究建築研究室 Q-Archi. Labo.

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五条以南の高瀬川

五条楽園付近の高瀬川

保育園への送り迎えで、ちかごろ五条通より南の高瀬川沿いを、毎朝のように通る。

高瀬川沿いの雰囲気は五条通を境にして大きく変わることは、京都でも知らない人が多いかもしれない。
五条より北は、沿道に料亭・旅館が並び観光客も多い。対して五条より南は、いわゆる「五条楽園」で、京都の人でも歩いたことのある人は少ないと思う。まあ実際に歩いてみると、どうということはないし、むしろ散歩するには北以上に気持ちの良い道なんだけど(この高瀬川の南北断絶は、五条通に高瀬川沿いの横断歩道が無いことで決定的になっている)。

そういった料亭街か「楽園」かという違いを抜きにしても、川沿いの雰囲気は南北でかなり違う。物理的に違っている。それは、そこに生えている樹木の種類がまったく違うからだ。

五条以北では、二条通までつづく桜並木が見事だ。とりわけ松原通の前後はよい。今は冬なので、葉はなくたいへんすっきりとした感じ。

で、五条以南はというと、桜もところどころにあるにはあるのだけど、なんというか、ずっと緑が濃い。常緑樹が多いうえに、色々な樹種が混在して鬱蒼としているのだ。そこらへんが個人的には好み。ただ、このため見通しがやや悪くなっており、これは、外部の人が立ち入りにくい雰囲気となっている理由の一つだろう(ひょっとしたら意図的なものかもしれない)。

この五条以南の雑然・鬱蒼とした植生がなかなか面白いのだ、というのが今回の主旨。

どんな種類の樹が生えているか、ちょっと気をつけて見てみたら(さいわい樹種を書いた札がついている木が多い)、ほんとうに種類が多いことに驚いた。ほとんど雑木林のような多様さなのである。

とりあえず、見つけたままに列挙してみる。

アオキ、アオギリ、アカマツ、アジサイ、アラカシ、アンズ、イスノキ、イチジク、イチョウ、イヌマキ、イボタノキ、ウバメガシ、エノキ、カイヅカイブキ*、カエデ(の仲間)、カキノキ、カポック*、カヤ、カラミザクラ*、カリン、カンノンチク*、キョウチクトウ、キリ、キンカン、キンモクセイ、クスノキ、クロガネモチ、ケヤキ、コブシ、サカキ、サクラ(の仲間)、ザクロ、ササ(の仲間)*、サザンカ、サルスベリ、サンゴジュ、シダレヤナギ、シモクレン、スダチ、センダン、ソメイヨシノ、タケ(の仲間)*、タラヨウ、ツゲ、ツツジ*、ツバキ*、トウカエデ、トウジュロ、トウネズミモチ、トベラ、ナンテン、ハナズオウ、ハマヒサカキ、ヒイラギ、ヒイラギナンテン、ヒイラギモクセイ、ピラカンサ、ビワ、フヨウ、マサキ、マユミ、ミカン(の仲間)、ムクゲ、ムクノキ、モクレン、モチノキ、モッコク、モミ、モモ、ヤツデ、ユスラウメ、レンギョウ、ワジュロ……(随時追加中)

左:夏ミカン、右:シュロ

エノキやイチョウ、クスノキ、キリなどの結構大きな木もあれば、キンモクセイやコブシ、モクレン、ツバキなど花や香りの楽しめるものもあり、シュロやら、観葉植物が野生化したカポック(シェフレラ?)まであったりする。

面白いのは、ビワやミカン、カキ、カリンなど、食べられるものが目立つこと。
近隣のおばあさんによると、戦後の頃に食べるために植えたのが育ったものなんだそうだ。その以前は、北と同じように桜並木だったのだという。へ〜。
今は大きな夏ミカンが高瀬川にはりだして、たわわに実っている。

家の前に植木鉢をたくさん置いて、いろいろな草木を育てている人は多い。ここでは、家の前に高瀬川の岸辺という絶好の植栽スペースがあったので、そこにめいめいが好きなものを植えていった結果、このような「雑木並木」に育ったのだと推測される。
なんだか、いい話だ。

普通、川沿いの土地は国や自治体の管轄なので、そういうことはできないのだけど、ここでは花街ゆえか川と家の近さゆえか、そういったコントロールを免れたのだろうか。
前述した見通しの件やゴミの問題など、いろいろ付随して起こる問題もあると思うけれど、住民が(自分の敷地内だけじゃなく)積極的に町に手を出し関わっていくという姿勢は、大切なことですな。

