究建築研究室 Q-Labo.
究建築研究室 Q-Archi. Labo.|京都の建築設計事務所

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MEMO 雑記・ブログ
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インド音楽

FH030038.jpg 1996年インド、ラージャスターン州のジャイサルメールJaisalmerにて。夕暮れ時、町外れの遺跡にいた楽士のおじさん。絵になりすぎやで。

2009/2/23〜3/1

2/28(土):
インド・ラージャスターンの民族音楽の催しを見に万博公園の国立民族学博物館へ。共同研究員をやってる関係で、三尾稔先生より招待券をいただいたのだ。同行は久住鴻輔・水谷馨・モンド各氏。同日、京大でやっていた青木淳講演とどちらに行くか迷ったが、聞く機会が少ないのは間違いなくこっちだろう、ということでこっちへ来た。

ラージャスターン・ルーツ Rajasthan Rootsという民族音楽集団が奏でる曲は、シタールやタブラがメインのホワワーンという古典インド音楽と違って、かなりアップテンポの激しい曲が多い。日本で例えれば、雅楽に対する津軽三味線というところかな? 中東圏のコーラムの詠唱やフラメンコにも通じるような感じがあり、西インドはやはりペルシャ・ヨーロッパへ通じてるのだな、とか、伝説的なジプシー音楽とはこういうものだったのだろうかなどと他愛のない想像をめぐらせつつ楽しむ。

ただし、スピーカーの音がでかすぎたのはしんどかった。あと、こういう舞踊や演奏を客席からステージ上に見るのは、仕方がないとはいえ、残念無念。鴨川の河原とまではいかなくてもね、どこか屋外で夜に火を焚いて車座で囲んで…、無理かなぁ。

晩は久住・水谷両氏と久々に先斗町・木屋町界隈で飲み歩く。
口琴の不思議な音色を久々に聴いたので、家に帰ってから昔買ったウズベキスタンの口琴を引っ張り出してビヨンビヨン鳴らしてみた。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.19 | (0)

図面修正・確認申請・大龍堂

だいぶ遅れてしまったけど、頑張って追いつこうとしてみる。

2009/2/23〜3/1

2/23(月):
工務店の方と一緒にT邸敷地にて、地盤・基礎レベル関係の調査・打合せ。
当初参照していた図面の数値よりも、若干敷地の奥が高くなっていることや、隣家の基礎がはみ出していることなどを確認して、基礎レベルの高さちょっと修正することに。
一方クライアント側からは、メンテナンス用に床下に人が入れるようしたいという要望も上がってきたので、確認申請に出す前に高さ関係の最終調整を行う。
T邸はほぼセットバック無しなもんだから、道路斜線をめぐる涙ぐましい寸法調整が発生…。そりゃみんなセットバックして、前に駐車場つくるわな。

2/24(火):
市役所と某民間確認検査機関に行って、確認申請をめぐる相談やら確認やらあれこれ。

検査機関で袖壁が出てる分は建築面積に入れないといけないと言われて、そんな馬鹿なと役所に確認に行ったら、実はあそこをこうしたら建築面積に入れなくてもいいと聞いて、それを検査機関に持ち帰ったら、そうですよと言われて、だったら始めからそう言ってくれと言うと、うちはコンサルではないのでそういうアドバイスはできないんですよエヘヘ、何だこのやろう、という何とも非建設的なやりとりを交わして疲弊する。

2/25(水):
高さ関係の再調整で矩計を書き直す。その合間に研究費関連の事務処理を行いつつ、ひさびさに大龍堂に顔を出す。
大龍堂のメーリングリストは、建築関係では間違いなく近畿圏随一の情報量と発信力を有している。イベントや新刊の案内を随時発信してくれてとても有り難い。読者も今や数千人くらいいる。でも、大龍堂さんへの注文は伸びていないらしい。理由ははっきりしている。情報だけもらってアマゾン等で買う人が多いのだ。
僕も普段アマゾンを重宝してるので偉そうなことは言えないけれど、建築の本だけはなるべく大龍堂まで出向いて買うことにしている。だって、もしもの話だけれど、大龍堂が潰れるようなことがあったら、それは京都の建築人の恥に他ならないよ。

2/26(木):
朝から工務店と構造関係の詳細打合せ。
吹抜部分に梁や火打ちを入れたいと言われて、いまさらそんな、と頭を悩ます。
夜「薔薇の名前」ようやく読了。映画「欲望という名の電車」を観る。全体的に気分が下向きになりがちなラインナップ。

