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インドの都市から考える3:伝統的な中庭式住居での生活 : 究建築研究室 Q-Labo.|https://q-labo.info/article/000347.php
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インドの都市から考える3:伝統的な中庭式住居での生活

日本建築家協会(JIA)東海支部の発行する機関紙『ARCHITECT』に、2012年12月より2013年10月まで隔月連載されたものです。


連載:インドの都市から考える(柳沢究)
第1回:巡還と囲繞の都市構造
第2回:ヒンドゥー教における住まいの象徴性
第3回:伝統的な中庭式住居での生活
第4回:水辺の建築空間 ガート
第5回:動物のいる都市空間
第6回:街と融け合う寺院

第3回:伝統的な中庭式住居での生活

(『ARCHITECT』2013年4月号、日本建築家協会東海支部)


■インドの中庭式住居

 インドの住居は地方によってさまざまであるが、地域や民族・文化の違いを超えた一定の共通性が見られる。それは中庭を中心とした住居形式である。
 中庭式住居はモエンジョ・ダーロ遺跡からも数多く発掘されており、その歴史はインド文明とともに古い。

 風や光といった自然環境を住居の中で担保するのが中庭の第一の機能であろう。世界の中庭式住居が、主として高密な都市部で成立したのはそのためである。しかし同じくらい重要なのは、中庭が屋外の開放性を、屋内と同等の安全性やプライバシーを確保した上で、享受するための空間である点だ。とりわけ熱帯地域では、風通しのよい外部空間が生活の中で活用される。その観点からは都市と村落の区別はなく、実際に北インドの中庭式住居は村落部の単純な一室住居から漸次発達して成立したという説もある。中庭式住居の発祥が都市か村落か、今のところ答えは定まらないが、ともあれインドの住居の多くは中庭を中心とするのである。前回取り上げたヴァストゥ・プルシャ・マンダラによる住居レイアウトの規定でも第一に挙げられるのは、住居の中心は中庭にすべし、というものであった。
 インドの各地にさまざまな様式や形態の中庭式住居があり、貴族や大商人による邸館とでも呼ぶべき大規模なものが有名であるが、以下ではヴァーラーナシー旧市街に見られる(今のところ)ごく普通のありふれた伝統的な中庭式住居を事例に、インドの住生活の一断面を眺めてみたい。

■気候条件

 ヴァーラーナシーを含むインド中北部の季節には、寒冷期(1~2月)・暑期(3~6月)・雨期(6~9月)・モンスーン後退期(9~12月)の四季がある。最も気温の上がる5~6月は日中の気温が時に50℃を超える(寒冷期の最低気温は10℃程度)。年間降水量の9割がもたらされる雨期に入ると、気温は若干下がるものの平均湿度が80%を超える高温多湿の不快な気候となる。高密に建て込んだヴァーラーナシーの旧市街では、このような高温乾燥の暑期と高温多湿の雨期にいかに対応するかという観点から、住居や住み方に工夫がされており、特に暑期の遮熱と断熱、雨期の湿気対策としての通風に意がくだかれている。

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図1:ヴァーラーナシーの典型的な伝統的住居。家主一家に親戚や間借人の家族、あわせて10世帯42人が居住する(出典:Couté, Pierre Daniel; Léger, Jean Michel, "Bénarès: un voyage d'architecture", Paris : Editions Creaphis, 1989)