Tags: | MEMO 雑記 | 10.03.09 | (0)

京都タワーとか

紫の海にたゆたう山鉾群@京都タワー 2002


先週末は久々に飲みが重なった。
金曜日は、仕事が一区切りついた(ついてしまった)のを機に、日頃お世話になっている工務店の方と、久々の西村鮮魚店にて。あいかわらず魚が美味しい。途中から大工さんや電設屋さんも合流して、まだ薄寒いのに屋外のテーブルで12時過ぎまで話し込んでしまう。
施工と設計という立場を超えて、率直に話し合える関係ができてきたのは嬉しいことです。

土曜の夕方は、京都駅付近の居酒屋にて保育園の保護者懇親会へ。保育士さんとお母さん方十数人の中に、男は僕一人という状況で、だいぶ緊張した。残念ながら体調優れず(二日酔いが残ってたので)、めずらしく二軒目は遠慮して帰宅。


懇親会の前に少し時間があったので、約8年ぶりに京都タワーをのぞいてきた。

噂には聞いていたけど、前は学食のようなレストランだったタワーの台座部分が洒落たラウンジになってたり、土産物コーナーがだいぶスッキリとリニューアルされてたりで驚いた。
8年前にタワー入口付近にあった《ブラックライトを浴びて極彩蛍光色に輝く回転舞妓の像》がなくなっていたのは、ホッとしたような残念なような。


せっかくなので(何が?)、2002年の『京都げのむ No.2』取材時の写真をちょっと公開(冒頭の写真も含め、すべて京都タワー内にて撮影。げのむ2号のグラビアにも収録されています)。


左:発光回転舞妓、右:ピンク一休さん
(撮影:冒頭・左/渡辺菊眞、右/上林功)

Tags: | MEMO 雑記 | 10.03.08 | (0)

アバター Avatar

まあ、いまごろなんですが、先月頭に『アバター』を見に行って来ました。
(映画館に行くのは、カーンの『My Architect』以来という…)

これからという人は、字幕版か吹き替え版か迷うと思うけど、僕としては吹き替え版をお薦めします。3Dだと字幕がやや読みづらく、せっかくの映像に集中できない。

ストーリーは、なんというか「ほどよい塩梅」。

『ダンス・ウィズ・ウルヴス』と『マトリックス』と『もののけ姫』(ナウシカも少し)が混ざった感じなんだけど、誰もが大事と思えるテーマが、腹が立つほどに単純ではなく、頭を悩ますほどに新奇だったり複雑でもなく、きちんと盛り込まれている。映像を堪能することに集中できる、さじ加減絶妙のストーリーでした。

で映像はというと、期待の3Dは思ったほどのインパクトはなかったものの、緑溢れる惑星の表現が、〈男の子ごころ〉をくすぐりまくります。
何百メートルにもそびえる樹々の梢を歩いたり、山が空に浮かんでたり、植物と通信できたり…。野生の竜に乗って空を飛ぶ、なんていう、子供の頃に『エルマーのぼうけん』シリーズを読んで以来の憧れが、これでもかと実写化(?)されていて、恥ずかしながら、感動しました。

やはり映画は「夢」を描いたものが一番。


蛇足ですが、インド文化がけっこう意識的にとりいれられてるのかな、と感じました。
「アバターavatar」がサンスクリット語起源だというのは有名な話で(たとえば、ヒンドゥー教においてブッダはヴィシュヌ神のアバター(化身)なのだ)、それと関係があるのかわかりませんが。
映画中、惑星先住民の言語で「見る」という言葉は、単に視覚的に「見る」だけでなく存在そのものを感じることだ、というような意味深げな語りがありますが、あれは、おそらくヒンドゥー教の「ダルシャン」という概念を意識しているのではないか。
「ダルシャン」という語は、ストレートに日本語に訳すと「見る」になり、神様や聖者に参拝することをいったりする。けれど、単に神様を「見る」だけでなく、神様に「見られる」ことでもあり、双方向の精神的感応の意味を含んでいる、というものだった(と思う。文献がすぐ見つからなかったので、すいませんがうろ覚え)。
そう考えると、惑星先住民の体が青いのも、あれはシヴァとかヴィシュヌの青い肌から来ているのでは…と。


さらに、蛇足。
僕らの世代で子供の頃にPCゲームやってた人、「アバター」と聞いてあの難解な名作RPG『ウルティマIV』を思い出さなかったですか?

