究建築研究室 Q-Labo.
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MEMO 雑記・ブログ
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東京にて打合せと『HOUSE VISION』展

研究室の学生たち10人程が連れ立って東北へ旅だった。
主目的は仙台の日本一決定戦のようだが、あわせて青森から福島まで東北を縦断するらしい。9日の晩には仙台で宮城大竹内研と滋賀県大布野研そして名城柳沢研の交流宴会が開かれる。今年の夏は彼らとジョイントした東北での取り組みも始まることになりそう。僕も現地視察を兼ねて仙台へ行きたいところだったけど、予定があわず残念。

さて8日、インドの受託研究の打合せで東京へ。提案の方向性にやや大きめの変更があり、次年度中に実際にモデルハウスを作ってみるという話にも展開する。企業はさすがに判断と動きが速いが、それに対応するためには4月からの研究室体制も考えないといけない。

打合せ終了後、Tさんと一緒に『HOUSE VISION 2013 TOKYO EXHIBITION』を見に行く。
総合ディレクターは原研哉、錚々たる建築家たちがLIXILやHonda・住友林業・無印・蔦屋などの企業と組んで、実際に建設されたパヴィリオンをもって次世代の住宅像を示す展示であった。「住宅」や「美意識」こそが今後の日本の重要な産業資源となる、という原研哉の主張は著書でうんうん頷きながら読んでいたが、早速それを具体化する取り組みとして行われたよう。

伊東×LIXILはほとんど既製品を使いながら土間のある生活像を描く。内容は実に真っ当だけれど、むしろその朴訥さに驚く。
藤本×Hondaは一番コンセプチュアル。移動手段と生活・空間の関係が今ひとつイメージしきれなかった。
地域社会圏は提案としては最も過激で応援したいものだが、建築のデザインが提案をやや分かりにくいものにしている気がする。
杉本×住林は伝統と現代、二つの数寄屋の展示。これをコンセプトモデルとして見てしまうともったいない。こういうところで実際に生活もできる(している人がいる)、ということが重要なのだと思う。
坂茂×無印はおなじみの家具の家。日常生活に浸透した無印のアイテム群が、非日常的な空間に「家」としてのリアリティを担保しておりバランスがよい。
成瀬・猪熊×TOTO・YKKapは内側に毛深い緑化トイレ。公衆トイレとしてあったら楽しい。日本のトイレ愛好文化の厚みを感じさせる。
東京R不動産×蔦屋は最も現代的なマンション・リノベーション。提案された空間もよいがその隣にある価格付きの建材展示がすごい迫力。業者にまかせてカタログで選ぶだけじゃない、自分で探して自分で作れるんだぞ、と。

提案された家には見慣れたものもあり、また好き嫌いもあるだが、それでも建築業界に限らない多くの人がこの展示を見てくれるといいなあ、というのが全体を見終わった後の感想であった。こういった建築家が提案する新しい住宅/生活像は、雑誌などではよく目にするものの、実空間として体験できる機会は滅多にない。これを見て、こんな生活や住まいも「あり」かもしれない、と思う人が増えたとすれば、それはとてもよいことである。

以下余談であるが、住まいや生活の豊かさにとって大切なのは、「こうあるべき」という理想の提示だけではなく、「こうあってもよい」という選択の多様性あるいは許容の寛容さであると思う。そして一人の人間が多様なるものを許容・享受することができるとしたら、その素地となるのは体験の豊かさであろう。人間が未知のものを恐れ慣れ知ったものを好む非常に強い性向を持つことは、おそらく否定できない。それを基に価値観や流行、文化というものは社会的に形作られている。その意味で、建築や空間・生活に関する体験の質と多寡は、将来のその人の住まいのあり方を根本的に規定するはずなのである。
偉そうに要すれば、「よい住まい」を実現する一つの有効な方法は、幅広い「よい」の尺度を持つことで、それはいろんな「よさ」を味わうことでこそ獲得されるだろう、ということだ。このことは食事や音楽に置き換えて考えると、おおむね首肯してもらえると思う。ただ、食事や音楽に比べて住まいの体験を増やすのは簡単ではない。いろんな人の家に遊びに行く、引越しをたくさんする、というのが身近なものだろう。こういった展示を見たり企画に参加するのもよい。旅をするのはもっと効果的だ。図面や写真から擬似的体験を組み立てるトレーニングもある。このあたりは今後深めて行きたいテーマである。