■ヴァーラーナシーの伝統的住居の概要

 旧市街に残る伝統的な住居は古いもので18世紀末、多くは19~20世紀半ばに建設されたもので、規模は建築面積50~100㎡に2~4階建てが標準的である。親戚や間借りもあわせた複数家族で10~30人が居住するものが多い。構造はレンガ造で壁厚は40~60cmと厚く、隣家と境界壁を共有して(または密着させて)いる。敷地を目一杯使って建設するため、狭い街路の両側に家々が隙間なく建ち並ぶことになる(写真1)。厚い壁は屋外の熱が室内に伝わるのを防ぐため、壁を共有/密着し隙間なく建て込むのは外気や日射に触れる外壁面積を減らすための工夫と考えられている。内部の構成は、この敷地一杯に立ち上がった箱の中心に竪穴(=中庭)を穿ち、残った空間を小部屋状に仕切ったものと考えると分かりやすい(図1)。住居を構成する基本的な要素は以下の五つである。
 ①玄関(写真2):街路と中庭を繋ぐ、デョリなどと呼ばれる日本でいう玄関に相当する小部屋である。通風のために扉を開け放っていても中庭のプライバシーを守れる緩衝空間となっている。
 ②中庭(写真3):住居の中心にあるチョウクあるいはアンガンと呼ばれる中庭は、高密な市街地の中で光と新鮮な空気をとりこむ屋外空間であり、祭祀・家事・家業・家畜飼育の場となる。
 ③ダラン(写真4):中庭に面して段差や列柱だけで仕切られた半屋外の部屋。中庭/居室の延長として炊事や食事・休憩・団欒などさまざまに利用される。特に上層階に設けられたダランは住居の中で最も快適な空間である。
 ④居室:中庭とダランの周囲に配される各部屋の用途には寝室・居間・客間・台所・作業場・倉庫・祭祀室などがある。
 ⑤サービス機能:階段・トイレ・浴室・井戸などは、中庭を配した平面上で最も幅の狭くなる一面に集約される。

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左/写真1:旧市街の街路風景、右/写真2:玄関。暗く小さな空間を経て中庭へアプローチする

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写真3:井戸のある中庭。周囲をダランがめぐり、その奥に居室がある

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写真4:中庭とダラン。ダランにはマットが敷かれくつろぐ場所となっている


■住居と住まい方の特徴

 外部に対しては、ごく小さく閉鎖的な玄関のみでつながっている点が目を引く。その一方で、敷地規模に制限が大きい都市住居であるにもかかわらず、住居の内部に屋外/半屋外空間を積極的に組み込んでいる。そして中庭に面してダランという半屋外空間を設けることにより、可能な限り室内と屋外とを連続させ、新鮮な風や光を得ようとする工夫が見られる。中庭は家族の共有空間であり、環境装置、作業場、時に接客空間でもある。実際の使用においても象徴的意味においても、住居の中心として位置づけられる。環境条件の悪い居室の扱いは相対的に低く、生活はあくまで中庭を軸に展開される。
 高温乾燥の気候下においては風が抜ける日陰の屋外が最も快適な場所であり、高温多湿ではなおさらである。そのような気候への対応が、屋外の積極的活用の第一の要因だろう。屋上は夜間や暑期以外の昼間には、安全な屋外空間として活用される。雨期の対策を考えれば、屋根は勾配屋根とするのが合理的であるにもかかわらず、伝統的住居がみなフラットルーフなのは不思議であるが、これも住居の中に可能な限り開放的な屋外空間を設けたいという強い要求の表れだと考えれば納得できる。要するにセキュリティとプライバシーおよび日射に対する配慮から、外に対しては閉じた構えをとるが、内に対しては中庭を起点に最大限開いた構えをとっているのである。

 以上のような空間構成を図式化すると図2のようになる。中心に中庭、その周囲にダランと玄関があり、さらにその周囲を諸室が取り囲むという非常に明快な、前回触れたヴァストゥ・プルシャ・マンダラにも似る同心円状の構成である。これはあくまで理想的な構成ではあるが、家の規模が小さくてダランや部屋の数が減ることはあっても、基本的に中庭は必ず設けられる。玄関が省略されることもほとんどない。そして、内部の諸室の使い方は季節や時間、家族形態や通風や日射などの環境条件、街路からの距離に応じて流動的に使用していくのが一般的である。たとえば居間になる部屋を大きく快適につくるのではなく、大きく快適な部屋が居間になるのである。固定した居間や食事場所がなく、暑期と寒冷期では寝る場所が異なることも稀ではない。

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図2:ヴァーラーナシーの伝統的住居の空間構成モデル

Tags: | ARTICLEs 小論 | 13.11.25

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