2/27(金):
図面をしこしこ修正。
昼、門藤芳樹氏と松原通のコリスにて昼食とりながら構造関係について相談にのってもらう。コリスのランチはなかなかボリューミー。今回は打合せ中ということで飲めなかったが、次回はワインも飲みたい。モンド事務所に寄った後は、近所に引っ越してきたCAFE OPALに。完全に面の表現(塗装とクロス)だけで勝負した町家リノベーションが、新鮮ではあった。結構落ち着ける店でいいかも。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.03.18 | (0)

アンコール・ワット Angkor Wat:Cambodia, 1996

Angkor

西日射すアンコール・ワットの回廊にて。
無限連鎖する開口枠と、緑の中へ飛び込むかのようなその突き当たり(下図)。

回廊の中を歩いているのは、1996年、中国の昆明で出会ったK田氏(当時無職放浪中、現在大阪在住二児の父)。彼にはカンボジアの後、タイとトルコでも再会した。トルコでの再会後に別れる際には、彼が中国で買ったというコバルトブルー色のギター(笑)を譲り受け、その後の約半年間、僕はそれを抱えて旅をしていた。今思えばそんなかさばるものをよく持ち歩いてたもんだ…

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光と影、石と緑、壁と窓、その脇に佇む子供たち…
建築の一番の魅力って、やっぱりこういうところである。
こんな家をつくりたいなと、本気で思う。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.03.17 | (0)

大舩真言展・卒計展・オープンハウス

2009/2/16〜22

2/17:
工務店での打合せ帰りに、文椿ビルジングニュートロンへ。当研究室秘書の友人であるという大舩真言さんの個展をのぞきにいく。(今回見た)彼の作品は、即物的に表現すれば、彩度の低い青を中心とした岩絵具や泥絵具を和紙の上に厚く塗ったものだが、鉱物質を含む絵の具が光をいろいろに反射し、絵の具の塗りの厚さが絵に陰影を与えるため、視線や光の角度により様々に表情の変化があるのがとても楽しい。

蝶の羽根の構造色、あるいはジョードプル Jodhpurの街の写真などを思い浮かべた。建築空間とのインタラクションもすでに試みられているようだが、いつかご一緒できるといいなと思う。

2/19:
午後、京大桂キャンパスに所用あり、ついでに卒業設計展をのぞく。どの作品も、僕らの頃より模型のサイズが数〜十倍になっていることに、まず驚いた。作品としては、「ワサーッとした複雑な集合形態」という言葉で表現できそうなのが半分くらいあった。そういうの、僕も学生の頃(今もだけど)すごくつくりたいという思ってたので、みんなこんなのつくれるんだ、すげー、と素直に思った。反面、形の面白さが先行してて、「なぜその形か」という意識が薄そうなのは気になったのだが…、今は雑誌に載ってる作品見てても、そんな問いが発せられる雰囲気じゃないもんなぁ。

2/22:
午後から、門藤芳樹氏が構造設計を担当したという奈良の物件(設計:Ninkipen!)のオープンハウスにお邪魔する。煙突状トップライトとか大・中・小の裸照明とか屋上に出るちっちゃな窓とか、ひとひねりある細部のデザインが印象的だった(オープンハウスの写真は人の家なので載せていいか悩みますが、工務店さんのサイトにありました)。石膏ボード+塗装の壁を、漆喰壁のように見せる納まりも面白かった。天井高の異なるボックスをズラしながら連続させるという空間構成については、事前にその空間体験を予習(想像)していったのだけど、実際に受けた感覚は予想とちょっと違った。のは何故だろうというは、今後の宿題。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.02.25 | (0)

伏図・見積決着・薔薇の名前

R0014262.jpg 先月末ひさびさに民博の研究会に参加して、インド議論をしてきました。チャンディーガルに行こうかなぁ

前回は、ちょっとした思いつきで始めたバラナシ表記問題にだいぶのめりこんでしまった。結構な時間も使ってしまったので、折角だからどこか雑誌に載せてもらえないかと打診したら、可能性ありとのこと。やったあ。

2009/2/16〜22

T邸のVE(コストと設計のバランス調整)による変更点をふまえて、構造関係の伏図(こんなの)や矩計図(こんなの)の修正にかなりの時間をかける。基礎、土台から床、小屋、母屋までの各伏図を全部検討しなおし。

梁の太さとかは、最終的には大工さんの経験的判断を尊重することになるが(今回構造設計は入ってないので)、勉強も兼ねて、すべての寸法まで細かく検討する。プレカット屋さんには結構な手間をかけさせてしまったかもしれない。