しかし(こちらのアンテナが弱いせいかもしれないが)これだけ豪華な企業とメンバーが集まっているわりに、このイベントの存在をこの日東京に来るまでまったく知らなかった。また立地や入場料の設定もちょっと敷居が高い。いろいろあるんだろうけど、もう少し間口を広くしてもよかったんじゃないかと思う。

その後、新橋のホルモン屋にて6人ほどで懇親会。「新橋のサラリーマンがたむろして呑んだくれてるガード下の店」という無茶なリクエストにばっちり応えてくれた。陽気もよく花粉で目がやや辛いものの楽しく過ごす。名古屋に帰るのはあきらめ終電まで飲んで横浜の実家に宿泊、翌朝一で名古屋に帰る。

| MEMO 雑記・ブログ | 13.03.10 | (0)

久々のインド3:マーケット

昨晩深夜、基本設計中の枚方KG邸の概算見積り用図面を一式仕上げて送信。
設計はなかなか楽しい感じなのだが、見積もり調整はいつにも増してハードになりそうな予感。

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オールドデリー、ラール・キラーの前にある電設資材マーケット(Bhagirath Place)へ見学に行く。

電気製品を扱う卸問屋や小売店舗が一帯に数百軒(?)密集している。扱っているものは照明器具やスイッチ等の配線器具類が多く、パソコンなどはまた別の場所に大きなマーケットがあるという。すぐ側にオールドデリーの浅草と呼ばれるチャンドニー・チョウクが通っていて、雰囲気としてはアメ横や一昔前の秋葉原をぐっとマサラ風味にした感じ。

左:照明器具屋。新しい製品はLEDとなっている。ほとんどが中国製で、定番商品がないので売れてしまったら同じ製品は買えないとか。家を建てたり改装する人は自分で、あるいはデザイナーと一緒にこういった店に器具を買いに来るという。ここは比較的庶民的な店。
右:インドのインテリア感覚では、スイッチプレートは大きなこだわりポイントであるらしい。様々なメーカーのいろいろなブランドのスイッチが並んでいる。

スイッチやコンセントという装置は、建築における人間と電気エネルギーの接点である。電気は生活に不可欠で、でも目に見えなくて仕組みも実はよくわからない不思議な存在で、スイッチやコンセントはそんな不思議な電気を家の中に召喚したり使役してしまう道具だ。科学的には解明されているが使ってる本人は理解していないという意味では、呪術的といってもいい(そういってしまうと大半の電化製品はそうなるけど)。なので、それが装飾を帯びるのは実はごく自然なことだなー、などと考えてみた。
日本のプレート類は使いやすさと存在感を薄めることを追求しているけど、生活の中で電気の存在を意識させるためには、もうちょっと別のデザインの方向もあるんじゃないか。

ソーラーパネルも売っている。何だかすごく身近な材料に見えるぞ。

こちらは実にインドらしい真鍮製のシェード。今度買って帰りたい。

これもインドならでは。ガネーシャやココナツ、卍などの形をした電飾。

ホテル側のスーパーマーケット。野菜が豊富。
今回は休日がインドの共和国記念日と重なってしまい、デリーでは軍事パレードが行われるわテロ予告は出るわで厳戒体制。ほとんど観光らしいことはできなかったので、スパイスやマンゴーピクルス、お菓子等のお土産は大体ここで買った。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 13.03.06 | (0)

久々のインド2:家庭訪問

調査期間のうち大半を、デリーとグルガオンの一般家庭の住宅を訪問して回る。
お家訪問はデリーでは初めて。また、今まで訪れたことのある家は(インドの大多数を占めるであろう)経済的には比較的貧しい家庭が多かったのだが、今回のターゲットはここ20年ほどの経済成長を受け急増してきた「中の上」クラスの家庭だ。現代インド住宅の成長点を観測する趣である。収入が年を追って増え、子供の教育に熱を注ぎ、新しいマンションや戸建を購入し、旧市街の狭く古い家屋から「脱出」する人たち。家の中には大型冷蔵庫や電子レンジ、薄型テレビやタブレットほか電化製品が溢れている。

