地域性の増幅装置としての建築家
『住宅建築』誌の、アンダー40の地域で活躍する建築家特集に、地域性について最近考えていたことを整理し寄稿したものです。ちょっと抽象的な話に終始してしまったのは反省ですが、建築家が地域の個性を育てるとはどういうことなのか、自己参照や再帰構造による特性の増幅、という現象を適用して考えてみました。地域の個性を醸成する一つの方法は、ある程度限られた地理範囲の中での相互参照による、特性の発見とその特性を補強する(そしてある程度抑制的な)介入行為の蓄積ではないかと思っています。
建築資料研究社『住宅建築』2018年12月号 掲載(2018年)
地域性を育む建築
今日の日本において、建築家が担うべき役割の一つは、地域の個性=地域性を育む、あるいはそれを活き活きと表現するような建築・まち環境の整備であろう。観光を期待する地域はもとより、人口減少に伴い強まる居住地選択圧の中で、他にはない地域の魅力形成が強く求められている。もちろん地域性を担うのは建築だけではなく、気候風土はもとより生活文化や産業などソフト面の比重は大きい。しかしそれらを認識しやすく実体化し、かつ空間や景観として総体的に体験するためのデバイスとして、物理的な建築環境はやはり地域の中で特別のポジションを占めている。
ただし今のところ日本で、住宅を含む建築の地域性が目をひくことは、ごく稀である。日本全国どこにも同じような住宅が建ち同じような町並みが広がっていてよいのか、という積年の問題に、この観点からもあらためて向き合う理由がある。とはいえ、本特集の対象地でいえば京都や常滑・七尾といった、比較的わかりやすい地域性をすでに備えた土地はむしろ少数である。その他の多くの地方中小都市の住宅地などでは、何を手がかりに地域性を捉えることができるだろうか。
差異と類似からなる地域の個性
ある地理学辞典によれば、「地域」とは「周囲の地区とは異なるものとして判別できる、自然的あるいは人工的な特徴をもった地表の任意の区域」とされる。ここでは、ある地域と他とを区別するような差異を示す特性、つまり地域の個性 regional individuality を地域性としておこう(ここからは、地域性をもつものが地域である、という言い方も成り立つ)。
一般に、あるスケールにおける個性は、そのひとつ下ないしは上のスケールでの共通性(類似)を前提とする。例えば、世界的にみて日本の住宅が個性的であるという主張は、日本にある個々の住宅建築が一定の特性を通有することを意味する。ただしある面で共通性をもつことは、別側面での差異の存在を否定するものではない。むしろ一定の共通性のもとでの差異のバリエーション=多様性は、集合としての繁栄や豊穣さの指標となる。個性とは外に対して差異を示すが、その内側には共通性(類似)があり、その類似には差異が内包され、さらにその差異を形作る共通性があり…というように、差異と類似はスケールを変えながら入れ子状に連鎖している。
このような視点から地域とそこに建つ住宅との関係を見てみると、少なくとも建築家のつくる住宅にあっては、各建築スケールでの個性は充分に対象化されていると言ってよいだろう。多様な施主や敷地の条件に最適化する、あるいはその個性を増幅したり拡大解釈するような設計は、00年代以降、住宅設計における基本的な態度として定着しているように思われる。
しかしながら地域スケールにおける個性を形づくる共通性については、一部の地域を除いて、いまだ充分に主題化されているとは言い難い。個別対象の個性をきめ細やかにすくいとることに優れた建築家の能力を、今後はより大きな地域スケールでの共通性=地域性のデザインへと組織的に集約していくことが望まれる。
しかし、デザインコードを策定する行政でも大規模デベロッパーでもない、一住宅の設計者が地域性をデザインするとは、大きすぎる話に聞こえるかもしれない。いまはまだない仮想の地域性を元に設計をすることの危うさ・気持ち悪さもある。それでは地域性のデザインに向けて、どのようなアプローチが可能だろうか。
微差を増幅する仕組み
何らかの特徴的な地域の風景を思い浮かべる時、ほとんどの場合その個性とは、気候・地形などの自然的条件への対応を含む、その土地における人の営みの履歴(広い意味での歴史)が、空間的に重層することで形成されたものであることに気づく。その意味で、過去に連なる優れた遺産の保存や継承は、地域性の形成につながる確実なアプローチである。しかし、もしそのような資源が潤沢でないとすれば、その地域の個性は何かと問うことは、未来にむけてそこに何を蓄積していくかという問いに重なってくる。現時点では個性と呼びえないささやかな特徴も、時間をかけた継承と蓄積を経て増幅され、目を見張る個性に育つことがある。