Tags: | MEMO 雑記 | 10.02.28 | (0)

オープンハウスと鶴橋

Selimiye

先々週の土曜日(2/13)、ご近所の魚谷繁礼氏のところのオープンハウスで、昼間仕事を片付けてから、大阪の住吉へ。

個人住宅なので写真無しで書くけど、魚谷氏得意の構成的なつくりで、中心に畳の座敷があり、それを囲い込む廊下と縁側、その外周に深い庇が張り出して、その下が濡れ縁や個室になっている、という三層構成。
一方で、庇下の部分は居室も勾配天井にしてあって、日本建築の源流にある「母屋」と「庇」の関係を意識させる構成も特徴的だ。
最初、この入れ子構成と母屋/庇構成が結びついていなかったのだけど、よく考えてみると、両者は日本建築の歴史においてたいへん親密な関係にあるではないか。そうか、これは「寝殿造」なのだ!と思い当たった。
池のある広い庭に南面していることも、この推測を支持するのだけど。どうですかね、魚谷さん。深読み?

その後、森田一弥氏と鶴橋へ行って晩飯。
既にシャッターの閉まった鶴橋市場を徘徊し、これは、という直観の働いた韓国家庭料理の店に入る。カウンターに5人程でいっぱいの店。名前もしらない韓国のお総菜(ほとんどおまかせ)とマッコリでまったりとして、みやげにキムチを買って帰る。今度鶴橋に行くときには、また寄りたい店(店の名前は左下の写真参照)。

Selimiye Selimiye
右:
鶴橋駅構内にあったブックオフ。特設改札口つきで、電車がくる直前まで本が読める。商魂たくましい。

Tags: | MEMO 雑記 | 10.02.20 | (0)

セリミエ Selimiye, Edirne, Turkey, 1996

セリミエ Selimiye, Edirne, Turkey, 1996

トルコのエディルネにある、ミマル・シナンのセリミエ(セリム2世のモスク)にて。

シナン(1489/1492〜1588)はキリスト教徒の出でありながら(A・スチールランによれば、彼はアルメニア人だったという)、オスマン帝国最盛期の建築家として生涯に数百の建築を設計した、史上稀に見る大建築家だ。しかもスルタン付建築家となったのは50歳の時で、最高傑作と呼ばれるもののいくつかは、80歳を超えてから建てられている。

シナンの時代は、日本では千利休(1522〜1591)、イタリアではミケランジェロ(1475-1564)という、これまた大芸術家が活躍した時代と重なっているのは興味深い。

selimiyeこのセリミエ(建設1570〜74)は、シナン80歳頃の作品。

オスマン・トルコの建築は、ビザンティン帝国の建築、とりわけハギア・ソフィアに大きく影響を受けている。大小のドーム・半ドームが組み合わさったトルコ式モスクのルーツは、ハギア・ソフィアである。

オスマンのスルタンは、これにコンプレックスを抱いていて、いつかハギア・ソフィアを超えるモスクをつくることを悲願としていた、そして、ついにこのセリミエでそれが実現した、というのが夢枕莫の『シナン』の物語るところである。

ただ、セリミエとハギア・ソフィア、両者の空間を体感してみると、そのような対抗意識はどうでもいいことのように思えてくる。むしろ、ほぼ同じ規模で、ほぼ共通の建築的ボキャブラリーを使いながら、ここまで雰囲気の異なった空間ができあがっていることに感動さえおぼえる。

edirne-mosque

暗い地上に雲間から光が射すかのようなハギア・ソフィア(右)。
対して、セリミエ(左)では多数の開口部からの柔らかい光が空間を満たしている。

ハギア・ソフィアの光は、神の偉大さ天国の荘厳さを想起させてくれる。しかし同時に、それは決して手に届かず、現世の人間はそれを垣間見られるにすぎないことも。畏怖と憧憬をかき立てるばかり。
けれどセリミエでは、光は羽毛布団のように優しくそこにいる人を包み、神と対面するこの空間こそが、今ここにある楽園なのだと感じさせてくれる。そこでは、此岸(日常)と彼岸(非日常)が溶け合っている。

