究建築研究室 Q-Labo.
究建築研究室 Q-Archi. Labo.|京都の建築設計事務所

建築・都市空間における時間の蓄積: 究建築研究室 Q-Labo.|http://q-labo.info/article/000399.php
Copyright © 柳沢究 Kiwamu YANAGISAWA, 2008-2017

建築・都市空間における時間の蓄積

NPO法人西山夘三記念すまい・まちづくり文庫(西山文庫)が発行するニュースレターの中の「マイスタディ 若手研究者は いま」というコーナーへ寄稿したものです。現在の設計・研究のテーマについての自己紹介的な内容です。他の文章と重複する部分もありますが、「建築や都市空間における時間の蓄積」の意義として、①空間の意味の豊かさ、②重奏性(重層性)の創出、③地域性の土壌、という3点に整理し記述できた点が、自分としてはよかったと思っています。

『NPO法人西山夘三記念すまい・まちづくり文庫レター』No.66、2015年夏号「マイスタディ若手研究者はいま」掲載(2015年)


大学を出て約15年、住宅やリノベーションを中心とした建築設計とインドの都市・建築の調査研究を、活動の両輪として続けています。大学時代を京都で過ごし、初めて本格的に建築設計に触れたのが京町家の再生計画でした。その後、町家や数寄屋など京都の建築文化を支える職人たちと親しくする機会に恵まれたこともあり、町家に代表される歴史的に育まれた住居の「型」や左官・大工などの伝統的技術を活かした現代建築のあり方へと、設計の関心が展開していきました。一方のインド都市建築研究は、修士の頃に研究フィールドとしてヒンドゥー教の聖地・ヴァーラーナシーを選んだことがきっかけです。その濃密な都市空間の魅力に文字通り引き込まれ、南インドの寺院都市マドゥライにも手を広げながら、コスモロジーや祭礼・巡礼路・寺院などの宗教的要素が都市構造や居住空間の形成にどのように影響しているか、という視点で学位論文をまとめました。

このような京都での設計活動とインドの都市建築の研究は、はじめ「地域性」という漠然とした言葉でかすかに繋がっていたに過ぎないのですが、最近になって「建築・都市空間における時間の蓄積」というテーマを介して結びつくようになりました。これが現在の私の設計/研究における中心的テーマです。このテーマを意識するようになったきっかけは、研究フィールドであるヴァーラーナシーで「融合寺院」という興味深い現象に出会ったことです。

ヴァーラーナシーはヒンドゥー教の大聖地であるため、街中のあちこちにヒンドゥー教の寺院や祠があります。かつて旧市街中心部を対象に行った調査では、小規模な祠も含めると約30m四方に1つという高密な分布でした。これらのヒンドゥー寺院は「場所」と強く結びついています。寺院の聖性の根源は神体が置かれた「場所」そのものにあるとされ、したがって寺院は移動できません。もちろん寺院を壊すこともタブーです。それゆえ一度建てられた寺院は原則として同じ場所に存在し続けることになります。そのような寺院が高密に分布する都市空間に対して、経済発展と人口増大にともなう大きな開発圧力がかかります。その結果として生じたと考えられるのが、元々は独立して建っていた寺院が、周囲の住居の新築や増築によって囲い込まれるという現象です。これを「融合寺院」と名付けました(図1・2)。

india6_3.jpg 図1:独立した寺院から融合寺院への変化の模式図(図版製作:小原亮介)

india6_3.jpg
左)図2:三角屋根の寺院を住居が半ば覆っている融合寺院。
右)図3:室内に貫通した寺院の屋根(図4と同じ融合寺院)

古くから寺院の建つある土地に何らかの開発要求が生じた場合、普通は寺院を壊し開発を実現するか、寺院を残し開発を諦めるかの二者択一が迫られます。しかしここで融合寺院は、まがりなりにも寺院の機能と形態を残しつつ、その上に新たな建築を重層させるというシンプルな方法で、その対立を超えています。融合寺院という現象には、宗教的価値観と世俗的要求の対立・妥協の産物としての側面もあります。実際「融合」の具合は乱暴で、苦肉の策というのが適切かもしれません。しかし結果として立ち現れたその姿は、数千年にわたり聖地でありかつ生活の場であり続けるヴァーラーナシーという都市の特質を、新旧の建築の融合という形で如実に表現するものとなっています。融合寺院の調査を通じて、これは〈建築や都市空間に流れる時間を物理的に蓄積・表現しながら都市空間を更新していくシステム〉として機能しているのではないか、と考えるようになりました。

「建築や都市空間における時間の蓄積」の意義は、大きく3つあると考えています。

第一には、それが空間の意味を豊かにすることです。人間は時間の中に生きているため時間的痕跡が読み取れる空間を好ましく感じる、という空間における時間表現の重要性を指摘したのはケヴィン・リンチでした。柱の背比べの傷や古びた材料の表情や歴史的大事件の記憶など、個人的・社会的な時間の空間的表現を通じて、我々は空間から豊かな意味を読み取り、空間との関係をとり結びます。

第二には、それが物理的にも魅力的な空間の創出に繋がることです。長い時間と複数の設計者・使い手を経て幾度も改修を重ねた建築には、短時間の合理的思考からは発想されえない複雑でポリフォニック(重奏的)な空間が、時に偶発的に時に意図的に、生じることがあります。融合寺院はそれが非常に分かりやすい例といってよいでしょう(図3)。そのような空間は、先に指摘した時間的意味の豊かさと相まって、強烈な魅力を発します。リノベーションの設計において主にテーマとしているのはこの点です。

india6_3.jpg 図4:寺院が完全に住居に包含された事例の断面図(図版製作:山本将太)

そして個人的に最も重要と考えている第三の意義は、それが建築や都市空間の固有性を増幅し「地域性」を育むことに寄与しうることです。近年日本でも、歴史性や地域性のある建築や都市空間・景観を評価する考え方が定着してきました。しかしながら、京都や奈良など豊富な歴史的資源や固有の地域性を誇りうる都市はむしろ稀であり、戦災や開発で歴史的市街を失なった都市や郊外・ニュータウンなど、そもそも依拠すべき歴史性や地域性に乏しい都市がほとんどです。そのような都市において、いかにして将来にわたって歴史性や地域性を担保した都市空間の形成が可能か、という問題意識があります。
歴史性/地域性と併記しましたが、建築や都市空間の地域性とは、気候風土への対応も含め、その土地における経時的な人の営み(広い意味での「歴史」)が空間に重層的に蓄積され表現されることで形成される時間の産物です。「歴史性」というと、つい過去と連なる遺産や資源の保存・発掘を考えてしまいますが、未来に向けて時間をどのように積み重ねていくか、という視点もまた同様に重要ではないでしょうか。そのためには、現在普通にある「歴史的ではない」要素(例えばごく普通の住宅)をも都市の時間的営みの一部として見つめなおし、次代の更新にあたってそれらを都市の記憶=時間的痕跡として物理的に継承・蓄積していくための方法論の構築が求められます。

ヴァーラーナシーの融合寺院に注目しているのは、このような問題について考える上での格好のケーススタディになるからです。もちろん文化的背景の異なるインドの融合寺院を、単純に手法論として日本に適用することはできません。しかし何を継承し何を変えるのかを丁寧にかつ果敢に判断しながら、蓄積の上に新たに蓄積を重ねるビルト&ビルドBuilt&Buildとでも言うべきその手法は、都市を空間的にも時間的にも分断するスクラップ&ビルドでは実現し得ない、重奏的で深みのあるユニークな都市空間を創出するための、一つの手がかりとなると考えています。

| ARTICLEs 小論 | 15.12.20