そのような経時的蓄積による差異の増幅モデルとして想起されるのが、拡散律速凝集(DLA)という現象である。DLA(Diffusion Limited Aggregation)とは、ごく簡単に言えば、ある〈種(たね)〉の周囲に多数散在する粒子が、偶然その〈種〉に接触・結合してその一部となり、さらにそこに別の粒子が結合することを繰り返すことで、複雑なクラスタに成長していくプロセスのモデルである(図1)。粒子が既成のクラスタに結合すると突起が生じる。わずかであれ突出した部位にはその後粒子が引っかかりやすくなるため、次第に突起が伸びて枝となる。その枝にもやがて分岐が生じ、時間とともに複雑な樹状の形状に成長する。この形態生成プロセスの面白さは、粒子のランダムな動きに起因するゆらぎが構造的に内包されている点である。突出や屈曲といったゆらぎは偶然生じるが、ひとたび生じた微細なゆらぎは、その後、時間とともに大きな形態へと増幅されていくのである。DLAは元々ある種の金属の結晶成長のモデルであるが、稲妻や河川の分岐形状など、自然界に見られる様々なパターンを説明できるモデルとされている。
図1:DLAの原理にもとづく樹状のクラスタ群の例「銀樹」
DLAは簡単なプログラム(例えばiOSのアプリ"TheDLA"等)でシミュレーションすることもできる。
(図版出展:S.Miyashita, Y.Saito and M.Uwaha, "Fractal Aggregation Growth and the Surrounding Diffusion Field", Journal of Crystal Growth, 283, pp.533-539, 2005)
個性の樹々を育むこと
このモデルを、建築における地域性の成長プロセスと見立てることができないか、と考えている。〈種〉をある特性、散在する粒子を個々の建築プロジェクトとすれば、樹状のクラスタはその特性を共有する建築群ということになる。〈種〉となる特性は、例えば地勢や植生、地割や街路体系、素材や技術、建築の配置・平面構成・形態・納まりなど、何でもよい。一つの〈種〉はおそらくそれらの複合である。その特性を採用する建築が増えると樹は少し成長する。樹の高さは端的に、その成長に要した時間と蓄積の厚み(特性の強度)を表す。樹の幹はそのクラスタにおける主たる共通性、ゆらぎは活用形や誤読・変換、それが増幅された枝の広がりはクラスタ内の亜種やバリエーションの多様性を示すものと解釈できよう。充分に大きく育った樹は、一つの建築様式と呼びうるものだろう。中には、少し芽を伸ばした後、忘れ去られたように成長を止める樹も多い。
建築の地域性とは、このような大小の樹々の複合体としてイメージされるものではないだろうか。魅力的な地域は、主軸となる大樹とともに複数の中規模な樹を備えているだろう。地域性が薄いといわれるのは、小さな樹がまばらに生えた状態と思われる。小さな樹すら無いという地域は想像しにくい。現代の意欲的な建築の試みの多くは、新たな種を蒔き(あるいは発見し)、小さな芽を生やすことに大きな価値をおいているように思われる。その開拓的あるいは実験的意義を否定するつもりはないが、これまで述べてきたような地域スケールにおける一定の共通性を形作るためには、小さな樹々の成長を促し大きな樹へと育てること、またそれを一定の地理的範囲に集積することに、意識的かつ集団的に取り組むことが必要であると思われる。その仕事はやはり、微細かつハイコンテクストな差異を読み取る解像度の高いまなざしをもち、比較的高頻度の介入が可能な、地域に根ざした専門家の手によるべきものだろう。地域の特性の増幅装置としての建築家である。
なおDLAでは、粒子が既成クラスタへ結合する際のメカニズムが重要な意味をもつ。建築と地域性との関係では、対象とする特性をどのように読解し、どのような変化を加えつつ新規の建築に適用するかという局面に相当するだろう。おそらくそれは、C.アレグザンダーが「構造保存変換」(図2)として論じたような、特性を維持・強化するように部分的なアップデートを重ねるプロセスとなることが予想されるが、その検討については別の機会にゆずりたい。
図2:「構造保存変換」のシークエンス
線で結ばれたふたつの円というごく簡単な形態に対して、その構造(特徴)を強化するように加筆を重ねることで、複雑なパターンへと成長させている。
(図版出展:C.Alexander, "The Nature of Order: Book 2, The Process of Creating Life",Routledge,2003)
| ARTICLEs 小論 | 19.12.11