須に違いないからだ。
さらに「人はなぜ装飾するか」という問題も考えると面白いのだ。

建築における装飾について、数年前に思うところを「装飾と住居」という一文に整理したことがある(ルドフスキーの『みっともない人体』や、鶴岡真弓竹村真一の議論に影響を受けて書いた)。
装飾は、人間にとってと同じように建築にとっても、かなり本質的なはず、というのは今後じっくり展開させたいテーマの一つ。


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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.01.14 | (0)

年賀状・撰2009 BEST11

企画主旨」「BEST 3」に続き、BEST 11の発表である。

以下、順位不同で、タイプ別に紹介しよう。

●「近況報告」
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昨年一年の仕事の状況や身近な出来事を報告しつつ、今年の抱負を述べる形式。お会いする機会の少ない人でも、近況がよくわかってわりと好きなタイプ。

【左】「昨年の3大ニュース」と「今年の3大目標」を掲げる。メインコピーは短歌! 壁新聞的デザインで、写真のキャプションも充実し、楽しい。
○差出人:歌人・イソカツミさん

【右】テキストで家族全員のコメントを列記するだけのものだが、コメントの口調が揃ったリズム感のある文章構成で、レイアウトも端正。紙質・色が毎年変わったり、愛犬のコメントがオチになっていたり、細やかな配慮が随所に感じられる。
○大学教授先生(昨年はお世話になりました)

上記2作品のポイントは、テキストの充実度もさることながら、デザインフォーマットの完成度が高いという点である。基本構成が確定しているので、毎年の年賀状制作はさぞ効率的に行われているであろう。羨ましい。
毎年のデザインに統一感があるため、受け取る側にとっても、一目で誰からの年賀状か分かるよさがある。


●「書」
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「福寿無量」。こういうのはもう書ける人にしか書けない。
羨ましい。
○差出人:建築家・長野良亮氏


●「手作り」
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可愛い柄付きの紙テープ(おそらくご本人デザインによるもの)を貼り、それに沿って手書きのメッセージを書き添えたもの。
○差出人:型染作家さん

「書」「手作り」、どちらのタイプも一枚一枚手の跡が感じられる嬉しさ。


●「写真」

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前の年に撮った写真をどーん、というスタイルは古くからあるが、デジカメと家庭用プリンタの普及に比例して広がった。個人製作の絵ハガキだ。そんな中で、やはりプロの写真は群を抜く。本作品は西アフリカの建築をとり続ける日暮さんの写真。この突起がたまらん。
○差出人:写真家・日暮雄一


●「家族近影」

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最近あちこちで子供が生まれているため、年賀状の赤ん坊率が急上昇。その中から2点をチョイス。

【左】神楽岡常連の庭師・松崎さんちから。奥さんによる手作り感満載のカラフルな一品。下のお子さんは、昨年うちのチビと一週間差で誕生。

【右】神楽岡でおなじみの家具作家・戸田直美さんちから。彼女の気取らないけど小粋な年賀状は毎年の楽しみの一つ。
20数年前を懐かしむかのように机におかれた家族写真、それを押さえるウェイトは、昨年生まれた娘さんの名前にちなんだ双葉形。双葉ちゃんの結婚式を明日に控えた晩の父タイチロウ氏の書斎机の上、というのは深読みだろうか。さすがのクオリティで風格さえ漂っている。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.01.12 | (0)

年賀状・撰2009 BEST3

2009年、柳沢家および究建築研究室あてに届いた年賀状BEST 3である。
企画主旨はこちら

まずは、年末の忙しい時間を割いて年賀状をつくり送っていただいた全ての方に感謝の意を表したい。「選考」「優秀」などと、上から目線で何様や、という向きもあろうが、あくまで年賀状に込められたメッセージを真摯に受けとめようとする姿勢に基づくもののと、ご容赦願いたい。

さて、選考作業は連れ合いと二人で昼飯休憩の際に行った。
対象は年賀状のデザイン(定型文として印刷されたテキストは内容も含む)として、手書きメッセージの内容や差出人との関係の疎密は、考慮しないこととしたが、何をもって「優秀」とするかは、明快な選考基準を特に定めないまま開始した。

まず一通り眺めながら、こりゃなかなか面白い、とフックのあるものを選ぶ一次審査。30枚程度が浮上。その中からさらに、10枚程度にしぼる二次審査。
二次審査は、我々審査員がどのような年賀状を評価している(お気に入り)か、ということが次第に赤裸々になってくるのが楽しい。「審査」という作業は、常に自身の価値観の問い直しを伴なっている。

