究建築研究室 Q-Labo.
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MEMO 雑記・ブログ
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カオダイ教寺院 CAODAI Temple:TayNinh, Vietnam, 1996

CAODAI Temple

ベトナムにあるカオダイ教の総本山の寺院。

(カオダイ教については説明すると長いのでGoogleとか五十嵐太郎氏の著書を参照ください。オフィシャルサイトもあります。日本のサイトはちゃかした取り上げ方をする所が多い中、こちらのテキストは誠実な感じがよいです)。

カオダイ教は既存のメジャー宗教を統合・包摂する主旨の教義を掲げていることから、その建築には諸宗教の建築様式が折衷的に表現されている、と一般に理解されている。実際、見た瞬間に「まぁそうなんだろうな」と納得してしまう。
この建築、生々しい彩色と相まって「キッチュ」の一言で片付けられがちである。私自身も1996年に訪れた際には、よくもこんな悪趣味なものを…としか思わなかった。しかし、訪問から12年経った今、よくよく写真を見返すと、これはこれで見応えがあることに気付くのである。

折衷的な要素を気が付くままに挙げると、塔の配置を含め全体のベースとなっているのは明らかにキリスト教の三廊バシリカ式教会堂。
けれどファサード中央の、教会であれば通常ペディメント(三角破風)がつくところは、鴟尾を載せた中国風の入母屋屋根で、塔にも裳階(もこし)のような庇がめぐり、屋根は全体として何となく中国風。
その一方で側面に目を移すと、赤い瓦屋根が重層し連続する様子は、タイやカンボジアのヴァナキュラー建築を思わせる。
その屋根の下、教会であればバットレスが並んでいるところには、イスラームっぽい装飾尖塔アーチの連なる半屋外の柱廊が設けられている。この柱廊、写真ではわからないけど、建物の一番奥をぐるりと回って、建物外周を一周しているのである。モスクの中庭と外部を反転させた感じだ。

こういったモチーフのごった煮を読み解いていくのも楽しいのだけれど(ヒンドゥー教が見つからなかったなぁ)、建築計画的な視点で見た際に一番感心したのは、この半屋外の柱廊なのだ。
ほんらいベトナムを含む熱帯・亜熱帯気候であれば、宗教施設であっても当然、このような屋根がありかつ外気に開放されたスペースがあってしかるべきである(同地方のモスクや仏教寺院はたいがいそのようなスペースを備えている)。しかしながら、ベトナムの他の教会やフィリピン、インドなどの「正統な」キリスト教教会建築で、このような半屋外スペースをきちんと設けてる例は、ほとんど無いのである。少なくとも見たことが無い。
世界の諸宗教の統合というある意味グローバルなテーマを掲げつつデザイン的にも無茶をしているカオダイ教の建築は、この一点において、実は「正統な」教会よりもちゃんとローカルに根ざしている、と評価できるかもしれない(他のカオダイ教寺院を見てないので断言できないのですが)。
気候との対応で言えば、屋根が瓦なのも◎である。しかし、もうちょっと軒が出てるとなおよかった。

CAODAI Temple

内部、礼拝時の様子。床が奥に向かって段々上がってたりと芸が細かい。
側廊の窓にも注目。こんな極彩色の透かし彫りの窓、世界中どこにもない。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.04.06 | (0)

事務所片付け・CD圧縮・パットン

2009/3/16〜3/22

3/17(火)〜22(日):
T邸関連業務が一区切りついたので、別件の作業計画とかコンペ構想とか買い物とかサイトの更新とか、とりわけ事務所の大掃除に精を出す。

設計時に使う諸製品のカタログは、今やほとんどWEBカタログやPDFで閲覧できるので、これを機に書籍版カタログは大部分廃棄することにした。積んだ高さにして3m分くらいのカタログや資料を捨てたので、棚がだいぶスッキリした。意外なところでペーパーレスの効果を実感。