冒頭に掲げた写真は、セリミエのほんの一角の一場面なんだけど、そのような(意外にも?)人に優しいモスクの性格を、よくあらわしているように思ったのでした。

下に絨毯が敷き詰めてあるというのも、モスクの優しさに一役かっていると思う。
日本では最近、住宅で絨毯が使われることは少なくなり(ダニの問題が大きい)、なんでもかでもフローリングだけれど、僕はけっこう絨毯が好きだ。柔らかな毛足の長い床に座り寝ころべる絨毯の心地よさは、畳ともまた違う。
床も天井も絨毯にくるまれた空間を、一度つくってみたいと、ずっと思っている。

Selimiye
セリミエのドーム見上げ

Tags: | MEMO 雑記 , PICTUREs 旅の写真 | 10.02.18 | (0)

謹賀新年

nenga.jpg

子供と一緒に一歩一歩。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

| MEMO 雑記 | 10.01.11 | (0)

ウチヒサール Uchisar, Cappadocia, Turkey, 1996

ウチヒサール Uchisar, Cappadocia, Turkey, 1996

Tags: | MEMO 雑記 , PICTUREs 旅の写真 | 09.11.23 | (0)

金沢いろいろ:加賀3

成巽閣入口部分。なまこ壁の下の三色の石積がきれい


雪の科学館の後は金沢に宿をとり、寿司や鴨の治部煮など食べる。長流亭で時間をとりすぎて昼食抜きだったのだけど、腹が減り過ぎるとビールも飲めないことを知りました。
で、2日目は金沢を少し巡りました。

1件目、成巽閣。再訪。
残念ながら室内撮影禁止。ウルトラマリンの天井のショックは二度目でも変わらない。19世紀の座敷ながら、いまだ時代が追いついてないんではないかというくらいの、鮮烈で不思議な和風空間。

さて、今回の目当ては特別公開中の茶室・清香軒

屋内化された露地(上の写真)や原叟床(げんそうどこ)という床で有名な茶室(特別拝観料700円もとるのに、室内は撮影禁止。でも露地はOK。室外だから…)。ただし、茶室内にも露地にも入れない。せめて露地の建具も開け放ってほしかった。
が、文句ばかり言っても仕方ないので、茶室内から建具を開け放った露地越しに庭を眺める感じを一生懸命想像し、とりあえず、土間・縁側・入れ子構成の良さを併せ持った仕掛けと理解する。


2件目、金沢21世紀美術館。再訪。
ベビーカーを押しながら館内を練り歩く。たまたまやってた横尾忠則の企画展がとてもよかった。生活即アートという旺盛な表現活動を少しは見習いたいもの。発想と表現の隔たりはもっと小さくてよいんじゃないか、というようなことを考える。

3件目、ひがし茶屋街に行き、挟土秀平が手掛けたという金箔屋さんの総金箔貼り土蔵「箔座ひかり藏」。百式だ〜。
金箔の質感が土蔵の彫塑的な形態と意外なほどマッチして、いやらしさの無い端正な表情。見慣れたモノを白く塗り込めることで「意味を剥奪」して「抽象化」する、というあんまり好きじゃない現代アート(建築)の手法があるけど、それに近い。ただ、「金」というぬぐいがたい濃厚な「意味」が重なられてるので、別の生々しさを帯びていて、庶民は心穏やかに見ることができません。


ひがし茶屋街は、ここら辺の通り景観が有名だけど、少し裏にはいると上の写真のような感じで、様々な表情・色の下見板のコラージュのような街並みが面白い。さながら下見板の展覧会。使い古された下見板という外壁仕上げも、やり方次第でいろんな表情が生まれることがよくわかる。金沢の民家は下見板に注目です。

京都の町家にも下見板の外壁はよくあるけど、ここまで全面覆ってしまうのは見たことがない。他の土地ではあったかな? 外壁に左官を使わないのは、何か理由があるのだろうか。
そういえば清巽閣の案内のお姉さんは、こういう壁を指して、「ワッフル壁」と呼んでいました。うーむ。


4件目、帰りがけによった金沢ビーンズ(設計:迫慶一郎)。
曲面に本棚が並ぶ面白さは想像通りだったけど、円のモチーフから生まれる放射状の棚配置がよかった。見通しは悪いけど、足をすすめると次々と書架が迫り来る感じは、あえて例えると、3Dシューティングゲームのような感覚。照明もフツーの蛍光灯なんだけど、空間にあわせて工夫してて好感度○。立ち読み・座り読みできる場所も豊富に用意されてて、書店と図書館のいいとこをあわせた魅力的な店舗だ。こりゃ、流行るわ。

