ワット・プラケオ Wat Phra keo:Bangkok, Thailand, 1996
「派手にもほどがあるんじゃないですか」と申し上げたいが。「成金趣味」と一蹴するのも簡単だが。
もし「金に糸目はつけぬから、これだけの装飾密度で設計してくれ」
と言われたら、それはなかなかの難題であろう(でもやってみたい)。
倦まない持続力やバランス感覚とともに、密度と調和の中に自律的変化を生み出す一種のデザインシステムの開発が必須に違いないからだ。
さらに「人はなぜ装飾するか」という問題も考えると面白いのだ。
建築における装飾について、数年前に思うところを「装飾と住居」という一文に整理したことがある(ルドフスキーの『みっともない人体』や、鶴岡真弓・竹村真一の議論に影響を受けて書いた)。
装飾は、人間にとってと同じように建築にとっても、かなり本質的なはず、というのは今後じっくり展開させたいテーマの一つ。
Tags: タイ 装飾 | MEMO 雑記・ブログ , PICTUREs 旅と建築 | 09.01.14 | (0)