ついでにオーディオCDの物理的圧縮も試みた。体積比50%以下になる効率的な収納方法なのだけど、あまり人には勧められないように思う。方法は簡単。


(1)全てのCDをケースから取り出し、CDファイル(こんなやつ)のポケットに収納する。歌詞カードの類もCDと同じポケットに強引にねじ込む。
(2)洋楽/邦楽/クラシックなどと、ジャンル毎にファイルを分けると便利。
(3)元のCDケースはすべてジャケットごと捨ててしまう。
要するにデータCDの保存でやってる方法なんだけど、たいていの人は(3)のとこに少なくない抵抗を感じるのではないかと想像する。お気に入りのCD群を整然と並べるのは、時に音楽を聞く以上に気持ちよいから。しかしそれを吹っ切ってケースは捨てる。モノを減らすために(各家庭にあるモノ量が半分になれば、日本の居住環境は無条件に30%向上すると私は試算している)。CDジャケットのデザイナーさんすいません。

20日の晩には久々に三宮まで行って、芸工大時代の仲間たちと飲み会。コロンビアからの留学生・カルロスさんの学位取得祝い。
22日は突如、高校の同級生から京都に来たよ、と電話がかかってきて、近所のefishで昼食など。某省の公務員をやってる彼女は、国家機密に関わるので仕事の内容を家族にも話せないらしく、ガス抜きがたいへんなんだとか。

今週の映画は「パットン大戦車軍団」。ジョージ・C・スコットなりきりの熱血頑固親父一代記。サラリーマン哀愁物語でもあり、なかなか面白い。合理主義の極地であるはずの戦場を支配する「政治」の不自然さも。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.04.02 | (0)

確認申請・地鎮式

R1084488.jpg 地鎮式の祭壇。仏式にもかかわらず日本酒が大量に並んでいる。何本かいただいて帰りたいものだ。バナナやオレンジはちょっと不思議だけど、仏教がもともと熱帯発祥なことを考えればアリなのかとも思う。

2009/3/16〜3/22

3/16(月):
T邸の確認申請書類を提出(今回は諸事情あって契約と前後した)。あわせて市役所にて美観地区の認定にかかる修正手続き。
この間、民間の方が頭が硬く、役所の方が融通利く、ということを何度か実感した(職務上の柔軟(可能)性というのは、その人のもつ裁量権の大きさに比例するはずであるから、ほんとは当然なのだけど)。

民間はクレーマーとかモンスターなんとかという人たちを警戒して、次第に対応が防衛的に傾くと言うか柔軟性を欠きつつあり、役所の方は相次ぐ不祥事や役所バッシングの報道ためか、腰がやや低くなりつつある、ということなのか(もちろん大部分は個人的な資質による)。

21日(土)
T邸の地鎮式(地鎮祭)実施。住宅では珍しい仏式である。
私はもちろん、京都で3代つづく工務店の高橋社長も、仏式は初めてとのことで、和尚さんに逐一教わりながら儀式をとりおこなう。
散華、焼香、鎮め物の埋設、読経を行ったのち、敷地の要所に酒・塩・米を注いで終わり。儀式事というのはやはり身が引き締める効果がありますな。

R1084490.jpg R1084500.jpg R1084501.jpg

右の写真は、上棟時に納める卒塔婆「如等異類解脱幽途超生善趣」。
和尚さんの説明によると、「如等異類」は人間以外の動物や虫などの生き物で、建築工事中にはそういった生き物を殺してしまうこともあるけれど、それらがより良い生に生まれ変わりますように(超生善趣)、といった内容であるとのこと。
なるほど、建築とはそのような意味でも、業(ごう)の深い生業(なりわい)なのだなと、あらためて。合掌。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.04.01 | (0)

契約

2009/3/9〜3/15

3/10(火)〜13(金):
先週の打合せをうけて、最終の図面修正作業。今回は見積もり調整に丸3ヶ月、毎週のように細かな変更を繰り返しながら9回も見積もりをやり直したので、その間の変更を図面に反映させるだけで結構たいへん。
あわせて確認申請用の書類を仕上げていく。