30分に及ぶ上記のような綿密な審査を経て、11枚の「優秀年賀状」を選出した。
そのうち、栄えある第一回のBEST3に選ばれたのが、以下である。

●最優秀作品 1点

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肉である。
はじめ、バーベキュー・レストランのDMかしら、と思った。
それが干支にかけた「牛肉」であることに気付いたのは、しばらく時間が経った後であった。
正月にふさわしからぬしたたる肉汁の生々しさに加え、何とはなしにめでたい存在であるはずの干支の肉をさぁ食いやがれという、「年賀の死角」から打ち込まれた、朗らかかつ不届きなカウンターパンチであった。
しかしそこには、「人間は自分の楽しみのため、この『めでたい』正月にすら、『干支』としてもてはやしている動物さえも、殺し食ってるではないか」、という正月の矛盾を鋭く突くメッセージさえ暗に込められている、のかもしれない。
写真のクオリティが非常に高いため、「ロフトで売られてる既製のデザイン年賀状ではないか」という疑義も出たが、その後本人に直接確認したところ、自ら買った肉を焼いて撮影したのだという。
その手間のかけ方が素敵である。
作者の方には、是非今後とも、寅年版、卯年版と続けて欲しいと願うものである。
(来年はワシントン条約に気を付けて)

○種別:「干支」
○差出人:「肉好き」(本人談)のデザイナー


●優秀作品 2点

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写真が圧倒的多数を占める「家族近影」タイプの中で、イラストのかわいらしさが抜きん出ていた。
「家族近影」は、「干支」と並ぶ年賀状の二大勢力であるが、「作品」として鑑賞に耐えるものをつくるのはなかなか難しい、と審査員も今年はじめて実感した。
写真以上に差出人家族の温かそうな雰囲気・人柄が伝わってくるこの愛らしいイラストは、友人のイラストレーターによる描き下ろしだという。

○種別:「家族近影」
○差出人:WEB雑貨店の店主さん


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はなのすきなうし」のような、とぼけた牛の表情もよいのであるが、入賞の最大のポイントは、手刷りの版画であること。
小学生の頃、年賀状といえば版画であった(またはイモ版)。私も中学生くらいまでは毎年版画で作っていたが、次第に面倒くさくなり、やめた。
版画の年賀状は少なくなったものの、今も一定数届く。偉いなあ、と思う。
しかし今年、そのほとんどが、刷った版画をスキャンしたのをインクジェットプリンタで印刷したもの、であることに気付いた時は、やや複雑な気持ちになった。
版木を彫るだけでもすごい事だと思う。スキャン&プリントであろうと今のプリンタの性能であれば、ほとんど原図に遜色ない。だが、しかし。
版画は、彫る楽しさと苦労もさることながら、刷る時の緊張感が醍醐味ではなかったか。一枚の版木から異なる風合いの版画が刷り上がるところが、素人版画の魅力でなかったか。うーむ…、ノスタルヂアか。
手刷りのものは、今年この一枚だけであった。
インクを吸ったハガキの反りが新鮮に見えた。

○種別:「干支」
○差出人:布バッグのデザイン・制作をしている方


いちおう、あと8作品あり

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.01.11 | (0)

年賀状について考えてみる

現在京都で進行中の住宅設計が大詰めを迎えつつある。
相見積もりを経て工務店を決定し、最後の見積もり調整段階に入った。
本日も事務所にて施主と、どこをどうシェイプアップするか、みっちり4時間の打合せ。
1月中に決着し、2月から着工できるとよいのだが。

さて、今年初めて、もらった年賀状の中から「お気に入り」を選出する、ということをやってみた。
何年か前の旧正月に、鈴木成文先生宅の餅つきにお邪魔した際、先生が年賀状の優秀作20選を部屋に展示されているのを見て、これはいつか自分でもやってみたい、と思っていたのを、ようやく今年実行に移したのだ。

その前に、年賀状制作に創意工夫をこらす人は少なくないが、それは何故だろうと考えてみる。

FH020007.jpgまず第一に、年賀状を儀礼的挨拶以上のコミュニケーション・ツールと考える人は、当然、力をいれるだろう。
年賀状には、デザイン(既製年賀状の選択も含む)・筆跡・テキストもろもろを通して、差出人の人柄がかなり滲み出るからだ。名刺にも似ている。

第二に、年賀状ならではの特殊性としてあげられるのが、「年賀状は他の多数の年賀状と同時に読まれる」という事情である。
年賀状は、意識的にも無意識的にも、常に他の年賀状との比較にさらされているのである。

私がある知人に年賀状を出したとする。
その知人は200枚の年賀状を受け取ったとする。
私の年賀状は、その他199枚の年賀状と束ねられ、テレビのお笑い特番を横目で眺めながらコタツでおせちをつつきつつお屠蘇でちょっといい気分な知人(独身)のもとへ配達される。
彼は、「来たか来たか」とちょっと嬉しげに心の中で呟きながら、その束をポストから取り出すとコタツに戻り、丁度ひざに飛び乗ってきた愛猫の背を撫でつつ、あぁあいつ(昔の彼女)にも子供ができたか、俺も今年は彼女くらいつくらないとな、などと目を細めながら、積み重ねられた年賀状の束を1枚ずつめくり、目を通していく…