周辺の地域も(写真からはそう見えないかもしれないが)清潔感のある落ち着いた雰囲気がただようところが多かった。ゆとりのある街路に生活が溢れていて、歩いていて気分がなごむ。

パパドを干しているところ。

こちらは露店の野菜パコラ売り。

街路の入口で売られていた素焼きの製品。水瓶や貯金箱、垢すり、護符など。都市部で今時こういったものを買う人がいるのだろうかと疑問に思っていたが、訪問した家庭にはこれらがひと通り揃っていた。納得。地域に根ざしている。

訪問した家庭の一つ。
左:階段室。ピンクの壁に緑のガラスのトップライトからの光が注ぐ。おぉバラガンみたい。右:キッチン。

リビングの青い壁に描かれたシルディ・サイババ(アフロヘアーの白い粉を出すサイババとは違う人)。

これはまた違う家のベッドルーム。子どもたちがドラえもんを鑑賞中。テレビは壁掛けでベッドルームにあるのが標準的スタイル。それにしても家の中はカラフルである。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 13.03.05 | (0)

久々のインド

名古屋と大学に移ってからのこの一年バタバタと過ごし、ずいぶん久々のブログに。
4月からはもう少し大学のことも書いて行きたいと思っています。
まずはリハビリのつもりで、このあいだの1月末に行ってきた久々のインドについて。

今回は企業との共同研究ということで、調査の中身についてはあまり書けないのだけど、グルガオン Gurgaon というデリーの衛星都市を中心に10日間ほど滞在してきた。2007年夏以来なので実に5年半ぶりの訪印。

深夜0時頃、デリーはインディラ・ガンディー空港に到着。2010年に開催されたコモンウェルス・ゲームにあわせて新しく整備され非常に快適。深夜のせいもあるかもしれないが、空港を出ると群をなしていたタクシーの客引きもほとんどいなく、落ち着いたもの。現地でこの後さんざんお世話になったYさんの迎えを受けグルガオンに。空港はデリーとグルガオンの中間にあるので車で30分ほど。

滞在したホテル。無線LANもあり快適。朝食ビュッフェには味噌汁があった。日本人ビジネスマンの利用が多いためらしい。ロビーではハングルもよく聞こえたが、中国人は見かけない。欧米系はかなり多い。グルガオンには外資系企業のインド本社が多く置かれており、近年急速に拡大・成長している都市だ。人口は多く商業施設やビルも数多いが、街全体が「作りかけ」という雰囲気で、熟成しきったヴァーラーナシーとは対照的。牛もほとんど見かけない。

翌朝、共同研究先のオフィスにて、キックオフ・ミーティング。
10層ほど上に浮かぶ大胆なトップライト。ガラスではなくポリカのような薄い板であった。エントランス・ドア。ディテールがなさすぎて潔い。インドでは総じて石やタイルの扱いは手馴れているが、ガラスや木・金属部の扱いにはアラが目立つ。無理にガラスや金属を多用したミニマルなディテールを目指さなくてよいのにと思う。

昼食。ファミレスのようなインド料理店。

グルガオンの建材マーケットを見学。インドでは割りとよく見る風景。業者だけでなく、一般家庭の人もこういったマーケットに、普通に電球やスイッチプレートを買いに来るという。ホームセンターも近年登場しているらしいが、まだ身近ではないよう。

デリーから延びるメトロ。乗りたかったが、共和国記念日(1/26)直前のためテロ予告が出ており、乗ってはいけないとのことで残念。全体として、インフラの整備度合いは5年前とは桁違いだが、停電はまだ頻繁に起こる。電力供給が追いついていない。

サブジ(野菜)売り。珍しく長ネギも売っていた。カリフラワーの惣菜カレー、ゴービー・マサラは最も好きな料理の一つ。


グルガオンの周縁部を車で走り、周囲に何もない荒野に巨大な集合住宅がどんどん建設されている様子を見て回る。すごい数量である。

その後Yさんの自宅へ訪問し、調査の作業少々。
夜はホテル近くのカニが美味しいと評判のレストランへ。最近は南インドの魚介系料理が流行っているとか。メンバーの中に辛い料理がダメなO君がいたので(何ということだ)、レス・スパイスでと頼んだためか、ガーリックがふんだんに使われた中華に近い味だった。しかし身も厚く濃厚美味。皆夢中でむさぼり初日終了。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 13.03.04 | (0)