3/14(土):
事務所にて施主×工務店の工事契約が滞りなく結ばれる。結局、契約書に添付することになった図面は約80枚。

建売住宅なんかは総図面枚数が10枚に満たない(!)こともある、とかいう噂は聞くけれど、注文住宅としてこの枚数が多いのかどうかは、よくわからない。自身の感触としては、ちょっと細かいところまで書きすぎた(もっと工務店や大工さんの判断にまかせる余地を残してもよかった)かな?という気もするし、設計の密度としてはまだまだ足りん、という気もする。どちらにせよ、実際にモノを作れない設計者の武器は第一に図面であるから、とりあえず込められるだけの思いは込めて書くことにしている。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.24 | (0)

論文基礎トレ・アトス山

FH040008.jpg薔薇の名前」からの連想。中世の空気を今も色濃く漂わす修道院が集まっている、ギリシャはアトス山 Mt. Athosの風景

2009/3/9〜3/15

3/9(月):
「ヴァーラーナシーVaranasiカナ表記」論を、とあるところに投稿するために、考察などに若干手を加えて文章の体裁を整える。論文と呼べるようなシロモノでは無いけれど、学位論文以降そっち方面の思考回路を全然使ってないから、テーマをたててデータをとって分析を加えて人に伝わる文章にまとめる、という研究活動の基礎トレーニングのようなつもりでやってたら、意外に楽しかった。

晩、友人夫妻宅にて神楽岡でもスライド会をやってもらった西洋史家(「恐竜ハカセ」というと怒られる)図師宣忠氏を交えて鍋会。図師氏の現在の研究対象が、最近読んだ(観た)「薔薇の名前」に登場する異端審問官ベルナール・ギーの著作だということを聞いて驚く。ギーは小説(特に映画)では完全な悪役だが、実際にはかなり公正な裁判を行っていたという記録が残っているとかそんな話をしながら、久々に気を失うまで呑んだ。

以下は、「中世」「修道院」から連想されたギリシャのアトス山について。

FH040008%2B.jpg

アトス山 Mt. Athosの玄関口となる船着き場の風景。黒服は修道僧たち(1996年)。
アトス山はアテネで特別許可をもらって、5日間だけ入ることが許されるギリシャ正教の聖地(女人禁制)。山へは船のみでアクセス可能で、アトス山内には自動車がない(電気が通ってるかさえ怪しい)。徒歩で山道を移動し修道院に泊めてもらう。夜はロウソクの火のみ。夜明け前に起きて聖堂での祈りに参加。本当に数百年前の世界に旅するかのような貴重な体験でした。
アトス山については、また詳しく書くかもしれません。 >> 書きました

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.23 | (0)

ガタカGATTACA・ライト

R0011265.jpg フランク・ロイド・ライトの自由学園明日館の窓と天井。2008年、友人の結婚式の際に撮影。これだけ部分的な写真にもかかわらずライトと認識できてしまうとは。

2009/3/7(土):
事務所にて施主・工務店同席によるT邸打合せ。この間の調整や構造検討の説明・協議を行い、施主に理解してもらった上で契約に向けた具体的な話を進める。
午後、休日ということにして散歩がてら図書館やコーヒー豆の買い物へ。

晩、映画「ガタカ」を見る。

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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , SELECTED 選り抜き | 09.03.20 | (0)

バイク・雛祭り・アントチェア

P1080222.jpg 雛祭りということで。今回生まれて初めて、ひな人形をじっくりと観察した。着物の柄がモダンなことと作りが精密なことに感心する。西陣織の正絹袋帯だそうな。

2009/3/2〜3/6

3/2(月):
午前中にモンド氏を交えて工務店と構造関係の詳細打合せ。屋根・床・壁を強化することにより火打ちを追加しない方向で話がまとまり、やや安堵。
五条河原町に引っ越してきて以来、ほとんど乗ってなかったバイク(SRV250)をついに処分する。バイク王に買い取りを頼んだら、逆に5千円払うことに。まあ仕方ないというほど傷んでいたのだが。印象的だったのはバイク王の対応の早さ。携帯で撮った写真を査定センターとやらに送り、1時間ほどで査定金額を提示、こちらが了承すると、その場でバイクを持って行った。よくできたシステムである。