などという、えらく典型的に昭和的な正月を私の知人が過ごしているかどうかは知らないが、文字通り「目を通す」という表現にふさわしい年賀状の閲覧方法。1枚あたりの「目通し」所用時間は、長くて1分程度、へたをすれば数秒というのが、一般的であろう。

そんな状況下にあって、できれば自分の年賀状にはしばし目をとどめて欲しい、と思うのは人情であろう。
一年に一度、年賀状だけのやりとりの人もいる。数秒で流されて、内容も印象も記憶に残らないようでは寂しいではないか。
また、建築を含むデザイン関係の人間にとっては、自らの特技や職業性を活かしたりアピールするまたとないチャンスでもある。営業的な意味合いを含む場合もある。まかり間違っても「あらこの人デザイナーとかいうわりに年賀状はダサいのネ」などと思われては大変だ。

つまり年賀状は、一種のコンペ的要素を備えたコミュニケーションであるといってよく、それこそが、ある種の人たちが、ついつい年賀状制作に熱を込めてしまう理由なのではないか、と推察するのである。
(「コンペ的コミュニケーション」には、他に集団面接や合コン等も該当すると思われる)

コンペとコミュニケーション、どちらに重点をおくかは、人それぞれである。
しかし、10cm×14.8cmの二次元に表現するという共通フォーマットが、差出人の意図にかかわらず否応なくコンペ的要素を煽っている。干支という共通の「お題」まである。

ともあれ、熱の込もった力作年賀状を、受け取った当日目を通しただけで死蔵してしまうのは、実にもったいない。
失礼といってもよい。
優れた、あるいはお気に入りの「作品」は、個人的に褒め称えた上で表彰し、末永く1年間掲示の上、鑑賞しようではないか。
というのが、長くなったが企画の主旨である。

例によって前置きが長くなったので、肝心の年賀状は次回である。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.01.10 | (0)

2009 謹賀新年・牛

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遅ればせながら、謹賀新年。
今年の年賀状は、丑年ということで写真選定に力が入ったけれど、おもて面は子供に占拠され、牛は宛名側へ。
曼荼羅都市・マドゥライで出会った、角の彩色に飼い主の愛情を感じさせる牛。

一文は、高村光太郎の『牛』より。
ちなみに以下のように続きます。

 その眼は自然の形と魂とを一緒に見ぬく
 形のおもちゃを喜ばない
 魂の影に魅せられない
 うるおいのあるやさしい牛の眼
 まつ毛の長い黒眼がちの牛の眼
 永遠を日常によび生かす牛の眼
 ・・・

(「正直な涎を持った大きな牛」というフレーズと迷ったが、新年早々よだれというのも何なので、上文を採用)
 
高村光太郎の牛もよいのだが、印象的な牛の描写で思い起こされるのは藤原新也の『牛歩来』(「印度動物記 」所収)。
素肌の胸に触れる牛の鼻先の感触を、金子光晴の「唇にふれる唇ほど、やわらかなものはない」(原文は「唇で」)という一文を借りて、表現するのである。
ぞくぞくする。


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人間が失った自然性を牛に投影するという構図は、上記2作品や有名な「十牛図」をはじめ、牛をテーマとする作品に多く見られるようだ。
僭越ながら、僕自身もインドでの調査の際、思いつきではじめた牛の一日密着追跡調査(丸6日6頭やった)を通じて、その構図を体感するような経験を得た。おおげさに言えば、それは、都市の中にありながら牛を媒介として悠久の時空にトリップするような感覚なのだ。
(昨年末、「建築ジャーナル」誌の山崎氏から機会を頂き、その時の体験を『インドの牛は都市のエアポケット』というささやかな一文にまとめることができたので、ほとぼりが冷めたらここにも載っけてみたい)。

牛はいいぞ、という話。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.01.07 | (0)

三溪園

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オムツはさておき、元旦には家族揃って横浜の三溪園へ散歩に行った。

写真は臨春閣(上)と聴秋閣(下)。残念ながらこの季節はどちらも中に入れず、池も枯れてて、今ひとつ味わいきれず。次回に持ち越し。
聴秋閣の真白い障子が、枯れた木々の中にぼんやりと浮かび上がっている様子は、なかなか新鮮であった。雨降ったら大変そうだが。

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鶴翔閣の玄関部(車寄せ)。木造らしいというべきか、らしからぬというべきか。細身かつ大胆なつくり。
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臨春閣の建具裏で冬ごもりしてたフタホシテントウの集団。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.01.06 | (0)