夏の思い出 緑のカーテン

季節はもうすっかり冬になってしまいました。今日の名古屋は真冬の寒さですが、暑い夏の思い出をひとつ。
6月中旬、緑化計画を実行すべくベランダにゴーヤを植えました。しかしその初期設定は思ったより難しく、ネットで調べ倒して支柱やポール、プランターなどなど購入。その苦労が実を結び「緑のカーテン」は予想以上に生育、小ぶりとはいえ30〜40本収穫できました。室温がどれだけ下がったのか、実際どれほどの効果があったのかは調べなかったのでわからないけれど、みどりは目にやさしく心理的に涼しくなったことは確か。それが一番の収穫だったかも。来年はもっと規模を拡大させようかな。
…その後放ったらかしなので、今、茶色のカーテンになっております。
(ヒショ)


| MEMO 雑記・ブログ | 12.11.15 | (0)

宿根木の集落:佐渡, 2012

| MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 12.11.05 | (0)

スタジオ・ムンバイ@ギャラリー間・東京国立近代美術館

8月28日、半日使って久々に東京へ。
まず南洋堂によりいろいろ物色。そこで新宮岳氏から、東京国立近代美術館でスタジオ・ムンバイの施工やってますよ、と教えてもらう。ギャラリー間のスタジオ・ムンバイ展が主目的なのにもかかわらずそれを知らないというのはいかがなものか。学生の時と違って使える時間が短くなってるのだから、ちゃんと計画すべきなんだけど、旅行は行き当たりばったりで行くものという思い込みがまだ抜けていない。反省。

神保町から国立東京近代美術館まで、途中パレスサイド・ビルを通り抜けながら、歩く。東京はタバコを吸える場所が本当になくなった。

26日から始まったという「夏の家」の施工風景。
インドの職人が3人いる他に、若い日本人スタッフが数人手伝っている。どこかの大学がサポートしてるのかと思ったら、独自にスタジオ・ムンバイに直接コンタクトを取って手伝っているらしい。ギャラリー間の展覧会開催以降、日本からのスタッフ応募の問い合わせがものすごく増えたのだそうだ。

茶室か待合のような、木造建築の基本形による構成。木加工の精度が非常に高いことに驚くが、意外と普通、というかデザインの気負いが前面にでていない感じがいい。
一番目立つブルー屋根も防水シートを圧着したまま(?)というざっかけなさが効いている。柱も、おそらく防水・防腐コーティングをしたのを、そのまま掘っ立てている。
たたずまいとしては、公園にぱらぱらと置かれたベンチや滑り台、ブランコのよう。

実際にブランコもある。ブランコはインドでは宗教的な意味合いが強く、南インドの伝統的住宅ではしばしば家屋の中心に設けられていた。お祭りでもたいてい登場する。僕はまだ見たことがないけど、現代でも裕福な住宅のリビングに設ける事例はあるようだ。

窓に用いられているサランのような透過性のある織物の表情がとてもおもしろい。
材種はよくわからなかったが、見たところチークやマホガニーのよう。日本では舶来の高級木材であるが、向こうでは普通の材料なのであろうか。柱や框の細さ、スタジオ・ムンバイがよく使うルーバーといった線の細いディテールは、こんな固く密実な材料でできてるんだなあと。
夕方からはビールが飲めるらしいが、それまでいられないのが残念。
1時間くらい見学した後、ギャラリー間へ。


作品集も買ったけど、テキストに目を通す前に雑感を記録しておく。

彼らが拠点としているマハーラーシュトラ地方については、ムンバイに2度少し滞在したことがある程度でよく知らない。なので、あまり正確ではないかもしれないが、彼らの建築そのものからは、あまり「インド」を感じなかった。ヴァナキュラーという感じもしない。
一方で印象的なのは、自然や周辺環境、路上、アノニマスな「普通の」建築に対する視線のセンシティブさであり、そこから得られたものを咀嚼し建築形態に落としこむという姿勢。同様の視線は、インド産の「あまりモダンでない」素材やディテールにも向けられていることが展示からわかる。このような姿勢を「インド的」と解釈することもできるかもしれないが、僕らの感覚からすると、むしろ同時代な感覚として素直に共感できる類のものであると思う(ただし形態や構成は、日本の状況がやや滑稽に見えるほどに真摯に「モダン」である。硬派である。「モダニズムのローカライズ」という積年の課題への取り組みと、僕は見たい)。