3/3(火):
図面修正と確認申請用の書類づくり。
合間に、チビの初節句ということで、着物を着せて、祖父母から送られた雛人形と記念写真をとったりなんだり。

3/4(水):
引き続き事務所にこもって作業。

3/5(木):
役所まわり。景観課に行ってT邸の修正相談や別件の風致関係、某民間確認検査機関での事前相談提出。その後、鈴木健太郎氏の現場を二つほど覗かせてもらう。一つは数寄屋建築でもう一つはSE構法による住宅。
家に帰ると仕事用の椅子のキャスターが崩壊。交換用のキャスター部品をネットで注文し、ついでに来客用にヤコブセンのアントチェア(4本脚)も購入。意匠版権が切れているため、格安でいろんな色のものが購入できるようになっていてありがたい。ちょっと変わったのをと思い、白い革張りのやつを選ぶ。ほんとはオリジナルが欲しかったところだけど、工業製品の肝は安価な大量生産にあるはずだ、などと言ってみる。

3/6(金)
たまってたメールの返信や書類整理。翌日の打合せ準備など。
合間に工務店と電話で打合せ。壁量計算書や軸組金物のN値計算表などをエクセルでチマチマつくる。設計に占めるこうした地味な仕事の量は、意外なほどに多い。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.19 | (0)

インド音楽

FH030038.jpg 1996年インド、ラージャスターン州のジャイサルメールJaisalmerにて。夕暮れ時、町外れの遺跡にいた楽士のおじさん。絵になりすぎやで。

2009/2/23〜3/1

2/28(土):
インド・ラージャスターンの民族音楽の催しを見に万博公園の国立民族学博物館へ。共同研究員をやってる関係で、三尾稔先生より招待券をいただいたのだ。同行は久住鴻輔・水谷馨・モンド各氏。同日、京大でやっていた青木淳講演とどちらに行くか迷ったが、聞く機会が少ないのは間違いなくこっちだろう、ということでこっちへ来た。

ラージャスターン・ルーツ Rajasthan Rootsという民族音楽集団が奏でる曲は、シタールやタブラがメインのホワワーンという古典インド音楽と違って、かなりアップテンポの激しい曲が多い。日本で例えれば、雅楽に対する津軽三味線というところかな? 中東圏のコーラムの詠唱やフラメンコにも通じるような感じがあり、西インドはやはりペルシャ・ヨーロッパへ通じてるのだな、とか、伝説的なジプシー音楽とはこういうものだったのだろうかなどと他愛のない想像をめぐらせつつ楽しむ。

ただし、スピーカーの音がでかすぎたのはしんどかった。あと、こういう舞踊や演奏を客席からステージ上に見るのは、仕方がないとはいえ、残念無念。鴨川の河原とまではいかなくてもね、どこか屋外で夜に火を焚いて車座で囲んで…、無理かなぁ。

晩は久住・水谷両氏と久々に先斗町・木屋町界隈で飲み歩く。
口琴の不思議な音色を久々に聴いたので、家に帰ってから昔買ったウズベキスタンの口琴を引っ張り出してビヨンビヨン鳴らしてみた。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.19 | (0)

図面修正・確認申請・大龍堂

だいぶ遅れてしまったけど、頑張って追いつこうとしてみる。

2009/2/23〜3/1

2/23(月):
工務店の方と一緒にT邸敷地にて、地盤・基礎レベル関係の調査・打合せ。
当初参照していた図面の数値よりも、若干敷地の奥が高くなっていることや、隣家の基礎がはみ出していることなどを確認して、基礎レベルの高さちょっと修正することに。
一方クライアント側からは、メンテナンス用に床下に人が入れるようしたいという要望も上がってきたので、確認申請に出す前に高さ関係の最終調整を行う。
T邸はほぼセットバック無しなもんだから、道路斜線をめぐる涙ぐましい寸法調整が発生…。そりゃみんなセットバックして、前に駐車場つくるわな。

2/24(火):
市役所と某民間確認検査機関に行って、確認申請をめぐる相談やら確認やらあれこれ。

検査機関で袖壁が出てる分は建築面積に入れないといけないと言われて、そんな馬鹿なと役所に確認に行ったら、実はあそこをこうしたら建築面積に入れなくてもいいと聞いて、それを検査機関に持ち帰ったら、そうですよと言われて、だったら始めからそう言ってくれと言うと、うちはコンサルではないのでそういうアドバイスはできないんですよエヘヘ、何だこのやろう、という何とも非建設的なやりとりを交わして疲弊する。