帰省・オムツ

年末30日より帰省。
子連れで初の遠出という親の緊張をよそに、生後4ヶ月のチビは新幹線で爆睡。

このたびの帰省中、チビは普段の布オムツに代えて紙オムツを装着していたのであるが、紙オムツの性能にいまさら驚いた。いつもであれば上着までシットリ濡らす小便が、一滴の漏れもなくポリマーに吸収され、しかも表面サラサラ。広告に偽りなしの恐るべき吸水力である。
こんな吸水性のよいものをデリケートなお肌に密着させてて大丈夫だろうか、という不安は残るものの、この威力では、洗濯に手間のかかる布オムツが駆逐されるのも、むべなるかな。


しかし、紙であろうと布であろうと、いかに吸水性に優れようとも、ギャザーが発達しようとも、オムツというものには構造的な欠陥があるのではないか、と、チビのウ○コまみれの股間をみる度に思う。それは、あれだけのブツを、皮膚表面わずか10〜20mm程度の狭小空間でせき止めようという発想である。21世紀にもなった今日、オムツにかわる装着型排泄物処理(収納?)装置が、そろそろ開発されてよいんじゃないか。NASAの仕事だろうか。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.01.06 | (0)

石窟寺院:雲崗, 中国, 1996

石窟寺院:雲崗, 中国

石窟寺院そのものではなく、その入口を覆う楼閣群に注目する。

左右に削り残した崖の間に木造建築がはめ込まれているが、
一見、懸崖から木造建築が産まれ出てくるような動感がある。
斜面に柱をひっかけただけの渡り廊下もチャーミング。
崖を彫り込んだだけの石窟よりもむしろ、
その前に掛け渡された建築に魅力を感じるのは何故でしょう。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.01.05 | (0)

西洋建築史・12年前のネガフィルム

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ある方から、某大学の建築史の講義(非常勤)をやらないか、というお話をいただいた。先月末のこと。
主に「西洋よりの建築史」ということで、自分の専門との距離から若干の躊躇はあったものの、何となく避けてきた西洋建築史を自分なりに整理しなおすよい切っ掛けになると考え、是非やらせてもらうことにした。

そんで、来年後期開講にもかかわらず早々にシラバスを提出することになり、先週末は授業構成をいろいろ考えていた。

全14回で古代エジプトから近代建築までカバーするというのだから、無茶な話ではある。その上、週刊ペースの座学はその準備作業を想像するだけで恐ろしい。設計演習を担当する方がどれだけ楽かわからない(その上ペイもよい)。
でも、講義というのは、受ける側にとって勉強になるようにするのは難しいが、話す側にとっては確実に、しかも、とてつもなく勉強になるものなのだ。

学生時代は、西洋建築史の本とか先生に漂う、「これこそが建築の本流」みたいなヨーロッパ中華的匂いがイヤだった。で、アジアをやる。本流は嫌いだゼ。我ながら分かりやすい学生であった。

ところが、旅行して実物見るとやっぱすごいとわかる。僕らの考える建築というもののの根っこの一つ(それもかなり太いやつ)は、間違いなく西洋建築に繋がっていることに気付く。
けれど、「西洋嫌い」とか言っちゃった勢い、何か気恥ずかしくて、それと真面目に向き合うことを避けてきた(横目ではチラチラ気にしていた)という経緯がある。
でもそろそろいい年頃になってきたのだから、この機会に一つがっぷりお見合いしようと思っています。


で、上の写真は何かというと、96〜97年にかけて一年間旅行してた時のネガフィルム。
授業で使うスライドに、自分で撮った写真使ってやろうということで、押入から引っ張り出した。

その数、一年間で36枚撮りが30本。合計約1000枚。デジカメ時代では考えられない少なさである(これは、金が無くてフィルムをけちっていたことが根本的な理由である。また、長期間旅行を続けていたため、シャッターを押すに至る気持ちのハードルが妙に高くなっていことがある。つまり「この程度では写真を撮らないぞ」という、バカバカしい意地が発生していたのである)。

ちなみに手前のフィルムケースには、ネガが丸めて直に突っ込んである。これはカンボジアで現像した時にこうやって手渡されたものなんだが、あまりに無体である。

このネガフィルムも、この機会にデジタル化してしまおう(写真はPICTUREsに、適時アップしていきたいと思っています)。


Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 08.08.12 | (0)

廃墟:Varanasi, INDIA, 1999

廃墟:Varanasi, INDIA

ヴァーラーナシー旧市街中心部にあった廃墟。

レンガ造の建物が外壁を共有しながら密集しているため、
街区内部の建物が取り壊されると、かつての内壁が外壁として反転露出する。
期せずして到達した「生活の表出によるデザイン」の極致。
極めて具体的に個々の生活に根ざして生まれたはずの、
壁面に掘られた大小のニッチ、とりどりのペンキ彩色が、
不思議とアノニマスな表情を作りだしている。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 08.08.08 | (0)

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