Tags: | MEMO 雑記 | 09.11.22 | (0)

中谷宇吉郎雪の科学館:加賀2

雪の科学館から柴山潟をのぞむ

長流亭をあとにして、今回の主目的地・加賀市の中谷宇吉郎雪の科学館へ。
長流亭で時間をとりすぎたため、表彰式会場に到着したのは開始3分前だった。すいません。
前日に着任したばかりという加賀市長から賞状と賞金(今回の旅費で無くなりましたが)をいただいた後、館内で作品解説、併設のカフェで懇親会(アルコール無し)など。


館の中身の紹介については、こちらのサイト(堀越英美のハハコで行きたいハーコーなハコモノ巡りの旅)がたいへん的確にして面白いです。


左:
芝生張りの斜面が拡がる館へのアプローチ。冬になると雪をかぶった白山が見えるそうだ。なんとなく北欧っぽい雰囲気がするのは何故でしょうかね。アスプルンドの「森の葬祭場」を彷彿とさせるようなさせないようなウッフン(行ったことないけど)。

右:
展示中の拙作「SNOW CRYSTAL*HABITATION」。
建築のスケッチが趣味という、審査員の一人・樋口敬二氏(中谷宇吉郎の直弟子にして雪氷物理学の第一人)にいろいろとお褒めの言葉をいただき、「特別賞」ということで氏の旅のスケッチの絵ハガキを頂戴。ありがとうございます。物理学の方に評価してもらえるのは、とても嬉しい。


左:
エントランスホール上部の六角形のガラス屋根。
雪の科学館の設計は磯崎新(1994年)。基壇に六角形の塔が3つ乗る、という全体構成で、基壇部が展示スペース、塔の中がエントランスホールと映像ホールにあてられている。象徴的な六角塔と基壇が空間的に無関係な点はすごく気になるし、内部のデザインには脱力感さえ感じるものの、アプローチの仕掛けや六角塔の大胆なトップライト、ガラス張りのカフェ越しに柴山潟をのぞむシーン(冒頭の写真)など、要所の押さえ方はさすがにうまいなぁと。
ただ、ここをこうすれば、ホラ、いいでしょ?という「お膳立て感」がやや鼻につく。それを、下見板や荒いモルタル掻落しなど質感のある控えめな素材が、やや抑えている。のかな。

右:六角塔の外壁の下見板


左:
併設のカフェ(柴山潟を一望する、たいへん気持ちのよいスペース)にあったモンローチェア。初めて実物を見た。意外にでかく、意外に座り心地はよい。座面が広いからかな。この形状ゆえ背をもたせかけにくいので、自然と背筋の伸びる椅子でもあった。

右:
館内で体験できるチンダル像の観察実験。きれいに結晶化した氷を輻射により内部に熱を加えると、(たぶん雪の結晶成長と逆のプロセスが進行して)雪の結晶のような形で氷が溶けていく。写真はこの現象をOHPで映し出したもの。おぉ〜と思わず声が出てしまいます。
このほかにもダイヤモンドダスト発生装置などあり、科学ミュージアムとして非常に充実している。館の職員さんが誇りをもって熱心に活動されているのが、とてもよく伝わってくる。

下:
中谷宇吉郎が自ら設計したという自宅の模型。
伝導・対流・輻射の原理をふまえ、中心のペチカから家全体が均等に温まるように作られているのだとか。
うーむ。この模型を見る限り、空間的にはあまり魅力的でなさそうなんだが、面白いテーマ設定ではある。現代でも建築環境学の人はこういうの考えたりするのだろうか。


おまけ:
僕の好きな中谷宇吉郎の一文 「たまごの立つ話
わりと有名な「立春の卵」というエッセイを、中谷宇吉郎自身が心優しいラララ科学の子供向けに書き改めたもの。

Tags: | MEMO 雑記 | 09.11.07 | (0)

長流亭:加賀1

江沼神社・長流亭

10月31日・11月1日と、これの授賞式を口実に、久しぶりの遠出で加賀・金沢旅行。前日からチビが熱を出していたけれど、レンタカーも借り宿も予約してあったので、今さら中止できるかと出発する。チャイルドシートが気に入らないチビの泣き声を背中に延々と聞きながら北陸道を走り、まずは加賀・大聖寺へ。

この近辺、安藤忠雄の中学校とか象設計集団の美術館とか、目当てはいくつかあったけれど、時間が少ないので一点に絞ったのが、江沼神社の長流亭。今回の旅行で見た建築で一番よかった。