2/21:
事務所にてT邸打合せ。約3ヶ月に渡る見積もり調整を経て、工事金額が決定した。長かった。確認申請をはじめ、着工に至るまでの関門もまだ残っているけど、予算が一応おさまることになったので、まずは一安心。
夕方、森田一弥氏来訪。近所のカフェで2時間ほど神楽岡の今後の運営などについて。顔をつきあわせて話し合うと、それなりにアイディアが出るもんだ。元気も出る。


電車の中と寝る前の本は、『薔薇の名前』(最近映画を見た。面白いけど重厚で陰鬱な中世キリスト教世界にややげんなり)。『わが子に教える作文教室』(自分の作文の勉強にもなる。作文の練習に文学性や倫理性を求めてはいかんという話が説得的)。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.02.24 | (0)

タ・プローム Ta Prohm:Angkor, Cambodia, 1996

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アンコール(・ワット)遺跡群の一つ「タ・プローム」は、神楽岡のトップに載せている場所が有名であるが、その周囲にもこんなキッコロというか年老いた王蟲みたいのがゴロゴロしている。(王蟲のリンク先すごいです)

二十歳の時、アンコールを訪れて言いようのない衝撃を受けた。今となってもうまく言葉にならないのだけど。
「廃墟のロマンチシズム」、もある。
「建築と自然の一体化」と言うと陳腐だが、やや近い。
でもそれは、建築が物理的に緑に覆われていることとはちょっと違う。

建築のことを考える時いつも気にかかるのは、「人間が形あるモノを作ってしまうこと」に対する罪悪感、と言っては大げさだが、一種の後ろめたさである。
だからあれこれモノを正当化・合理化する方策を考えるのだけど、結果できあがったものは、何だか個人の思い入れやら理屈が前面にテカテカ見えてしまって、ちょっと恥ずかしいことが多い(自分のつくるものについても、人のものを見ても)。
しかし建ってから長い時間が経った建築には、不思議とそれが薄れる。
廃墟になると、その痕跡だけがかすか残ってむしろ魅力的に転じるが、まだ足りない。
写真のように地面に溶け込むような段になって、ようやく、
「人間が形あるモノを作ってしまうこと」の罪(?)が許されたように見えるのだ。

こう書いていたら、なんだか青年から老境に至る人生みたいだ。
年をとる以外の方法で、その境地に近づきたいんだけどね。まだテカテカである。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.02.04 | (0)

Varanasi, Banaras, Benares と呼ばれる都市の名前の日本語表記

"ARTICLEs"の方に、むかし建築学会の雑誌に書いた、ヴァーラーナシー Varanasi の「死を待つ人の家」の話を載せました。

私にとってヴァーラーナシーは、修士以降ずっと研究のフィールドにしている馴染みの深い都市なのだけれど、この都市について、つねづね不満というか不便に思っていることがある。
それは、ヴァーラーナシーがインドの一大聖地にして世界的観光地であり、かなりの知名度をほこる都市(日本でいう京都の存在に近い)であるにもかかわらず、都市の呼称にバラツキがありすぎる点だ。

(ヴェネチア/ベネチア/ベニス、など同様の事例はよくあるけれど、ヴァーラーナシーの呼称の振れ幅はその比ではない)。

アルファベット表記では、Varanasi(これが公式の「名称」)、Banaras、Benares と三種類ある。これは時代に対応した呼称なので(詳しくは、こちらの※1を参照)、まあよい。スペリングもそれぞれで一定である。問題はその日本語表記(読み方)だ。

「外国語の日本語表記」問題については、これまでに様々な議論がなされているが(たとえば)、ここでは、どの呼称が「正しい」かという点はさしあたり問題としない。そもそも現地で一般的な呼称にさえ、Varanasi と Banaras の二つがあるからだ(Varanasiはサンスクリット語、Banarasはウルドゥー語がもとになっている。Benares はその英語版)。
なので、以下では、呼称のバラツキの実態把握、またそれへの対応、という点にしぼって話をすすめたい。

では実際にどのような日本語表記が見られるのか。
まず、南アジア研究者必携の「南アジアを知る事典」や、大手メディアでの表記は、下記のとおりだ。
(《》内は、そこで「別名」としてあげられてるもの)