スタジオ・ムンバイが注目されている最大の理由はやはり、モックアップを活用しつつ設計から施工を一貫して自分達のスタジオで集団的に取り組む創作のスタイルであろう。
ややおこがましいのを承知で言うと、森田一弥氏らと一緒に神楽岡工作公司でやろうとしていたことの、一つの完成形を見た思いがする。それは近代的なものづくりの体制に対する批判的アプローチでもあるが、同時にこの場合、インドという国において彼らの意図するセンシティブな現代建築をつくる、ほとんど唯一の方法としてそのような設計・施工の一貫体制をとる必要があったのでがないか。
想像されるように、インドの施工精度はお世辞にも高いものではない。それゆえ(と言っていいと思う)カーンやコルビュジェは精細なディテールに頼らない、遺跡のような建築を建てた。20世紀後半のドーシやレワル、コレアはもとより、最近「インドの現代建築」として紹介される若手(?)の作品も、(地方による差はあるが)その延長にあったと思う。スタジオ・ムンバイの仕事から僕が(勝手に)感じるのは、そのようなディテールの捨象による空間構成への集中だけがインドの現代建築ではない、という意志だ。
いずれにしても、設計から材料・施工までのすべてを手の内にいれ、集団としてまるで一人の「建築の万能人」のように振る舞う彼らの姿は、眩しい。

| MEMO 雑記・ブログ | 12.09.11 | (0)

ジャイプル Jaipur:India, 1996

ハワ・マワル Hawa Mahal(風の宮殿)
風通しがよいから「風の宮殿」というストレートというかやや安直な命名ながら、砂岩でできた陰影に富む複雑なファサードがとても魅力的。白い縁取りは大理石というわけではなく、たしかペイントであった。
18世紀に建設されたハワ・マハルのファサードは、石のスクリーン(ジャリjali)で囲まれた無数の出窓によって特徴づけられている。出窓の一つ一つには、きちんとドーム状の屋根(庇)が掛けられていて、それぞれが独立した要素であることを主張している。この出窓の原型はおそらく、古くからあるヒンドゥー建築のチャトリであると思う(ジャイサルメールのチャトリファテプル・シークリーのチャトリ)。
チャトリはヒンドゥーの宮殿の屋上や中庭によく見られる東屋である。建築全体の構成の中では装飾的な意味合いも大きいが、機能的には風通しよく涼しい日陰の居場所をつくるための装置である。このハワ・マハルのファサードは、そのようなチャトリを集合・積層して、その隙間を壁で埋めることで生まれたものに思われる。

ところで出窓を覆うスクリーンの目が、上層階に行くほど細かくなっているのは何故だろうか。道から室内が見通せないように視線をコントロールする目的であれば、下層階ほど細かくするのが自然だけど・・

ジャンタル・マンタル Jantar Mantar
同じく18世紀に建設された天文観測施設群。ヴァーラーナシーのマン・シン宮殿の屋上にも小さなものがある。
現代彫刻のような独特の造形は、観測器具の即物的・機能的形態を、そのまま建築スケールに拡大したことで創りだされている。すごく複雑な「日時計」とまでは理解できるが、夜にどうやって星を観測していたのかはまったく想像ができない。

まさに「Stairway to Heaven」

インドで後にも先にも一回だけ出会ったコブラ使い。よりによって中央分離帯にて。

ジャイプルで泊まっていた15人部屋のドミトリー。ここは比較的きれいな方。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 12.08.16

枚方WT邸:現場ちゃくちゃく

枚方のWT邸は9月の竣工を目指して急ピッチで工事が進行中。
敷地の奥に林があるけれど、これがなかなかワイルドな雑木林で、
家をオープンにして緑に親しむ、とかいう生半可な接近を許しません。
落ち葉も虫もすごいし、漆の木が生えていたことにはびっくりした。

なので、中からは基本的に「見る」庭となっています。
そう割り切ると、なかなか贅沢な庭。森の奥に分け入ったような心持ちになります。

子供部屋からも奥の林に抜ける。

こちらは縦の抜け。吹き抜けを螺旋状に昇り、枚方市街を一望できるルーフテラスへ。
ルーフテラスはそれなりにコストを食うので、予算調整の中で何回か削減候補にあがったのだけれど、ご主人の踏ん張りによって、その都度生き延びたもの。
いやあ作ってよかったです。完成したらビール飲みましょう。