これ、数年前の神楽岡の金沢遠足の際には存在も知らなかったのだけど、たまたま数ヶ月前に大龍堂で買った、『和風建築』というえらくマニアックな雑誌に載っていたので知った(雑誌『和風建築』は既に廃刊。編集:和風建築社、発行:建築資料研究社。ちなみに長流亭の解説は西澤文隆の筆で、いわゆる歴史建築の紹介と違った、設計者の視点からのディテール解読が切れ味鋭く面白い)。


 
左:長流亭平面図、右:回廊から一の間の付書院を見る(『和風建築』1983年8月号、p.88,89より)


長流亭の創建は1709年、加賀前田家の傍流・大聖寺藩第3代藩主の前田利直による。川に迫り出して建っているのは、ここから直接釣りを楽しむためだからという。

長流亭は、川からの端正な外観もさることながら、プランが面白い。とっても構成的なのだ。
正方形プランの外周を、一畳幅の回廊がロの字形に巡っていて、その内側に6.5畳の座敷が二つあるという入れ子状プランである。回廊に面した外壁は、四面すべて腰から鴨居まで障子の入った開口部になっている。
二つの座敷は、一の間(正の座敷)と次の間(控えの座敷)で、一の間の方には付書院がついている。その付書院の火灯窓に、回廊を横切った光がやわらかく差し込む。これだけでも入れ子プラン好きの僕としてはわくわくするのであるが、入れ子プランというだけなら、縁側のある日本建築ではそれほど珍しくない(とはいえ、これほど明快な回廊型プランは珍しい)。しかし長流亭の面白いのは、二つの座敷の床の間が斜交いに配置されている点だ。ロの字の廊下とあわせて見ると、全体として「二つ巴」形のプランとなっている。つまり点対称なのだ。点対称は回転対称ともいう(2回対称)。
回廊を巡って座敷に入ると、どちらの座敷に入ったとしても、同じ方向に床の間がある。そして、その床の間と呼応するように、もう一つの床の間が斜めに対面している。そっちの床の間に引かれるように次の座敷に入ると、再び外の光に導かれるように反対側の回廊に出てしまう。
まさに巴紋のように、グルグル回る回転運動が長流亭には仕掛けられているのであった。


 
「二つ巴」と「七宝ニ花菱」


亭の装飾では、板戸や畳縁など至る処にちりばめられた「七宝(+花菱)紋」が目を引く。江沼神社の宮司さんによると、この建築の基本構想は小堀遠州によるという伝があるらしく、七宝紋はそれに由来するのだとか(七宝は小堀遠州が好んだモチーフ)。
これが七宝じゃなくて巴だったら、建築の構成とも対応してバッチリなのに、と思ったが、よく考えると、円の中に菱が入った七宝も、この入れ子状プランをうまく図案化しているような気がする。七宝の4つの葉形が回廊であり、菱が座敷と見れる。さらに、辺を下にした安定感のある四角(□)と比べ、頂点を下にした菱(◇)は不安定な図形であり、そこには回転運動が潜在しているからだ。



玄関からみた座敷と回廊。残念ながら中は写真撮影禁止


長流亭は事前に申し込めば内部を見学させてもらえる。障子の外の板戸も一部開けてくれるけれど、いつか機会があれば、板戸を全開にした本来の状態で味わってみたいなぁ。

Tags: | MEMO 雑記 | 09.11.06 | (0)

湖のチャトリ、ジャイサルメール Jaisalmer, India, 1996

湖のチャトリ、ジャイサルメール Jaisalmer, India, 1996

前回のチャトリから程近い湖の中に佇むチャトリの乗ったパビリオン。

土地の人の説明では、「ダンシング・パレス」だという。そういわれると能舞台のようにも見える。マハラジャ達は、月夜の晩に豪華な船を浮かべて踊り子の舞を鑑賞したのだろうかと、想像をたくましくする。
砂漠に囲まれたオアシス都市ジャイサルメールでは、水辺というのは最高に豊かな環境であり、その中に浮かぶ遊興施設は、まさに楽園そのものだったのでしょう。
自然の環境(といっても人造湖なんですが)に、ほんのちょっとの建築的操作を加えることで、「楽園」をつくりだす。これぞ建築の楽しみの一つと言っていいんじゃないか。

Tags: | MEMO 雑記 , PICTUREs 旅の写真 | 09.10.15 | (0)

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