2/25(水):
高さ関係の再調整で矩計を書き直す。その合間に研究費関連の事務処理を行いつつ、ひさびさに大龍堂に顔を出す。
大龍堂のメーリングリストは、建築関係では間違いなく近畿圏随一の情報量と発信力を有している。イベントや新刊の案内を随時発信してくれてとても有り難い。読者も今や数千人くらいいる。でも、大龍堂さんへの注文は伸びていないらしい。理由ははっきりしている。情報だけもらってアマゾン等で買う人が多いのだ。
僕も普段アマゾンを重宝してるので偉そうなことは言えないけれど、建築の本だけはなるべく大龍堂まで出向いて買うことにしている。だって、もしもの話だけれど、大龍堂が潰れるようなことがあったら、それは京都の建築人の恥に他ならないよ。

2/26(木):
朝から工務店と構造関係の詳細打合せ。
吹抜部分に梁や火打ちを入れたいと言われて、いまさらそんな、と頭を悩ます。
夜「薔薇の名前」ようやく読了。映画「欲望という名の電車」を観る。全体的に気分が下向きになりがちなラインナップ。

2/27(金):
図面をしこしこ修正。
昼、門藤芳樹氏と松原通のコリスにて昼食とりながら構造関係について相談にのってもらう。コリスのランチはなかなかボリューミー。今回は打合せ中ということで飲めなかったが、次回はワインも飲みたい。モンド事務所に寄った後は、近所に引っ越してきたCAFE OPALに。完全に面の表現(塗装とクロス)だけで勝負した町家リノベーションが、新鮮ではあった。結構落ち着ける店でいいかも。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.18 | (0)

アンコール・ワット Angkor Wat:Cambodia, 1996

Angkor

西日射すアンコール・ワットの回廊にて。
無限連鎖する開口枠と、緑の中へ飛び込むかのようなその突き当たり(下図)。

回廊の中を歩いているのは、1996年、中国の昆明で出会ったK田氏(当時無職放浪中、現在大阪在住二児の父)。彼にはカンボジアの後、タイとトルコでも再会した。トルコでの再会後に別れる際には、彼が中国で買ったというコバルトブルー色のギター(笑)を譲り受け、その後の約半年間、僕はそれを抱えて旅をしていた。今思えばそんなかさばるものをよく持ち歩いてたもんだ…

FH010012.jpg

光と影、石と緑、壁と窓、その脇に佇む子供たち…
建築の一番の魅力って、やっぱりこういうところである。
こんな家をつくりたいなと、本気で思う。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.03.17 | (0)

大舩真言展・卒計展・オープンハウス

2009/2/16〜22

2/17:
工務店での打合せ帰りに、文椿ビルジングニュートロンへ。当研究室秘書の友人であるという大舩真言さんの個展をのぞきにいく。(今回見た)彼の作品は、即物的に表現すれば、彩度の低い青を中心とした岩絵具や泥絵具を和紙の上に厚く塗ったものだが、鉱物質を含む絵の具が光をいろいろに反射し、絵の具の塗りの厚さが絵に陰影を与えるため、視線や光の角度により様々に表情の変化があるのがとても楽しい。

蝶の羽根の構造色、あるいはジョードプル Jodhpurの街の写真などを思い浮かべた。建築空間とのインタラクションもすでに試みられているようだが、いつかご一緒できるといいなと思う。

2/19:
午後、京大桂キャンパスに所用あり、ついでに卒業設計展をのぞく。どの作品も、僕らの頃より模型のサイズが数〜十倍になっていることに、まず驚いた。作品としては、「ワサーッとした複雑な集合形態」という言葉で表現できそうなのが半分くらいあった。そういうの、僕も学生の頃(今もだけど)すごくつくりたいという思ってたので、みんなこんなのつくれるんだ、すげー、と素直に思った。反面、形の面白さが先行してて、「なぜその形か」という意識が薄そうなのは気になったのだが…、今は雑誌に載ってる作品見てても、そんな問いが発せられる雰囲気じゃないもんなぁ。