「南アジアを知る事典」平凡社:
 ワーラーナシー《ヴァーラーナシー、バナーラス、ベナレス》
「地球の歩き方 インド編」ダイヤモンド社:
 バナーラス《ヴァーラーナスィー、ベナリース、ベナレス》
アジア古都物語:ベナレス」NHK:
 ベナレス《ワーラナーシー、バラナシ、バナーラス》
Wikipedia」WEB:
 ワーラーナシー《ヴァーラーナスィー、バラナシ、バナーラス、ベナレス》
ガンジス河でバタフライ」テレビ朝日系列:
 バラナシ

それぞれ第一にあげる呼称は、みごとにバラバラである。アルファベット表記3種のどれを採用するかの違いに加え、子音の表記、「ー」(長音、音引き)の位置などに相違が見られる。表記には相当注意を払っているはずの大手メディアでさえ、こうであるから、個々人による表記の振幅は推して知るべしである。

どの表記も音感はどれもだいたい似た感じのため、話をする分にはあまり気にしなくてもよい(だからよけい混乱する)。しかし、インターネットで情報を集めようとする時に、「ワーラーナシー」で調べるか「バラナシ」で調べるかでは、得られる情報には結構な差が生じるのである(詳細は後述)。学術的な文献資料を探す場合でも、状況それほど変わらない。分野ごと、研究者毎に少なくない表記のバラツキがある。
(私は自分の博士論文執筆にあたって、少なくとも日本語の文献については、この都市に関連する論文・書籍をほぼ全て押さえたつもりでいる。しかし、このような事情があるゆえ、網羅しきったとは断言できない。)

このような状況は何が問題だろうか。
第一に情報を求める者にとって、不便である。
例えば「ベナレス」と呼ばれる都市について、一般的事柄より少しでも込み入ったことを知りたいと思ったら、英語表記3種に加えて、「バナーラス」や「ヴァーラーナシー」「ワーラーナスィー」などなど無数のキーワードでも検索しなければならない。
第二に、情報を発信する者にとっても不具合がある(上記と逆の視点)。
せっかく論文や書籍・ブログなどで、「ヴァーラーナシー」について何らかの情報を発信したとしても、「バナーラス」や「ベナレス」「バラナシ」しか知らない人には、届かない可能性が高いからだ。

追記:
というようなことを考えた小論を、「Varanasi, Banaras, Benaresと呼ばれる都市の名称のカナ表記:Google検索を用いた表記バリエーションの実態調査」として、『形の文化研究』Vol.5(2009年9月)に発表しました。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.01.30 | (0)

景観条例・M監督のスケッチ

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年が明けてから年賀状しか見てないと思われてもなんなので、仕事の話も。
上の写真は、現在見積もり調整中の住宅の1/50模型、ほぼ最終版。

計画敷地は景観条例の対象地区で、屋根は3.5〜4.5寸勾配(約20度前後)に日本瓦が必須で、軒の出60cm、けらばは30cmを出すこと等、デザインコードはかなり厳しめ。道路斜線制限なども重ねると、建築の輪郭については、(セットバックさえしなければ)ほぼ自動的にいわゆる伝統的京町家の形になってくる。なるほど、よくできていると感心した

感心はするが、鰻の寝床敷地が多い京都市街で、30cmなどという中途半端な「けらば」をつけてどうするのか。周囲がみんな基準にしたがって建て替えたら、家と家の間に60cmの隙間ができることになるが、これぞほんとの鰻の寝床のできあがり、ではないか。どういう意図だろう。
景観政策にはどちらかというと賛成の意見なんだが、あと、マンションの1,2階に瓦の庇をつけさせるのはやめて頂きたい。個々のデザインには良し悪しあるけれど、あれをもって「景観に配慮している」と言われると、戸建住宅を必死で設計してるこちらはバカバカしくなってしまう。本気で景観形成を誘導するなら、容積率のゾーニングをもっときめ細かにやるのが効果的じゃないですか(マンションやテナントビルを建ててよい場所とそうでない場所を分けろ、ということ)。

そんな条件もふまえつつ、この住宅の設計では町家の基本構成を踏襲しながら、構造壁の配置や奥庭の形状に工夫を加えることで、「ありそうでなかった」空間づくりをねらっている。
景観条例に規定は無いが、街並みを乱す大きな要因と考えるセットバックを避けたため、プランニングには結構苦労した。一方で、通り庭形式というのは非常に良くできたスタイルだとも実感した。特に人の動線だけでなく設備の動線を兼ねると、各部の納まりが非常によいのだ。