7月の半ばの上棟式。お寿司と奥さんの手料理で。
最近は飲まない上棟式も多いと聞くが、ここではがっつり飲み楽しかった。
お酒好きの建具屋さん進藤さんがいつも持ってきてくれる、大阪の地酒「片野桜」がなかなかにおいしい。3時間で一升瓶が4本以上開いたのではないか。
小学生の子供たちに酌され照れる大工さん(↓)。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.08.06 | (0)

豊橋の水上ビル

7月28日、豊橋市にある「水上ビル」へ。
現在、この水上ビルの再生をテーマとした、愛知建築士会主催の学生コンペ「スマートシティ豊橋2012」が開催されていて、その一次審査員の末席に邪魔することになったので、現地見学会へ行ってきた。

水上ビルとは、今も現役の農業用運河(牟呂用水)の上にそのまま建っているという、実に珍しいビルの一群である。延長はおよそ800mにわたるとされ、上空から見るとこんな↓になる。(画像下中央付近から右上にのびる板状のビル群が、水上ビル)
うちのチビ2号(もうすぐ2歳)に見せたら、「でんしゃッ!!」と歓声を上げるに違いない。

(画像は、水上ビルを舞台としたアートイベントsebone 2011のサイトからリンク)

戦後のヤミ市を整理し跡地に大資本投入による商業施設を建設する際に、ヤミ市にあった商店の移転先として建設されたのがそもそもの経緯である。鉄道駅との近接性を求めて、当時すでに建て詰まっていた中心市街地の立地にこだわったがゆえ、このような水路上に建つことになった。最初期の部分は1964年に完成し、その後1967年までに全体が建設されている。64年は新幹線が開通し、オリンピックが開かれた、戦後の清算と高度経済成長の幕開けの象徴的な年である。京都では京都タワーがつくられた。

水上ビルの一部「大豊ビル」。3〜4階建ての縦割り長屋形式となっていて、1階部分に店舗、上層階が住居や倉庫として使われている。だから、各スパン毎に屋上まで抜ける階段がついている。閑散としている店が多いが、これは問屋が多いことも理由のようだ。

ビルの下に水が流れていることを示す橋の欄干。
橋の横にあった鉄板を持ち上げてみたら、それなりの水量の流れが確認できた。
街路から水が感じられないのは、やはりもったいない。

豊橋を含む三河は花火の盛んな土地だという。初めて知った。
もらった資料には、街中の神社やお寺で開催される花火祭りの日程が載っていた。

水上ビルの背景と現況・今後にむけての問題点は、下記に簡潔に要約されている。
>> 日本都市計画学会・中部支部だより「豊橋「水上ビル」懇話~その成り立ちと次の10年にむけて~」(2010.8.25)

「現状では建て替えは望めないため、いずれは用水に戻すことになる。しかし、壊すまでの10~15年余の間、この“おもしろい”建物が、どうすればスラム化・陳腐化せず、元気に少しでも永く生き延びることができるかを考えて行きたいと思う。」

ざっと眺めた限りであるが、水上ビルの魅力というか可能性は以下のようなものか。
・水路の上に建っているという状況
 (実際は基礎中を水路が貫通している、と言った方が近い)。
・都市を貫通する線状の形態、800mという長さ
 (都市のインフラとなりうるスケール)。
・中心市街地との近接性
 (町外れにあったらこのような議論の対象にもならなかっただろう)
・住居と店舗の複合性(だいぶ弱まっているが)

法の問題は突っ込んで聞いていないが、「建築」であるがゆえに「水路」の上に存在することができないのだとすれば、「建築」ではなくすのも一つの可能性である。橋のような建築はアウトだろうけど、建築のような橋はセーフかもしれない。

見学の後、豊橋中心市街をうろつき、ようやくみつけた鰻屋で鰻丼を食べ名古屋へ帰る。
関西風のパリっとした鰻でうまかった。そういえば京都では「かねよ」と近所にあった「江戸正」に時々いったが、どちらも蒸しのはいった関東風であったため、関西風は実は初めてだったかもしれない。

Tags: | MEMO 雑記・ブログ | 12.07.30 | (2)

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