2/22:
午後から、門藤芳樹氏が構造設計を担当したという奈良の物件(設計:Ninkipen!)のオープンハウスにお邪魔する。煙突状トップライトとか大・中・小の裸照明とか屋上に出るちっちゃな窓とか、ひとひねりある細部のデザインが印象的だった(オープンハウスの写真は人の家なので載せていいか悩みますが、工務店さんのサイトにありました)。石膏ボード+塗装の壁を、漆喰壁のように見せる納まりも面白かった。天井高の異なるボックスをズラしながら連続させるという空間構成については、事前にその空間体験を予習(想像)していったのだけど、実際に受けた感覚は予想とちょっと違った。のは何故だろうというは、今後の宿題。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.02.25 | (0)

伏図・見積決着・薔薇の名前

R0014262.jpg 先月末ひさびさに民博の研究会に参加して、インド議論をしてきました。チャンディーガルに行こうかなぁ

前回は、ちょっとした思いつきで始めたバラナシ表記問題にだいぶのめりこんでしまった。結構な時間も使ってしまったので、折角だからどこか雑誌に載せてもらえないかと打診したら、可能性ありとのこと。やったあ。

2009/2/16〜22

T邸のVE(コストと設計のバランス調整)による変更点をふまえて、構造関係の伏図(こんなの)や矩計図(こんなの)の修正にかなりの時間をかける。基礎、土台から床、小屋、母屋までの各伏図を全部検討しなおし。

梁の太さとかは、最終的には大工さんの経験的判断を尊重することになるが(今回構造設計は入ってないので)、勉強も兼ねて、すべての寸法まで細かく検討する。プレカット屋さんには結構な手間をかけさせてしまったかもしれない。

2/21:
事務所にてT邸打合せ。約3ヶ月に渡る見積もり調整を経て、工事金額が決定した。長かった。確認申請をはじめ、着工に至るまでの関門もまだ残っているけど、予算が一応おさまることになったので、まずは一安心。
夕方、森田一弥氏来訪。近所のカフェで2時間ほど神楽岡の今後の運営などについて。顔をつきあわせて話し合うと、それなりにアイディアが出るもんだ。元気も出る。


電車の中と寝る前の本は、『薔薇の名前』(最近映画を見た。面白いけど重厚で陰鬱な中世キリスト教世界にややげんなり)。『わが子に教える作文教室』(自分の作文の勉強にもなる。作文の練習に文学性や倫理性を求めてはいかんという話が説得的)。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.02.24 | (0)

タ・プローム Ta Prohm:Angkor, Cambodia, 1996

FH000005.jpg

アンコール(・ワット)遺跡群の一つ「タ・プローム」は、神楽岡のトップに載せている場所が有名であるが、その周囲にもこんなキッコロというか年老いた王蟲みたいのがゴロゴロしている。(王蟲のリンク先すごいです)

二十歳の時、アンコールを訪れて言いようのない衝撃を受けた。今となってもうまく言葉にならないのだけど。
「廃墟のロマンチシズム」、もある。
「建築と自然の一体化」と言うと陳腐だが、やや近い。
でもそれは、建築が物理的に緑に覆われていることとはちょっと違う。

建築のことを考える時いつも気にかかるのは、「人間が形あるモノを作ってしまうこと」に対する罪悪感、と言っては大げさだが、一種の後ろめたさである。
だからあれこれモノを正当化・合理化する方策を考えるのだけど、結果できあがったものは、何だか個人の思い入れやら理屈が前面にテカテカ見えてしまって、ちょっと恥ずかしいことが多い(自分のつくるものについても、人のものを見ても)。
しかし建ってから長い時間が経った建築には、不思議とそれが薄れる。
廃墟になると、その痕跡だけがかすか残ってむしろ魅力的に転じるが、まだ足りない。
写真のように地面に溶け込むような段になって、ようやく、
「人間が形あるモノを作ってしまうこと」の罪(?)が許されたように見えるのだ。

こう書いていたら、なんだか青年から老境に至る人生みたいだ。
年をとる以外の方法で、その境地に近づきたいんだけどね。まだテカテカである。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.02.04 | (0)

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