さて現況は、先日工務店さんから第4回見積りがあがってきて、かなり頑張ってくれてるものの、もう一歩という段階。後はこちらの努力か。

本日は、施主氏とともに床暖房機器の営業の方と打合せ。宮崎駿監督の自邸の工事にも入ってたとかで、話の流れでその資料も見せてもらった。監督から設計事務所に毎日のように送られたという自邸のスケッチなどもあって、施主ともども大興奮。窓の開き方とか細かなスケッチがたくさんで、コピーでいいから本気で欲しくなった(営業ツールとして破壊力抜群だなあ)。
ちなみにその営業の方が監督にもらったサイン色紙には、トトロが床暖パネルを敷いてる絵が描いてあった。大工さんがもらった色紙は鉋を持ったトトロ。宮崎監督の人柄とともに、現場はさぞ楽しげな雰囲気だったんだろうな、と伺われた。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.01.17 | (0)

ワット・プラケオ Wat Phra keo:Bangkok, Thailand, 1996

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「派手にもほどがあるんじゃないですか」と申し上げたいが。「成金趣味」と一蹴するのも簡単だが。

もし「金に糸目はつけぬから、これだけの装飾密度で設計してくれ」
と言われたら、それはなかなかの難題であろう(でもやってみたい)。
倦まない持続力やバランス感覚とともに、密度と調和の中に自律的変化を生み出す一種のデザインシステムの開発が必須に違いないからだ。
さらに「人はなぜ装飾するか」という問題も考えると面白いのだ。

建築における装飾について、数年前に思うところを「装飾と住居」という一文に整理したことがある(ルドフスキーの『みっともない人体』や、鶴岡真弓竹村真一の議論に影響を受けて書いた)。
装飾は、人間にとってと同じように建築にとっても、かなり本質的なはず、というのは今後じっくり展開させたいテーマの一つ。


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Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.01.14 | (0)

年賀状・撰2009 BEST11

企画主旨」「BEST 3」に続き、BEST 11の発表である。

以下、順位不同で、タイプ別に紹介しよう。

●「近況報告」
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昨年一年の仕事の状況や身近な出来事を報告しつつ、今年の抱負を述べる形式。お会いする機会の少ない人でも、近況がよくわかってわりと好きなタイプ。

【左】「昨年の3大ニュース」と「今年の3大目標」を掲げる。メインコピーは短歌! 壁新聞的デザインで、写真のキャプションも充実し、楽しい。
○差出人:歌人・イソカツミさん

【右】テキストで家族全員のコメントを列記するだけのものだが、コメントの口調が揃ったリズム感のある文章構成で、レイアウトも端正。紙質・色が毎年変わったり、愛犬のコメントがオチになっていたり、細やかな配慮が随所に感じられる。
○大学教授先生(昨年はお世話になりました)

上記2作品のポイントは、テキストの充実度もさることながら、デザインフォーマットの完成度が高いという点である。基本構成が確定しているので、毎年の年賀状制作はさぞ効率的に行われているであろう。羨ましい。
毎年のデザインに統一感があるため、受け取る側にとっても、一目で誰からの年賀状か分かるよさがある。


●「書」
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「福寿無量」。こういうのはもう書ける人にしか書けない。
羨ましい。
○差出人:建築家・長野良亮氏


●「手作り」
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可愛い柄付きの紙テープ(おそらくご本人デザインによるもの)を貼り、それに沿って手書きのメッセージを書き添えたもの。
○差出人:型染作家さん

「書」「手作り」、どちらのタイプも一枚一枚手の跡が感じられる嬉しさ。


●「写真」

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前の年に撮った写真をどーん、というスタイルは古くからあるが、デジカメと家庭用プリンタの普及に比例して広がった。個人製作の絵ハガキだ。そんな中で、やはりプロの写真は群を抜く。本作品は西アフリカの建築をとり続ける日暮さんの写真。この突起がたまらん。
○差出人:写真家・日暮雄一


●「家族近影」

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最近あちこちで子供が生まれているため、年賀状の赤ん坊率が急上昇。その中から2点をチョイス。

【左】神楽岡常連の庭師・松崎さんちから。奥さんによる手作り感満載のカラフルな一品。下のお子さんは、昨年うちのチビと一週間差で誕生。

【右】神楽岡でおなじみの家具作家・戸田直美さんちから。彼女の気取らないけど小粋な年賀状は毎年の楽しみの一つ。
20数年前を懐かしむかのように机におかれた家族写真、それを押さえるウェイトは、昨年生まれた娘さんの名前にちなんだ双葉形。双葉ちゃんの結婚式を明日に控えた晩の父タイチロウ氏の書斎机の上、というのは深読みだろうか。さすがのクオリティで風格さえ漂っている。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 09.01.12 | (0)

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